第10話 自由に飛べ、宇宙聖女! レベリング狩りは二億宇宙円也
地球圏を出発して、三日目。
蒟蒻号は冥王星軌道を越え、太陽系外縁部を巡回していた。
窓の外には、太陽になり損ねた氷と岩の欠片が浮かんでいる。
その向こうには、何処までも続く星の海。
古代遺物の解析には、およそ二週間。
ただ待っているのも勿体ない.
そこで、旅団「田楽」は地球圏近傍のフリー巡回、所謂「狩り」をする事にした。
航行は蒟蒻号のAI、有子に任せ、哲人たちは後部訓練区画で理仁亜の実地訓練を行っていた。
『慌てて敵を追う必要はない。まず周囲を見たまえ。味方の位置、退路、護るべきもの。撃つのはそれからだ』
「ン……はい」
「撃墜数より、生きて帰る方が大事なのヨ」
『だが、一度撃ったならば、確実に相手を仕留めるまで油断はせぬ事だ、いいね?』
「原型残っとったらまだ生きとるんヨ! ニョホホ!w」
「ンン……!( ..)φラーニングナウ……」
白銀の専用MDFを纏った理仁亜が、ゆっくりと旋回する。
背には折り畳まれた翼。手にはヴェネヴォレンスロッド。
見た目は宇宙を舞う聖女。
得物はクソ重い鈍器である。
訓練を終え、三機は蒟蒻号へ戻った。
汗を流して着替えた理仁亜は、展望室の窓辺へ立つ。
遠い太陽は、もう星々に紛れるほど小さい。
「……昔も……こうして、一緒に、飛びました、ね」
『冥王星まで来た時のことかね』
「ン……八月、三十一日……」
哲人も懐かしそうに頷いた。
それは理仁亜にとって、人生で最も濃厚な夏休みの最後の日であった。
* * *
理仁亜には幼い頃から、極めて厄介な不幸体質があった。
乗り物に乗ると、百パーセント事故る。
自動車に乗れば故障する。
船に乗れば漂流する。
空を飛べば、何かが落ちる。
本人が運転しようが、後部座席で大人しくしていようが関係ない。
そこで母ルーシーと星永家は、一つの仮説を立てた。
――星永家の誰かが花京院すれば、事故らないのでは?
かくして、命懸けの実証実験が始まった。
最初は自転車。
次は車でスーパー銭湯。
電車を乗り継いでヤマト・ミュージアム。
フェリーで四国一周なんちゃってお遍路航路。
春香(哲人の妹)と沖縄へ海水浴。
令と北海道へぶらりグルメ旅。
哲人とは、南米リージョン・チリの天文台スタンプラリー。
何も起こらなかった。
ならば宇宙ではどうだ、と月面都市、火星ヴェネツィア運河、大マゼラン星雲まで足を延ばした。
やはり何も起こらなかった。
後半はもう完全に観光である。
しかも各人が行きたい場所を選び始めたため、夏休みの絵日記を読んだ担任教師が三度見した。
最後に残ったのがMDFだった。
当時、スペースガーディアンだった哲人は司令へ頭を下げ、理仁亜を後部座席へ乗せて冥王星の宇宙活動技能教習所まで飛んだ。
そこで簡易講習を受けさせてみたところ、理仁亜は一人でもMDFを操縦できた。
どうやら彼女の不幸体質は、MDFを乗り物ではなく、鎧か宇宙服、もしくは武器の類と判断したらしい。
屁理屈である。
だが、不幸体質がそう判定しているのだから仕方ない。
* * *
『あの時は、帰り道でずっと星を見ていたな』
「ン……とても、嬉しかった、です」
今の蒟蒻号も、哲人の本人認証なしには動かない。
蒟蒻号が航行しているなら、必ず哲人が乗っている。
彼が傍にいる限り、理仁亜の不幸体質は不思議なほど鳴りを潜めた。
そして専用MDFなら、彼女は一人でも飛べる。
『理仁亜』
「ン?」
『君は自由に飛ぶがいい。不幸体質など、私が倒してやろう』
哲人は至極真面目な顔で言った。
「ン……♡(ポッ♡)」
理仁亜の頬が、ほんのりと赤くなる。
「ニョホホw」
『何かね、ミラリィ』
「別にぃ? また戦姫たらしが始まったと思っただけなのヨw」
『何の話だ』
本人に口説いている自覚などない。
難儀なおっさんである。
その時だった。
「”緊急通信ヲ受信。発信元、スペースガーディアン。太陽系外縁部、特別受刑者労務矯正施設ヨリ救援要請”」
有子の声と同時に、船内の照明が赤へ変わる。
展望窓へ戦域図が開いた。
小惑星へ埋め込まれた矯正施設。
それを守る青い光点は、僅か十数。
対する赤い光点は、その数倍。
「スペースローグ多数襲撃中。至急、応援ヲ求ム、トノコト」
通信回線から、怒号が流れ込む。
『不当に捕らわれた同志を解放せよ!』
『AIの犬どもを撃ち落とせ! 自由を取り戻すのじゃあ!』
スペースローグ。
自由な宇宙世紀において、自由を履き違えたお馬鹿さんたちの総称である。
金銭目的。
暴力を好む者。
極端な思想へ傾倒した者。
旧時代のような権力を欲する者……。
出自も主張も千差万別だが、一つだけ共通点があった。
他人様へ、ひどい迷惑をかけている。
社会から離れて暮らすこと自体は罪ではない。
「嫌なら止めてもいいんじゃよ?」のスタイルである。
実際、AIと生体ナノマシンを手放し、穏当に独立文明を築いた者たちさえ、希少ながら存在する。
他者の生命、財産、自由を意図的に侵害して初めて、ローグと呼ばれる。
哲人は戦域図を一目見るなり踵を返した。
『これはいかん。直ぐに向かうぞ!』
「ラジョッ!」
『ヨシ! 理仁亜よ、初陣じゃあ!』
「ン!」
* * *
蒟蒻号が重力波の尾を引き、オールトの雲を突っ切る。
格納庫では三機のMDFが発進位置へ固定された。
『有子、蒟蒻号を頼む』
「了解。グッドラック」
ハッチが開く。
眼前に広がったのは、美しい星の海――ではない。
火線と爆発が飛び交う戦場だった。
施設を背にしたスペースガーディアンが、押し寄せるローグ機を必死に食い止めている。
『星永哲人、出る!』
「ミラリィ、出るのヨ!」
「理仁亜……行きます!」
三機が宇宙へ飛び出した。
哲人は即座に広域通信を開く。
『旅団「田楽」、助太刀に参った!』
『”おお! 感謝する――って、その声は、あにき!?”』
聞き覚えのある声に、哲人の目が見開かれる。
『ぬっ、何と。譲治、君だったのか!』
「ン……お知り合い……です、か?」
「にょほほw テットが防人ん時の舎弟らしーのヨw」
施設を守っていたのは、スペースガーディアン第96分隊。
哲人が十年前まで所属していた古巣であった。
『”星永が帰ってきたぞ!”』
『”あの、伝説のエース隊員ですか!?”』
『”これで百人力じゃあ!”』
『”メイン火力キタ! これで勝る!”』
追い詰められていた隊員たちが沸き立つ。
だが、開かれた通信はローグ側にも届いていた。
『”ヒェッ……シ、シルバーソル……”』
『”ブライトネスディザスターじゃあ!”』
『”プリズミックミサイルまでおるぞぉ!”』
『”あの白金は……ゴールドルナだとぉ!?”』
『tell > Tetsuhito:くそ……これで勝ったと思うなよ……(チリン♡)』
ローグ界隈には、危険なガーディアンやライダーの情報を共有する文化がある。
そして何故か、厨二臭い二つ名を付ける文化もある。
「ンン……ッ!? シル……、えっ? ゴールド……って?」
『くそ、君たち! その恥ずかしい呼び名を言うのはやめたまえ!』←シルバーソルw
「にょおお! ぞんぞんするのヨ! もう勝負ついとるのヨ!o(`ω´ )o」←ゴールドルナw
敵の攻撃より、二つ名の方が効いていた。
* * *
『ヨシ! 譲治、諸君らは施設前面を維持したまえ。私とミラリィで賊を切り崩す!』
『”了解だ、あにき!”』
『ある程度数が減った所で各個撃破だ! 理仁亜は後方。敵味方の識別と周辺警戒を優先せよ。追撃は不要だ』
「ン!」
銀色のMDFが、火線の間へ滑り込む。
哲人の一撃がローグ機の武装を砕き、体勢を崩したところへ96分隊の拘束弾が飛ぶ。
即席とは思えぬ連携だった。
その反対側では、ミラリィが敵陣を丸ごと耕している。
「そこを退くのヨ!」
「”ぼへ!(スパー♡)”」
「”うぽ!(スパパー♡)”」
「”へきょ!(スパパパー♡)”」
五色のビームワイヤーが三機まとめて輪切りにする。
数で押していたローグの戦列は、哲人たちの参戦から僅か数分で寸断された。
理仁亜は後方で援護しつつ、じっと戦場を観察しラーニングに努める。
施設から離れ過ぎたローグを深追いしない。
これはレベリング狩りであって、パワーレベリングではないのだ。
『”残存敵、三!”』
『”こっちは仕留めた!”』
「こっちもおしまいなのヨ!」
『ヨシ! 各員、追撃じゃあ! 賊を掃討せよ!』
『”おう!”』
「にょおお!o(`ω´ )o」
残敵を追い、味方が左右へ散る。
理仁亜の周囲が、ほんの一瞬だけ空白になった。
そこへ、揺らめく星空の中から一機のMDFが滲み出る。
ミラージュクロッカー。
巧みなステルス機能でガーディアンの目を欺き続けてきた、レベル3.5の賞金首。
肉体を捨て、MDFと一体化したマシンロイド系ローグであり、今回の襲撃を扇動した張本人である。
『”クソ、失敗か……所詮クズ共の寄せ集めよ……どうせ終わりなら、土産に一匹くらい喰ろうてやるわ!”』
一番弱そうな新兵へ狙いを定め、全推力で突っ込んでくる。
『理仁亜!』
哲人が叫ぶ。
だが遠い。
ミラリィも、第96分隊も。
間に合わない。
理仁亜は、生まれて初めて誰にも守ってもらえない実戦の一瞬へ放り込まれた。
『”ゲヒャヒャ……! 怖かろう! その首貰った!(ギャン!)”』
「ンッ……!(グッ♡)」
敵が迫る。
逃げるだけでは、間に合わない。
ならば――自分で迎え撃つ。
理仁亜はヴェネヴォレンスロッドを両手で構えた。
焦らない。
敵を見る。
教わった通り、引きつける。
『”タヒねーいッ!”(ズオォォオ!)』
「ンンン! やあっ!」
ブッピガン♡
『”げぴっ! ……お゛っほぇ゛!”(ドゴォム!)』
『おお!』
「やったか!? なのヨ!w」
横薙ぎの一撃が、突進してきたローグ機を真正面から捉えた。
強烈な重力振動が装甲を歪め、機体は錐揉みしながら小惑星へ激突する。
だが、理仁亜は止まらない。
相手の動力反応は、まだ消えていない。
確実なるとどめを……刺す!
「まだです……ッ! ンンンン! やああっ!」
ブッピガン♡
『”あがげ……や、やめ……ぬ゛ぇら゜っ!”(ズゴォム!)』
ヴェネヴォレンスロッドの宝珠が眩く輝く。
重力振動とプラズマ放電がローグ機を包み、装甲も、機関も、その中身も、電子、陽子、中性子の段階まで引き裂いていく。
『”ば、馬鹿な。この俺が、こんな所で――ア゜ッ”(´・ω…:.;::..(ジュッ♡)』
光が弾けた。
敵機、消滅。
宇宙空間に、白銀の聖女だけが残った。
『”……敵性反応、ゼロ!”』
一瞬の静寂。
哲人は理仁亜の無事を確認すると、満面の喜色を浮かべた。
『要らぬ心配だったようだな理仁亜。そして見事なブッピガン♡だ。天晴れ!』
「ン……♡」
「やったのヨ、理仁亜! ちゃんとミクロにクラッシュできたんヨw」
『”ウオオ! やっぱあにきはすげぇや!”』
『”俺たちの英雄が帰ってきた!”』
『”お仲間も強い! 天晴!”』
『”圧倒的豪傑の風格! 白銀の鉄の塊じゃあ!”』
第96分隊からも歓声が上がる。
哲人に助けてもらったのではない。
自分で飛び、自分で見て、自分で危機を突破した。
一人で乗り物に乗ることさえ叶わなかった少女は今、自分の翼で宇宙を飛び、初陣を越えたのである。
* * *
特別受刑者労務矯正施設への襲撃は阻止された。
第96分隊にも大きな被害はなし。
拘束されたローグの回収を進める中、有子から理仁亜へ一通の通知が届いた。
「”賞金首ミラージュクロッカー消滅ヲ確認。討チ取リ報奨金、概算二億宇宙円。理仁亜機ニ付与サレマス”」
「…………ン?」
理仁亜が固まった。
『どうした?』
「ヒャッ……、に……二億……?(ビクッ♡)」
『うむ。あれは襲撃を主導した賞金首だったらしいな』
「二億……ンン……いきなり言われても……困る……」
「そのうち慣れるんヨw」
『うむ、これでもまだ安い方だな』
「こ、これで……!? はう、ううーん……哲人さんは、今までどれだけ……やっつけ、たんですか?」
『むう? うーん、最初のヤツ以降は覚えてないな……如何せん数が多すぎてね』
「いちいち覚えるのはじゃまくせーのヨ!w」
「はわわ……そうなん、だ……(ポッ♡)」
スペースライダーの撃破報酬は、基本的に討ち取った者が総取りである。
哲人が宇宙船をポンと買い、五百人の短期バイトを即座に雇えた理由。
理仁亜は初陣にして、哲人の豪傑度合いまで分からされた。
『”あにき、久しぶりに会ったんだ。母艦へ寄っていってくれよ! 報酬の話もあるしな!”』
『もちろんさ譲治。久しぶりに手合わせしよう』
『”へへ、やったぜ!”』
戦場の後片付けを終えた第96分隊が、母艦へ針路を取る。
その後を蒟蒻号が追う。
一方、96分隊母艦「スペースクロウラー」。
その、対空用火器管制室にて。
哲人の助太刀に沸き立つ隊員達の横で、船窓を覗き込む者がいた。
「は! あ、あの銀色のMDFは、まさかあの方が……! こうしちゃ居れんでござる!(ダッ!♡)」
「あ! おい九津木! まだ二種警戒中だぞ!」
田楽らを見て、何やら慌てた様子。
職務を放り出し、半ばパニック走りでハンガーへとすっ飛んでいきよる。
そして蒟蒻号は、別種の災害(?)が待つ第96分隊母艦とランデブーするのであった。




