第16話:激痛と、激動のバースデー
絶望的な気持ちで迎えた6月9日、誕生日当日の18時。開店前の店内に足を踏み入れた唯月の目に飛び込んできたのは、諦めていた蓮からの鮮やかな花束と、18:00ジャストに届いた『HAPPY BIRTHDAY Ren』のメッセージだった。溢れる涙とともに最高の勇気をもらい、新調したドレスで華やかにフロアへと飛び出した唯月。しかし営業中、不運にも足を骨折するという最悪のアクシデントに見舞われてしまう。激痛とアルコールに耐え、満身創痍で夜を駆け抜けた彼女は、深夜、愛おしそうに蓮の花束を抱きしめながら感謝のメッセージを叩く。途絶えかけた二人の時間が、再び深く動き始める。
6月9日、火曜日。私の25歳の誕生日当日。
お店へと向かう私の足取りは、これまでにないほど重かった。
あの最悪な週末から、蓮さんからの連絡は途絶えたまま。きっともう、彼は二度と来てくれない。私の力不足のせいで、大切な人を永遠に失ってしまったのだという絶望が、胸を鋭く締め付けていた。
お祝いの気配など微塵もない店内。同伴の準備もあり、20時の営業開始よりもかなり早い18時に、静まり返った店内に足を踏み入れる。
その瞬間、私の視界に、ひときわ鮮やかに咲き誇るお花が飛び込んできた。
「……え?」
思わず息を呑んだ。
そこには、もう届くはずがないと諦めていた、蓮さんからの美しい花束が佇んでいた。
それと同時に、ポケットの中でスマートフォンが小さく震える。急いで画面を開くと、ずっと未読のままだったトーク画面の一番下に、18時00分ジャストのタイムスタンプで、彼からのメッセージが刻まれていた。
『HAPPY BIRTHDAY Ren』
張り詰めていた涙の堤防が、一気に決壊した。
もう二度と行かないと言ったはずの彼が、私が店に入る18時の瞬間に合わせて、お花とメッセージを届けてくれた。その「18:00」という数字が、頑なな沈黙の裏にあった彼の真っ直ぐな想いを雄弁に物語っていた。
嬉しくて、ありがたくて、私は控え室で溢れる涙を拭った。最高の勇気をもらった私は、この日のために新調したあの綺麗なドレスに袖を通し、今日一番の笑顔を浮かべて、20時に華やかにバースデーのフロアへと飛び出していった。
だが、夜の街の運命は、どこまでも残酷で予測不能だった。
主役としてお祝いの席を全力でこなし、お酒も深く回っていた営業の最中、暗転は突然訪れた。
激しい衝撃とともに、右足に鋭い激痛が走る。
不運にも、私は営業中に足を骨折するという最悪のアクシデントに見舞われてしまったのだ。
頭が真っ白になるほどの激痛とパニック。それでも、誕生日という特別な夜のステージを途中で降りるわけにはいかなかった。私は痛む足を引きずり、押し寄せるアルコールに耐えながら、満身創痍で大宮の夜を最後まで駆け抜けた。
深夜、ようやく営業が終了し、静まり返った控え室に座り込んだときには、心も身体もボロボロだった。
ドレスを脱ぐ気力すら失い、ズキズキと激しく主張する右足の痛みを覚えながら、私は今日、私をずっと支え続けてくれていた「蓮さんの花束」を、もう一度愛おしそうに見つめた。
これがあったから、私は最後までやり切れたのだ。
まわる酔いと激痛のなか、私は震える指先でスマートフォンを叩いた。今の私の、精一杯の感謝を込めて。
『蓮さん!!!お花届けてくれたの??ありがとうーー大切に持ち帰るね、、!!酔っ払いでごめんね』
痛む身体のまま、届いたばかりの花束を壊れないように大切に抱きしめる。
途絶えかけた二人のタイムスタンプが、18時ジャストという奇跡の瞬間と、この激動の夜を経て、再び確かに、そして深く動き始めたのを感じていた。




