第9話:指先ひとつで、剥がされる仮面
夜の女にプライベートを明かすことなど絶対にない——そう思っていた。だが、SK-IIやCHANELを使う日常を語れば、唯月は無邪気な肯定で僕の冷徹な仮面を剥ぎ取ってしまう。小さな景品の約束とLINEのスタンプ。薄い糸が、僕を底なしの引力で手繰り寄せていく。
いつからだろう。スマートフォンの震えを気に掛ける回数が、なんとなく増えていた。
いつもなら、夜の女に自分のプライベートを事細かに話すことなど絶対にない。彼女たちの生きる場所はネオンの向こう側にある嘘の世界であり、こちらの日常を開示する価値などないと思っていたからだ。
だけど、唯月だけは違った。
プールで泳いできたこと。ジムでのトレーニング。長年愛用しているSK-IIや、伊勢丹で買い求めたCHANELのスキンケアの話題。そんな私の極めてパーソナルな日常の欠片を投げかけると、彼女はいつも、小さな子供のように目を輝かせて真っ直ぐに受け止めてくれた。
『ギャップの塊だあ 話すと優しくて穏やかだし!』
その言葉が、私の胸にすとんと落ちた。
夜の街で己を守るために纏っていた冷徹な仮面を、彼女はただ「優しくて穏やか」という不器用な肯定だけで、いとも簡単に剥ぎ取ってしまう。気づけば私は彼女の前でだけ、大宮のノイズを忘れて何でもないただの自分に戻りたくなっていた。
会話が心地よく弾む、その緩やかな感覚。
『そういえばあのぷにぷに私も欲しい』
ある日、アミューズメントの景品で取った風変わりなぬいぐるみの話題になったとき、彼女がそう言った。
「あれ欲しいんだ!」
「持ってくよ今度」
『ぷにぷに楽しみっ!(笑)』
『蓮さん取るの上手いんだね』
「うん、ちょっと得意かも」
そう返しつつ、私は画面の向こうで無邪気に喜ぶ彼女の顔を想像していた。ただの気まぐれで口にした、小さな「ぷにぷに」の約束。
キティやクロミのスタンプが画面を埋めていくたびに、私たちはネオンの記号から、互いの素顔へと確実に近づいていた。
LINEという名の、心許ない薄い糸。
だがその糸は底なしの引力で、私をじわじわと手繰り寄せ始めていた。




