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私、このままでは死ねない ~お幸せ令嬢プティの監獄ダイエット~  作者: いのりん


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1.知ったかぶりは、よろしくない


「お尻が、お尻がいたい……」


 肉付きはいい方だと自負しているが、護送馬車の絶え間ない振動と木製の硬い座面コンボはお尻へのダメージが大きいようだ。料理だと肉をたたいて柔らかくすることもあるようだが、現在私のお尻はカチコチにこわばっている。


 それで、そろそろお尻で釘が打てるんじゃないかなんて思い始めたころ、馬車が停車。憲兵さんから外に出るように言われた。


「早く降りろ、ここからは歩きだ」


 促され、こっそりと痛むお尻をさすりつつ馬車から降りる。

 眼前にあるのは大きく頑丈そうな鉄の門。それと、てっぺんまで見上げようとすれば身体がひっくり返りそうになるほど高い壁。どうやら監獄に到着したらしい。


「じゃあ、ガラは確かに引き渡しました」

「ええ、護送お疲れさまです……おい、ここからは俺についてこい」


 ここで引きつぐ決まりなのだろう、護送する人間が憲兵さんとは違う服を着た人に変わった。

 手錠をかけられたまま門をくぐり中に入って驚く。


「わあ、綺麗……風も気持ちいい」


 思わず、そんな言葉が出た。

 失礼かもしれないが、監獄の中というのはもっと荒れていて殺伐といた雰囲気だとばかり思っていた。

 しかし、真ん中には綺麗に掃かれた石畳の道があり、脇には色鮮やかな花が植えられ風にそよいでいる。奥に見えるのが監房だろうか、古くて趣がある建物が夕日に照らされて一枚の絵画の様になっていた。


 つい見とれて足を止めてしまったが、文句は言われなかった。

 隣を見ると、誇らしそうな顔をしている。

 それを見ていると、何だかほっこりしてしまった。


「すげえだろ、このゴク。まあ一昔前まではもっと殺風景で荒れていたんだけどな。数年前に監獄の運営母体が貴族から教会に代わってからガラッと変わったんだよ。今では貴族が予算をちょろまかしてたんじゃないかって噂になっているな」

「そうなんですね。貴族のはしくれとしてなんだか耳が痛いです……ところで、ゴクって言うのは監獄の事ですか」

「なんだ、そんなことも知らないのか。」


 ——そう、業界用語でな、大体のことは省略していうんだよ。

 ——ほら、さっきはお前さんの身柄の事もガラって言ってたろう。


 そんな話を聞きながら、ふむふむと心のノートに筆圧強めにメモしていると、違う所から声をかけられた。


「初めまして。そのピンク色の髪に紫水晶の瞳。本日から収監されるプティ・ロースターさんですね。」

「ジェミニ様!お疲れ様です」


 ジェミニ様と呼ばれた男性は教会の偉い人が着るような、真っ白で所々に刺繍の入ったローブを着ていた。

 好々爺って感じの外見で、藍色の瞳に黄鉄色の髪……頭頂部は年相応に薄いな。


「初めまして。わたくしは、ここディスト監獄の監獄署長、ジェミニ・マリシャスと申します。」

「ごきげんよう、プティ・ロースターです」


 丁寧な挨拶をされたので、こちらもカーテンシーを返す。


 なるほど、この人がここのトップなのね。

 運営母体が教会だから、教会本部の偉い人が派遣されてきている感じなのかしら?

 この国で名字を持っているのって、貴族か教会の枢機卿レベルだけだし。


「聞きましたよ、父親の連座で逮捕され1年後に処刑されることになったとか。この国の法律上仕方ないこととはいえ、貴女のような未来ある若者がそんな目にあうというのは心が痛みますね」

「慈悲深いお言葉、感謝いたします。」


 ジェミニ様、感じのいい人だな。偉ぶらないし。


「ところで貴女の紫水晶の瞳は、伝説のように真実を見抜くのですかな」

「まさか。それに、もしそうであっても私には使いこなせないと思います」


 これ、時々言われるんだよね。

 古の聖女が持っていたとされる『真実を見通す紫水晶の瞳』の話。

 まあおとぎ話だろう。あと、私がそんな瞳を持っていても、豚に真珠にしかならない気がする。『食べたら太る』というこの世の真理を見抜いてもなお止まることなく食べ続けていたし。


「ねぇプティさん。私は貴方には恩赦の機会があればいいなと考えています。なので、今後お父様の件でまだ明かされていない秘密や事実を思い出すことがあればどうか教えてください。それを元に大教皇様にかけあうことを約束しましょう。」


 お父様は、教会上層部の9割方は嫌な奴だって言っていたのだが、彼は残りの1割らしい。

 明かされていない秘密……ぶっちゃけると「ある」んだけど、それは私も共犯でバレたら逆に罪が重くなりそうなんだよなぁ。なので、言えることはない。


 だけど、彼の誠意にはなにかお返しをしたいなぁ。

 あ、そうだ。今眼前に広がる風景は一枚の絵画のように素敵だし、それは監獄の運営母体が貴族から教会に代わってからだって聞いたから、ニッコリ笑顔でそこをちょっと大げさに賞賛しておこう。人間、褒められると木登りしたくなるくらい嬉しくなるもんね。


 ちなみに、情報源(ソース)は私。

 ああ、ソースなんて聞くとお腹が……っていかんいかん、煩悩(食欲)退散。


「ありがとうございます。ところで、ここから見た景色は一枚の名画の様ですね」

「ははは、中々のものでしょう」

「ええ、まるでヴァニターレスの絵画の様ですわ」


 ……あれ?なんかジェミニ様の笑顔が一瞬引きつったような。




 ぶっちゃけ芸術とか全然詳しくない中で見栄を張り、風の噂で今一番勢いがあると聞いた新鋭画家の名前を持ち出して褒めてみたのだけど何か不味かったかしら?


「ええと、どのあたりがそう見えたのでしょうか。」

「えっと、あー……あの赤い花のところ、とか?趣があるというか」


 と、適当にいって気付いた。丁度その辺の花だけ、虫に喰われてたり元気なさげに萎れてるやつもあるじゃん!

 ……知ったかぶりは良くなかったな、ちょっと反省。


「……」

「……」


 お互い笑顔のまま会話が止まる。

 なんか、微妙な空気にしちゃったな。


「ジェミニ様。私からこれ以上お話出来ることはありません。ただ、最後に一つだけ。お互いに、神の思し召しがありますように」

「……ええ、お互いに」


 そしてごめんなさい。引きこもり生活長かったのもあって、私これ以上会話膨らませられません。

 とりあえず神様トークでまとめて、カーテンシー決めて終了。


 そして撤収。


 いや、どこに行くか分からん。

 ああ、あの監房の方に行くのですね、はいはい了解です。




「なあ、お前さっきは何であんな失礼なこと言ったんだよ」


 ジェミニ様と別れて監房に向かう途中、引率の看守さんにそんなことをいわれた。

 口調や顔を見ると、先ほどの朗らかムードから一変していてお怒りのようだ


「えっと、何のことでしょうか?」

「ここの風景をヴァニターレスの絵画みたいと言ったことだよ!」


 あ、やっぱりアレ不味かったんだ。理由はわかんないけど。


「ヴァニターレスって『風刺画の名手』って噂の画家だろ。一見美しい肖像画や風景画が、実は散財や虚飾している奴への皮肉や転落を暗示しているとかで評判になっているやつ。」

「あ、あの。深い意味はなくて……その、よく知らないままつい思いついたことをポロリと言っちゃったと言いますか」

「なんだそりゃ、貴族ってのは息を吐くように嫌味を言うのかと思ったら、ただの天然だったのか。」


 や、やっちゃったー!

 ずっと屋敷に引きこもっていたのもあって全然知らなかったよ。

 でも、今更そんな弁明もできないよね。


「ほら、ここから独房だ。精々ゆっくりと反省するんだな」


 ご、ごめんなさい。

 ちょっと打ち解けられたと思った人から氷点下のまなざしを向けられ凹む。


 反省しよう。知ったかぶりはよろしくない。



 ***


 時は少し遡る。


 プティ達と別れた後、ジェミニ導師はひとり、先ほどの場所に残っていた。

 落ちてゆく太陽を背にしておりその表情は見えない。


 ただ――


「ヴァニターレスの絵画みたい、ねぇ。流石は『猪突男爵』と名高いポーク・ロースターの娘といったところか」


 その声は冷たく、つぶやく口元は吊り上がっていた。


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