第10話:祝福のディソナンス
唯月の25歳の誕生日を前にした6月6日、土曜日の夜。当日祝いに行けない分、温かな期待を胸に秘めて『AMBIVALENCE』へと駆けつけた私は、あまりにも冷酷な現実に直面する。混雑の中で一向に席につかない唯月。そして私の前に座ったヘルプの少女は、生気を失った置物のように固く沈黙を守り続けていた。恭平の必死の助け舟すら届かない凍りついたテーブルで、用意してきたお祝いの熱気は急速に冷やされていく。せっかくの祝福の夜が奏でる、重苦しい不協和音の行方は――。
大宮の夜に流れる時間は、時にひどく無機質で、冷ややかな手触りをしている。
嘘と本音がネオンの光に溶けるその空間で、私はいつも通りの静かな歩調を保っているつもりだった。
6月6日、土曜日の夜。
私は少しだけ特別な、温かいモチベーションを胸に秘めて『club AMBIVALENCE』の扉をくぐった。唯月の本当の誕生日は6月9日だ。だが、当日の火曜日にはどうしても外せない都合があり、足を運ぶことができない。だからこそ、私は彼女の25歳の節目を直接祝うために、なんとか時間を作ってこの週末に店へと駆けつけたのだ。
5月のあの日々、スマートフォンの画面の向こうで、時に不器用なほど素直に感情を揺らしていた彼女。
「新しいドレス着て可愛くしとこっ」
そう照れくさそうにはにかんでいた彼女が、一体どんな勝負服で待っているのだろう。少しばかり弾むような期待とともにテーブルに腰を下ろした私を待っていたのは、予想をあまりにも無残に裏切る、冷酷な空間だった。
唯月は、他のお客様の対応に追われているのか、一向に席にはついてくれない。
そこまでは、忙しい週末の夜なら仕方のないことだと割り切れる。だが、異常だったのは、私のテーブルについたヘルプの女の子の態度だった。
恭平の隣には指名の静華が座り、それなりに言葉を交わしている。それなのに、私の前に座っているヘルプの少女だけは、一言も話さなかった。
グラスの結露がじわじわとコースターを濡らし、店内に流れるBGMがやけに耳障りに響く。普通なら、本命のキャストが来るまでの間、ゲストを退屈させないよう他愛のない会話の網を張るのが彼女たちの仕事のはずだ。だが、私の目の前に座ったヘルプの少女は、まるで生気を失った置物のように、ただ床の一点を見つめたまま凍りついたように沈黙を守り続けていた。
私という一人の人間が、そこへ込めた温かいお祝いの気持ちが、夜の街のあまりにも雑な対応によって冷たい水の中に沈められていくような感覚がした。
同席していた恭平が、そのあまりにも重苦しく異常な空気に耐えかねて、冷や汗をかきながら声を張り上げた。
「……ねえ、なんか少しは話したら?」
それは、恭平なりの必死の助け舟だった。彼はヘルプの女の子に目配せをし、何度も、何度も、その場を繋ぐための言葉を絞り出して催促を続けた。
だが、彼女はそれに対して微かに首をすくめるだけで、やはり何一つ言葉を返そうとはしなかった。ただ気まずい沈黙を、嵐が過ぎ去るのを待つようにやり過ごそうとしているだけだった。
せっかくのお祝いの夜が、不穏な不協和音を奏でながら、ゆっくりと形を失っていく。
これ以上ここに留まる意味はあるのだろうか。
私の胸の奥に灯っていたはずの温かな火は、急速に冷え切っていった。




