13.貧しいままじゃ、夢もない
プティの母親は、名をアンタレスと言った。
三つ編みの長いおさげ髪が特徴的なアンタレスは貧民街の孤児院出身で、ベッツとは幼馴染だったという。
無学が貧困を、貧困が無学をよぶ負のループにとらえられ、皆が皆、自分のことで精いっぱいな貧民街。そこは、目に映るのは汚い物ばかりで利己的な人間しかいないような、しみったれた町。
当然そこにある孤児院も、やってる事は死なない様に食事を与える程度の無法地帯で、子供達には夢も希望もなかった。
だがそんな中、アンタレスだけは周りと毛色が違った。
彼女はまず、内職で稼いだなけなしの金を使い近所の大人に先端がかぎ状になった木の棒を作らせた。そして、その棒と廃棄された布切れから取り出した繊維を使い、小さい動物や花をあしらった髪飾りを作り出したのである。ベッツはまだ9歳で、アンタレスに至っては7歳のころの話である。
「なんだそれは、すごいな」
「これ?『かぎ針編み』というのよ。それよりベッツ、お願いがあるのだけど……」
ガキ大将だったベッツ。アンタレスに依頼された通り、子分たちを仲介して春の精霊祭で髪飾りを売らせところ強気の価格設定にも関わらず飛ぶように売れた。
稼いだ金は3等分。そこから彼女は自分の取り分のほとんどを、新しい材料の仕入れに使った。ベッツ達に駄賃を払い、祭りが終わり廃棄されるのを待つだけだった青い飾りの花を大量に回収させ、それを元に今度は『香り袋』を作りだしたのである。そして、これがまた、よく売れた。
「なぜ全部自分でやらないんだ?」
「私が制作者って言うのは絶対内緒にしたいの、トラブルに巻き込まれるのが怖いからね。それに私一人でできることには限りがあるし、こうすれば皆にお金が入るようになるでしょう?」
前半分はいまいちピンとこなかった。
しかし後者についてはよく分かった、目からうろこが落ちる思いだった。それから彼女は自らの得た利益の半分以上を再び材料費につぎ込み、3年ほどたった頃には『灰石鹸』なるものまで開発していた。売り物にもなる他、自分達で使えば恐ろしい疫病を予防してくれるという。
「なあ、なんでお前はなんでも知っている?」
「え、えーっと……夢に神様みたいなのがでできてヒントをくれるんだよ。でも詳細は分かんないから開発に時間がかかっちゃうんだけど……あ、これも皆には内緒ね」
更に2年経った頃には『洗髪料』というものまで作り出した。灰石鹸も洗髪料も灰汁や果物の皮のようなゴミを原材料としているのに、使うと垢まみれだった肌はピカピカになり、ほつれていた髪は光沢を帯びる様になっていく。稼いだ金で新調した服と合わせると、貧民街の子供でもまるで裕福な商家子息の様に見えた。
「これも売れるのか?」
「ええ、硝子瓶につめて裕福な人に向けにね。でもそのためには皆に言葉遣いと簡単な計算を覚えてもらう必要があるわ。私がベッツに教えるから、ベッツはそれを皆に教えてあげて頂戴。もちろん、私のことは秘密にしてね。」
この頃になるとベッツは場所代を払い立地の良い場所に露店を出せるようになっていた。目を楽しませる『かぎ針編みの髪飾り』や爽やかな香りの漂う『香り袋』が人を集めるほか、キチンとした服をきて光沢を持った髪を持つ礼儀正しい売り子たちもそのまま良い広告塔となっていたから、商人の妻や貴族に仕えるメイドなどが価値に気付き購入していく。
「おい、凄いぞアンタレス。大商人が『洗髪料』の作り方を教えたら金貨十枚払うと言ってきた」
「まさか、私の身元や作り方を教えたりはしていないわよね?」
「あ、ああ。だが教えないのか?金貨十枚だぞ」
「ええ、『洗髪料』は改良中だし量産はしない方がいいの。『ブランド化』っていってね、これからどんどん値段は上がっていくわ。それこそ金貨100枚でも割に合わないくらいにね。それで沢山稼げたら、いつかみんなで飲食店を経営しましょう。貧しい子供たちを教育して雇うの。秘密のレシピが沢山あるし、あまった材料は賄いにできるから飢える人をうんと減らせるわ。」
この頃のベッツは無敵だった。あるいはそれは、思春期特有の全能感だったかもしれないが『アンタレスが物を作り、ベッツが売る』というサイクルは非常にうまく回っていて、二人一緒ならどこまでも行けるとそう思っていた。
思って、いたのに──
ある日、アンタレスは突然姿を消した。ベッツは彼女が何か事件に巻き込まれたのではと心配になり、昼夜を問わず捜索したが見つからない。
焦り、よもやと思い地元のギャングを詰めるまでしたが手がかりは得られず、報復で片目の視力が落ちるほど手酷く殴られたりもした。
そうして疲労困憊であきらめかけていた頃、ベッツは『下町出身のアンタレスという娘がロースター卿という貴族に嫁いだらしい』という話を風の噂で聞くことになる。
「嘘だろう……」
茫然とするベッツに、周囲の反応は冷ややかだった。
結局その女はわが身が一番可愛かったのだろう、お前は利用されていたんだよ、そもそもはじめから貴族と伝手を作るのが目的だったのさ、後ろめたいから今までの礼を言わず去ったんだよ、と。
当初、そういった言葉には違和感を感じたベッツ。だが、失望と悲しみが冷静さを奪い、そんな類の言葉を聞き続けるうち次第に「そうだったのかもしれない……」と思うようになっていく。
今から、二十年も昔のつまらない話だ。
***
「だが、先ほどの娘が言うにはアンタレスは別れを言えずに残念がっていたそうだ。また、悪い貴族に目をつけられ嫁ぐことになったと言っていた。おそらく、どこかから彼女が製品を開発していたことが漏れ、目を付けた外道が彼女を攫い、そして手籠めにしたのだろう。その時彼女は歳の割に背が高く、手足もスラリと長く……何より美しかったから」
「つまり……」
「ああ、諸悪の根源はポーク・ロースターだ」
完全な冤罪である。
ポークはむしろ、悪い貴族からアンタレスを助けた側だった。どちらかというとアンタレスの方が彼に惚れこんでいたまである。あるのだが、この場に真実を知る者はいなかった。
「俺は今まで長年アンタレスを恨み、怒っていたつもりだった。だが、今思えば都合の悪い真実から無意識に目を背けていたのだろう」
そう、過日、無知と無力で大切な存在を守ってやれなかった自分から……だからその日から、ベッツは半ば無自覚に力を求めた。
まず荷馬車の行商となりそこから手を広げ……お陰で商人として大成し、監獄に入った今でも内外に大きな影響力を持つまでに至っている。しかし一番守りたかった女はもう、この世にいない。
ちなみにアンタレス、ほとぼりが冷めてからベッツに手紙を出してはいたんですよ?でもその時はベッツさん、行商人として長期で街を飛び出していて、あと手紙届ける人がちょいとアレな人だったこともあり、郵送事故で届きませんでした。オーマイ。
「後悔先にたたずさ……とはいえ」
「まだできることは残っている、と」
「ああ」
幼馴染に何もしてやれなかった分、その子供、プティのことは守ってやろうと固く決意するベッツ。
その後、同担となったメリーとの擦り合わせによりプティ残酷物語にはさらなる枝葉がつくことになる。
また、『ポーク男爵は強欲で母親のみならず実娘まで手籠めにしようとした下衆』という噂も同時に広まっていくのであった。




