8話 みんなで昼食
昼ご飯は朝ご飯と同じ居間で食べた。
メニューはそうめんとおにぎり。それによく冷えた麦茶。大きなガラスの器に氷入りの水が張られ、そこにピンクや緑や黄色のそうめんが涼しげに泳いでいた。
ぼくはこんなにカラフルなそうめんは見たことがなかった。まるで七夕飾りみたいに色彩豊かだった。この島ではなぜかこの色つきそうめんがどこの家庭でも主流なのだそうだ。
そしておにぎりの具は定番の鮭や梅干しの他にこの島で採れた海苔の佃煮なんかがあった。どれもとても美味しく、朝食からそんなに時間が経っていなかったけど、どんどんと食が進んだ。
「いやあ、飲んだ翌日のそうめんは染みるねえ」
テーブルを挟んでぼくの向かい側に座っている池崎さんがそんなことを言いながら七色のそうめんをずずっと豪快に啜った。
現在、昼食を食べているのはぼくと小泊さんと池崎さんだけだった。
おばあさんは元々、昼飯を食べる習慣がなく、真知さんは食事を作った後、おにぎりだけを持ってダイビングショップに戻っていった。スタッフの人たちと一緒に食べるのだそうだ。
そしてお父さんはというと仕事が乗っているので後で食べる、と言って部屋に籠もったまま執筆を続けている。
すごい。そんなこと年に数回あるかないか程度だ。
本当はお父さんにも聞いてほしかったけど、そういう事情なら仕方ないので、ぼくは池崎さんだけに資料館での出来事を話した。
ちなみに小泊さんはぼくの隣でおにぎりをゆっくりとぱくついている。あまり口数が多くないのは多分、まだ池崎さんに対して少し人見知りしているからだと思う。
そして、池崎さんは、
「そうかあ。うーん」
汁を入れたお椀と箸をテーブルに置いて、腕を組んだ。考え込む表情になる。
「ねえ。池崎さん、これってどういうことなんでしょう?」
ぼくがそう問いかけると、
「わっかんない」
池崎さんは気楽な調子で肩をすくめる。
「流時くんの話だけじゃあ、彼の目的や意図までは分からないなあ。ただ」
こちらを面白がるように見て、
「君が考えている通り、その二人はなにかを捜している。それは資料館やこの島のどこかにある、なにか非常に価値の高い物だ、というのはおおむね間違っていないと思うな」
ぼくは大きく頷いた。
池崎さんは、
「あと気になるのは資料館の館長にちょっかいをかけるかもしれないという点だな。僕の見立てじゃ、あのサングラスはただのヘナチョコだけど、そういうヤツほど立場の弱い人間にはひどいことするからね――真知さんにはもう伝えたんだろう?」
「はい。さっき台所で」
〝緊急を要する〟ことだと思ったので宿に戻ってすぐに真知さんに報告した。小泊さんの言葉を借りれば根を生やしたように資料館に常駐しているはずの木村さんが管理人室にいなかったこともちょっと気にはなっていたんだ。
真知さんはすぐに木村さんの家にスマホで連絡を取ってくれた。
そして木村さんの奥さんから木村さんが今朝方、資料館でぎっくり腰になり、家に戻って休んでいる、という情報を聞き出してくれた。
腰が痛すぎて閉館作業をすることもできなかったそうだ。
変な二人組がやってくるかもしれないと伝えたら、夏休みで帰省してきているお孫さんが柔道三段の大学生なのでその人に追い払ってもらう、と奥さんは笑って答えたらしい。
とりあえず木村さんの居場所も分かったし、しっかり安全も確保できていそうなので、その点はほっとした。
「さすが流時くんだ」
池崎さんは一回、ぼくを褒めてくれた。そして、そこでニヤニヤしながら言った。
「しかし、あのサングラス、この島に女性の知り合いでもいたんだな。見るからにもてなさそうだったけど」
「……え? ああ、はい」
なんだか微妙に会話がずれている気がしたけど、ぼくは生返事を返した。
池崎さんは結論を出す。
「まあ、あとはスティーブンに色々と聞こうか。夜来るんだろう?」
ぼくは頷いた。
そこでぼくはふと思い出して話題を変えた。
「池崎さん。そういえば大徳屋さんって結局、どこにいたんですか?」
「お。僕の大活躍を聞いたのかな?」
「はい。本当にすごいと思います!」
池崎さんはおどけたように言うけど、ぼくは本気だった。遊びに来た島で行方不明者を見つけちゃうなんて大ファインプレーで間違いないはずだ。
そんなぼくの態度に池崎さんは苦笑した。
「いや、種を明かすとたまたまなんだよ。捜索チームの皆さんの賑やかしについていったら、本当に偶然、見つけちゃっただけなんだ」
「どんな状況だったんですか?」
「えっと、消防団と駐在さんと有志の人たちで山を探す班と海周辺を探す班と集落を探す班に分かれたんだけど、僕は部外者ということもあって危険の少ない集落を探す班に組み込まれたんだ。で、佐上地区というところまで車で乗っけてもらって、もう一人の年輩の方とその辺りを探したんだ」
「へえ」
「月明かりが結構、明るかったけど支給された懐中電灯も使ってね、大徳屋さんの名前を呼びかけたり、互いに位置を確認しあったりしてね」
結構、本格的な捜索だったんだ。
「そして一軒の民家に入って僕が二階、その人が一階を見て回ったんだけど」
「え?」
そこでぼくは気になった。
「民家に? 勝手に入ったんですか?」
「はは」
池崎さんは笑った。
「そうだ。言い忘れていた。そこら辺りは今ほとんど空き家なんだよ」
「過疎だから」
ふいにぼそっと小泊さんが呟いた。
「……」
「……」
ぼくも池崎さんもそちらを見る。さっき自転車を走らせていても、それなりに多くの人とすれ違ったし、昨日、行った海水浴場も賑わっている、と言ってもよいレベルだった。でも、考えてみたらそのほとんどが観光客なんだ。
実際、池崎さんの申し出を受けて、捜索隊に加えるくらいこの島は人手に不自由している。
「?!?」
何気なく呟いた自分の一言でぼくと池崎さんの視線が集中したので小泊さんはあたふたしていた。
池崎さんはそんな小泊さんから視線を外して続けた。
「それで階段を上がっている時、小さな歌声がしたんだ……多分、ウサギのダンス」
ごくり、とぼくは唾を飲み込んだ。
「ウサギのダンス?」
「そう。ソソラ、ソラ、ソラ、兎のダンスっていう童謡。で、その中のタラッタ、ラッタ、ラッタ、ラッタ、ラッタ、ラッタ、という歌詞の部分をか細い声で延々繰り返しているの」
「え?」
ぼくは思わず聞く。
「それってかなり怖くないですか?」
誰もいないはずの空き家に入ってそんな歌声が聞こえてきたら、ぼくなら相当、びびると思う。
小泊さんもおにぎりを口元に運ぶ手を止めて、目を見開いている。
「いやあ、最初はちょっとね」
池崎さんも明るく認める。
「でも、すぐにこれは探している人だ、って確信したよ。で、階段を駆け上がって声のする部屋に飛び込んだら大徳屋さんがいたんだ」
「……大丈夫だった? でした?」
小泊さんが初めて質問をした。池崎さんが頷く。
「うん。比較的、新しい空き家だったから布団があってね、そこに座り込んでぼんやりと天井を見て歌っていた。で、僕が〝大徳屋の友田頼子さんですか?〟って名前を聞いたら、急に我に返ったみたいではっとこちらを振り返ってから〝はい〟って頷いたんだ。で、不思議そうに〝どちらさまでしょうか?〟ってたずねてきて。その後はもうてんやわんやだよ。すぐに本部の駐在さんに連絡して、診療所のお医者さんの意見を聞きながら大徳屋さんをぼくらの乗ってきた車で搬送したりしてね」
ぼくが眠りこけている間、そんなことが起こっていたのか――。
「結局、大徳屋さんはなんだったんですか? なにかの病気?」
ぼくがそう尋ねると、
「うーん」
池崎さんは首を捻った。
「結局、診療所のお医者さんもよく分からなかったんだよね。恐らく心因性健忘や解離性遁走と呼ばれるものじゃないかって」
「しんいんせーけんぼう?」
「かいりせいとんそー?」
ぼくと小泊さんが別々に聞く。池崎さんは笑って、
「いやあ、僕もお医者じゃないから正確じゃないかもしれないんだけど、要するに強いショックや極度の疲労で一時的に自分が誰かも分からなくなって家や職場からふらふらっといなくなっちゃう症状らしいんだよ。ものすごく冷たい水を浴びたり、椅子から転げ落ちただけでなっちゃったケースもあるらしいよ」
「え、こわ」
と、小泊さん。
「まあ、捜索隊の年長の人が言っていたけど、大徳屋さんって子供の頃にも似たようなことが何度かあったらしくて、実はそういう体質の人なんじゃないかなって」
「なるほど」
と、ぼく。池崎さんは明るく結ぶ。
「でも、診療所に着く頃には大徳屋さんの意識もはっきりしてきてね、僕が宿に予約していたお客だったということも理解したみたいで、しきりに謝られたよ。で、お医者さんの判断で、とりあえず様子見をして、心配があるようなら本土の大きな病院で検査しましょうってなって捜索隊は無事、解散になったんだ」
「そうだったんですね……」
とりあえずじゃあ、もう問題はないのかな?
なにかまだ微妙に引っかかるんだけど。
ふと気がつくとなぜか池崎さんがぼくのことをじっと見つめていた。その顔にはなんだか観察するような、少し心配げな表情が浮かんでいた。
なんですか?
ぼくがそう尋ねようとした時、驚くほど大きな声で居間に飛び込んで来た人がいた。
「おっしゃあ!」
作務衣姿にぼさぼさの頭。髭も少し伸びている。お父さんだった。
お父さんは天井に向かって拳を突き上げたまま、ぷるぷると小刻みに震えていた。そしてにたあっとした笑顔をこちらに向けて、
「終わった。島に来る前に引っかかって書けなかったシーンがようやく全部、書けた!」
そう告げた。目が充血で真っ赤になっている。
「あと一週間くらいで脱稿だ! ブラボー、おれ! すごい、おれ!」
『脱稿』というのは本を全て書き上げることなんだ。ぼくと池崎さんは、
「おー!」
「すごい!」
思わず拍手をしていた。お父さんが以前、教えてくれたけど、大体の作家は半年に一冊も本を出せばなかなか良いペースなんだそうだ。ということは今、お父さんの半年分の頑張りが報われかけているということだ。
編集者である池崎さんも小説家の息子であるぼくもその達成感はじゅうぶんに分かるけど、小泊さんは軽く引いた顔をしていた。
一仕事終えて疲労はしているけど異様なハイテンションになっているおじさんは客観的に見ると確かに怖いかもしれない。
その〝ハイテンションおじさん〟はテーブルを挟んで小泊さんの真ん前、池崎さんの隣にどっかり腰を落とすと、
「これ」
大皿に盛られたおにぎりを指さし、
「俺も食べていいのかな?」
小泊さんに確認した。
小泊さんは小刻みに頷く。お父さんはおにぎりを鷲づかみにして、まるで山賊のように豪快に食べ出した。
そして池崎さんが注いでくれた麦茶を飲み干し、ご飯粒を頬につけたまま宣言する。
「やっぱり。駿介。俺も行く。ダイビング。必要。息抜き。ご褒美。自分への」
喋り方も軽く変になっている。でも、池崎さんは全く動じていない。笑顔で、
「おー。それは楽しみですね。センパイと潜るの久しぶりじゃないですか?」
朗らかな態度だ。
そんなおじさん二人のやりとりを見ていた小泊さんがぼくの耳元で囁いた。
「あのさ、流時くんってお父さんとあまり似てないよね?」
なんだかそうであって欲しい、というような願望を強く感じた。
ぼくは苦笑して同じく小声で答えた。
「うん。お母さん似だってよく言われる」
小泊さんはとてもほっとしたような顔をしている。ぼくは笑ったまま、窓の外を見上げた。真っ青な空を見ていると次の楽しい体験を予感できた。




