第1話 宇宙に飛び出したら、まず怒られた
需要無視シリーズ無言投下。
「勝手に軌道上に上がって来やがったバカ共はお前らか!」
怒声がブリッヂを揺らした。
実際に空気が震えたわけではない。
正面スクリーンいっぱいに表示された、ねじり鉢巻き姿の凛々しき女性……。
地球圏宇宙航行管理AI「網元」の声量設定が限界を突破し、危険な領域まで加速しているだけである。
眼下には青い地球。
窓枠の向こうでは、陽光を受けた雲海が宝石めいて輝いている。
だが、地表はところどころ不自然に欠け、湖となっていたりする。
過去あった大破壊の傷跡だ。
人類が宇宙へ漕ぎ出して久しい時代であっても、その眺めだけは見飽きぬ。
と同時に、同じ過ちはせぬと、固く心に誓わせずにはいられないモノである。
もっとも、この褐色美人に恫喝されてちっこくなっている修行僧めいた男……。
星永哲人には、そういった感傷に浸る余裕はなかったが。
『すいません「網元」さん。気ばかり急いていたようで、申請を上げ忘れていました。申し訳ありません』
哲人は操縦席で背筋を伸ばし、深々と頭を下げた。
白いスペース作務衣に包まれた長身が、通信カメラの画角から半分ほど消える。
その隣で、五色の派手な髪を総髪にまとめたおなご……ミラリィが腹を抱えて爆笑していた。
「笑い事ではないぞ、ミラリィ」
「笑ってないヨ(迫真)。テットが網元のアネゴに叱られる貴重な映像を、心の記録媒体へ保存してるだけだヨ」
「それを世間では笑っていると言うのではないかな?」
「違うヨ。後世へ伝える歴史編纂ヨ♡」
哲人は小さくため息をつくと、自分と船の識別情報を送信した。
網元の太い眉がぴくりと動く。
空中に浮かぶ照合窓を二、三枚めくり、露骨に拍子抜けした。
「なんだ、哲、お前だったのか」
『ご無沙汰しています』
「ご無沙汰しています、じゃねえ。お前ほどの奴が発進手続きを忘れるたぁ、明日は真空からヤリ♂でも降るのか? ……しかしまあ、すげぇいい船に乗ってやがるじゃあねぇか」
網元の視線が哲人から新造船の諸元へ移った。
地球の衛星軌道に浮かぶその船には、まだ名前がない。
全長三百二十メートル。
長い航海に耐える大型の深宇宙探査船であり、つい先ほど造船所からロールアウトしたばかりだった。
軍艦色の外殻は傷一つなく。
機関部は新品特有の、わずかに落ち着かない唸りを響かせている。
「アリコーン級……なのかコレ? 中身が全く原型を留めてないぜ。居住区、農業プラント、工作設備……家財道具を積んだまま銀河の端まで夜逃げでもする気か?」
『夜逃げなら、もう少し目立たない船にしますよ』
「星の海へ新婚旅行にしゃれ込むのヨ♡」
ミラリィがすかさず言った。
『違う』
「即答は乙女心に刺さるヨ、テット」
胸元を押さえてよろめくミラリィを横目に、哲人は操縦卓へ手を置いた。
新品の卓はまだ手になじんでいない。
いつもなら機器の癖を確かめ、航路を三度見直し、申請状況まで指差し確認する。
それを怠った自分が、哲人自身にも信じられなかった。
網元も同じところへ思い至ったらしい。
「で、何があった。お前が船一隻を大急ぎでこさえて、手続きも忘れて飛び出すような話だ。どうせあのハゲのせいなんだろ?」
哲人は一瞬、言葉を詰まらせた。
『……センセイが、鉄砲玉みたく飛び出したっきりでして……』
「にょおお!(# ゜Д゜)ノシ(激怒)」
「あのハゲェ……またか!」
網元が卓らしきものを叩いた。
電子映像なのに、湯飲みが跳ねる細かい演出までついている。
『単独で調査に出てから、もう二か月を過ぎました。定時報告もナシ、です』
「最初のひと月は、みんな“またいつものハゲだ”と言ってたヨ。でも今回は、さすがに長すぎるのヨ」
ミラリィの声から茶化す響きが消えた。
ジョーンズ・レイダース。
未知を見つければ七十歳とは思えぬ勢いで飛び出していく宇宙考古学者だ。
異端と言われながらも、その実績は誰もが認めるものであるが……。
それ以外が壊滅的にハゲ散らかしている困った御仁であった。
調査に夢中になって帰りが遅れることなど珍しくない。
それでも連絡だけは一応入れてくる(秘書兼助手が優秀である)。
少なくとも、心配して待つ者がいることを忘れる男ではなかった(秘書兼助手が優秀である)。
『ご丁寧にセンセイは、|宙風(旅団のベースシップ)まで持っていってしまいましたから。それで、慌てて建造してもらったんですが、予想以上の仕上がりに舞い上がってしまったようで……』
「近所のボケ散らかした爺さんがパクった軽トラで峠に走り出たみてえに言うな」
『似たようなものです』
「そうヨ、似てるのヨ!(便乗)」
網元は頭を抱えたが、すぐ職務用の顔に戻った。
鉢巻きの横へ半透明の天球儀が開き、ピピピと検索。
地球を中心に無数の星と航路が灯る。
「フム……行き先はグリーゼ七二五……主星が連星の珍しい天体だな」
『センセイの書き置きにも、その座標がありました』
「ログもキッチリ残ってるぜ。地球からおよそ十一光年……近所と言やあ近所だが……わざわざ何を調べに行った?」
一本の光線が天球儀を横切り、赤く小さな恒星で止まった。
周囲を回る天体の一つが拡大される。青灰色の惑星だった。
「地球型惑星アクエリア。自転しねーから昼と夜が一生変わらん星だな。人類が外へ広がり始めた頃には、もう一通り調査済みだ。水だけは幾らでもある。だが居住地にするには具合が悪い。いまじゃ採取と中継拠点の研究が細々続いてる程度……。スペースローグだって、もう少し稼ぎになる場所を選ぶだろうな」
『私もガーディアン時代に何度か巡回しましたけど、事件らしい事件は記憶にありません』
「まぁそうなるな。忘れられた観光地より客が来ねえ宙域だ」
「何もないのが売りなら、疲れた大人向けの旅行先にできるヨ。“絶景も名物もございません。通知を切って三日寝ろ”」
「私も、もうちょっと休みたかったよ。久しぶりの地球だったのに」
「帰ったらヤリ♂直すのヨ!」
「そんな物好きも居るかもな……。まぁそれは置いといて。だがな、妙なのはそこじゃねえ」
網元が天球儀を指で払うと、一件の古い航行記録が現れた。
ジョーンズ・レイダース。その名前に哲人の目が止まる。
「あのハゲはライダーになる前にも、一度グリーゼ七二五へ行ってる」
『センセイが?』
「おや、知らなかったのか」
哲人は黙って首を横へ振った。
「当時の調査報告も残ってるぜ。遺構なし。特異な空間反応なし。研究上の重要物なし。要するに――“何もなかった”。あのハゲにしちゃ珍しく、短期間で素直に帰ってきてるな」
ミラリィが天球儀へ顔を寄せた。
五色の毛先が無重力補正の気流にふわりと揺れる。
「何もなかった場所に、もう一度? あの、遺物以外に目もくれないハゲがかヨ?」
「二度目の調査を思いつく程に閃くきっかけでもあったのか?」
『センセイなら、あり得ないと言い切れないのが困りますね』
三人そろって黙り込んだ。
青灰色の惑星だけが、天球儀の中を音もなく回っている。
哲人は右の拳を左手で包んだ。
ジョーンズは、哲人が進む道を見失いかけた時、宇宙にはまだ知らないものがあると教えてくれた人だ。
今度は自分が迎えに行く。
その決意に迷いはない。
『網元さん。グリーゼ七二五までの航行申請を、いま提出します。出域許可をいただけませんか』
「駄目だ(キッパリ♡)」
「そうヨ、駄目ヨ……て、うそそーんなのヨ(゜Д゜;)(ビクッ♡)」
返事は一秒もかからなかった。
『そこを何とか』
「何ともならん。事情は分かった。俺だってあのハゲには文句が両手で足りねえし、無事なら一発どやしてやりてえ。だが船体スキャンがまだだからな」
「そーいや、そんな仕組みあったの忘れとったんヨw」
「おめーらが忘れてようが、こっちは忘れずにヤル♂から安心しろ」
『ンフッ……確かにそうですね……』
天球儀が消え、代わりにシップのマップやカメラ映像が次々と出現する。
別にやましい事など何もなく、変な貨物をブッ込んだ覚えもない。
哲人はそう思い、結構呑気していたのだが……。
「……ムッ!? おい、この貨物スペースに生体反応がありやがるぜ!」
『なんと!? そんな馬鹿な、妙なモノは積んでいませんよ?』
「にょおお!?(゜Д゜;)(ビクッ♡)」
「いーや、確かにあるぜ! コイツをみてもまだシラを切るつもりか!?」
そういって網元が手元を振るい、二枚のウィンドウを出力する。
貨物スペースの一角に収めたコンパネのXレイとサーマル映像であった。
確かにそれは、何らかの生き物が蹲っているようにも見える。
「おまえ、飼うのがめんどくせーからってエビのヤツを売り飛ばすつもりか!?」
(エビゾーという名のトラっぽい宇宙猛獣。星永家で保護されている。地球ではキトゥンより弱い)
『は!? いやそんなまさか……』
「エビゾーは来るときデカい毛玉になってアイドリングしとったのヨ!(;´Д`)」
「兎に角! 新造船は零番地コロニーの緊急退避ドックへ収容、24時間待機だ! 機関停止後、直ちに貨物を点検しろ! 航路の審査は中身を報告したあとだ!」
『二十四時間……』
「温情だぞ。現行犯だからな、本来なら電子法廷も無しに辺境労務行きだかんな」
「やったヨ、テット。一日分の宇宙旅行が、コロニー停泊体験へ無料アップグレードされたヨ」
「慰める気があるなら、せめて残念そうな顔をしてくれ」
「ニョホホw(ヘニョリ♡)」
ミラリィは眉尻を下げたが、口角だけは楽しそうに上がっていた。
「いいか哲、焦って雑な事したらミイラ取りが木之井になって即身成仏するだけだぞ。キチッと点検して出直してきな!」
『むう……その通りですね、了解しました。ご配慮、ありがとうございます』
「まったく、お前まであのハゲに似やがって……じゃあな、あばよ!」
通信が切れた。
ブリッジに静けさが戻る。
ほどなく操縦卓へ誘導路が表示され、新造船は姿勢制御スラスターを吹かして零番地コロニーへ針路を変えた。
意気込んで地球を飛び出した宇宙紀行は、地球が窓から見えているうちに一時停止である。
哲人は座席へ深く身を預けた。
『やれやれ、焦るとロクな事にならんな……』
「にょおお! これも全部あのハゲってヤツの仕業なのヨ。おのれハゲェ……お前のお陰で、水の惑星まで破壊されてしまったのヨ!(プンスコ)」
『本当に破壊されそうなのがな……肩透かし喰らったら腹が減ってきたな、朝飯にしようか』
「ニョホホ! 紅茶淹れて! あっちーの! 役目でショ!」
『私の役通りは随分ショボいなw 砂糖は二つか? 三つだと? このいやしんぼめ! ……私はレモンティーにするか(スンッ)』
「ニョホホ、乗るかスルーするかどっちかにするのヨw」
そんなやり取りの間にも船は進み、巨大コロニーの外壁が近づいてくる。
緊急退避ドックの扉が左右へ開き、何層もの誘導灯が暗い入口に奥行きを描いた。
船体がドック固定具へ収まる。
ガコォン♡
低い振動。
係留完了を告げる柔らかな電子音。
その直後だった。
操縦卓の隅に、黄色い警告窓が一つ開いた。
《貨物区画・異常積載物選別完了》
『……ほう、もう仕事が終わっているとは……中々優秀な船体AIだ』
「ニョホホw 名前はアリコにするのヨ!」
警告窓がもう一度点滅する。
「アリコが”さっさと見にこいウスノロがよォ~~~~ッ!”っていうとるのヨ♡」
『おやおや、そういう機能を注文した覚えはないな』
哲人は席を立ち、袖口の白いリストバンドを確かめた。
ミラリィも笑みを消し、五色の髪をひと振りして後へ続く。
行方不明のハゲを探す旅は、まだ一光秒も進んでいない。
それなのにどうやら、この船には早くも、注文していない何かが載っているらしかった。
コメンティーヌが貰えたらうp主が喜びます。




