7.獣のままでは、いられない(1)
ジノのキャラ立ては中村颯希先生作『無欲の聖女は金にときめく』の『4.レオ、従者に出会う』のカイくんを参考にしています。あとは『貴腐人ローザ』のベルたん関連からも少々。
丸パクリにはならないよう気をつけたつもりだけど、もし不快に感じる人がいたらその時はごめんあそばせ。
犬耳人族の少年ジノにとって笑顔を浮かべるという行為は、道化師が派手な化粧を施すことに少しばかり似ていた。
それは己の趣味嗜好ではなく仕事のために行うものであり、客の目を楽しませる武器であると同時に、本心を覆い隠すための鎧でもある点が共通している。
一方、違うところをあげるとすれば、一流の道化師はそれに誇りを持っているのに対してジノは何の矜持も持ち合わせていないことだろう。
「あー、今日も仕事よ。やんなっちゃうわぁ」
「お疲れ様です!いつもありがとうございます!」
ジノは今年十二歳になったばかりの囚人だ。
そんな彼の『仕事』は、年嵩の女看守長の前で作り笑いを浮かべることから始まる。
「まっ、私の代わりはいないものねぇ」
「おっしゃる通りです!他の方にはとてもできない仕事だと思います!」
無邪気に見えるよう、つとめて元気に答えるジノ。その裏でタイミングを見計らい、まるでやり手の執事の様にそっと書類を渡しつつ内心では
(だって、書類に目を通さずサインするなんてまともな神経じゃ出来ないし、実家から教会に厄介払いされた元貴族なんて相当珍しいもんね)
なんて毒を吐く。
花街育ちのジノは歳の割に賢く優秀で、そして少々捻くれたところのある少年だった。
ニコニコと笑みをうかべたジノが裏でそんなことを考えているとは想像すらできぬ女看守長は、褒められたことに気分を良くして鼻の穴を膨らませる。
「ねえジノ、あなた、あたくしに贔屓にされて良かったわねぇ」
「はい!光栄なことです!」
「そうよねぇ、さもしい犬耳人族の孤児なんかには、行き過ぎた名誉よねぇ?」
無言のまま、笑みを保つジノ。
「んふふ、でも、あたくしはきちんとあなたの事を評価しているわぁ」
女看守長——社交界で問題を起こし、実家から厄介払いとして教会に送られた女は、骨ばった手を伸ばし、ジノの側頭部から頬まで垂れた耳を軽く持ち上ると首の長い痩せた顔を寄せてきた。
「この、綿菓子みたいに柔らかい覗色の髪、夏の森のような深緑の大きな瞳、陶器ような滑らかな肌にすらりとした立ち姿。ああ、たれ目と左目じりにある泣きぼくろも素敵ねぇ」
まだ幼くとも男としての自負はあるジノ。愛玩動物のような扱いをされれば、当然強い憤りをおぼえる。
ーーそうやって子供にまで好色な目を向けていたから社交界で敬遠されて教会送りになったんじゃないの?全然懲りてないね、おばさん
うっかり口に出しそうになる悪態を今日もジノは押し殺し、表面上は天使の笑顔。
「ありがとうございます!」
(ま、ダチョウがぶぼぶぼ鳴いているのに苛立っても仕方がないしね)
気を紛らわせるため裏でそんなことを考えていると、女看守長は今日も業務を丸投げしてきた。
「じゃあ、今日もいつも通り良い感じにやっておきなさいねぇ」
そうして、書類に判を押すと今日の私の仕事は終わったとばかりに満足気な顔をする彼女に一礼し、ジノは看守長室から辞す。
「お疲れさん」
廊下にでると控えていた若い女看守——メリーと言ったか、が話しかけてきた。
ジノはそれに肩を軽くすくめることで答える。実際、この程度のやり取りなど日常茶飯時だ、なんという事もなかった。
監獄と言う閉鎖された環境で、ストレスというのは高いところから低いところへ、強い者から弱い者へと流れていく。僅か12歳の腕力に乏しい子供で、しかも現在この国では軽視されている犬耳人族のジノ。当然、監獄に入った当初は陰で男の囚人たちから暴力を振るわれることが多かった。
それが現在は、容姿が整っていることから年嵩の女看守長のお気に入りと言う立場を得ることができ多少の読み書きと算術に家事も一通りできたため、彼女の補佐業務を行うという名目で男の囚人たちから距離を置けている。
ジノの着ている灰色のローブは模範囚の証で、黒色ローブの囚人よりは幾分か待遇も良い。
(そこだけは母親にも感謝かな……まあ、もちろんマイナスの方が大きいけど)
彼の母親は彼と同様に見目麗しく、かつては貴族に使える侍女だったらしい。お手付きとなったのと同じ時期にこの国で犬耳人族の立場が悪くなり、主人に忠誠を誓っていた彼女は主人の立場が悪くならないように、妊娠したことを隠して身を引いたそうだ。そのためジノは父親の顔を知らない。
母親は「犬耳人族は、人や神や集団など対象に差はあるものの、自分がこれと決めたものに忠誠を誓って尽くす性質があるの。それこそが誇りであり幸せなのよ」なんて言っていたが、ジノとしてはいい迷惑である。その母は花街で働く傍らジノを育て使用人としての教育と技能を与えたが、2年ほど前に流行り病で亡くなってしまった。
身寄りをなくし途方に暮れていたジノは、多少の学があったことから花街を仕切る暴力団に拾われ帳簿係の補佐を任されるようになり、その後すぐに罪を押し付けられるような形で関係を切られて逮捕され、現在に至る。
金をもらう代わりに愛想を振りまく女性たちを見て育ち、暴力団で汚れ仕事と引き換えに生活の糧を得ていたジノ。ゆえに『うわべだけ良い子』でいるかわりにそれなりの待遇が得られるこの環境の方が、過日母の言っていた言葉よりもよほど現実感があった。
(まあ、あの看守長の酷い匂いはどうしても慣れないけどね。鼻のいい犬耳人族の特徴なのかな。花街で嗅いだことのある香水とはまた違う感じだけど、麻薬でもやっていたりして……まあ、俺には関係ないか)
そんな事を考えていると、隣にいるメリーから話かけられた。
「おっといけない、昨日から特別房に囚人が一人追加されているんだ。ジノ、あんた今日は特別房を手入れする日だろ?ついでに朝食のパンを届けてやってくれ。」
どうやらお飾り看守長からの指示書にミスがあったらしい。指摘するとヒステリックに荒れるので、実務はメリーのような優秀な若手がこっそりフォローして回しているのがこの監獄の現状である。
「あと、彼女の前では出来るだけ男性性を感じさせないように優しく振舞ってやってくれないか」
「えっ、なぜですか?特別房に入るってことは元は豪商とか貴族でしょ」
メリーさんそういう奴ら嫌いだったのでは、というニュアンスを言外に混ぜて問う。
彼女は苦笑で答えた。
「ああ、元貴族なんだけど、ちょっと訳アリの子でね……詳しいことは口にしにくいんだけど、多分、あんたならすぐに察するよ。本当は私が行ってやりたいんだけど、別の外せない用事が入っていてね。」
「そうですか、承知しました」
メリーは『卑しい魔女』として看守連中の間では軽視されているようだが、ジノは彼女に対して多少の敬意と親近感を持っていた。彼女がそう言うなら深くは聞くまい。
「悪いね、これは駄賃代わりだ。」
「わあ、ありがとうございます。」
調理場への指示書と一緒に看守たちのおやつである干芋を一つ手渡される。これだけでも、時折気まぐれに仕事を増やして何のねぎらいもない看守長とは雲泥の差だ。上機嫌でさっそく口入れると、ジノは本日の業務に取り掛かった。
だが、禍福は糾える縄の如し。
調理場に行く途中、人気のない通路で厄介な連中に捕まった。
「よう、色男。久しぶりだな」
「お前、最近毎日楽な仕事ばかりみたいだな。羨ましいぜ」
団子っ鼻のゴーダと出っ歯のスネル。
度々問題を起こして収監された元貴族子息で、監獄に入った当初、陰でジノに暴力をふるっていた囚人の二人組でもある。
「どいてくれない?看守長の仕事を邪魔したら罰せられるよ、あんた達」
監獄内において看守長はかなりの権力をもっている。
逆らえない切り札を切ったジノだったが、二人は嘲笑で答えた。
「おお、怖い。女にいいつけるんだとよ。俺にはとても真似できねえや」
「お前、お気に入りのペットだもんな、可愛い顔で雌犬みたいだぜ」
ジノの容姿は中性的で、年齢的なものもあり格好いいと言うよりは愛らしい。お陰で女の看守や囚人からは可愛がられるが、同時にこうやって軽んじられることも多かった。うっぷん晴らしの安い挑発だと分かってはいるが、幼くとも男としての自負がある彼としては不快でしょうがない。それで、ついこう言ってしまった。
「見苦しいね、不細工な男の嫉妬って。模範囚の灰色ローブがそんなに羨ましい?」
「んだとコラ!?」
言いながら脇を通り過ぎ——ようとしたところで、足を踏まれた。
たたらを踏んだところで、腹を殴られ、髪を掴まれる。
「ぐっ……」
「図に乗るんじゃねぇぞ、獣風情が!」
「おい、顔はやめとけよ」
それは流れるような暴力だった。そして、やり口も手慣れている。
彼らは表ざたにならないような箇所を、ジノがそのプライドから告発したり手当を受けに行かないようなぎりぎりの範囲を見極めて痛めつけると「へっ、いい気味だぜ」と捨て台詞を吐いて去っていった。
(くそ、呼吸の度に殴られたわき腹が痛む……)
ジノは、そんな身体の痛みを押し殺し給仕場でパンを手に入れると新入りの貴族がいるという特別房に向かった。
(これも、メリーさんの言っていた貴族のせいだ。確かちょっとはマシなんだよな、せめて仕事中に邪魔をしないくらいには物のわかった奴だといいけど)
性格のいい娘だといいな、なんて期待するような心はとうに擦り切れた。両親や女看守長の件からジノは貴族に良い印象をもっていない。自分の顔を見てきゃあきゃあ騒ぎ立てるか、あるいは犬耳人族かと見下して傲慢な態度に出るかが関の山だと思っている。
(まあ、その時は適当にあしらおう。いつもみたいに)
憂鬱にため息を漏らしてから、房の扉をあける。
「失礼しまーす」
その後、中で起こった出来事をジノはことあるごとに振り返り「僕は彼女を見て、誇りも信念もない獣のままではいられないと思いました」と語ることになるのだが、この時の彼はまだそれを知らない。




