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11.完食しなくちゃ、帰れない


 昔世話になった借りを返したい、本日秘密の茶会に招待するので一人で来いという手紙を貰ったので『もしかして数量限定の珍味でも振舞われちゃうのかしら』と期待して出向いてみたら、むくけつきの男達に有無を言わさず連行されてしまった。


 こんな事なら欲張らず、最近何かと親切にしてくれる人達も誘っておけばよかったと、後悔してももう遅い。


 そんなプティが現在いるのは、男女共用区画端に位置する大倉庫。現在使われていないはずのその場所には古びた椅子や机が並べられ、場末の冒険者酒場の様になっていた。


「まあ、座るといい」


 そう声をかけてきたのは壮年の男だった。オールバックにした暗い緑の長髪と山羊のようなあごひげが特徴的で、少し離れた最奥のソファに腕と脚を組んでもたれかかり、まるで王者の様にこちらを睥睨している。


 男は、ベッツと名乗った。



(あー……)


 プティは困惑していた。


(これは、きっと嫌がらせ……なのよね?)


 有無を言わず硬い木椅子に着席させられ、まわりをごろつきのような男達に囲まれる。正直、居心地はよろしくない。よろしくないが……食事が出てきそうな感じもする。



「最近、噂になっているらしいじゃないか。貴族社会出身の女が、まるで弱者の味方のように振舞っているってな。だから、下町流の『おもてなし』をしてやろうってワケだ。」

「いえ、私のは別にそんな大層なものでは……」

「謙遜するな、刑務作業できつい土木工事を引き受けるかわりに楽な花の世話を他人に譲ったりしているそうじゃないか」

「それについては、ダメなのを分かってやるわけにはいかないと言いますか」


 だって、沢山運動してカロリーを消費しないといけないから。それにプティは思うのだ。自分の性格を考えると、ついつい世話する花の蜜まで吸い始めかねないと。セイレイノザの花蜜も割と美味しかった。


「どういうことだ」

「……口が滑りました。どうかお気になさらず」

「ふん、まあいい」


 そう言ってベッツが片手をあげると、大皿が運ばれてきた。


「そら、遠慮せずに全部食べるといい」

「なっ……!」


 プティが驚くのも無理はない。ベッツが掌で示した皿の上にあるものは、この国の基準においておおよそ料理と呼べるものではなかったのだから。その上に載せられていたのはーーグロテスクな昆虫や、豚の大腸だった。


 茫然と言葉を失うプティに、ベッツが畳みかける。


「これは、下町最下層の貧民や、監獄で問題囚とされた男達が普段食べている料理だ」

「普段、食べている……これを……」

「ああ、お貴族様には想像もつかない料理だろう?俺はここに来る前は商人をやっていてね、庶民の事を考えていますなんて口先だけの富豪や、薄っぺらい偽善を振りかざす貴族を山のように見てきた。でも、そういう奴らは必ず土壇場で裏切る。」


 現在、高潔と慈愛に満ちた監獄内の聖女なんて噂になっているプティ。しかしそれは、今まで湯水の様に富を浴びてきたもの特有の偽善か、そうでなければ何か腹に一物抱えているのではないかとベッツは暗にそう言っているわけだ。


 おおむね正しい。

 食っちゃね生活で腹に抱えた脂肪を落とすためにやっているのだから。


「でもまあアンタの本質はきっとちがうんだろう。うわべだけでなく、最下層の者と同じ飯を食う覚悟もあるはずだ。そうだろう?」


 この国に昆虫を食べる文化はない。動物の内臓を食べることはあるが肉よりずっと劣る部位と考えられており、特に大腸は不浄が通過する場所ということで忌避されていた。

 調理だってそれぞれを、姿そのままにうすくパン粉をつけて揚げただけ。もしも、その辺の貴族令嬢なら見ただけで泣き叫ぶか卒倒するような品である。


 そんな状況に置かれたプティは逡巡するように顔を伏せ、ぶるぶると震えていた。


「はっ、まあ今なら欺瞞を認めて謝れば許してやらんでも——」

「食べます」

「……なに?」

「皆さんは、普段コレをたべておられるのですよね。ならばせっかく用意して頂いた品、食べねば失礼に当たるというもの」


 おぞましい品を前に、プティは思う。


(なーんだ、心配して損した。ただのいい人達じゃない)


 どうやら庶民というのは、急に謎に感極まったりするほかに、『皮肉交じりで好意を伝えてくる』こともあるらしい。

 お父様曰く貴族には『褒め言葉風に悪意を伝えてくる連中』も多いらしいから、逆があっても別に何もおかしくないわね。今回の場合は『同じ釜の飯を食おうぜ』ってヤツ?


 あと、こんなに食べたらリバウンドしちゃうとか一瞬逡巡したけど、好意から食事を用意してくれたならこちらも完食せねば失礼にあたるというもの……決して、食べたくて食べたくて震えていた訳ではない。

 理論武装完了、ヨシ!


「糧となってくれたあまねく命に感謝を込めて……いただきます」



 いうなり、思い切りよく大腸の揚げ物を口に入れたプティ。

 周囲は、まさか本当に食べるとはと驚きに目を見開く。


「……っ!……んん!?……んんんん……っ!」


 目に涙を滲ませ声をあげながら、彼女は何度も何度も咀嚼する。


 そんな様子を目の当たりにし、いたいけな少女をこれ以上いたぶってよい物かと決まり悪そうな顔をするベッツの部下たち。

ーーなにせ本人は気づいていないが、監獄ダイエットをキメた現在のプティはかなりの美少女である。その上思ったよりも腰も低く、ダボつく薄汚れたローブが庇護欲をそそる薄幸感まで演出していた。


「お、おい……」

「ふう、では次はこちらを頂きましょう」


 そうして次にしたのは昆虫の姿焼き。貧民であってもよっぽど飢えた時しか口にしない、ハードル高めの品であった。そんな品を前にプティはというと——


(さっきの料理は凄くおいしかった。これも期待できるわね)


 能天気にそんなことを考えていた!


 そう、先ほどの大腸の揚げ物(ホルモンのから揚げ)は実に美味しかったのだ。感動でつい涙があふれてくるほどに!カラッと揚がった表面部分ともにゅっとした内側の食感、そして何より動物油の旨味がたまらない。

 思えば今まで貴族令嬢として高級で高尚な料理ばかり食べてきた人生だった、こうやってガツンとカロリーで殴ってくるものは新鮮で、未知の味に出会った感動も相まり余計に美味しく感じた。彼女は見栄を大事にする貴族であるが、美味しいものにくだらない先入観や貴賎をつけることはしない。


(これはイナゴ?確かに、見た目のインパクトは凄い。)


 でも——過日食べた『蛸』や『海老』は見た目に反して美味しかった!


(女・プティ、ここで男を見せねばなんとする!)


 女は度胸、なんでも試食してみるものさ。

 というわけでフライをお口にシュート。


「ふっぁおう!」


 超、エキサイティング!


 美味しい!

 油であがったカリカリの食感に、香ばしいナッツの様な風味、そして味付けにまぶしてある塩!


 しょっぱくてうまい……確かにAランク牛肉ステーキのような高級グルメではないだろう、しかしこれはまた別系統のグルメだ。いうなれば鎖でつながれた囚人(Cnain Gang)たちのグルメ、すなわちC級グルメ!


 それに気づいた時、プティは食に没頭する一匹の獣と化した。周囲から音が消え、無言かつ真剣な顔でただ一心不乱に眼前の料理を食べ続ける。いわゆる『ゾーン』に入った状態、一流の競技者が長い修練やら仲間との絆やらの末に開ける扉を、彼女は食欲でこじ開けたのである。


「お、おい嬢ちゃん」

「そこまで無理しなくても……」


 心配するベッツの部下たちをガン無視し、一心不乱に食べ続けるプティ。嫌がらせのインパクト重視で大量に用意された料理が彼女の腹へ次々に収納されていく。さもしいことこの上ないが、外側だけみれば精神を集中して過酷な試練に耐える聖女の様に見えなくもない。


 ほどなくして、皿は空となった。

 完食。


「……ふう、ごちそうさまでした」


 言葉を失う男達、それでもベッツはなんとか悪態を絞り出した。


「まさか全部食べるとはな……貴族の意地を見せつけたつもりか」


 そんな言葉に、無音の世界から戻ってきたプティはというと


(やっば、全部食べちゃダメな奴だった!?)


 内心で激しく動揺していた。


 というか『同じ釜の飯を食おうぜ』的なヤツだと思っていたのに当たり前のように全部食べるなよという話である。眼前の男達は沈黙しているが、先ほどのセリフから察するに『貴族ってなんて意地汚いんだ』とか呆れているに違いない。


 貴族全体への風評被害を広められないように、なにか言い訳をしないと!

 そう、貴族には見栄を大切にするあまり、腹が減っても高楊枝を決め込む人だっているのだから。


「貴族は今関係ありませんわ。これはそう……母の教えです」


 お母様、ごめんなさい。でも過日、「好き嫌いせずに、出されたものは全部食べなさい」とか言われたのは事実だから……お叱りは私が処刑されてから天国で再会した時にでもたっぷりと。


 ナチュラルに自分も天国行きと思っているあたり、とことん自分に甘い女である。


「貴族ではなく母の教え、だと?」

「ええ、私の母は元平民でしたの」

「当時のことを何か聞いているか」

「いえ、あまり……ああ、でも一度、『当時仲の良い幼馴染がいたけど、お別れも言えずに残念だった』と聞いたことがあります」

「残念だった!?自らの意志で貴族になったワケではないのか」


 どういった訳か、変なところに食いついてきた。

 もしかしたら強面のくせにスキャンダルや恋バナの類が好きなのかもしれない。


「いえ、悪い貴族に目をつけられて急に嫁ぐことになったみたいですよ」


 下町でブイブイ言わせていたお母様。悪い貴族の手先に誘拐されそうになっていたところをポーク・ロースターが救い出し、その後色々あって生まれたのがプティってワケ。


「……っう!」

「おい、大丈夫か!?」

「ええ……実家ではこういう事良くありましたから……」


 大量の油物を完食して気が抜けると、げっぷが出そうになった。流石にはしたないので、口に手をやり身体を丸めなんとかやり過ごす。しかし、今度は強烈な眠気が来た。こちらは我慢できそうにない。

 揚げ物に使うパン粉の原料は小麦粉だ。インスリン分泌を抑制する動物性油ホルモンを摂取した後、大量の揚げ物を食べたプティは血糖値スパイクにより酩酊状態に至っていた。最近ダイエットに励んでいたので忘れていた、この意識が遠くなる感じが懐かしい。


「実家ではよくあった?どういうことだ?」


 主旨をつかみ損ねたベッツが眉を顰めるが、その問いに答えが返ってくることはなかった。


 なぜなら——


「ここです」

「貴様ら、一体何をしている!」

「プティ、助けにきたよ」


 倉庫の扉があけ放たれ、ジノ、看守に扮したリブラ王子、メリーの三人が乱入してきたからである。


「み、皆さ……ううんっ……」


 そして、さらに間の悪いことに眠気が限界にきたプティが夢の世界に飛び立ったからでもある。


「プティ様!」

「呼吸と脈に異常はない……どうやら気絶しているようだ」

「この皿、プティに一体何を食べさせた!」


 一見すると、過酷な仕打ちに耐えていた少女の緊張の糸がわずかに緩み、それで気絶した様に見えなくもなかった。

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