4.業界用語が、使えない(2)
女看守のメリーは、驚きに目を見開いた。
房の扉をあけた先にいた標的の姿が、予想とはだいぶ違っていたからだ。
それは外見を大切にしているはずの貴族令嬢が、思ったよりふくよかな身体をしてたから……ではない。そんな些事よりも、もっと悪い意味で目につくものがあった。
ここは監獄とは言えその運営母体は教会で、監獄署長はその中でも温厚と名高いジェミニ・マリシャス枢機卿である。なので当然、囚人であっても最低限の人権は保障されており、看守であっても理不尽な暴言や暴力をふるうことはご法度だ。
だというのに、眼前の女の美しいピンク色の髪とドレスは土埃に汚れ、右の頬はつい先ほど叩かれたばかりのように赤く、目じりには涙の跡があった。
また、この部屋に収監されたばかりの貴族やそれに準ずる囚人と言うのは待たされている間、基本的に落ち着きをなくすものが多い。
ゆえに部屋の中を動き回ったり、物を壊したり、金切り声を上げたり……隠し事をほのめかし、いつまでもこの部屋にいれるように取引を持ちかけたり……そんな見苦しい行動をとるのが『普通』だ。
しかし眼前の少女は静かに座り、燭台の焔が揺れるテーブルにて聖書を広げていた。
「ああ、看守様。ようこそいらっしゃいました。」
メリーは思わず少女にくぎ付けになっていたが、その言葉にハッと我に返る。
「アンタ、その服と顔はどうしたんだい!」
「ええっと……これは、その……」
少女が言いよどむのを見て、軽く後悔するメリー。
そんな事を聞いてどうする。
引率してきた者が、掟を破り暴力を振るったに決まっているのに!
(こりゃ、まいったね)
内心でひそかにそんな事を思う。
特権階級をかさに威張る貴族令嬢は大嫌いだが、元は正義感が強く情に厚いところのあるメリー。逆に理不尽な扱いをうけている者を、これ以上虐げるのはためらわれた。
だが——
(こっちも仕事だ。悪く思いなさんなよ)
「あたしは看守のメリー。突然だけど、プティ・ロースター……アンタ何か隠していないかい。ここの監獄署長——ジェミニ様は、自白すれば恩赦が与えられるかもって言っていたよ」
「恩赦が与えられるような隠し事……ええっと、特にはないと思います」
そう答えるプティを魔眼で見るが、色は変わらない。
どうやら本当の事の様だ。少なくとも、本人はそう考えているらしい。
「じゃあ、質問を変えよう。アンタやポーク・ロースター男爵って、恩赦以外の、逆に罪が重くなるようなことを隠してはいないかい?」
「え!?ええっと、ないんじゃないですかねぇ、あはは……」
今後は、赤く色が変わる。嘘をついているようだ。
と言うか、眼前の少女は嘘をつくのが苦手なのだろう。
目が泳いで、そわそわして、魔眼など使わなくっても嘘をついているのがバレバレである。
(やっぱり!貴族令嬢ってのはすべからくクソだ、すぐに自己保身の嘘をつく!)
内心で悪態をつくメリー。彼女が貴族令嬢を嫌うのには、彼女の姉が関係していた。
メリーが魔力を発現し教会に入る前、一緒に暮らしていた姉。
彼女はとても賢くて、口元にホクロがある穏やかな美人で、メリーにとって自慢の存在だった。
そんな姉は、特待生として貴族達が通う王立の学園へ特待生として入学し——嫉妬した貴族令嬢達からいじめられて心身を病んだ。はじめは拒食になりやせ細り、次は過食になり太った。ちょっとしたことで怒りやすくなり、逆にすぐに泣きだすようにもなり、まるで別人のようになってしまった姉。
もちろん学園には訴えた。が、貴族令嬢達は保身のために口裏を合わせて事実を隠匿したらしい。
結局、姉は途中で退学することになった。現在はまた調子を取り戻してきたと手紙で知ったが、彼女が失ったキャリアや、辛そうにしていた姿は、今もメリーの心に澱となってのこっている。
「ああ、そうかい。ところで、いつまでドレスを着ているんだい。アンタはもう囚人だよ、さっさとアンタにふさわしい服に着替えな!」
そうやって『罪』を表す色である黒いローブを押し付ける。よれよれに布がくたびれており、裾は所々ほつれていた。使い古されたローブの中でも、特段みすぼらしい物を選んできたのだ。とはいえ、状態は悪くても正規の囚人服には違いない。文句を言う様ならそれを逆手にとって、監獄のルールに逆らうのかと畳みかけてやる。
「いっとくけど、文句は言わせないよ。これは囚人が罪を自覚して反省するための服で――」
「わあ、ありがとうございます。」
だが、冷ややかな声音で告げた言葉は、ぽんと軽やかな拍手で遮られた。
「……は?」
「いつでも、この服を着て良いということですよね。私、とっても嬉しいです。」
いったいこの娘は何を言っているのだ。
こんな服をもらって喜ぶなんて、着るものも碌にないスラムの住人くらいしか思いつかない。
「あの、すぐにでも着替えたいのですが……メリーさんはこの場に?」
困惑していたメリーだったが、その言葉に調子を取り戻す。
軽薄に笑みを浮かべると言った。
「ああ、私の目の前でめしかえな!服を脱いだ状態でくるりと一周するんだ。文句は言わせないよ、囚人が何か隠し持っていないか確認するためでもあるんだからね」
お召替え下さいなんて、丁寧な言葉は使ってやらない
平民から命令されて人前で肌を晒すなど、相当の屈辱的なはず。
「わ、分かりました。それでは、脱ぎますが、引かないでくれると嬉しいです」
「は?どういう意味だい」
「……見ればわかるかと。隠すこともできませんし」
そういって、あっさりと服を脱ぎ始めるプティ。
その裸体を見て、メリーははっと息をのんだ。
(せ、背中が傷だらけじゃないか!……かなり新しい、おそらく道具による傷。自傷癖?いやそんな筈はない、自分の背中を広範囲に傷つけるなんて不可能だ。じゃあ、誰が、何のために。)
悪い想像が、脳裏に浮かんだ。
「なあ、アンタその身体は……もしかして父親が関係しているのかい」
「え、ええっと……多少は、関係しているかもしれません。ただ悪いのは私ですわ」
「そんな!社交界で気づいてくれる奴はいなかったのかい?」
「私、デビュタントもせずにずっと屋敷にいたんです」
魔眼で見ているから分かる。彼女の言っていることに嘘はない。
(やっぱり!……くそ、なんてこった!)
その時、メリーの脳裏に浮かんだのは、かつてストレスで過食に走った姉の姿だった。周囲に味方がおらず孤立させられ、いわれのない罵倒により自己肯定感をへし折られ自罰的になっていた頃の姉。
——ポーク・ロースター男爵の罪が重くなるようなことを隠している
——命令に従順で、あっさりと服を脱ぐ
——粗末なローブを与えられて、着るものも碌にないスラム住人のように喜ぶ
——背中に傷
(そう、つまりーー)
彼女、プティ・ロースターは父親に屋敷に軟禁され、様々な虐待を受けていたのだ!




