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7話 資料館にて

 着いた資料館の横にはポンプ式の井戸があって、小泊さんは〝喉が渇いた〟と言って自転車のスタンドを立てるとさっそくそちらに直行した。誰でも飲用可能な島の共有設備らしい。


 そしてぼくに命じてポンプを上下させ、蛇口から迸って出てきた透明な水を手で受け止めて直飲みをした。次にぼくと立場を入れ替えてポンプを動かしてくれる。


 ぼくも同じように手で流れ出てきた水流を受け止める。


 手の平に強烈な冷たさが満ちて、それを口で啜り、飲み干すと一気に身体全体に涼しい感覚が染み渡っていった。こんな風に水を飲んだのは生まれて初めてだったけど、今までの人生(たった十一年だけど)で一番、美味しい水の飲み方だった。


 そして小泊さんはぼくが飲み終えた後もひたすらポンプを動かし続けたので、


「わ! や、やめて!」


 ぼくの顔とTシャツが濡れてしまった。飛沫がコンクリートの水受けに弾け飛んで小さな虹がかかる。小泊さんは心の底から楽しそうにけたけた笑っていた。


「謎だよなあ、ほんと」


 ぼくは手の甲で頬を拭いながら苦笑した。どうやら機嫌は完全に直っているみたいだった。


「え? なんか言った?」


 小泊さんが聞き返してきたが、


「いや、なんにも。さあ、中に入ろう」


 ぼくは先にたって資料館の入り口に向かった。


 扉を開けたのはぼくだけど最初に入るのは地元の小泊さんにお願いした。


 資料館の中はひんやりとした雰囲気だった。レンガ造りのしっかりとした二階建てで、元々は村役場だった建物を改修して使っているらしい。


 ざっと見て回ると一階は漫画コーナーやら卓球台にボーリングレーン(本当にあった)、ちゃぶ台が並んだ和室、古いビデオテープ(まだ実用されているのだそうだ)などが並べられた視聴ルームなどがあるだけであまり資料館という感じはしなかった。


 小泊さんは入り口の脇にある小部屋をカウンター越しに覗き込んで叫んでいた。


「木村のおじいちゃあん! 木村さん!」


 だけど、返事はない。


 小泊さんが首を傾げて。


「おかしいな。いつもなら生えているみたいにこの部屋にいるのに」


 ここを管理している人が不在らしい。


 ぼくはふと昨日の大徳屋さんの件を思い出して、少し不安になったけど、小泊さんは特に気にせず、出しっぱなしになっている記入用紙に自分の名前を書き込み、それから、


「こっちこっち! 流時くんが好きそうなの二階にいっぱいあるよ」


 とんとんとすぐ近くの階段を元気よく駆け上がっていく。


 ぼくはなんとなくその背中に声をかけそびれてしまい、結局、黙って小泊さんについていった。


 二階を上がるとすぐに建物の近くまで迫って生えている木々の緑が窓枠一杯に見えた。


 首を巡らすとたくさんの本を収納した本棚や古い民具をいくつも展示したガラス張りのスペース、剥き出しの木船、壁際にはお面や昔の手紙なんかが飾られていた。


 どうやら一階が島の人たちのためのレクリエーション施設で、二階が島の歴史的資料を本格的に集めたスペースみたいだ。


「ここの管理人の木村のおじいさんは郷土史家っていうの? 昔は学校で歴史を教えていたんだって」


「やば」


 ぼくは笑った。


 テンションがどんどんと上がってくる。


「ここ、一日中いれるかも!」


 首を巡らしながら言う。


 ディズニーランドより楽しい。


「……流時くんってさ」


 小泊さんが少し引いたような感じで言う。


「やっぱり、ちょっと変だよね?」


 〝君にだけは言われたくない〟という言葉を呑み込んでぼくはふらふらと展示物の方に歩み寄っていった。しばらくあちらこちらを見て回る。木船はきっと昔、実際に漁とかに使用されていたものだろう。細長く底が浅い。黒光りしているのは松ヤニとかが塗ってあるからなのかな?


 壁に掛かっている手紙はきっと明治や大正の頃のものだ。今のぼくには少し難しい言葉遣いで書かれていて細かいことはよく分からないけど、多分、役所関係の通達みたいだ。小さなこの島の略図も描かれている。


 壁際のガラスケースにはこの島で採集された虫やら鉱石が丁寧に並べられている。


 ぼくは本棚から『手結島通史』という厚めの本を苦労して取り出し、それを持って窓際に設置された長椅子に座った。


 わくわくしながらページをめくる。文章を全部、理解できるわけじゃないけど、写真や図解を眺めているだけでも楽しい。


 しばらくして。


「ねえ」


 横から声をかけられてものすごく驚いた。


 そこにはすっかり存在を忘れていた小泊さんが座っていた。どうやらぼくが本に視線を落としている間、ずっと横顔を覗き込んでいたようだ。ぎょっとするくらい顔の位置が近い。


 きれいな目でこちらをじっと見つめている。


「あ、ご、ごめん、ほったらかしにして」


 反射的に謝ったけど、


「ううん」


 小泊さんは首を横に振った。別に気を悪くしているわけではないようだ。


「知りたい」


「え?」


「流時くんの好きの理由。こういうもの。古いもの? 人の物? なんでこういうの好きなの?」


 真剣な感じで、


「ふしぎ」


 小泊さんっぽい喋り方で聞いてきた。


 ぼくは考えた。


「えーと」


 時々、人から聞かれることなので自分の中ではすぐに答えが口をついて出る。


「元々、小さい頃から伝説や民話を読んだりするのが大好きだったんだ。特に妖怪やお化けの話が。で、そのうちその民話が伝わっていった時代の背景や土地の文化や風習、昔、使われていた道具なんかも興味が湧いて、自分でも少しずつ調べるようになった」


 実は他にも大きな理由があるんだけど、人に話すときは大体こんな感じでかいつまんだ説明をしている。小泊さんは真剣な表情で聞き入ってくれた。なんだか照れくさい。


「まあ、民俗学のオタクだよ。小学生なのに珍しいねってよく言われる」


「ううん」


 小泊さんは指でOKサインを作る。


「いいオタク! すっごいオタク!」


「それ、ほめてる?」


「ここの館長、木村のおじいちゃんが知ったらきっと嬉しがって涙流しながら抱きついてくると思う」


「う。そ、それはちょっとやだなあ」


 そこでぼくはここが良いタイミングだと思って、小泊さんに思い切って聞いてみた。


「あのさ、さっきスティーブンさんと握手をしなかったでしょ? あれはなんでかな?」


 ちょっとドキドキしながら、


「この島ではなんかの文化的タブー……ええっと、やっちゃいけないことなの?」


 小泊さんはしばらく無表情にこちらを見ていた。それから腕を組んで考える。


 首を傾げ、


「うーん」


「……」


「わたしも特に詳しい理由を知っている訳じゃない――けど」


「けど?」


「この島ではあまり人と人が手をつなぎたがらない。島の外から赴任してきた小学校の先生が低学年の子と手を繋いじゃって親から少し文句を言われていた。でも、絶対じゃない。ちょっとイヤな程度」


「そう、なんだ」


 不思議だ。なんでだろう?


 小泊さんがまたこちらを覗き込んでくる。


「これもまた民俗学?」


「うん……たぶん。民俗学。じゃあ、つなぐ時もあるんだね?」


「うん。知り合い程度じゃなくて、親子とか家族とか」


 小泊さんが少し頬を赤らめて、


「恋人とか、本当に信頼している人となら」


「そ、そう」


 ぼくも少し気恥ずかしくなる。


 その時。


「……きこえた?」


「うん」


 ぼくと小泊さんは顔を見合わせた。下の方、一階から声が聞こえてきたのだ。


 二人ともそっと足音を忍ばせて階段の方に向かった。


「おい、誰かいねえのかよ? おい!」


 ガラの悪い怒鳴り声がまた館内に響いた。


 聞き覚えがあった。


 ぼくも小泊さんも慎重に手すりから顔を覗かせてみる。


 いた。


 やっぱり。


「は~や~く~、だれかでてきてくれませんかねえ? 勝手に入っちまうぞ?」


 船の中で出会ったあの人。


 ある意味でぼくたちが仲良くなるきっかけともなったチンピラみたいな男の人がポケットに手を突っ込んでウロウロしていた。


 その後ろをこれも見覚えのある黒い服の女の人がついて歩いている。


「!」


 ぼくが反射的に顔を引っ込めると小泊さんもすかさず後に続いた。黒い服の女の人がこちらを見上げるような気配があったからだ。


(だいじょうぶかな? 見つかってはいないと思うけど)


 心臓がドキドキしている。


「どうしよう?」


 小泊さんが押し殺した声で聞いてくる。あの男の人にはイヤな目に遭わされたので、かなり苦手意識があるようだ。ぼくは男の人(正直、もう大して怖くはなかった)より黒い服の女の人の方がなんだかブキミだった。


 冷静に考えれば別にあの二人に出会ったからといって殺されたりする訳でもないんだろうけど、脅されたり、軽い嫌がらせをされる可能性はじゅうぶんにあった。


(ここにはお父さんたちはいない。ぼくがしっかりしないと)


 小泊さんは不安そうな表情をしている。


「……なんだよ? あ?」


 下で会話が始まった。男の人の声ははっきり聞こえるけど、女の人はそれに対してボソボソと返事をしているだけでよく聞き取れない。


「あ? 上か? そっか。二階に手がかりがあるかもなあ」


 ぎくっとした。


 階段を登り始める音がする。


 ぼくは咄嗟に周囲を見回し、身を隠せそうな場所を見つけた。小泊さんの手を引こうとしてすぐにこの島の風習を思い出し、慌てて引っ込める。


 その代わりに指で合図を送った。


 小泊さんはすぐに理解してくれた。一度頷くとさっと腰をかがめた姿勢でぼくに続く。


 ぼくたちはフクロウから逃げる野ねずみのように素早く移動する。


 二人で隣接する小部屋に入り込み、ドアを閉めた。ちょうどそのタイミングで二人が二階に上がってきた気配があった。間一髪だった。


(ここは……資料庫とかかな?)


 さっきまでいた空間よりも、もっとモノが雑然と置かれていた。ぼくらはさらなる安全を求めて大きめのテーブルの下に潜り込んだ。


 カーテンが引いてあって部屋全体が薄暗い上に、床には段ボールやら本が無造作に積まれているので大人だとよほどかがみ込んで覗き込まないと見つからないはずだ。


「ドキドキするね」


 ものすごく近い距離。肩と肩がくっついている状態で小泊さんが言ってくる。


「う、うん」


「なんかかくれんぼでも、しているみたい」


 口元を手で押さえているので怯えているかと思ったら、どうやらただ笑いをこらえているだけみたいだ。


(なんだ。なんか余裕あるな)


 だったら、無理に隠れたりする必要はなかったかも。


 でも、扉の向こうから声が聞こえるとぼくたちの緊張感は自然と増していく。


 そして予想外だったのは足音が真っ直ぐにこの小部屋に向かってきたことだ。


 小泊さんがぼくの肩を強く掴んだ。


 がちゃっと扉が開いて、


「なんだ、物置か。きったねえーな」


 悪態をつく男の人の声が聞こえる。それと同時に天井の明かりがついた。


 どきりとした。


「おい、こんなガラクタの山から目当てのもん探すのはさすがに無理あるって。ここの管理人、締め上げて聞いた方がはえーだろ」


「……そうね。木村さんという方みたいだけど、どこにいったのかしら?」


 さっきまで聞き取れなかった女の人の声もはっきりと分かる。小泊さんは目をつむり、両手で耳を塞ぎ始めた。ぼくは静かに唾を飲み込んで、成り行きを見守っている。


 男の人の足が。


 次に青紫のスカートをはいた女の人の足が、目の前を通り過ぎていく。


 いや、男の人の足がまた戻ってきた。


「それかいきなり乗り込んじまうか。入難〔いりな〕ってとこだっけか?」


 入難?


 どこかで聞いたことあるぞ?


 そうだ。確か小泊さんのおばあさんが言っていた立ち入り禁止の区域だ。


「……それはあまり感心しないわね。工事関係者の誰かと鉢合わせる可能性もあるし、それにあのセンセイだっているかもしれない」


「ちくしょう。あのデカブツめ! 俺のジャマばかりしやがって!」


 男の人が突然、近くに転がっていた小さな発泡スチロールを蹴っ飛ばそうとした。


 サンダルを履いた足を目の前で思いっきり振るわれ、ぼくは思わず声を出しそうになる。


 だが。


「……」


 見事に空振り。


 すかっという音さえ聞こえたような気がした。発泡スチロールは床に残ったまま。


「……」


 しばらくの間、男の人と女の人のついでにぼくもで気まずい沈黙が流れる。


「――まあ、あなたじゃ、あのセンセイをどうこうできそうにもないわね。色々な意味で」


 女の人が鼻で笑うように言った。


「う、うるせえ! とにかくここの管理人を探すぞ!」


 男の人は虚勢を張った言い方でそう言うと足音荒く歩き出した。


「おい! どうしたんだよ? 早く来いよ?」


 女の人を促している。ぼくは心の中で祈っていた。


(おねがい……はやくいって! 二人ともはやく出ていって!)


 女の人は、


「……」


 なぜか黙って立っているような気配だ。それがしばらく続く。


「おい!」


 そして焦れたような男の人の催促にようやく、


「はいはい」


 そう答えた。目の前を女性の足がゆっくり通り過ぎていく。


「分かったわ。行きましょう」


 ぱちっと電気が消え、扉が閉まる音がする。


 それでもぼくは油断しなかった。


 話し声が遠ざかり、完全に辺りに静寂が戻ったところで肩の力を抜いて背中を壁に預けた。


(あぶなかったあ、見つかるかと思った……でも、なんだったんだろう、あの会話?)


 二人ともかなり気になることを話していた。


 なにかを探している?


 立ち入り禁止区域に入ろうとしている?


 それと――。


(あのセンセイとかデカブツっていうのはきっとスティーブンのことだ)


 なぜ、二人はスティーブンのことを気にしていたのだろう?


 ぼくは先ほどのやりとりをできるだけ詳しく思い出そうとして止めた。そういえば小泊さんをまたほったらかにしていた。横を見るとまだ耳を塞ぎ、目をつむっている。


 ぼくは念のため机の外に這い出ると部屋の出口まで行き、扉をそっと開け、小走りに階段に近づき、手すり越しに一階を見下ろし、館内に誰もいないことを確かめた。


 それからまた元の場所に戻る。


 この間、二十秒くらいかかった。


 机の下を見ると小泊さんはまだ同じ姿勢を保っていた。まるでお堂で祀られている小さなお地蔵さんみたいだった。


 ぼくはなるべく小泊さんを驚かさないよう正面から慎重に彼女の肩を揺すった。


「小泊さん。もう大丈夫だよ」


 すると小泊さんはびくっと身を震わせ、目を開けた。それからぼくを見て、


「だいじょうぶ。うん。なんにも怖くない」


 真顔でそう言った。ぼくがなんとも答えられないでいると――。


 いきなり電子音が辺りに鳴り響いた。


 小泊さんは慌ててまた目を閉じ、耳を塞いでいる。ぼくはその音に聞き覚えがあったので、


「だいじょうぶ! だいじょぶ! ぼくのスマホだから!」


 そう小泊さんに伝え、焦りながらウエストポーチに入れていたスマホを取り出し、通話ボタンを押した。そういえば電源を切るなり、マナーモードにするのを完全に忘れていた。


 さっき着信しなくて本当に良かった――。


 画面を見ると池崎さんからだった。どうやらもう起き出してきたようだ。


「はい、もしもし?」


 電話に出ると、


『おー、流時くん。今、どこかな?』


 池崎さんの朗らかな声が耳に届いた。


「えっと」


 小泊さんがちょうど目を開けてこちらを見てくるところだった。


「小泊さんと資料館にいます」


『そっかあ。なら、タイミング良いところで一度、宿に戻っておいでよ。昼飯一緒に食べてからさ、体験ダイビング一緒にさせてもらわない? 真知さんが誘ってくれてさ』


「あー」


 ぼくは考える。


 昼ごはんも、ダイビング(ぼくもできるの?)も確かに魅力的だけど、さっき偶然、耳にしたことをできるだけ早く信用できる大人に伝えたかった。


 あの二人はここの館長を見つけて、〝締め上げる〟みたいな乱暴なことも言っていた。


「池崎さん」


 ぼくは真剣に言った。


「ちょっと戻ったらお話したいことがあります」


「……お? うん。いいよ、もちろん」


 池崎さんも笑いを含んでいるけど真面目なトーンになった。


「センパイも同席した方がいいことかな?」


「はい。あとできれば真知さんに最優先で」


「おっけー。じゃあ、今、台所にいると思うので先に伝えておくよ」


「ありがとうございます」


 そうして電話が切れた。ぼくは息をつく。そしてこちらをじっと見上げている小泊さんに言う。


「あのさ、一度、家に戻らない? 池崎さんにさっきのことを報告したいし」


「……」


 小泊さんはじっとぼくを見て、


「流時くんがそれでいいなら」


 小首を傾げる。


「でも、いいの? もっと色々と見たいんじゃないの、ここ?」


「う」


 そう言われると――。


「うん。ここの資料館は魅力的でもっともっといたかったけど、ちょっと一度、戻った方がいいみたい」


 ぼくの未練がましい態度が伝わったのだろう。


 小泊さんはふっと笑って、


「明日も付きあうよ」


「え? まじ?」


 驚くぼくに、


「まじ」


 こくんと頷く。


 自分はさして興味があるわけでもないのに。最高のガイドさんだと思う。


「ありがとう!」


 ぼくがそう頭を下げると、


「きにすんな」


 小泊さんは立ち上がり、なぜか男前な態度になって、ぼくの肩をぽんぽんと叩いた。


 それから、扉の出口に向かって歩き出す。


 ぼくは頼もしいガイドさんの後に続き小部屋を出たところでふと足を止めた。


(あ! しまった!)


 唐突に思い出した。


 ぼくはあの男女二人組の声が聞こえた時、『手結島通史』を読んでいた。そして階段に様子を伺いにいった時、ついそれをうっかり座っていたソファに置きっぱなしにしてしまったのだ。


 焦ってソファに視線を向けるとあの分厚い本は見当たらない。


 その代わり――。


(どういうことだろう? 本棚にちゃんと戻ってる!)


 『手結島通史』は元にあった場所にキレイに収まっていた。


 ぼくは考えた。


(もしかしてあの二人のうちのどっちか――恐らく女の人の方がやった? なんのために? まさか――)


 君たちが隠れていることはちゃんと知っていたよ、というサイン?


 不気味な想像をして、ぞくりと寒気が走った。


(もちろん特に深い意味もなくやった可能性もじゅうぶんにあるけど。でも――)


 その時。


「おい、流時。いくぞ?」


 まだ男前モードから戻らない小泊さんに階段の辺りから声をかけられ、我に返った。


 小泊さんはくい、くいと親指を振って催促している。


「ご、ごめん。いこう、いこう」


 ぼくはなんとなく薄気味悪い思いを抱えたまま部屋を後にした。


 あの女の人は警戒しないといけないと改めて強く思った。



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