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12.涙をこぼさず、いられない

 

 ドカ喰い気絶により意識を飛ばしたプティは、心地よいまどろみの中で身体がふわりと浮き上がるのを感じた。それで、ああ至福……なんて思っていた矢先、カツカツという音と振動によって安眠を妨害される。


 それで、ううーん後五分、もう食べられないよぉ、なんて思いながらうっすらと瞼をあけると、新入りの看守に姫抱きにされどこかに連行されている最中だった。


(えっ、なになに。いったいどういうこと!?)


 未知のシチュエーションに激しく動揺するプティ。花より男子より団子タイプとはいえ彼女とて年頃の乙女、男性への興味や恥じらいはきちんとあり、また引きこもっていたが故に恋愛経験ゼロのおぼこでもあった。


 ベッツの企みに乱入したあの後、メリー達は周囲の状況を把握すると血相を変えベッツへと詰め寄りおおよその事情を把握した。

 それで、メリーを現場に残し、地理に詳しいジノが先導して体格の良いリブラがプティを救護室へと連れて行くこととなったのである。



「なんと意地が悪い……プティ様、本当に大丈夫でしょうか」

「先ほどの彼の言が本当ならね……そしてここだけの話、かなり重いぞこれは」


 リブラは思う。

 どうやらこの監獄内で、看過できない重い事態が進行しているようだと。


(な、なんてことなの……)


 プティは思う。

 懐いてくれていたジノまで食い意地の悪さに呆れている。大丈夫って頭の心配よね、そして私ってかなり重いんだと。

 ……最近痩せてきたと思っていたのだが、どうやら見通しが甘かったようだ。もしかしたら、今日の暴食でリバウンドしたのかもしれない。


 ショックの余り、プティは再び意識を手放した。


 なお、この後医務室で医官に「どうやらショックで気絶しているようだ、よっぽど精神に辛労がかかるようなことがあったのだろう」と判断されリブラの見立てと帳尻が合ったのだが、それはまた別の話である。


 ***


 一方、ひとり残ったメリーはベッツと対峙していた。


「さて、一体なんでこんな真似をしでかしたか教えてもらおうか」


 メリーの言葉には明確に怒気がにじんでいる。

 しかしベッツはそれにまったく動じることもなく鼻を鳴らす。


「別に、心を込めた料理で『おもてなし』をしてやっただけさ」

「ふざけるんじゃないよ!」

「まあ聞け、俺たちは別に規則違反(リンチ)をしていたわけじゃない」


 眉を顰めるメリーにベッツは話を続ける。


「その風貌、お前貴族が嫌いで有名な魔力持ちの女看守だろう?」

「それがどうしたってんだい」

「運営母体が教会に代わってから監獄内の環境は劇的に改善したが、一部、問題囚とされた男達の食糧事情だけは悪化したのを知っているか?監獄長が言うには王侯貴族からの圧力があったらしくてな、支給されるのはとてもそのままじゃ食えたもんじゃない廃棄寸前の古く硬いパンが一日に一つだけ、あとは塩と安価な油くらいなら使わせてやるから足りないなら各自で調達しろとなっているのさ。……その顔、どうやら知らなかったようだな」


 押し黙るメリー、図星だった。男性看守の方が多い関係上、女看守が男性監房の諸業務に携わることはほとんどない。特に『問題囚』というのは対応がむずかしいとされており、一部のベテランのみで編成された部署が独自に担当することになっていたから。


「そして『問題囚』なんてのいうも殆どがでっち上げ、貴族にとって目障りな平民が難癖付けられて、冤罪で監獄にぶち込まれた奴が殆どだ。つまるところただの悪趣味な嫌がらせさ。以前使っていた食材にかかる費用なんざ、貴族にとっちゃはした金に過ぎないんだからな。そんな男たちは今、飢えにより、本来廃棄される獣の腸や農作業中に捕まえる害虫なんてのを揚げて食う羽目になっている。『貴族』なんてイカれた奴らの加虐癖のせいでな」

「なるほど、『貴族』ってのはクソばっかりだね」


 そんなベッツの言葉にメリーは瞠目し、深く息を吐き、


「おお、分かってくれ――」

「でも、アタシも今のアンタたちも同じ穴の狢さね」


 そして啖呵を切った。


「されて嫌なことを人にすんな、人のふり見て我がふりなおせってね。そりゃあ、アンタの言うことが本当ならその境遇に同情はするさ。でも平民に難癖付けていたぶる貴族と、あの子をいたぶっていたあんた達は根っこのところで一緒さ。」

「はん、ふざけるな。下の者を虐げる貴族の行いと、華やかな世界で育ちお高いところにとまっているお嬢さんに現実を見せてやる行為が、同じわけが——」

「——プティが!」


 なおも言葉を続けようとするベッツだったが、激したメリーがその言葉尻を奪った。つい熱くなり過ぎたのを自覚したのか、1つ深呼吸をしてから、その場に居る全員に向かい抑えた声で語りかける。


「あの子が、この監獄に来る前どんな生活を送っていたか考えたことはあるかい」

「……」


 怪訝な顔をして首をかしげる周囲。

 メリーは看守仕事によって少々荒れた細い指でテーブルを撫でた。


「華やかな世界?羨ましいねぇ、最高だ。ところで、彼女は16歳にもなって一度もパーティに出席したことがないそうだ。貴族令嬢ってのは、普通は12歳前後で社交界デビューするというのに……さあ、なぜだと思う?」

「おい、まさか……」


 ごくり、と誰かが喉を鳴らす音が聞こえた。

 メリーには存外、人を引き付けるしゃべりの才能があるらしい。


「彼女がここに来た当初、背中は傷だらけだった。もっとも、その理由を決して口にしようとはしなかったがね。食堂では『皿で食べられる、なんて素敵』とつぶやいたらしい——彼女に何があったかくらい、ここに居る連中なら想像がつくよね」


 周囲から「畜生」「下衆め」と悪態が聞こえる。


 囚人とて、生まれついての悪人などそういない。特にこの場には冤罪で投獄された者も多くいたし、生活苦から罪を犯したも者でも幼少期にはきちんと母親の愛情を受けることはできていた。自分達よりも過酷な幼少期を過ごしたことが容易に推測できる少女に対して、同情的になるのも自然なことであった。


 まあ、勘違いなのだが。


「奴の母親はいったい何をしていたんだ!そこまでの下衆ではなかったはずだぞ」

「なんだ、プティの母親と面識があったのかい?あの子が幼いころに亡くなったらしいよ」

「な……」


 どうやら、相当衝撃的だったらしい。ベッツは先ほどまでの不遜な態度とは一転、狼狽した様子でのけぞると、そのままソファにズルズルともたれかかってしまった。その様子が気になったメリーだが、一旦本筋を進める。


「そんな彼女がなぜ監獄に来たか知っているかい?親の連座さ、つまり彼女自身は何も悪いことしていないのに虐待してきた親のしりぬぐいで投獄されたんだ。理不尽だろう。しかも、恩赦が与えられる可能性はまずなく1年後には処刑されることがほぼ決まっている。だというのに、あの子は誰も恨むことなく今日も人に尽くすんだ、馬鹿みたいだろう?アタシは泣けてくるよ」


 そう語るメリーの目じりには涙。


 どこからか鼻をすする音が聞こえる、ほろりと涙をこぼすものさえいた。


 ええ、もらい泣きである。

 お優しいのは、誰ですか?


「貴族に嫌な奴らが多いってのは確かにその通りなんだろう。でもね、貴族というだけでひとくくりにしてプティ本人の事を見ようともしない奴は、同じくらいの馬鹿者さ……かつての私も含めてね」


 そうメリーが言い切ると、場にはしばらくの静寂。

 それを再び破ったのはベッツのこんな一言だった。


「俺たちは……いや俺は、彼女に詫びねばならんな。許されんことをしてしまった」

「ボ、ボス……」


 思った以上に愁傷な様子を見せるベッツに、メリーは先ほど気になったことを問うてみた。


「アンタの知るメリーの母親はどんな人物だったんだい?」

「不義理な人物、と思っていたんだがどうやら全く違ったらしい」


 片手で額を押さえ悔恨の表情を浮かべるベッツ。

 その後、彼が語ったのはこんな話であった。

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