第11話 桜吹雪の蒟蒻村! あにきの相棒はどっちだ
スペースガーディアン第96分隊母艦。
小惑星さえ呑み込めそうな巨大ハンガーへ、蒟蒻号がゆっくりと収容されていく。
つい先ほどまで火線の中にいたとは思えぬほど、格納庫は賑やかだった。
『星永隊長だ!』
『本物だぞ!』
『お帰りなさい、先輩!』
整備員も、戦闘を終えた隊員も、手の空いた者からぞろぞろと集まってくる。
『諸君、久しいな。まずは負傷者と機体を優先したまえ。私は逃げんよ』
哲人が両手を上げて苦笑すると、古参隊員たちから笑いが起きた。
その人垣を押し分け、二本の釵を腰へ収めた男が駆けてくる。
「あにき~!」
『譲治。立派になったな』
「へへっ。あにきにそう言ってもらえると、今まで鍛えた甲斐があるぜ!」
霞野譲治。
哲人が部隊長となった年に配属された、かつての新人隊員。
今や常人比百倍の通常運用上限へ達し、第96分隊のエースを務める宇宙戦士である。
そんな、爽やかなおのこ同士の再会の場へ、五色の影が無粋にも割って入りよる!
「にょわー!(# ゜Д゜)=〇(アンブッシュ♡)」
「おっと♡(ヒョイ♡)」
ミラリィ=サンのエントリー!
アイサツと共にアンブッシュだ!
「ニョホホ……ドーモ、譲治=サン。ミラリィですのヨ……」
「へへ、ドーモ、ミラリィ=サン。霞野譲治です(スッ♡)」
「にょほほ、ヤリ♂よる……w」
「へへ、俺はあにきが部隊長だった頃から背を預からせてもらってたバディだからなw」
「にょほほ、ふかしよるのヨ……w テットのバディはこのミラリィ以外アリエーン♡のヨ♡」
「何ぃ!? それこそラーユ!だぜ♡」
ミラリィと譲治が、dockerの格闘試合前の記者会見時みたくにらみ合う。
「ニョホホw ならば実力で語るのみなのヨ……どっちがテットのバディに相応しいかをヨ!(ヤンノカスタンスオン♡)」
「へっへっへ、望むところだ!(ジャキン♡)」
『待ちたまえ。何故そうなるんだね』
『いいぞ、やれー!』
『模擬戦場を空けろ!』
『賭けてもいいが現金禁止!』
『俺は派手な嬢ちゃんにプリン二個!』
『なら私は霞野部隊長にシュークリーム三つ!』
ワチャワチャガヤガヤ……♡
第96分隊は話が早かった。
* * *
模擬戦場の床が低重力へ切り替わる。
譲治の両手で、銀の釵がくるりと回った。
向かい合うミラリィ、五色の髪を束ねるバレッタがきらりと輝く。
「へっへっへ、手加減は無用だぜ♡」
「そっちこそ、天パがアフロになっても泣くんじゃねーのヨ♡」
ザタイムオブレトビューション……♡
バトル1……♡
ディサイドザデスティニー……!
合図と同時に、二人の姿が消えた。
いや、常人の目には消えたように見えただけだ。
譲治の釵が五色の髪を受け、絡め、捻る。
髪の先端が床を穿つ寸前、ミラリィは束ごとしならせて身体を宙へ放った。
低重力空間を泳ぐように一回転。
踵が譲治のこめかみへ迫る。
「うお! アブねッ♡(チッ♡)」
釵の柄で受けた譲治が、床を滑りながら笑う。
「やるじゃねえか!」
「ニョホホ……爆ぜ損ねたのヨ!」
「!? こえーよ!」
再び交差。
火花が円を描き、五色の軌跡が花のように開く。
力だけなら、どちらも百倍級。
だが、百倍という数字は戦いの答えではない。
釵を自在に操るワザマエ。
髪の一本一本まで肢体として扱う身体制御。
相手の呼吸を読む経験。
そして、力を向ける先を誤らぬ精神。
譲治が髪を挟み取れば、ミラリィが釵を絡め取る。
寸止めの拳と釵の切っ先が、同時に相手の喉元へ届いた。
ターイム、オーバー♡
大歓声が上がる。
「へっへっへ、ヤル♂じゃあねーかおめー♡(ガシッ♡)」
「そっちもなのヨ。テットが鍛えただけはあるんヨ♡(ガシッ♡)」
二人は得物を引き、拳を打ち合わせた。
『うむ。どちらも見事だった』
「で、どっちが相棒に相応しいんだ、あにき?」
『役割が違う。比べるものではないよ』
「にょほほ。レインボービートルカラーの答えなのヨw」
その時、人垣の奥から悲鳴が聞こえた。
「ど、どいてくだされ! たいちょー! 隊長ぉーっ!(パニック走り)」
赤毛の女が、隊員たちを掻き分けて飛び出す。
褐色の肌。
未来風の水干から伸びる長い手足。
そして一人だけ叡智系漫画から迷い込んだようなムチましいBody。
『む、九津木くんか。久し――』
「会いたかったでござるうううっ!」
ドムン♡
九津木コラーダは哲人へ飛びついた。
だが、助走を憑けて抱きつかれたとて、哲人は微動だにせぬ。
「たいちょー!たいちょー!たいちょー!たいちょーぅぅうううわぁああああああああああああああああああああああん!!!
あぁああああ…ああ…あっあっー!あぁああああああ!!!たいちょーたいちょーたいちょーぅううぁわぁああああ!!!
あぁクンカクンカ!クンカクンカ!スーハースーハー!スーハースーハー!いい匂いだなぁ…くんくん
んはぁっ!隊長をクンカクンカしたいお!クンカクンカ!あぁあ!!
間違えた!モフモフしたいお!モフモフ!モフモフ!(ピー♡)モフモフ!カリカリモフモフ…きゅんきゅんきゅい!!」
『む、むうう……九津木くん落ち着……』
「たいちょーああああああああああああああん!!いやぁあああああああああああああああ!!!!
あっあんああっああんあぁあ!!、!!ぁああああああ!!!ぁあああ!!
ううっうぅうう!!せっしゃの想いよたいちょーへ届け!!宇宙のたいちょーへ届け!」
ジョロリンジョッバァーナ♡
コラーダの足元へ、あっという間に水溜まりが広がった。
『ウハハw お漏らし嬢ちゃんがうれションなすったぞお!』
『おーい、誰か吸水材持ってこいw』
『久々の隊長だもんなあ。そりゃ決壊するわ!』
「ち、違うでござる! これは感情の奔流がBodyのダムを越えたというか……! ヘッヘッヘ、クンカクンカ……!」
哲人は全く動じず、コラーダの頭から背中へ手を滑らせた。
一定のリズムで撫で、筋肉の緊張をほどき、呼吸を整える。
『やれやれ……よーしよしよしw』
「はわ! はふ! ヘッヘッヘ……! ペロペロペロ……」
『よーしよしよし、カワイイですねぇ~、此処を撫でられると気持ちいんですねぇ~w』
「クゥーン、ヘッヘッヘ、クククゥ~ン♡」
これぞガーディアン秘伝のワザマエ、《ムッツ・ゴロニックケアレス》。
猛獣や動揺したヒット等を落ち着かせる為の軽擦法である。
「ペロペロペロ……うっ! ふう……(賢者)落ち着いたでござる……(スッキリ♡)」
『やれやれ、落ち着いたかね』
「はい! 会いたかったでござる!(破顔♡)」
大型わんこが完全に懐いた。
コラーダはそのまま、豊かなBodyを再び哲人へ押しつけようとするも……。
ぽん。
背後から、白い手が肩へ置かれた。
「ンン……九津木、さん?」
「……はひ?」
「ちょっと……お話……しません、か?(スンッ♡)」
陸奥理仁亜の瞳から、ハイライトさんが行方不明になっていた。
「ヒェッ……アッハイ……」
コラーダは物陰へ連行された。
三分後。
「アゥ、ワァ……ハヒィ……(´;ω;`)」
おなごとしての格付けを終えたコラーダが、また小さな水溜まりを作って帰ってきた。
何をされたのかは、誰も聞けなかった。
* * *
「相変わらず賑やかね」
凛とした声が、浮かれていた隊員たちの背筋を伸ばした。
長い黒髪。黒を基調とした端正な軍装。
顔の上半分は、近未来的な黒いゴーグル状の仮面に覆われている。
第96分隊副司令、イセンダ・トゥーディン・宮城。
スペースローグから《鬼子母神》と恐れられる女傑である。
『お久しぶりです、教官』
「久しぶりね、哲人クン。相変わらず元気そうで何より」
『司令はどちらに?』
「司令室よ。いつものデスクワークね」
『ンフッ、また押しつけたのですか』
「適材適所と言って頂戴」
階級上はジャン・クロウェン司令の方が上なのだが。
元教官には、今なお頭が上がらないらしい。
イセンダは哲人の隣へ目を移した。
「お久しぶりね、冥王星のお姫様」
「ン……教官さん。ご無沙汰、しています」
「己が翼で羽ばたけるようになったみたいで何よりだわ」
「ン……短い時間、だったけど……今も、覚えてます」
理仁亜が嬉しそうに微笑む。
「おっ? 副司令のお知り合いで?」
「昔、MDFの操縦を少し教えたのよ。乗れば必ず事故るなんて聞いたら、教官としては燃えるでしょう?」
「ニョホホw この人も大概おかしいのヨ」
「褒め言葉として受け取るわ」
話はいつしか、イセンダの教官時代から、さらに昔へ遡った。
「ン……教官さん、も、演舞体操術を……?」
「ええ。おなごの頃は大会にも出ていたわ」
『ほう、その様な過去が……』
「そうよ、あなたのお母様から聞いていないのかしら?」
『むう? オカンから、ですか?』
「ええ、何せ、高校最後の大会、決勝の相手……あの時は旧姓でいらしたから……田之中令その人よ」
『初耳です。あの人は自分の拳に関わる事を全く話してくれないから……』
「あにきのおふくろさん!?」
譲治が食いついた。
当時まだピチピチのJKだったオカン・令。
友達に「急な欠員がでたから」と泣きつかれ、渋々大会へ飛び入り参加。
そのまま決勝まで勝ち上がったという。
「《屈皇弄勢》を受けて、まともに立つ事もままならないまま……圧倒的だった……」
「くっこ、え? なんすかそれ?」
「演舞体操術の元になったと言われる戦姫闘技術に於いて、幻の決まり手と言われる高度な技よ」
「それ、どういう技なんすか? 受けるとどうなるんで?」
「哲人クンと初めて手合わせした時を思い出すといいわ」
「ああ~、なんかタヒを覚悟しちまうような、スゴ身があったっけなぁ~。あれか~」
「そう、自身と大きく力の差がある相手を即オチさせてしまうという、圧倒的強者にのみ許された風格そのもの、とでも言えばいいのかしら?」
「なーるほどぉ。でも、副司令は何とか踏ん張ったんで? すげー」
「あの時点で、既にあの方は体操選手とは比べものにならない戦姫……いえ、拳神と呼ぶに相応しい存在だったわ」
「ほへぇ~。で、副司令はどう戦ったんでしょ?」
「如何なる場合に於いても最後まで舞うのが体操選手よ。胸を借りるつもりで、自分の全てをぶつけた。……負けはしたけど、拍手はたくさん頂いたわ」
イセンダは淡々と言う。
だがその立ち姿には、今も舞台の上で一歩も退かなかった少女の高潔さが残っていた。
「はっひょお~! 鬼の副司令がねぇ! そんな女傑から生まれたんだから、そりゃあにきは強ぇはずだ!」
『私の拳にオカンはほぼ関わっておらんぞ?』
「いやいや、それでもですよ……ん、待てよ?(ピコン♡)」
譲治が顎へ手を当てる。
「……その時の映像を見たら、副司令の年齢と素顔が分かるんじゃね?」
ハンガーが静まり返った。
「……譲二クン?」
イセンダの口元だけが美しく笑う。
「私とお話しよっか?(ニゴォ……♡)」
「えっ、あ、いや、副司令。俺、まだ警戒任務が――」
譲治は物陰へ連行された。
数分後。
「アウ、ワァ……ハヒィ……(´;ω;`)」
彼はコラーダと同じ顔になって帰ってきた。
* * *
報酬の分配と戦闘記録の確認を終えた哲人は、第96分隊の手すきの隊員を蒟蒻号へ招いた。
目的は慰労と旧交。
そして、出発直前に増えていたらしい新設備のお披露目である。
「らしい、って何なのヨ」
『蔵智クンと作業botに任せて、完成後はまだ私も見ていないのだ』
「にょおお、そういやまだこっちの方は内覧しとらんのヨ」
艦内の隔壁を抜ける。
その先に広がっていた光景を見て、先頭のミラリィが固まった。
「なんじゃこりゃあなのヨ!(;゜Д゜)」
「何でおめーが驚いてんだよ!?(;゜Д゜)」
譲治のツッコミが、青空の下へ響いた。
そこは船内ではなかった。
少なくとも、見た目には。
天井には柔らかな春の空。
左右には二階建ての商店が並び、看板とネオンが昭和レトロフューチャーの色彩を放つ。
町中華。
純喫茶。
模型店。
洋品店。
和菓子屋。
中央の通りには桜並木が続き、満開の枝から花びらが絶え間なく舞っていた。
『《Spring Section》。その中心街、《星天通り商店街》……だそうだ』
「だそうだ、じゃねえよ。あにき、船の中に町があんぞ!」
『圧縮空間を応用し、バイタルパートの利用可能容量を実容積の約五倍まで拡張した……らしい』
「らしいばっかりなのヨ!(ゲラゲラ)」
元になったのは、物を圧縮収納するコスモポーチの技術。
古代宇宙ステーションで得た《虚空隙結界》の解析データから、蔵智が空間圧縮に「ZIP的なアレ」を見出した。
従来は不可能だった生体収容へ発展させた。
尚、試験時間がなかったので五平餅状態のジョーンズを放り込んだという。
採用された所を見るに、一応無事だったようだ。
『だがまだ実証段階だ。運用データを榛名重工へ渡し、代わりに整備や部品調達で便宜を受けることになっている』
「正式に売り出したら、あの営業のおっちゃんの揉み手、光速を超えるんちゃうのヨ?(ゲラゲラ)」
『事象の地平線が出来るかもしれんなw』
区画は円筒に沿って四つ。
SpringとSummerは稼働済み。
AutumnとWinterは建設予定。
食料や水を作り、長い航行で神経が弱るのを防ぎ、訪問先で得た生物や植物を検疫後に研究する。
完全に閉じた世界ではない。
水も資材も、いつかは外から補給する。
だが次の補給までの時間を、猛烈に延ばすことができる。
『全部botへ任せるのではなく、乗員が畑や料理へ参加できる余地も残したそうだ。成果を伴う遊び、というやつだな』
「宇宙船の中で、田んぼで稲作と戦いの神さん出来るんヨ?」
『出来る』
「にょほほ、住むのヨw」
『もう住んでいるだろうw』
桜の下では、円盤型清掃bot《ルンとしてピカット♪》が何台も動いていた。
ウィーン……。
散った花びらを吸い込み、堆肥化工程へ運んでいく。
「風情があるんだか、ないんだか分からねえな」
『葉は塩漬けにして桜餅になる。剪定材も再利用するそうだ』
「無駄がねえ……」
隊員たちは好きな店へ散っていった。
ミラリィは町中華の厨房へ飛び込み、大鍋を振る。
哲人は純喫茶のカウンターに立ち、食後には和菓子屋から水菓子を運んだ。
透き通った葛切り。
涼やかな水羊羹。
きな粉を纏ったわらび餅。
果物と餡が賑やかなあんみつ。
『諸君、遠慮はいらん。好きな物を取りたまえ』
「隊長の手作りでござるか!」
コラーダを先頭に、スイーツ♡達が哲人へ群がった。
「先輩、私あんみつ!」
「隊長、水羊羹もう一ついいですか?」
「せっしゃは葛切りとわらび餅と、隊長のオヌヌメを!」
『うむ。順番に出すから押さないように』
少し離れた席で、理仁亜がその光景を見つめていた。
またハイライトさんがいない。
「ニョホホ!w リニア、おめー、すげえ顔してるのヨ!」
「ン……何も……してません……」
「全員物陰へ連れてくのは無理なんヨ?w」
「ンンン……!(ぐぬぬ)」
『理仁亜、君の分の特盛あんみつだ』
「ン……♡ ありがとうございます……(パァァ)」
ハイライトさんが即座に帰還した。
* * *
食後、一行は《Summer Section》へ移動した。
青い空の下に田園が広がり、水路の先には海が光っている。
田んぼでは稲が風に揺れ、畑には野菜が実り、ため池ではクローンゲンゴロウが水面を切った。
「おっ、この黒いのはゲンゴロウじゃねーか!」
『生態系の一員であり、水質のベンチマークでもあるそうだ。虫捕りの遊び相手も兼任している』
「虫一匹に何個も仕事さすとか、あにきも容赦ねぇなw」
隊員たちは田園を散策し、採れたての野菜を齧り、釣り糸を垂らした。
海では、さっきまで宇宙戦をしていた者たちが水を掛け合う。
「うぇみなのヨー!」
ミラリィが五色の髪を帆のように広げ、海面を猛スピードで走り始めた。
「待てミラリィ! それは泳いでねえ!」
「追いついてみるのヨ、百倍おのこ!」
「上等だ!」
譲治が水柱を上げて追う。
コラーダは哲人へ格好いい飛び込みを見せようとして踏み切り台で滑り、腹から着水した。
「ぶべらっ!(バッチャーン♡)」
『大丈夫かね』
「だ、大丈夫でござる! 予定通りの入水でござる!」
「ンン……そう、ですか……」
理仁亜が哲人の隣でにっこり笑う。
「い、今のは本当に事故でござるよ!?」
最後は全員で温泉へ浸かり、宇宙戦の疲れを湯へ溶かした。
人工の空が茜色へ変わる頃、慰安旅行じみた一日はようやく終わった。
第96分隊員は何度も礼を言い、連絡通路を通ってスペースクロウラーへ帰っていく。
『共闘の機会があればまた招待しよう。次には畜産区画も出来ているかもしれん』
「絶対ですよ!」
「町中華、次は大盛りで頼む!」
笑い声が遠ざかる。
桜の下には、哲人と譲治だけが残った。
つい先ほどまで「あにき!」と笑っていた男は、年中満開の桜を見上げたまま、なかなか口を開かなかった。
ウィーン……。
《ルンとしてピカット♪》が、二人の足元の花びらを吸い取っていく。
やがて譲治は、低い声で言った。
「……あにき、ちょっといいか?」
つづく。




