第11話:決別は、視線も合わずに
気まずい沈黙が流れるテーブルで心をすくませていた私の目の前を、本命の唯月がすれ違う。しかし、彼女の視線は私を捉えることなく、そのまま通り過ぎていった。無視されたというショックと、無残に踏みにじられた祝福の想い。黒服のへラヘラとした無誠実な対応が引き金となり、私の怒りはついに臨界点を超える。伝票を叩きつけ店を去ろうとする私を、慌てて追いかけてくる唯月。すがりつくような彼女の瞳を振り切り、私は大宮の夜風の中へ冷たく言い放つ——「2度と来ないからな」。
冷え切った空気のなか、私はただ静かにその場所を見つめていた。
これ以上、自分のなかの温かい気持ちをこの空間ですり減らしていく必要はない。そう結論を出しかけた、まさにその時だった。
視界の端を、見覚えのある人影がかすめた。
唯月だった。
彼女は私の席の前を通り、まっすぐトイレの方へと向かっていく。その距離は、手を伸ばせば届くほどに近かった。私は無意識に視線を投げ、一瞬、確かに彼女と目が交差したような気がした。
だが、彼女の横顔は冷たく強張ったままで、私を捉えることはなかった。まるでそこに誰もいないかのように、何事もなかったかのように私の目の前を通り過ぎていく。
(――無視された、のか)
胸の奥で、何かが冷たい音を立てて砕け散っていくのを感じた。
彼女に会うために時間を作り、この週末の店に足を運んだ。主役を待つテーブルのいびつな沈黙にも耐えていた。それなのに、当のヒロインは私の存在など初めからなかったかのように、冷然と視線を外して通り過ぎていく。
せっかく紡いできたはずの繊細な糸が、あまりにもあっけなく断ち切られたような激しいショック。そして、それを覆い隠すように黒い怒りが押し寄せてきた。
「もうチェックして」
私は、後方に控えていた黒服を冷たく呼び止め、短く告げた。
これ以上の時間は無意味だった。だが、呼び出された黒服は、この席に漂う緊迫感も、私が抱く怒りの理由も何一つ理解していないようだった。彼はただルーティンをこなすだけのように、ヘラヘラとした締まりのない薄笑いを浮かべ、誠実さの欠片もない態度で伝票を差し出してきた。
その瞬間、私のなかの何かが完全に臨界点を超えた。
お祝いしたいという純粋な想いも、彼女と重ねてきた時間も、この店の傲慢で雑なシステムのなかでは、ただの都合のいい消費に過ぎなかったのだと思い知らされた。押し殺した怒りのまま、私は無言で会計を済ませ、席を立った。
「蓮さん!」
背後から、息を切らせた声が響いた。
異変を察したのだろう、急いで店の入り口まで追いかけてきた唯月がそこに立っていた。彼女の瞳は小さく震え、何かを言い募ろうと私を見上げている。
だが、その表情にどんな理由があろうとも、今の私にはそれを受け止めるだけの心のバッファなど残されていなかった。
「2度と来ないからな」
私はそれだけを冷たく言い放ち、彼女の視線を振り切って夜の大宮の街へと飛び出した。
背後に残された彼女の気配が、生温かい夜風の中に遠ざかっていく。
スマートフォンをポケットの奥深くへと押し込み、液晶の明かりを暗闇の中に閉じ込めた。




