第20話:金とピンクのツボ
台風が猛威を振るう6月27日、一度は決別した『AMBIVALENCE』へ一人足を運ぶ私。深く頭を下げる店長を背に、唯月の待つテーブルへ。形だけの謝罪ではなく、お互いの痛みを解き明かすように1時間以上真摯に向き合い語り合う二人。そして話し合いが解けた時、私はLINEで交わしたあの「ツボ」の約束の答え合わせをする。「金とピンクのツボ」——テーブルに運ばれてきたのは、ゴールドとロゼの輝くアルマンド。泡の音とともに、あの夜渡せなかった本当の祝福が届く。
台風が連れてきた湿った風が、大宮の街を激しく揺らしていた。
悪天候のなかを一人で歩きながら、私は数週間前のあの夜の記憶を反芻していた。6月6日、不協和音に耐えかねて飛び出したあの扉を、まさかこんなにも早く、これほど高鳴る胸を抱えて再び叩くことになるとは思いもしなかった。
店内に足を踏み入れた瞬間、空気の変化を肌で感じた。
出迎えた店長は私を見るなり、前回の非礼を心の底から悔いるような、深い一礼を捧げてきた。
「申し訳ありませんでした」
その謝罪を受け入れたあと、私はようやく、唯月の待つテーブルへと腰を下ろした。松葉杖を傍らに立てかけ、少し緊張した面持ちで座る彼女と対面し、私たちはそれから長い時間をかけて、あの日のことを話し合った。
「あの日は、俺が悪かった」
私がそう口を開くと、唯月は小さく首を振って、真っ直ぐに私の目を射抜いた。
「お願いだから、適当にしないで」
彼女の声は震えていたけれど、そこには強い意志があった。
「ただ形だけ謝って終わりにしたくないの。どう思って、お互いがどう傷ついたか、ちゃんと理解できるまで話し合いたい」
それは、夜の街の平熱を遥かに越えた、泥臭いほどに純粋な人間のぶつかり合いだった。時計の針が1時間を優に越えるのを忘れるほど、私たちは互いの心の痛みを紐解き、言葉を重ね、傷跡を確かめ合った。
話し合いがようやく穏やかな着地点を見せたとき、私はスマートフォンの画面のなかで交わした、あの愛おしいユーモアの答え合わせをすることにした。
「唯月。LINEで俺の熱が急に下がったとき、おまじないをかけたって言ったろ」
「言ったね。すぐ治るようにって」
「あの神秘的な返しに、俺が『ツボでも買わされるんかな』って冗談を言ったら、お前は『絶対買わせる』って返してきた。だから俺は、金とピンクのツボがいいなって言ったよな」
「うん。買う気満々なのおもしろいって言った」
唯月は思い出すように少し微笑んだ。私は彼女の目をじっと見つめ、その言葉の裏に隠していた、もう一つのラブレターを告げた。
「あの『金とピンクのツボ』ってさ……金とピンクのアルマンドでお祝いするって意味だったんだよ」
唯月が息を呑むのが分かった。
待機していた黒服たちが、恭しくボトルをテーブルへと運んでくる。まばゆい輝きを放つ『金』のアルマンド、そして優美な『ピンク』のアルマンド。
「すごい……本当にツボ、仕入れてくれてたんだ」
唯月が驚きに目を見張るなか、小気味よい音を立てて泡が解き放たれていく。きらめくグラスを重ね合わせた瞬間、私はあの夜、あまりの不協和音にかき消されて届かなかった、一番大切な言葉を彼女に手渡した。
「唯月、改めて、Happy Birthday」
「……ありがとう」
やっと言えた。その一言だけで、止まっていた私たちの時間が、美しい泡の音と共に一気に動き出した気がした。




