3.業界用語が、使えない(1)
メリーは、看守室の窓部分にまで取り付けられている格子の隙間から月の位置を確認し、おおよその時間を把握すると生成色のローブをきた先輩看守に「そろそろ行ってきます」と話しかけた。
部屋の奥の椅子でまどろんでいた先輩看守は、はっと覚醒し瞼をこする。そうして周囲の状況を確認すると
「ああ、しっかりやってこいよ。待たされている間にだいぶ弱っているだろうから」
とだけ答えて、また椅子に深くもたれかかった。
メリーはそれを横目に看守詰め所を出ると、ランプを片手に速足で歩き始める。
彼女もまた看守でありながら、身にまとっているローブは薄灰色だ。他国の看守と装いが大きく異なるのは、監獄の運営母体が教会と言うことが関係している。
ローブはシルエットを隠すように全身を覆っているが、歩くのに合わせてわずかに覗く肌の張りは十代女性特有のもので、肩甲骨のあたりで切りそろえられた黒髪にも艶があった。顔立ちは、美人と呼んで差し支えない程度には整っている。
その一方で少々冷たい印象をうけるのは、髪と同じ色の眉と瞳が若干釣り上がっているせいか。
歩きつつ、不機嫌そうに、ふんと鼻をならして閉眼。そして独り言ちる。
「言われなくてもしっかりやるさ。ジェミニ様から頼まれたんだから」
言いながら腰のホルスターに装備された鞭を軽くなでる。
次に瞼を開けた時、彼女の瞳はまるで野生と知恵を兼ね備えた原初の羊、あるいはそれをモデルにした悪魔の様に、白目部分が金色に、黒目部分はマイナス記号のような長方形に変化していた。
「隠し事があるなら、この『魔眼』で全部暴いてやる」
そう。
平凡な生まれにあるメリーが若くして看守と言う仕事に就いている理由も、収監されたばかりの貴族へ監獄のルールを説明するという重要な役を仰せつかったのも、彼女の持つ『魔眼』が関係していた。
この国——ゾディアック帝国において、金髪もしくは碧眼以外で魔力を発現した人物は国に届け出をして教会の下で働くことが義務づけられている。それは、こんな神話があるからだ。
***
かつて人を作りし神は、ある時見込んだ人間に己の力を与え、人々を導くように命じた。
これがゾディアック王国の初代王、カペラゴートである。
主神はさらに、カペラゴート王を助ける者として、武勇に長けた男や心優しい女にも、神秘の力、すなわち魔力を分け与えた。
こうした奇跡の力を持つ者たちは、国のために尽力し、民を救い、やがて男は聖者、女は聖女と呼ばれるようになった。
だがこのとき、分け与えられた力に驕り、使命も忘れて我欲に走った者が現れる。
その者は神から与えられし強大な力を悪しき目的のために使い、のみならず悪魔たちと奔放に交わり、その子孫は地に散らばっていき……長い年月が経った今、そんな悪魔の血が色濃く先祖返りした者が現れるようになった。
それはすなわち、聖者や聖女と同様、奇跡の力を帯びながらも、主神の色彩である金髪や碧眼を持たぬ原罪を背負いし者たち……いわゆる『魔術師』、あるいは『魔女』。
ゆえに、そういった生まれながらに卑しきものは魔力を悪用しないように教会に所属し、その管理下で人々のために尽くすことで贖罪に励むことが義務である——
***
メリーは過日『誰かが自覚をもって嘘をついた時、その人物が赤く見える』という魔眼に目覚め、教会の下で働くことになった。
そして先ほど監獄署長のジェミニ・マリシャスより、こんな命令をうける。
——プティ・ロースターは何か隠している気がします。もしかしたらロースター家にはまだ、隠された資産や知的財産などがあるのかもしれません。一度自白するように優しく促してみて頂けませんか。……ただ、もし貴女が必要だと感じれば、その時は『魔眼』を用いても構いません。
(情け深いジェミニ様は、「連座された娘の方には恩赦の機会があってもいい」なんて思っているかもしれないけれど……)
そう思いつつメリーは呟く。
「私は貴族令嬢ってのが大嫌いなんだ。」
だから、優しく尋問なんてするつもりはない。
最初から魔眼を全開にし、秘密を暴いて逆に罪を重くしてやる。
もし反抗的な態度をとってくるようなら……腰に吊っているのは、そういう時のための鞭だ。




