5.業界用語が、使えない(3)
メリーと言う名の女看守から黒いローブを渡された時、プティは内心で小躍りしたくなるくらい喜んでいた。
(黒!痩せて見える収縮色!さっきみたいにダイエットのための運動で汚れても目立たないし、しかもダボっとしたローブで身体の線が隠れるし……くたびれた布って着心地もいいのよね。貴族の普段着よりもよっぽど好み!)
彼女は、寝間着はよれよれのシャツ派で、見栄さえなければ日中も着ていたいタイプであった。
その後、着替えを見られた時は全力で凹ませてなお突き出た腹を笑われるかと思ったが、そんなこともなかった。まあ、可哀そうなものを見るような、痛ましそうな顔はされたから、背中を向けてこそこそ着替えるのをみて情けをかけてくれたのだろう。
「なあ、アンタその身体は……もしかして父親が関係しているのかい」
「え、ええっと……多少は、関係しているかもしれません。ただ悪いのは私ですわ」
沢山お食べと美味しいお土産をじゃんじゃか差し出してくる父親も無関係ではないだろう。
だが、流石に責任の所在は自分にある。
「そんな……社交界で気づいてくれる奴はいなかったのかい。」
「私、デビュタントもせずにずっと屋敷にいたんです」
そう、デビュタントしていれば、マウント合戦のなかでこの体型に言及するものはきっといた。しかし、実際は家でデブ担当をしていて山もりの食事を口に……ってやかましいわ!
「なあ、アンタ、家でどんなつらい目にあってきたんだい」
どういうことだろう、何か勘違いをしているようだ。訂正しておかねば。
「いえ、辛いことなんて、ほとんどありませんでしたよ。おそらくお父様は私を溺愛してくださっていましたし、色んなことを学んでおいて損はないぞって、ちょっと変わった教育も受けさせてもらえましたから」
「変わった、教育……それは、辛いものだったんじゃないのかい?」
「え、ええ、まあ多少は。」
なにせプティは勉強が嫌いだった。
(まあ確かに、「でっち上げも多いけど良いことも沢山書いてあるから」って、『聖書リーディング』を課題にされた時は多少辛かったかも)
ちなみにこれ、ただ分厚い聖書を持って朗読するだけ。
カタカナや横文字を無理やりにでも会話に入れたがるのは、見栄っ張りな、意識高い系貴族あるあるだ。
「そうですね『聖書リー』の勉強なんかは、多少辛かったかもしれませんね」
到着した時に、監獄では身柄をガラとか短く略すことが多いと聞いていたし、さっきも『お召替え』のこと『めしかえ』って略してたから、それに倣って『聖書リーディング』を短く『聖書リー』と略してみた。
「せっ『性処理』の勉強だって?!」
「ええ、お父様がここはいい、ここはダメだって、つきっきりで熱心に指導してくださって……あの時は手と口が少々疲れてしましました。」
話を聞いていたメリーが、無言で壁を殴った。
え、何、怖いとビビるプティ。思わず「ひっ」と声が出てしまった。
なにかいけなかったのだろうか。
「ああ、すまない。あんたにムカついたわけじゃないんだ。ねえプティ……今まで、辛かったね。」
「え、いやそんな」
「私には姉がいてね、アンタの境遇は、少しは分かるつもりだ」
そうして語り始めた話を聞くと、どうやら彼女の姉は、貴族達が通う王立の学園へ特待生として入学し——嫉妬した貴族令嬢達からいじめられて心身を病んだらしい。はじめは拒食になりやせ細り、次は過食になり太ってしまったそうだ。
「い、いやいや。それはお姉さんの方が、私よりもずっとつらい境遇と言いますか」
「ははっ……あんたそれ、本心で言っているんだね。」
当然である。なにせ自分は怠惰による幸せ太りなのだから。
ストレスによる過食太りとは、比べるのもおこがましい。
「本心ですよ。信じてください」
「ああ、信じるとも……実はね、私は嘘を見破れる魔眼を持っているんだ。だからねプティ、あんたが父親を庇おうとしたとき以外で、嘘をついていないのは分かってるよ。」
「えっ?」
メリーは過日『誰かが自覚を持って嘘をついた時、その人物が赤く見える』という魔眼に目覚め、教会の下で働くことになり、今日はプティの隠し事を探るように命令されてきたのだという。
「仕事とはいえ悪かったね。魔女は卑しい存在なのに……人の秘密を暴くなんて特に嫌な能力だろ。」
「あの、私は貴女のことを卑しいなんて思っていませんよ。というか金髪碧眼以外の魔力持ちだって別に卑しいわけじゃないというか、卑しさなら私の方が上と言いますか……」
「そんなわけ……って、本心なんだね。赤くならないや。」
「はい。逆に、その能力に関してはうらやましく思うくらいです。私、信じない方がいいものを、つい信じてしまって……期待してしまって……」
かつて、屋敷にやって来た商人のセールストークを思い出す。
体型がふっくらし始め、このままじゃ不味いかもと焦り始めた矢先のことだった。
『ほーら、ドーナッツって真ん中が空洞でしょう。実質ゼロカロリーみたいなものですよ』
なんであんな甘言を信じてしまったのか!
「ははっ、愚かですよね」
自嘲気味に呟くと、メリーから抱きしめられた。
「辛かったねプティ、貴女に恩赦が下されるように掛け合ってあげる。」
何のことかと目を白黒させるプティは気づかない。
卑しき魔女として教会内でも忌避されてきたメリーにとって先のプティの言葉は、心の奥に溜まった澱みを洗い流してくれる清流だったことを。
「それに、なにか困ったことがあったら言いな。あんたがこれ以上理不尽な目にあうことがない様に私が守ってやるからさ」
そして、先ほどの「信じない方がいいものを、つい信じてしまって……」という下りはどうみても、父親の暴虐を愛情ゆえと思い込もうとしていた哀れな少女のそれで、自分が守護ってやらなくてはという庇護欲をかきたてる言動だったことを。




