第17話 親父ぃの帰り道は、地図に載っていませんでした
モモヤマ・ビレッジ、近畿エリア大学。
考古学科学舎へ帰ってきた哲人は、会議机に「お萩の月」の箱を置いた。
『関空の土産だ。皆で食べてくれたまえ』
「ありがとうございます。こちらも、ようやくお渡しできます」
ユリエルが差し出したのは、古代宇宙ステーションから持ち帰った資料の解析報告である。
饅頭と引き換えに、宇宙の秘密。
ずいぶん割のよい物々交換だ。
「避難された方々は、全員お帰りになれたんですね」
『ああ。百八十七名、無事にお送りしたよ』
「よかった。それでは、こちらも帰り道のお話をしましょう」
ユリエルが画面を開く。
映ったのは、見覚えのある通路だった。
妙に綺麗で、妙に何もなくて、最後にはお星さまとなった、あの遺跡である。
「グリーゼ725、惑星アクエリアの衛星軌道にあった施設です。古代の呼称では、あの惑星はヒュドラス。そして施設の名前と役割も分かりました」
ヒュドラス監視哨。
「テラム――つまり、私たちの地球へ向かう遠征軍のための前哨基地です」
「……せっしゃらのおうちを攻める待合室でござるか?」
「世紀末な待合室なんヨw 淀んだ街角で出会うのヨw」
コラーダとミラリィが、そろって画面を見直した。
哲人は、零番地で聞いたホゥシエルの言葉を思い出す。
遥か太古、地球を飲み込まんと攻め立てた魔導文明。
あの話の出発点が、あの流れ星だったらしい。
* * *
翻見約呼が、遺物ドキュメントの原文と訳文を並べた。
「まずは監視員と思しき人物の日記。これが一番分かりやすかったです!」と約呼。
観測対象は、テラム。
青い。
異常なし。
次の記録も、青い。
「夏休みの観察日記でござるか?」
「にょほほw ヒドすぎてコイツ、隊長にも怒られとるんヨw」
ミラリィが、手にしていた別の記録を差し出す。
勤務中の監視員が「今日も青いです」と言ったので、もっと詳しく書けと命じた――という隊長の記述だった。
「ンン……先生みたいだ、ね……」
「コラ助みてーなヤツは大昔にも居ったんヨw」
「はわ! せっしゃは書類で不備があった事などござらぬぅ!(´;ω;`)」
「それ以外が中途半端なのヨw にょほほw」
「中途半端っていうなぁ~でござる!(´;ω;`)」
「にょほほw」
ミラリィが笑う。
しかし、頁をめくるごとに、各人の余裕が消えていった。
第一次攻略隊、出撃。
第二次攻略隊、出撃。
誰も帰ってこない。
次に来る部隊は小さくなり、船は古くなり、補給も減った。
交換部品が届かない。通信に返事がない。
「ここからは、別々の部署の記録も重なります」
ユリエルが主計官の帳面を示した。
補給船未着。
補給船未着。
整備員の作業日誌には、止まった設備から部品を抜いて、別の設備を生かした記録がある。
軍医は、栄養失調の患者を十名と記していた。
残っていた職員は、十二名。
お菓子へ伸びかけたコラーダの手が止まる。
「……輜重が途切れたのでござるか……」
「最後は食料生成系も停止しています。残った人々は、施設を放棄して帰還する事にしたようですね」
理仁亜が、小さく息をついた。
「ン……帰れた、のか……な?」
「記録には成否まで書いていません」
ユリエルは、分からない部分を埋めなかった。
地球へ向かった攻略隊がどうなったのかも、ここにいた人々は知らない。
知らないまま、待ち続けたのである。
『空だったのは、逃げる時に持っていったからか』
「はい。食料や携行品を優先して。そして残った遺物は、お祖父ちゃんが根こそぎ持ち帰りました」
「最後の引っ越し業者がハゲなんヨw」
誰も否定しない。
保存状態のよさには、外と中の時間の進み方も関係しているらしい。
そして、重すぎて古代人が置いていった道具を、ジョーンズはしっかり回収していた。
それが、次なる話の主役だった。
* * *
作業台の覆いを外す。
現れたのは、いかにも昔の天文台にありそうな道具だった。
超遠隔天象投影観測魔導器。
「名前くそなげーwのヨw」
「ほわー! でっかい望遠鏡でござるか!?」
『……遠いものを見る眼鏡、ではいかんのかね』
「ですので、遠眼鏡と呼んでいます」
「三文字に縮まったのヨw」
その胴には、どう見ても揃いでない部品が継ぎ足されていた。
約呼が日記の該当箇所を示す。
「壊れて、別の測定器から取って直して、また壊れて。監視員の人と……バルガっていう同僚で、最後まで観測を続けていたようです」
「なんと!? 見上げた根性でござるな!」
『本職の整備員でもないのに、よく直せたものだね』
「共食いだけど~、ちゃんと治ってるねぇ~(*'ω'*)」と蔵智。
「やはり普段から余剰品の備えは必要であるな……」と億代。
哲人は、継ぎ足された箇所を覗き込んだ。
この道具まで動かなくなれば、外がどうなっているのか分からなくなる。
腹を空かせ、暇を持て余した二人が、どうにかせんと躍起になる様が少しだけ想像できた。
「その観測原理が、繰り返し出てきた虚空隙空間の記述と結び付きました。以降これを虚空隙回廊と呼称します」
「そして、この遺物より得られた方法を使って観測した天の川銀河のネットワークがこちらです」と貴将。
ユリエルが表示を切り替える。
「以後、このネットワーク全体を虚天廊と呼びます」
「筋♂が虚空隙回廊で、全部を虚天廊でござるな!」
「那珂が虚空隙空間なんヨ、ラーニングしたのヨw」
天の川銀河が、会議机の上に広がった。
まず青い線が走る。
現代人類が使う、主要な幹線航路。
その上へ、金色の線が重なった。
沿うようで、沿わない。
星々の間を、別の道筋で縫っている。
「ほわー! これが古代人の高速道路でござるか!」
「人工の道路というより、自然にできた谷筋といいますか……」
世峰矢貴将が、金色の線を指した。
「複数の重力波が重なり、時空に谷間のような領域ができます」
「ン……梅雨前線みたいな、ものか……な?」
「おお、まさにそんな感じです! 古代文明はそこを見つけ、通る技術を持っていた。小生たちが使う航路とは、そもそも成り立ちが違うんです」
『宇宙に筋♂を描いたのではなく、通れる隙間に潜り込んだという事だね』
「はい。ですから、好きな場所に出られるわけではありません。道のある先へしか行けない制約があります」
「バス乗ってから行き先変えろ言うても、あかんのヨw」
ミラリィがちょっと得意げになった。
人類は、この道を知らないまま、別の航路網を作っていた。
物理的なパワーを利用し、自由に航行している。
ほとんどは、交わらない。
しかし。
「今回照合した中に、一か所、見ていただきたい交点があります」
ユリエルが銀河図を拡大した。
航路名が読める大きさになった時、哲人の指が止まった。
セトノウチ星系航路。
言われなくても、知っていた。
* * *
『事故記録を、重ねてくれたまえ』
哲人の声は、いつもと変わらなかった。
ただ、湯呑みは持ち上がらない。
およそ三十年前、父の星永久松が往復していた航路。
母・令の故郷であり、馴れ初めがあったと言う星系。
宇宙漁業が盛んな、長閑な場所。
捜索が行われ、何度も調べられ、それでも見つからなかった宙域。
事故地点を示す印に、金色の道が重なった。
ミラリィも、今度は茶化さなかった。
「久松さんが消息を絶った場所です」
『そこに、別の道があったのだね』
「はい。そして観測の結果、今現在この区間は、周囲の虚天廊から切り離されています」
貴将が表示を絞った。
金色の線の両端に、途切れがある。
「重力波分布の変動で、長い間には接続も変わります。古代の地図をそのまま使えないのは、そのためです。ここは現在、孤立した虚天廊になっています」
『親父ぃは、ここへ入り込んだ。その後、道が切れた……?』
「有力な仮説です。事故の際にどう入ったのか、いつ切れたのかは、まだ調べる必要があります」
ユリエルはそこで、哲人をまっすぐ見た。
「そして、中に取り残されているなら、今も生きていらっしゃる可能性は十分に考えられます」
三十年。
哲人が高校に上がった頃から、ずっと帰らなかった父。
長すぎると思うたびに、まだ生きていると信じてきた。
今度は、その言葉の隣に地図があった。
「お祖父ちゃんとイルマさんは、あの施設で約七十五時間を過ごしました。外では、約三か月です」
「ン……中の時計は、あんまり進んでなかった……」
「そうです。同じような時間差があれば、外の三十年が、そのまま久松さんの三十年とは限りません。ここでは逆ウラシマ現象と呼んでいます」
ただし、同じ倍率とは限らない。
生きている姿を見たわけでもない。
ユリエルは、その二つをきちんと付け加えた。
『分かっているよ』
ようやく哲人が湯呑みを置いた。
『それでも、行って確かめられる場所ができた』
「ン……(キュッ♡)」
理仁亜の手が、そっと哲人の袖に触れた。
コラーダは鼻をすすりながら、元気よく頷いていた。
「連れて帰るでござる。昨日の皆様と同じでござる」
『ああ。今度こそ、親父ぃの番だ』
* * *
「だがちょっと待って欲しいでござる。そんなけったいな場所にどうやって入るのでござるか?」
「にょほほw おめー居らんかったから知らんのヨw」
「蒟蒻号のGエクスパンションウェーブを利用できます。遠眼鏡の観測で狙う場所を絞り、こちらの通常空間側へ引き出すんです」
ユリエルの説明に、ミラリィが手を上げた。
「にょほほw あつあつおでんビームの出番なんヨ!」
「お、おでんでござるか!? 顔に引っかけるのはやめて欲しいでござる!」
『九津木君、きみはレガシーコメディーの見過ぎ……まぁとにかく行ってみるしかないね』
古代航路への扉を開く、人類の英知。
通称が、おでん。
うちの船は、どうあっても食卓から離れられぬ。
「まずは現地で状態を測ります。引き出した後の入口と、帰ってくる方法を確かめてから中へ。こちらも観測と解析を続けます」
『頼む。我ら田楽が現地に赴こう』
旅客船事件で得た妖精の隠れ蓑にも、未知の技術が見え始めているという。
しかし、今はそれどころではない。
虚天廊を調べたら、一度地球へ戻る。
その時に、進んだ解析と現地の情報を今一度考える事となった。
『では、さっそく出航準備を――』
「ですがあにさま。その前に、二つほど……」
ユリエルが申し訳なさそうに、別の映像を出した。
大学の整備ドック。
そこには、蒟蒻号であったものがいた。
いや、蒟蒻号なのだが。
肩が増えたような。
いや、背中も増えている。
船体の周囲を、作業機が嬉しそうに走り回っていた。
「蔵智さんが、鹵獲品を見て、その……先程飛び出していきまして……」
「にょおお!? そういやクラッチェンいつの間にか居らんのヨ!?(ビクッ♡)」
「ぬ!? 蔵智め、何処へ参った?(ハラハラ)」
『ああ、そういえば、蔵智君が喜ぶかと思って、少年らの母船とカッターをお土産に持って帰っていたんだった』
故・ハイドオーガスの母船はおまわりさんの検分が済んだ後、戦利品として田楽に譲渡されていたのだ。
「”あ、哲っちゃん~。フルアーマー化、もうちょっと待ってね~。これ、すごくいい補助動力だったんだよ~(*'ω'*)”」
通信画面の中で、古巣蔵智がにこにこしている。
『……ほう、これは見事な追加装甲だ……』
「全部載せなんヨw」
「ぬう……ああなったら梃子でも動かぬ。賢台よ、暫く好きなようにさせてくれまいか……?」
『ンフッw 勿論だともw』
「パワーうpは大歓迎でござる!(*´Д`)」
「それと……後はコラーダさんです」
「はわ!? せっしゃも増築されるでござるか!?」
「いえいえ、再検査です」
ジェネラルとのゲゲルでは結局どう使えばいいか分からなかった。
「にょほほw (いらない)なのヨw 縞服着たピザのオサーン商人なんヨw」
「んなっ!? い、要るでござる! それが誰なのかは存ぜぬが、お荷物ではござらぬ~(´;ω;`)」
後方支援は頼もしい。
しかし、未知の場所で直接襲われた時にどうするか。
賞金の桁と、その問題は別であった。
哲人は、一度航路図を振り返った。
急ぎたい。
だが、中の時計がどう進むかも分からぬのに、準備を削って飛び出しては、迎えに行く側まで帰れなくなる。
『フーム。ヨシ、船が仕上がる間に、きみをもう一度ちゃんと調べるとしよう。この先何が起こるか分からぬ、手札は多い方がよかろう』
「うう……よろしくお願いするでござる」
「ふふ。観測は私達にお任せください♡」
コラーダが、しょんぼりと饅頭を取る。
哲人も一つ取った。
もう一つは、持ち帰る箱へ残しておく。
親父ぃの分にするには、まだ早い。
だから今夜、準備を続ける自分たちの夜食にする。
行く場所は決まった。
あとは、迎えに行ける支度を整えるだけである。
続く♡




