第3話:白の衝動と唯月
Q. 夜の街で信じた言葉は、どこまでが本当で、どこからが嘘なのか――?
裏切りと失意の底で彷徨う、深夜0時の大宮。
男のプライドも期待もすべて打ち砕かれた夜に、物語は思わぬ方向へ動き出す。
大人の苦さとリアリティを詰め込んだ恋愛ストーリー。
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階段を降りきり、大宮・南銀のメインストリートへ這い出た瞬間に声をかけてきたキャッチの男。普段の私であれば、その無粋な勧誘を一蹴して一瞥もくれずに通り過ぎていただろう。
しかし、その夜は違った。直前の、礼亜から受けたあのプロ意識の欠片もない裏切りを上手く消化できず、胸の奥にモヤモヤとした空虚感が燻っていたせいかもしれない。
「いい店ありますよ、すぐ入れます」
いつもなら耳を素通りするはずのその安っぽい文句に、私は小さく頷いた。誘われるままに向かったのは、南銀の中心に位置する『club AMBIVALENCE』だった。
通りに面した重たい扉を開ける。その向こうは、外の喧騒を遮断したようにとても暗かった。だが、黒服に案内されながら数歩歩いたその先で、視界が一気に明るく開けた。
MIRAGEの艶消しの黒とは180度違う、光を反射する白いソファーが、中央の通路を挟んで両側に整然と並んでいる。店内は連休中の夜遅くというのに活気に満ちあふれ、無垢な空間に眩い照明が注がれていた。
私たちは、奥から少し手前の右側の席へと案内された。
数歩前までの暗闇から、突如として現れた圧倒的な白の世界。それが、私のなかに潜んでいた少し淀んだ鬱憤を、忘れさせるような未知の期待感を抱かせたのは、紛れもない事実だった。
ソファに腰を下ろすと、恭平は店内をキョロキョロと見渡しながら、先ほどからずっと礼亜の態度のそっけなさを批判し続けていた。
「マジでないわ、あの女。せっかく蓮が売上つけてやろって言ってんのにさ、連絡もなしに上がるなんて、プロとしてどうなのよ?」
あいつはいつだってそうだ。お節介でお人好しだからこそ、自分のことのように他人の理不尽に腹を立てる。その親身になりすぎる悪癖が、時に気恥ずかしく、けれど今の私の冷え切った心には、ひどくありがたかった。
恭平の愚痴を適当に聞き流していると、私たちの席に二人の女性が滑り込んできた。
私の隣に座ったのが、唯月だった。
私より少し背の低い彼女が、柔らかな空気を纏って上品に佇んでいる。そして恭平の隣には、あとで年齢を聞くと37歳だという、少し大柄で落ち着いた雰囲気の女性が腰を下ろした。
私はハウスボトルの焼酎を水割りでお願いし、彼女たちに向かって「何か飲み物でも」と促した。
「あ、ありがとうございます」
唯月はそう言って近くの黒服を呼ぶと、「髭ハイ2つ」と手慣れた様子で注文を通した。
間もなくして、私たちの前にグラスが揃う。
「乾杯」
カラン、と氷の鳴る乾いた音が響く。
その瞬間、私の心臓をまっすぐに射貫く、あどけない笑顔の幕が上がった。




