16.謝罪しないと、居た堪れない
本日は安息日、囚人たちが刑務作業から解放され共用の広場やの娯楽スペースなどでつかの間の安穏を楽しむ日。
なのだが、プティは1人花や薬草の栽培を行う農場に出向いていた。
「このままじゃ近日中に公開処刑。せめてダイエットが完了するまでは引き伸ばしたいのにいい案が思いつかない。だから気分転換に焼きマシュマロが必要なの、そうこれはあくまで気分転換……」
1人でぶつぶつ言い訳をしながら、焼きマシュマロを隠れ食いをするポイントを探っているのだ。
囚人達から焚火の仕方は習ったし、ベッツ経由でこっそりと薪やマッチも拝借している。抜かりはない、プティは自分の浅ましい欲望の為なら頑張れる子なのである。
「あら?」
隠れられるポイントを探していると、コの字型になるように多数の木箱が並んで積まれているのを見つけた。一部周囲に黒い砂のようなものが落ちていてツンと匂うが木の隙間から堆肥でも漏れたのだろうか。
「身を隠すのにはちょうどいいわね」
死角になるように間に入り手早く火をおこす。それであとはマシュマロを焼くだけだという段になったところで念のため周囲を窺うと、少し離れたところに監獄長ジェミニの姿が見えた。周囲に人はおらず一人の様だ。機嫌がいいのか、ニチャッとした笑みを浮かべている。
(そうだ、皇子に睨まれて脱獄できなくなったことを伝えてなかった。事情を説明して謝っておかなくっちゃ。)
非常に気まずいが、意を決し話しかけることにした。
「ジェミニ様」
「ん、プティ・ロースター。どうしてここに」
「貴方の計画は中止すべきです。それを伝えに来ました」
脱獄計画を立ててくれていた彼には申し訳ない気持ちでいっぱいだ。せめてものお詫びに焼きマシュマロを一つ……いや二つプレゼントしてもいい。
「ふふふ、どうやら全てお見通しの様だ。ゴーダとスネルの件は確かに失敗したが、それで勝ったつもりか?」
「いえ、勝ったとか負けたとかそういう話ではなく……」
というか、その話ならこちらの負けだろう。あの日脱獄は失敗したのだから。
「だがもう遅い、私の計画は本日完了する!」
(あら?)
腕輪が熱くなった気がする。でも今はそれどころじゃない。「脱獄計画、もろバレです。失敗します。」って伝えてやらなくては。先日皇子は『腕輪は悪意を感知すると騎士団に通信が入る』と言っていたから、善意の申し出なら大丈夫なはずだ。
「まだ間に合います。速やかに中止してください」
「今更中止?笑止!ここまで苦労したのだよ、聖騎士が潜入捜査に来ると聞いた時は焦ったものだ」
「えっ?」
(リブラ皇子が捜査に来た事をもう知っている?その上でまだ私を脱獄させようとしてくれているの?どうも事情がつかめないわね……とりあえず話を聞いてみましょう)
「ははは、意外だったか。あの皇子は王家御用達の商会子息と身分を偽りやって来たのだがね、その商会は裏で教会のトップ層とズブズブの癒着関係にあるのだよ。多くの高位貴族が中毒になっている『ご禁制の品』、その流通には教会が裏から力を貸しているし、なによりこの監獄で原料を作っているのだからね!」
「そ、そうなんですね」
ウキウキと自慢げに話すジェミニに、ちょっぴり引くプティ。
ああ、きっと誰かに聞いて欲しかったんだろうなぁ、と思った。
「それだけじゃない、大貴族のボージャック家やゲスナー家もすっかりこちら側だぞ。最近は力をつけてきた新興商会のトップを冤罪で捕まえるのにも協力してくれたな、商売の邪魔になりそうという理由で。だから潜入捜査のことは分かっていた。皇子がこの農園をみれば秘密がバレるかもしれないから、関わらないようにうまく業務を調整し見事隠しおおせたというわけだ」
そういって、農園に手を広げるジェミニ。
そこに有ったのはケシの花や大麻草——この国ではまだ新しく、一般人には認識されづらい麻薬の原料であった。
驚愕に目を見開くプティ。
「一度使えばやみつきになり、意志の力では抗えない中毒性。それの前では人はたやすく理性を手放す、そんな罪深い品をここで密造し流通させていたというわけですね」
「ははは、ご名答」
恐るべき事実を前にしたプティはその内心で
(なんてこと!つまり、『蜂蜜』を密造して売りさばいていたのね。よくわかんないけど、きっと特許とか利権関係とかその辺が色々面倒なんだわ)
どこまでも食い意地の張った勘違いをしていた。
「そして、我々はこの品を国外まで広めていきたいと考えている。そのために、本日クーデターを起こし王家を転覆させるのだ!」
「嘘でしょう!?」
「ははは、ここまでは君も見抜けていなかったようだね。不可能と思うかい?それが可能なんだよ」
不可能とか可能以前に、いくら私でも蜂蜜のためにクーデターはないわと慄くプティ。
布教のために国家転覆をはかるなんて、彼らは随分と厄介な蜂蜜愛好者の様だ。
「教会は長年かけて多くの火種を準備してきたのさ」
曰く
「この国で、『金髪か碧眼以外の魔力持ちは教会の管理下に入らないといけない卑しい存在』といわれているだろう。あれは、便利な戦力を自分達の下へ集めるため教会主導で流した嘘だ。本当は誰よりも貴重な能力があるのに長年見下されうっぷんの溜まったそいつらに、いいタイミングで『実は全て王家の陰謀だった』と話せば……ほうら、士気の高い強力な兵隊の出来上がりというわけさ!」
プティは目を見開き、口に手をあてた。
(えっ?私が魔力持ちって皇子バレたけど、もしかしてセーフになるやつ?)
「犬耳人族への冷遇政策も、教会が高位貴族を抱き込み渋る王家を押し切って進めたものだ。あの獣どもは身体能力だけは無駄に高いからな、国内の獣人どもが暴徒になれば騎士でも手を焼くぞ。それにクーデター成功後、獣人国家に『同胞を救ってやった』と恩を売ればしばらく便利な用心棒代わりにできるだろう」
興が乗ってきたらしく、ジェミニは芝居ががった口調で身振り手振りを交え始めた。あとちょっぴり早口になっている。そういえば、昔美味しかった新作お菓子をメイドに熱弁する自分もこんな風にちょっと痛い感じだったかもしれないと戦慄するプティ。
どうしよう、観察者羞恥でそちらの方が気になり、話している内容が全然頭に入ってこない。
「そんなにうまくいくのかって?いくんだよ、これが。国家には長年隠してきたが、私は微力ながら魔力を持っていてね。その能力は『目を見て話した相手から好意を持たれやすく、また話した内容も信じられやすい』というものだ。軽い洗脳の一種だな」
「も、もうその辺でやめて……」
「なにを言う、ここからがいいところなのだよ!」
ダメだ、完全に自分の世界に入っている。
「私がここに赴任してから、監獄内の設備や囚人の扱いを改善してきた。ま、以前に教会が横領していた元請け予算を後から使っただけなんだがね。その一方で、冤罪で捕まえた一部の男性囚人達には食事のランクを下げて冷遇するなど大きな差をつくることで鬱憤をためてきた。外部との連絡を遮断し、男性囚人のグループ間で対立が起こるように扇動もしたな。今、広場にはそんな囚人たちが集まっているが、そこに今から半刻後「別のグループから襲われた」という誤情報を流して乱闘騒ぎを起こす予定だ。多くの血が流れ、死者も出るだろう」
興味のない長話をされても全然頭に入ってこないが、とりあえず何か悪事を企んでいることは分かった。
「その後、失意と混乱の最中、私は『先程の混乱は囚人の数を口減らししたい王家が扇動したものだ。君たちの不遇も王家のせいだ。教会とともに王家を打倒しよう』と私が魔力を用いて演説し、暴徒に仕立て上げる。そして、そこから先に役立つのが——」
言いながらジェミニは、農園に大量に置かれた木箱を手で示した。
「ここにある、大量の火薬と油だ!周辺の町を火の海にしながら王都へ向かう」
丁度そのタイミングで風が吹き、彼のローブを黒幕っぽくたなびかせる。
その顔はまるで、悪魔が乗り移った様だった。
「むろん、烏合の衆。騎士団によりすぐ鎮圧されるだろう。だが、それでいい。目的は陽動なのだから。この監獄があるのは王都から南、そちらに戦力を向かわせたところで、北から高位貴族と教会の私兵で編成された本隊が王都を奇襲する予定だ」
と、ジェミニが言い切ったところで——
農園に大量に置かれた木箱が突然大爆発した。
どごぉおおおん!!
という轟音と共に、まき散らされた油瓶と木片が周囲に降り注ぐ。
「なっ……?!」
思わぬ事態にジェミニが絶句し、ついでにプティも絶句している間に麻薬農園が猛火に包まれてく。
周囲にはもうもうと煙まで立ち込め始めた。
「なんだとおおぉぉぉお!?なぜだ、いったいどうして火がぁ!」
「あ……」
プティは思い出した。そういえばさっき、焼きマシュマロしようと焚火をしていたな、と。
ジェミニの饒舌なしゃべりを聞くうちに、「すこし話すだけだし大丈夫だろう」とそのままにしていたのをすっかり忘れていた。
ツンとした匂いは肥料ではなく火薬だったらしいから、先ほどの風で火の粉が舞った拍子にでも引火したのだろう。
「ごほっごほっ……き、貴様の仕業かプティ・ロースター!」
「その……はい」
「ごほ……くそ、こんな轟音と失火騒ぎがあれば大広場での混乱扇動もおじゃんだ!まさか貴様、はじめから全てお見通しだったのか?私の計画をとん挫させるため木箱の近くで火をおこし、私にそれを悟らせぬよう火がまわる時間を稼ぐために知らないふりをして会話を引き伸ばしたと……ごほっ、ごほ……く、くくく、ひはははは!」
迷推理を披露し、そこから突然狂った様に笑い始めるジェミニ。
ショックを受けた所にいぶされた大麻の煙を大量に吸い、ハイのアッパラパーになってしまったらしい。
「だが、痛み分けだなぁ!見たまえ、農園の出口は炎でふさがっている。そして周囲は壁で逃げ場はない。ひひひ、ひひひひともに焼け死ぬ運命だ。ははははは聖教会バイザーイ!」
「あっ、ちょっと!……いっちゃった」
そのままジェミニは、炎の壁に突っ込んでいき姿を消した。
たまったもんじゃないのが、素面で一人残されたプティである。
「ごほ、ごほ。煙たい!」
(えっ、どうしよう。突然のことに頭が追い付かないのだけれど、私って今めちゃくちゃピンチよね……あ、なんか頭がフワフワしてきた。煙を吸って酸欠になったのかしら……)
「でも、これで逆に良かったのかも……恥ずかしくない終わりができる」
ぽろりと口に出して、気付いた。
だって、どうせ近い将来公開処刑がされる身だったのだ。それで『あの太っていた人』として語り草になってしまうよりは、ここで終わった方がいい。何だかフワフワしていい気持ちだし、苦しまずにあの世へ行けそうな気もする。それに炎に焼かれたら体脂肪だって燃えるだろう、死人に脂なしだ。
火は罪を浄化するというし、ワンチャン楽園へだって行けるかもしれない。
なら、これで良かったのだ。
(ああ、でも一つ欲張るなら楽園では美味しいものがたくさん食べられますように。食べても太りませんように。お母様と再会して、仕事とか勉強とかそういう面倒ごとは一切なく、気ままにゴロゴロ楽しくやれますように……それとそれと……)
寛容な神も苦笑しそうな願い事デラックスハッピーセットを注文しながら、プティが幸せな気持ちで意識を手放そうとしたその時である。
——ごぉ!
強い風が火を散らし、炎の中に一本の道ができた。
(えっ?)
「大丈夫か?プティ・ロースター!」
聞こえてきたその声に、沈みかけた意識が一瞬浮上する。
(り、リブラ皇子~!?)
「しっかりしろ、キミはこんなところで死んではいけない!」
なんと言うことだ。
せっかく気分よく終われそうだったのに、執念深いこの男は公開処刑に強いこだわりがあるらしい。
「い、いや……おねがい、ここで死なせて……」
最後にそれだけ呟くと、今度こそプティの意識は深い闇へと沈んでいった。




