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第2話 注文していないおなご

「保存食・ペロリーメイト バニラ味 五百食分」


 貨物コンパネの側面には、確かにそう書いてあった。


 零番地コロニー緊急退避ドック。


 網元から二十四時間の待機を命じられた新造船は、巨大なガントリーにがっちり固定されている。


 問題のコンパネは船体AI――ミラリィが勝手に「有子」と名付けた――の指示により、作業botたちの手によって既に貨物区画中央のフリースペースへ運び出されていた。


 新造故にまだ人格は定まっていないが仕事は優秀である。


 哲人は白いスペース作務衣の袖をまくり、コンパネの前で腕を組む。


『保存食が生きているだと……最近のバニラ味は随分と新鮮なのだな』


「にょお~、バニラ……ンン、確かに乳くせーwといえばバニラかもしれんぬのヨw」


『むう、何を言っているのだ、うぬは』


 待機させた作業botが、哲人の到着と共に、「ほな……」と言わんばかりにソソクサと充電スペースへと戻る。


 botらの安全を確保した哲人は腰に差した杖へ手を添えた。


 ミラリィも五色の髪をふわりと広げる。


 ただの密航者ならよい。


 だが、貨物へ擬態する危険生物や、船を内側から乗っ取る賊が居らんとも限らぬ。


「開封シマス」


 抑揚のない音声とともに、留め具が外れた。


 蓋が、ゆっくり持ち上がり、コンパネが展開された。


 隙間から見慣れたオレンヂの箱がボロ……ボロ……とこぼれ落ちよる。


 そして――。


 そこに混じって、若いおっぱいが、


 ドゥルン♡


 と、まろび出てきよった。


「にょほほw バニラの元が出てきよったのヨw」


『む!? この娘は……!』


 果たして、保存食の山から転がり出て来たのは、銀髪のおっぱいだった。


 哲人の生家・お好み焼き屋「もこやん」近傍にあるコースト保護院院長夫妻の一人娘。


 そして哲人が、彼女の生後一か月の頃から知る馴染のおなご――


 陸奥理仁亜である。


 ペロリーメイトの山におっぱいだけ露出して埋もれたまま完全に目を回していた。


「あうぅ……バニラが……空から降ってくるぅ……><」


『むう、これはイカン。急いで医務室へ運ぶぞ。ミラリィ、足の方を頼む』


「にょほほw足太いな! 太ももぐにょぐにょなのヨ!」


 哲人達は大急ぎで理仁亜を抱き上げた。


 こうして新造船で最初に使われた本格医療設備は、負傷した宇宙冒険者でも病人でもなく、保存食五百食分へ詰まっていた密航おなごの介抱へ投入された。


 妙に所帯じみたSF小説、は~じま~るよ♪


     * * *


「哲人さん……!(ガキィン♡)」


 医務室で目を覚ました理仁亜は、開口一番、哲人の胴へ抱きついた。


 昔から抱擁力の強いおなごではあった。


 ただし現在の理仁亜は、学生時代から嗜んでいる武道「演舞体操術」の修練によって常人離れした身体能力を身につけている。


 哲人でなければ即死だったかもしれんねw


『やれやれ、無事で何よりだ。しかし、なぜ君がここに?(ギリギリ♡)』


「哲人さんがまた宇宙へ行くと聞いて……。もう会えなくなるかもしれないと……そう思ったら……(ギュウウ♡)」


 理仁亜の腕に、さらに力がこもる。


 哲人は困ったように眉を下げ、その肩へ手を置いた。


『気持ちはうれしいが……駄目だ。今すぐ院に帰りたまえ(メキメキ♡)』


「そうヨ、駄目ヨ!(便乗)にょほほw」


「ンン……ッ! 嫌です……!(メリメリ……♡)」


 即答だった。


『やれやれ……。ここから先は地球近傍とは違う。医療設備も居住設備もあるが、何があるかは分からんからね』


「しぶとさではG以上と定評のあるハゲが居らんくなるぐれーなのヨ!」


「分かっています」


『むう……。私には君を寵姫として囲う様な余裕は無いのだがな……』


 理仁亜の腕が止まった。


 哲人は言葉を選びながら続ける。


『私が必要としているのは戦友だ。危機に遭えば自ら考え、自らの身を護り、ときには私たちの背を預かる者だ。好いてくれるからという理由なら、猶更安全な所で待っていて欲しいのだがね』


 沈黙が落ちた。


 理仁亜は哲人の胸へ額をつけたまま、静かに息を吸った。


-------


 ……二日前。


 お好み焼き屋「もこやん」の座敷で、ミラリィは尾てい骨の上らへんをポリポリして虚空をペロペロしながら言った。


『ミラリィはもう、ボディからソウルまでテットのモノなんヨ。でも別に、おめーがテットを好こっても構わんのヨ?w』


『わ、私次第……なの?』


『exactry(その通りヨw)、最初からおめー次第なんヨw ミラリィごとテットを咥え挿れるガバガバさ(器的な意味で)がおめーにあるかどーかヨ』


 忘れようとして競技へ打ち込んだ。


 大学最後の大会では、出力が高すぎるという理由で出場停止になった。


 行き場をなくし、保護院のグラウンドで一人稽古を続けていた理仁亜へ、哲人の母・令が声を掛けた。


『私に可愛がられてみる?』


 それから七年。


 哲人が宇宙を駆けていた間、理仁亜もまた、待っていただけではない。


 もこやんでアイス最中を三十個平らげた乙女心は、既に臨界を突破していた。


「ならば――」


 理仁亜は顔を上げた。


 穏やかな瞳の奥で、白い恒星が燃えている。


「哲人さん、私と手合わせをしてください」


 哲人はしばし、その目を見た。


『ほう……よかろう、見せて貰おうか、君の乙女心の性能とやらを……!』


 壁際で黙っていたミラリィが、ニョホホ、と笑った。


「ワルキューレが止まらんのヨ♡」


     * * *


 新造艦のトレーニングルームには、哲人の強い要望で本格的な畳敷きの道場が設けられていた。


 真新しい畳の匂い。


 壁際には木刀、杖、稽古用の小型重力制御装置。


 宇宙船の中とは思えぬ空間である。


 道場中央で、理仁亜は構えた。


 演舞体操術によって鍛えた身体能力は、常人のおよそ六十五倍。


 一般的な強化人体(ヒット)の二十五倍から三十倍を大きく上回る。


 だが、向かいに立つ二人は、力を制限した状態でも常人のおよそ百倍。


 宇宙には、それをさらに上回る無法者や危険生物がいる。


「(……二人が強いことは百も承知……)」


 哲人の「暁光流浄天柔術」。


 静かに間合いを奪い、相手の力を流して制するワザマエ。


 そしてリストバンドに変形する杖は、徒手の隙を埋める暗器でもある。


 ミラリィの「ヴァルキリーバレッタ」。


 五色の髪を攻撃、拘束、防御へ変幻自在に用いる戦乙女の装具とのこと……。


 理仁亜は、どちらも見たことがあった。


 二人がたまに地球へ帰ると、もこやん宅の庭先で、朝早くから組手をしていたからだ。


 当時の理仁亜は、それを庭先から眺める側だった。


 今日は違う。


 同じ畳の上に立っている。


「では――」


 開始の合図を待とうとした理仁亜の懐に五色の影が音もなく潜り込む。


「戦いはもう始まっとるヨ♡(ツツツン♡)」


「ンッ!?(ビククン♡)」


思わず身を捩ると、ミラリィが囁く。


「ニョホホw かーいい喘ぎ声上げよるとこ悪いけど、今のでおめーは3回タヒんだのヨ?」


( ゜д゜)ハッ!とする理仁亜。


 理仁亜はすぐさま距離を取る。


 だが、構え直そうとした瞬間、正面には哲人がいた。


『よそ見をしている暇があるのかね? おりゃ!』


「あうっ!><(どしっ♡)」


 哲人の鋭い横凪ぎ手刀が脇を打つ。


 ……重い!


 理仁亜は両腕を交差させて受けるも側面を晒す。


「ニョホホ! 横とか後とか……何かこう、諸々目ぇ憑けるのヨ!」


 立ち直るより早く、横から髪の束が鞭となって飛ぶ。


 身を沈めてかわす。


 そこへ哲人の足払い。


 跳ぶ。


 空中で別の髪束に背を打たれ、理仁亜は畳へ転がった。


「くはっ……!(どしっ♡)」


 知っている。


 どちらの技も、確かに知っていた。


 だが庭先で眺めるのと、自分が標的になるのとでは、まるで違う。


 哲人へ意識を向ければ、死角からミラリィ。


 ミラリィの髪を追えば、哲人がもう懐へいる。


 一対一の強さではない。


 二人で一つの生き物のように、互いの隙を消し合っている。


 わずか二、三合。


 それだけで、力量差は嫌というほど理解できた。


 哲人が静かに告げた。


『フフフ、嫌なら止めても良いのだぞ?』


「にょほほ……所詮スイーツ♡なおなごの実力などその程度なのヨw」


「あぐぐ……まだ、です……! 止めを刺しても……構いません……ッ 覚悟は……できてます……ッ!」


 震える膝へ力を込める。


『ほう、よく言った! ならば次の一撃が我らの最後の別れだ。お家(天)に帰宅(滅)せい、理仁亜よ!』


「家に帰るんだな、お前にも家族がいるだろうなのヨw にょほほw」


 二人の空気が変わった。


 殺すためではない。


 しかしまともに受ければ、一週間は昏倒する。


 理仁亜は理解した。


 正面から打ち勝つことなどできない。


 ゆえに――全身から力を抜いた。


 腕がだらりと落ちる。


『ぬっ!?(観念したのか? だが……)』


「諦めたかヨ?(にょ、目がタヒんでおらぬのヨ!)」


 ミラリィが問う。


 理仁亜は答えない。


 ただ、目だけは逸らさなかった。


 哲人とミラリィは罠を察した。


 それでも踏み込む。


『何を企んでいるかは知らんが……面白い!』


「ミラリィ達がそれごとミクロにクラッシュしてやるのヨ!」


 哲人の掌と、槍のように束ねられたミラリィの髪が、理仁亜の胸に突き刺さる!


 轟音。


 無双の一撃が、理仁亜の(一部分以外)華奢(に見える)体を粉砕するかに見えた。


 だが、そうはならなかった。


「ンンン……ッ! ――超星審罰・戦姫地母擁滅身!(ドムン♡)」


 理仁亜の全身へ食い込んだ二つの力が、波(ぬぁみ)となって皮膚、筋肉、骨格へ広がった。


 受けた攻撃を分散し、吸収し、己の内へ蓄える。


 完成した使い手なら、触れた相手を攻撃ごと破壊する戦姫闘技術の絶技。


 理仁亜は未熟だった。


 口元から血が一筋こぼれる。


 しかし今は……それで充分ッ!


『おお!?(ドムン♡)』


「にょわー!?(ドムン♡)」


 哲人が初めて目を見開いた。


 理仁亜は二人の攻撃を弾いて生まれた間隙へ蓄えた力を解放する!


 自らの痛みと、二人から受けた衝撃。


 全てを一・五倍へ増幅し、至近距離から解き放つ。


「白光烈輝・戦姫地母赫噴掌ッ!」


 白い閃光が道場を満たした。


 哲人の杖が抜き放たれ、不思議な光の障壁を描く。


 ミラリィの五色の髪が幾重にも編み上がり、大盾となる。


 二人が、同時に本気の防御を選んだ。


 掌打が光と髪へ激突する。


 空気が爆ぜた。


 道場の重力制御が一瞬だけ悲鳴を上げ、壁際の木刀が全部まとめてカタカタ震えた。


 やがて白光が消える。


 哲人とミラリィは立っていた。


 理仁亜は片膝をついている。


「届か……なかった……」


 力なく呟き、その場へへたり込んだ。


『いや、そうでもないさ。これは本気で防御せねばならぬ一撃だった』


「ニョホホ、ヤリ♂よるのヨ!w」


 ミラリィは編んだ髪をほどき、防御に使った束を理仁亜へ見せた。


 毛先が、わずかに焦げていた。


「防がんかったら、ミラリィもボンズ頭になっとったのヨ!」


 哲人も杖を納める。


『勝てぬと知りながら戦意を失わず、力比べを捨てて我らを誘い込み、ただ一度の勝機へ全てを賭けた。見事だ!』


 哲人は理仁亜の前へ膝をついた。


『そしてこの技……オカンだね?』


「はい……」


『何時から可愛がられていたのかな?』


「七年……、大学を卒業してからずっと、です……」


『ほう、あの滅多に人へ拳を授けぬあの人が……それも七年か……』


 哲人の頬が、わずかに引きつった。


「にょおお。オカンの七年可愛がりを生き延びるなら、それだけで宇宙適性アリなのヨ」


「私だって……ただ待っていただけじゃ……ないんだ、よ……!」


『うむ、確かにその通りだね』


 哲人は立ち上がり、理仁亜へ手を差し出した。


『重ねて見事だ理仁亜! 私と共に宇宙へ繰り出そう(スッ♡)』


 理仁亜はその手を見つめた。


 十年前には、自分から離してしまった手。


 今度は、自分の意志で掴んだ。


「はい。どこまでも、お供します……(ポッ♡)」


「ニョホホw やけん、テットの隣はミラリィの指定席だから、理仁亜は反対側なんヨ♡」


「ン……じゃ、わたし反対側……(ガシッ♡)」


「にょおお! 新参モノは少し遠慮する場面ヨ!(゜Д゜;)」


「おめー次第だと教えてくれたのは……ミラリィちゃん……だよ?(ニッコリ♡)」


『やれやれ、何の話だね?』


「にょ~、男子禁制のガバガバな話なんヨ♡」


 哲人は首を傾げたが、追及しないことにした。


 宇宙には、知らぬほうが安全な領域もある。


 その時、理仁亜の腹から「グギュルルルッポ♡」と切実な音が鳴った。


 三人そろって黙る。


「……ンン……お腹が空きました……(グギュルルルッポ♡)」


『ンフッ、確かに、いつの間にか昼だな』


 ミラリィの腹まで、負けじと鳴った。


「にょー! テット、ミラリィも腹減ったんヨ!」


『ヨシ! 加入祝いも兼ねて昼飯にしよう! ミラリィ、飯の準備じゃあ!』


「ラジョッ!(''◇'')ゞ ニョホホ! お好み焼き!」


『ンフッ、宇宙へ出てまで実家のメニューかね?』


「あ、あうぅ~……(グギュルルルッポ♡)」


「宇宙聖女が、この世の終わりみたいな顔しとるヨw」


 三人は連れ立って道場を出た。


 行方不明のハゲを探す旅は、まだ一光秒も進んでいない。


 仲間は一人増えた。


 昼飯の支度も増えた。


 宇宙紀行とは、案外そういうところから始まるものである。



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