15.このまま放って、いられない
ふと、プティ・ロースターはつぶやいた。
「最近、すごくついている気がする」
一昨日はジェミニからは暗に脱獄させてやるってほのめかされたし、昨日はなんとベッツから瓶詰のマシュマロを貰ってしまった。なかなか高級な品である。ドカ食い気絶したのは自業自得なのに「先日の事、すまなかった」とか真摯に詫びられて逆にこちらが申し訳ない気分になってしまった。むしろ、一緒に釜の飯を食おうってことに気付けなかったこちらが悪いのに。
それで、「こちらこそ、過日は貴方たちに思いを馳せることができず申し訳ありませんでした」と謝ったら感極まった顔をされた。やっぱり庶民というのは歌劇みたいに感情豊かな人が多いかもしれない。
なお、マシュマロは監獄外から密輸したのだという。看守と上手くやれば色々便宜を図ってもらえるそうだ。何それ凄いと一瞬驚くが、監獄長が率先して自分を脱獄させようとしているくらいだしなと思いなおす。それで、「トップがああですもんね」とつぶやくと怪訝な顔をされた。余計なことを言ってしまったと反省。
あと、嬉しいのだがまた太ってしまうと内心で悩んでいると「真面目だな」と苦笑された。自己都合のダイエットなのに彼はだいぶ査定が甘いと思う。
本日、人気のない外壁付近の清掃を命じられたのもまたタイミングが良い。刑務作業の一環なのだが、模範囚なので監視もつけないという。これならば懐に忍ばせたご禁制の品をゆっくり味わって食べることができるだろう。
(ジノに分けてあげようかとも思ったけど、何かの拍子にバレて怒られたら逆に悪いしね……ってああ、これは偽善だわ。言い訳臭いがの自分でも分かる。私って卑しい女……)
「はあ、人間の欲とは業が深く際限がない物なのね……」
思わず主語をでかくしてため息をついてしまうと、背後からその声に答えるものがいた。
「おう、よーくわかってんじゃねえか」
「へっへっへ、気付かれたか。カンのいい女は嫌いじゃないぜ」
団子っ鼻と出っ歯が特徴的な、男性囚人の二人組だった。
カンがいいなんて言われたが何の用件だろうか、全然心当たりがない。
「用件は分かってんだろ?俺たちはその野暮ったいローブの下に隠されたお宝を暴きに来たのさ。」
「隠したって無駄だぜ?いいもん持ってるってバレバレだ。柔らかい膨らみを味わわせてくれよ」
そう言いながらにやけ面を浮かべる男達。
(ああ、なんてこと……)
プティは全てを悟り顔を青くする。そう、彼らは
(マシュマロを狙ってきたのね!)
「なあ俺には分かるぜ。アンタも正直一人でもてあましてんだろ?」
「一緒に快楽を味わおうじゃねぇか。お前の『お口』に俺たちの『棒』を突っ込んでやるよ」
「そ、そんな……」
なんということだ!男達はマシュマロを狙ってきたわけではなかった。
今度こそプティは完全に状況を理解する。
「ひひっ、俺たちはそんな背徳的な行いに興奮するたちでね」
「気丈な女が最後には意識も絶え絶えになり、よだれを垂れ流すのを見るのが、たまらなく好きなのさ」
一方的に搾取するのではなく、持ち寄りお菓子パーティを開こうとしていただなんて!『棒』というのはチュロスとかその辺りの菓子の隠語だろう。どうしよう、深夜のラーメンとか背徳的なほど美味しく感じちゃうの、すっごいよく分かる。どうやら彼らもドカ食い気絶部だったらしい。
「ああ、そんな姿を男性に見せるなんて……」
「へっへっへ、抵抗してもいいぜ。」
「俺たちはそんな女を陥落させるのが好きなんだ」
致命的な行き違いを抱えたまま、下卑た男達がプティを毒牙にかけようとしたその時——
「何をしている!」
良く通る、男らしい声が響いた。
リブラ王子がやってきたのだ。看守に扮し潜入している彼は刑務作業の割り当てを見て作為的なものを感じ、嫌な予感に従って様子を見に来たのである。
そんな男の登場に下卑た男子たち二人は内心で舌打ちし、プティも内心で舌打ちしていた。
「っち、事情を知らねぇ新入り看守か、邪魔くせーな……なあ兄ちゃん、俺たちは元貴族でよ。看守長からの覚えもいいんだ。だから時々こういう仕事が回ってくるのよ」
「こういう仕事、だと?」
怪訝な顔で眉を顰めるリブラに、二人は余裕の表情を崩さない。
「ああ、この女には監獄からいなくなってもらうんだとよ」
「で、せっかくだからその前に少々お楽しみしようってわけだ。本当のことだから、見逃した方が身のためだぜ。なんならてめぇも混ぜてやるよ」
驚愕に目を見開くリブラ。
隣に目をやるとプティロースターが不安そうな顔をしていた。
つまり四人でお菓子パーティってことね!?私の取り分はきちんと確保されるのかしら、なんて斜め上の心配をしてるプティを他所に、リブラは事態を正しく把握していた。
「聞くに堪えんな」
「んだと、てめぇ!」
「おい、このガキもうのしちまおうぜ……あとでもみ消してくれんだ——ぐえ!?」
出っ歯の方は最後まで言葉を紡ぐことができなかった。
間合いを詰めたリブラの拳が顔面を捉え、彼の意識を飛ばしたからである。
「もうしゃべるな、下衆め」
「くそ!やりやがったなてめぇ!」
そういって、襲い掛かるもう一人の団子鼻。
その大きな拳をリブラはひらりとかわし、勢いを逆用して投げ飛ばす。
「ぐえ!」
顔面から地面に叩きつけられ、団子鼻の男も沈黙した。
「さて、プティ・ロースター」
「ひっ!」
リブラに声をかけられ、恐怖に声が引きつる。今度はお前の番だと言われた気がした。このままでは不味い。なにせ友好的に接した下請けの男達でこれなのだ、何か言い訳をしないと今度は主犯がボコボコにされてしまう!
「こ、こんなことしたら貴方が後で大変な目にあってしまうわ。私だけでなく、貴方まで!二人が言ったことは本当なの。信じてもらえないかもしれないけれど、この一件はこの監獄のトップの指示で動いていることなのよ」
「ああ、そんなに震えて……大丈夫、安心するといい。」
むしろ、一番安心できない人物に言われても説得力がないのだが。
「もう大丈夫、大丈夫だよ。おおむねの事情は把握した。その上で言おう、君のことは私が必ず監獄から連れだすと約束する。今は信じられないかもしれないが」
良かった、事情を把握して彼が脱獄を手引きしてくれるらしい。
きっと上から怒られないよう、己の確認ミスをフォローしようと言う腹積もりだろう。少々ずるい気がしないでもないが、こちとらぜいたくを言える立場でもない。
「し、信じます!貴方のことは信じられますわ。だって、貴方は立場のある方ですもの。ええ分かっています。というか今、確信しました。貴方は他の看守たちとは違う、何があっても女性に乱暴はしないし、ちょっとした立ち振る舞いも非常に洗練されている。そして、その目を見れば約束は必ず守る方だと分かる……そう、まるで誇り高き聖騎士様」
リブラは驚きに目を見開いた。潜入捜査中ということで変化の魔術を使い身分を偽っているのだが、どういうわけか彼女はお見通しだったらしい。紫色の瞳だし、伝説の聖女の様に真実を見通す慧眼でも持っているのだろうか。
そんなことはない。彼女の目は節穴である。今の言動は己の保身のために暴力看守を全力ヨイショしているだけだ。半年以上の監獄生活で、それくらいの社会性は身についていた。
「そうか……君は凄いな。さて、しかし、こいつらをどうしたものか」
その言葉にプティはチラリと伸びている男達を見る。
二人とも鼻血を流し、白目をむいて失神していた。
(うっ……不憫だわ)
プティから見た二人は、「自分を脱獄させようとしてくれた上にお菓子パーティまで提案した優しい兄ちゃん」である。このまま放置するのは居た堪れない。そこで二人の傍へ行き、治癒の魔力を使うことにした。
「ちょっと失礼」
ぱああぁぁあ!
緑色の光に包まれ、二人の傷が癒えていく。
看守に見られるが構うものか。さっき脱獄させてくれると約束したし、彼の尻ぬぐいをしてやるのだから魔力持ちとバレたって別に怒られやしないだろう。
「ふう……良かった、綺麗に治った」
ほっと一息つくと、看守が何とも言えない顔をしていた。
「驚いたな……君は魔力持ちだったのか。それを私に見せる意味は分かっているのかな」
「ええ。でもどうせ私は近い将来いなくなりますから、今更ですわ。」
「君はいなくなったりしない」
なんで!?魔力持ちを隠匿していたのが彼の職業倫理に火をつけてしまったのだろうかと内心焦るプティ。先程は脱獄を手引きするようなことを言っていたんだから今更な気もするのだが、自分に甘く人には厳しいタイプなのかもしれない。身に覚えがある。
そうだ、自分が魔力を持っていることは監獄長も知っていることにしておこう。元々死刑になる身。それをチョロまかせて監獄から消えるのだ、多少余罪があったと後からバレてもって問題はあるまい。
あと、過日父親から聞いた「金髪碧眼以外の魔力持ちは卑しい、というのは教会の作った嘘っぱち」という話もしておく。
すると、新米看守は目を見開いた。
「そんな……にわかには信じられんが、いや、しかし……」
(うんうん、人間って自分に都合のいい話を信じるからね、ソースは私。)
「まあ、矮小な私のことなどはどうぞ気になさらず。貴方は貴方の立場を一番に考えた選択をなさってください」
つまり、脱獄の手引きを!
「……わかった。まず、私は私のやるべきことをしよう」
「ええ、どうかそうしてくださいませ!」
「ただ、その前に一つ伝えておこう。君は私を聖騎士の様だと言ったね。それは、半分正しいが半分は誤りだ」
「へっ?」
口をぽかんとするプティをしり目に、リブラは『変化の魔力』を解除した。そうして金色の光に包まれた後に現れたのは、高位貴族の特徴である金髪碧眼を持つ高身長の美丈夫であった。えっ?何この国宝級イケメン。どういうことと混乱するプティ。
「私はリブラ・ゾディアック。君の様子を見に潜入捜査に来た聖騎士であり、この国の第三皇子でもある。まもなく調査期間が終わるため一旦監獄を離れるが、我が名誉にかけて誓おう。一月以内に君をここから連れ出し、ふさわしい場所にて君がどういう人物だったか真実を知らしめる!」
(ふさわしい場所!しょ、処刑台ってこと〜!?)
なんと言うことだ、まだダイエットも終了していないのに!公開処刑まではまだ半年近く残っていたはずだが、脱獄しようとしたから日取りを早めるということか。しかも、ドカ食い気絶など監獄内での醜態を暴露するという。
ショックの余り脚から力が抜けてへたり込むプティ。
「ん、気が抜けたかな。安心するといい、私は必ず約束を守る。今回の失敗が伝われば黒幕もしばらくはおとなしくするだろうしね……とはいえ、その日までになにかあるといけないな。これを身に着けておきなさい——『腕輪の効力を解除』」
何もついていなかった彼の腕に腕輪が出現した。
「これは王家秘伝の護身用魔道具でね、装備者以外には見えないんだ。」
リブラはそれを自分の腕から外すとプティに嵌める。
「——『装着、プティロースターを対象に効力を発動』——よし。これで君の居場所は常に騎士団に伝わるし、強い悪意を感知した時は通信が入る。必ず近日中に君をここから連れ出すから、それまでは決して無茶をしないようにね。」
リブラとしては善意100%の行動だ。またこの国において腕輪というのは一種の婚礼品であり、年頃の乙女としては心拍数のあがるシチュエーション。先ほどピンチを救ってもらったことを考えると吊り橋効果がかかってもおかしくない場面でもある。
あるのだが
(て、手錠ってことね。ああ、絶対に逃がさないという強い意志を感じる……大ピンチ)
プティとしては『正しい意味での吊り橋的状況』に胸がドキドキする結果になっていた。




