第21話:泡の音に溶ける、言葉にできない愛
席に加わったのは、決裂から高熱の夜まで唯月の心を支え続けていた先輩キャスト・凛。唯月が席を立った二人きりのテーブルで、私は秘めていた確信を尋ねる——「今日着ているドレス、6月6日の夜に見せるはずだったあのドレスですか」。その問いに、すべてを知る凛の瞳から溢れ出す涙。自分からは言わない唯月の健気なプライドと、言葉にせずとも察した私の想い。席に戻った唯月の無邪気な笑顔を前に、私はさらに約束の『赤』のアルマンドを開ける。金、ピンク、赤。テーブルを彩る三原色の泡とともに、過去の傷はすべて「美しい伏線」へと変わっていく。
シャンパンの心地よい陶酔がテーブルを包み始めた頃、どこか落ち着いた大人のオーラを纏った先輩キャストの女性が、私たちの席へと加わった。
「初めまして。いつも唯月がお世話になっています、凛です」
唯月が少し照れくさそうに、「私が悩んでるとき、ずっと長電話で相談に乗ってくれてた大好きな先輩なの」と紹介してくれる。
あの決裂の夜から高熱に魘された夜まで、唯月の折れそうな心を裏でずっと支え、今日という日まで繋ぎ止めてくれたのがこの人なのだと知り、私は凛さんへ心からの感謝を伝えた。
「凛さん、唯月を支えてくれて、本当にありがとうございました」
「いいえ、私はただ、この子の本当の気持ちを聞いていただけですから」
凛さんは優しく微笑えんだ。それから「ちょっとトイレに行ってくるね」と席を立った唯月の後ろ姿を、どこか愛おしそうに見送った。
テーブルに、私と凛さんの二人だけが残される。
グラスのなかで揺れる泡を見つめながら、私は先ほどから唯月の姿に抱いていた、ある一つの確信へと手を伸ばした。
まるで特別なことなんて何もないという顔で、当たり前のようにそのドレスを纏っている。
けれど、私の記憶は、その布地の色彩を鮮烈に記憶していた。
あの日――6月6日の夜。
怒りに任せて店を飛び出すその最後の瞬間、視界の端にほんの少しだけ映っていた、彼女がおろしたてだと言っていたあのドレスの残像。
「……凛さん。一つ、聞いてもいいですか」
「何でしょう」
私は、胸の奥に引っかかっていた熱い確信を言葉に変えるように、静かに尋ねた。
「唯月が今日着ているあのドレス……。もしかして、あの6月6日の夜、本当は俺に見せてお祝いするはずだった、あのドレスですか」
その問いが空気に溶けた瞬間、凛さんの動きがピタリと止まった。
凛さんはゆっくりと私を振り返り、その切れ長の瞳に、見る見るうちに大きな涙を溜めていった。
自分からは「あの日のドレスだよ」なんて絶対に言わない、唯月の健気なプライド。そして、それを言葉にせずとも完璧に察してみせた私の視線。
すべてを聴き続けていた凛さんは、私たちのあいだに流れる目に見えない絆の深さに胸を打たれたように、溢れそうな涙を堪えながら、静かに、けれど大きく頷いた。
「……そうですよ。蓮さんが来るからって、あの子、わざわざあのドレスを選んで着てきたんです」
言葉にしない健気さと、言葉にしなくても伝わる真実。
席に戻ってきた唯月は、自分の秘密が完全に暴かれていることなど露知らず、「何話してたのー?」と無邪気な笑顔を浮かべた。その姿を見た瞬間、私の胸の奥で、彼女への狂おしいほどの愛おしさがもう一度爆発した。
私たちはさらに、もう一本のボトルを開いた。
あのLINEで、永遠に敷き詰めると誓った、約束の『赤』のアルマンド。
金、ピンク、そして赤。
夜のテーブルに並べられた三原色のきらめきのなかで、あの痛々しいすれ違いも、高熱の夜の絶望も、すべてがこの最高の記念の夜を引き立てるための「美しい伏線」へと昇華していった。




