第4話:「……唯月、いてもいい?」
Q. キャバ嬢の「いてもいい?」は営業か、それとも――?
傷ついた夜に出会った二人が引き受ける、決定的な運命の伏線。
リアルな夜の空気感と、静かに加速していく胸の鳴りを描いたリアル・恋愛ストーリー。
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グラスを合わせ、乾杯の音が白の空間に溶けていく。その直後だった。
私の隣に座った唯月が、到底キャバ嬢とは思えないほど、澄み切ったあどけない笑顔をこちらに向けた。その純粋な光に、私の心臓は不意にまっすぐ射貫かれるような衝撃を覚えた。
彼女は私の顔を覗き込むと、何気ないトーンで小さく首を傾げた。
「……どちらかで、飲んでたんですか?」
その一言に、私は一瞬、息を呑んだ。こちらの事情を話す前だというのに、彼女にはすべてがうっすらと見抜かれているような気がした。礼亜に裏切られ、午前0時の南銀で燻っていた私の淀んだ空気感を、彼女はその鋭くも優しい感性で一瞬にして察知したのだろうか。
その横では、恭平の隣についた静華が、大人の包容力を滲ませた微笑みを浮かべていた。恭平は待ってましたとばかりに、静華に向かって礼亜への批判を再開する。
「そうなんですよ! 実はさっき別の店でね……」
始まった恭平の独演会を、唯月は親身に受け止めすぎることもなく、かといって冷たく流すわけでもなく、ただ「それは寂しかったですね」と絶妙な温度感で相槌を打つ。
我関せずという冷淡さとは無縁の、その心地よい着地点へと会話を導いていくスマートなテンポに、私のこわばっていた輪郭が、みるみるうちに融解していくのが分かった。
彼女は驚くほど控えめで、よく笑い、ただ純粋にこの時間を一緒に楽しもうとしてくれているのが伝わってきた。夜の街にありがちな、売上のための営業的な無心や、何かを強だるような無粋な仕草は一切ない。ただ、抜けるように白い肌と、清楚な佇まい。こちらのペースにどこまでも自然に寄り添ってくれる心地よさ。
そんな心地よい時間の途中で、唯月が黒服に声をかけられた。別のテーブルへの移動を催促する合図だった。
その瞬間、私たちの中に「まだ離れたくない」という思いが交差した気がした。唯月は私の顔をじっと覗き込むようにして、小さく声を潜めた。
「……唯月、いてもいい?」
その健気な問いかけに、私が静かに頷くと、唯月はパッと表情を輝かせた。すかさず恭平の隣の静華も「いい?」って微笑みかけている。
二人は嬉しそうに黒服を呼び戻すと、両手のひらを下に向けてパタパタと小さく震わせた。夜の街における、場内指名のジェスチャー。
手慣れた、けれどどこか愛らしいその仕草によって、この4人のメンバーで大宮の夜を最後まで過ごすことが、その瞬間に決まった。
互いのスマートフォンを差し出し、LINEの連絡先を交換する。画面に登録された彼女のアイコンを見つめながら、私の胸の奥の空虚さは完全に消え去っていた。
「よし、テキーラでもやるか」
私の提案で、テーブルの上にサイコロと器が用意される。
「チンチロで負けた人が一気ね」
その私の合図で、黒と白の静寂だった夜は、一気に鮮烈な色彩を帯びて爆発した。
器のなかでサイコロが転がる、小気味いい高音。
「あ、負けたー!」
唯月が子供のように顔をくしゃっとさせて笑い、テキーラのグラスを干す。恭平も静華もおちゃらけて声を張り上げ、私たちのテーブルは、店内のどの席よりも大きな話し声と笑い声で満たされていった。
テキーラの熱が身体を駆け巡るなかで、私は彼女の笑顔ばかりを見つめていた。さっきまでのムカつきも、礼亜の赤い爪の残像も、午前0時の焦燥も、すべてがこの快活な狂騒のなかに洗い流されていく。
そうして私たちは、尽きない笑い声に包まれたまま、愛おしい時間の終わりである閉店までを共に過ごした。
ゴールデンウィークの喧騒、大宮のストリートの片隅。名前があってもなくてもいいような、そんな泡沫の夜のなかで。
私は確かに、これから始まる長い、長い物語の、最初の決定的な伏線を自らの手で引き受けていたのだった。




