6話 スティーブンとの再会
小泊さんはとっとこ歩いていって隣のダイビングショップ・サキのペンション施設の前まで回り込んだ。そういえば、ぼくたちはまだどこに行くかちゃんと話しあっていなかった。
「あのさ、今日、行ってみたいとこなんだけど」
ぼくが声をかけると小泊さんは振り返ってにやりと笑った。
「飛空艇」
「え?」
「ファイナルファンタジーとかのゲームで飛空艇や馬車を手に入れると一気に世界が広がるでしょ?」
「うん……あまりやったことないけど、言いたいことはなんとなく分かるよ」
「流時くん。あなたは今、その飛空艇を手に入れました! おめでとう!」
「……」
なんか人見知りはもうなくなったみたいだけど、言葉の意味が微妙に分からないのは変わっていなかった。
「えっと」
悩んでいると小泊さんが敷地内に置かれた何台かの自転車を手の平ですくうような動作で示していることに気がついた。
「ん~?」
近づいてみる。
それは電動自転車だった。
大人用の自転車が二台。子供用の自転車が二台。大人用二台と子供用の一台は灰色のカラーリングもフレームの規格もよく似ていて、判別用のシールみたいなのがハンドルの下に貼ってある。
そして一台だけ雰囲気が違う子供用の自転車は真っ赤な車体をしていて、ホイールの所が色とりどりの星や月やハートなどのビーズで可愛くデコられていた。
「これはわたしのです」
なんとなくそうじゃないかと思っていたけど、やっぱりというか小泊さんがその赤い自転車を指して言った。
「そしてこれが流時くんのです」
小泊さんは続けて灰色の子供用の自転車を示す。
「正確にはレンタルバイク・カピーで、流時くんが島に滞在している間中、借りることになったものです」
なんとなく話が見えてきた。確かホームページにも書いてあった。この島はアップダウンが結構、あって手際よく観光スポットを巡るには電動自転車をレンタルするのがオススメだって。
「もしかして池崎さん辺りが手配してくれたの?」
そう尋ねると小泊さんはこくんと頷いた。それからちょっと唇を尖らせて、
「でも、昨日の夜、早くに寝ちゃった流時くんに代わって池崎さんや流時くんのお父さんと一緒に自転車を引き取りに行ったのはわたしなんだよ?」
ぼくは間髪入れずお礼を言った。
「ありがとう!」
あとで池崎さんやお父さんにも感謝しないと。
小泊さんは満足げに一度、指でOKの形を作って宣言した。
「これで流時くんとわたしはこの島のどこへでも一緒に行けます!」
そうか。
なるほど。
そう聞くと胸が高鳴ってきた。ぼくは小泊さんが手渡してくれた自転車の鍵をキーシリンダーに突っ込んで回した。ロックが外れて、ハンドルにつけられたメーターが赤く光る。
充電率は百パーセント。
小泊さんを見るともうすでに自分の自転車にまたがってこちらを見ている。
ぼくは強く彼女に頷き返して同じように自転車に乗った。
「じゃあ」
自分にしては珍しく大きな声で言う。
「資料館へ行こう! ぼくを連れてってください!」
「まっかせて!」
小泊さんが笑顔で腕を振り上げた。
電動自転車を本格的に使うのは初めてだったけど、こんなに楽なものだったのかと驚いた。坂道を漕いでいくのが全く苦にならない。
一漕ぎ、一漕ぎで自転車はどんどんと加速していく。
小泊さんが前。ぼくはその後ろ。時折、小泊さんはぼくがちゃんとついてきているかどうか振り返ってくれるので、大きく手で〝大丈夫だよ〟と合図を送る。すると小泊さんはまた前に向き直ってペダルを踏む足に力を込める。
光と影がまだらになった木陰の道。
風を切りながら進んでいくと感覚的には涼しいくらいだった。
早いというのは快適で、早いというのは気持ちがよいことで、その速さに包まれて流れていく景色を見ていると、この島をもっともっと好きになっていく自分に気がついた。
再び明るいお日様の下に出て、郵便局らしい建物の角を曲がった時。
「小泊さん!」
ぼくは叫んでいた。
「ちょっと待ってくれる?」
ブレーキをかけ、足の踵でも地面を擦って減速する。
自転車が完全に止まるとスタンドを立て、そこでサドルから降りる。この時点でもう相手はぼくに気がついてくれていて、ゆっくり大きな足取りでこちらに向かって近づいてくる。
「ハーイ! リュウジ! やっぱりまた会えたね!」
船の中で出会ったスティーブン・ウエイバードだった。昨日の朝、別れたばかりなのにずいぶんと久しぶりの再会な気がする。
スティーブンはサスペンダーのついたズボンをはいて、青いネルシャツの袖をまくって着ていた。さらに一体、どこで売っているのだろうというくらい大きな麦わら帽子も頭に被っている。
ぼくと小泊さんなら二人分くらいそのひさしの中へ楽に入れそうだった。
「スティーブンさん、こんにちは」
ぼくはスティーブンが自然と前に出してきた手を握り返した。相変わらず大きくて暖かみのある手の平だった。
「こんなところでなにをしているんですか?」
そう尋ねると、
「ちょっとした待ち合わせ。この郵便局の前で車、ピックアップしてもらうのよ。君はどう? 島を楽しんでいる?」
スティーブンはにこやかに聞いてくる。ぼくも釣られて笑顔になった。
「はい! とっても」
相変わらず日本語が上手だなあ、と心の中で感心している。
「そう。シュンスケとリュウタロウは元気? どうしている?」
「あー」
ぼくは少しあいまいな笑いを浮かべてから、
「今は寝てますけど、きっとぼくと同じくらい島を満喫していると思います」
「グレイト!」
そこでスティーブンは自転車に乗ったまま、こちらにそろそろと近づいてくる小泊さんを見て、笑顔をそちらへ向けた。
小泊さんは人見知りモード全開で巨体の白人男性を見つめている。首をすくめ、ちょっと背を丸めたその感じは、なんとなく警戒心たっぷりの野良猫を思わせた。
しかし、スティーブンは特に気にした様子もなく朗らかに、
「ハイ! たしか船の中で会ったね。えーと」
一度、手を差し出し、
「……やっぱり握手は難しいかな?」
落ち着いた、どこか知的な雰囲気でそう尋ねた。
小泊さんは目に迷いの表情を浮かべた。それから小さな声で、
「――はい」
はっきりとそう答える。スティーブンは大きく頷いた。
「なるほど。やはりこの島ではマナーとして悪いみたいだね。失礼しました。私はスティーブン・ウエイバードです。この島にはガクジュツの調査で来ました」
膝に手を当て、お辞儀をする。
小泊さんもぺこりと頭を下げた。
「ミツア。ミツア・コドマリです」
「ミツア! すごく良い響きのビューティフルネームだね。これからよろしくね」
スティーブンのにこやかフレンドリースキルでさすがの小泊さんもちょっと口角を上げた笑顔っぽい表情になっていた。
だけど、人見知りバリア自体はそれくらいではなかなか破れず、ぼくに向かって目で〝ねえ、早くいこうよ?〟と合図を送っていた。
しかし、ぼくはスティーブンが言った二つのことが気になって小泊さんの視線での訴えは申し訳ないけど無視させてもらった。
「スティーブンさん。あの、学術の調査って一体なんのことですか?」
するとスティーブンさんがこちらを見て少し目を丸くした。
「あれ? お父さんやシュンスケからなにも聞いていない? 船の中でお酒を飲みながら私のこと色々と話したんだけど」
ぼくは小さく溜息をつく。
「ええ、なにも」
酔っ払いたちですので。下手をするとなにも覚えていない可能性もある。
スティーブンは身体を揺すって笑った。
「はっはっはっは。そうか。なら、改めて自己紹介しないとだね。私はこういうモノです」
スティーブンはポケットから革製のケースを取り出し、その中に入っていた名刺をぼくと小泊さんに差し出してくれた。
青い二重線がオシャレに入った白い紙には。
『都久良大学〔とくらだいがく〕民族考古学科准教授・著述家スティーブン・ウエイバード』
そう書かれていた。
ぼくの心臓がとくんと跳ねた。
「都久良大学」
その大学名はよく知っていた。
「『迷い幽霊の系譜』を書かれた仲代教授や『都市と民俗の時間』の著者である向井教授が在籍されていた大学ですよね?」
ぼくの声は自然と上ずっていた。
スティーブンが目を丸くする。
「え? そこ? そこに食いつくんだ?」
「大好きなんです! ぼく。そういう本が」
ぼくが思いっきり力説するとスティーブンは一瞬、黙り込んだ。それから、
「はははははは! すごいねえ。リュウジ。君はとてもクレバーだと思っていたけど、ちょっと想像を超えていたね。まだ君、小学生でしょ?」
ぼくは何度も頷いた。
その間、自転車から降りた小泊さんはつまらなそうな顔で名刺の裏を確認している。そこにはスティーブンを漫画的に上手くデフォルメしたイラストが描かれていた。
「その調査ってどんなことなんですか? この島のなにを調べるんです?」
ぼくがぐいぐいとスティーブンに迫っているといつの間にかゆっくりと近づいてきていた軽トラックが傍らに停まり、
「先生! お待たせしました!」
運転席のドアが勢いよく開き、そこから若い男の人が転げるように出てきた。
「遅くなり申し訳ありません!」
頭をぺこぺこ下げている。
ジーンズに白いTシャツ。身体がすごく引き締まっていて、とってもカッコいい男の人だった。
スティーブンは、
「いやいや、待ったない。ぜんぜんないよー」
にこやかに否定した。男の人はそこでようやくぼくと小泊さんに気がつき、
「美津亜ちゃん!」
目を見張った。小泊さんは小さく手を振る。
「こんにちは、土方さん」
そして土方さんの視線がぼくの方を向いたので、
「うちのお客さん。石川流時くん」
そう紹介してくれた。
「石川流時です」
ぼくがぺこりとお辞儀をすると、
「あ、土方正治です」
釣られて小学生相手に頭を下げてくれた。きっと性格も良い人なんだろう。
土方さんは、
「先生。お待たせしておいてなんですけど、早速、一緒に来て貰えますか?」
すぐにスティーブンを促した。真剣な顔つきだった。
「オヤジたちがなんか妙にピリピリしているんです。ああだ、こうだ、色々こき使われているうちにお迎えに来るのも遅くなっちゃって」
スティーブンもまじめな表情になって頷く。
「そっかあ。ピリピリはよくないね~。なら、急ぎましょう。リュウジ。ごめんね。あとでまたちゃんと話しましょう。君、泊まっている宿は?」
「あ、俺が把握しています。美津亜ちゃんのところだろう? ならダイビングショップ・サキです。あとで責任持ってお連れしますよ」
「おー、サンキュー、マサハル。なら、夜くらいがいいかな。リュウタロウやシュンスケとまた宴会したいし。リュウジ、それでいいかな?」
「はい、もちろんです! お父さんたちにも伝えておきます」
大学の先生から色々と話を聞けると思うとわくわくする。夜がとっても楽しみだ。スティーブンは車を回り込み、ドアを開けると苦労して助手席に大きな身体を押し込めていた。
その間、土方さんは運転席のドアを開けたまま、なぜかこちらに視線を向けず、空を見上げるようなポーズで聞いてきた。
「美津亜ちゃん。真知さんは元気かな?」
すると。
(か、かおがとけた!)
いや、あくまで比喩なんだけど、それくらい〝にまあっ〟とか、〝にやあっ〟とか形容するのが相応しい笑い方で小泊さんが笑った。
小泊さんはとっても可愛いけど、この笑い方だけはちょっと怖い。
その笑みに気がついた土方さんもぎょっとしたような顔になり、
「あ、じゃ、じゃあ。俺も夜、そっちに顔出すから!」
小泊さんの返事も待たず、逃げるように運転席に乗り込み、エンジンをかけて、車を発進させた。
「まったねえ~!」
スティーブンが助手席から身を乗り出すようにして手を振ってくれる。その軽トラックも道の角を曲がって見えなくなった。
「小泊さん、あのさ」
ぼくは小泊さんに聞いてみたい、いくつかのことを頭の中で整理しながら振り返った。
そしてぎょっとした。
小泊さんが薄く目を細めてこちらを睨んでいたからだ。
「な、なに?」
ぼくがたじろいでいると、
「……うらぎりもの」
小泊さんがぼそっと言った。
「え? え?」
「あの先生――スティーブンさんが見学に来ていいよ、とか言っていたら、ほいほいついて一緒に行っていたでしょ?」
ぎくり、とした。
心の中でちょっとそれは期待していた。
だって。
興味あるんだもん!
「わたしをおいて」
「い、いやあ、そんなことはないよ。ぜったい。だって、ぼくはこれから小泊さんと一緒に資料館に行くんだからね! そっちが優先だよ! とーぜん」
小泊さんは〝ほんとかなあ?〟という疑いの目でぼくを見ている。
話をそらさなきゃ!
「それよりあの土方さんってどういう人なの? なんでスティーブンさんを迎えに来たの?」
それに対しては小泊さんも首を傾げた。
「分からない。土方さんは酒屋さんの息子さん」
「さかやのむすこ?」
「でも、お父さんも酒屋さんだけど、この島の神社の一つを管理している神主さんでもある」
「……」
謎が深まった。なんだろう?
「まあ、スティーブンさん、夜、来るみたいだし、その時、詳しく聞けば良いか」
「そして土方さんは真知ちゃんのことが好きみたい」
いきなりそんなことをさらっと言われて驚く。小泊さんは自転車にまたがって、
「さ、資料館に行こう!」
さっきの薄目にまた戻って、
「……流時くんにまだその気があれば、だけど?」
ぼくは必死で言った。
「もちろん! ぜひ! おねがいします!」
小泊さんは〝ふーん〟という感じでペダルを踏み込む。ぼくも置いてかれないように自分の自転車に飛び乗った。
小泊さんはもう振り返ってはくれない。ぼくは赤い自転車を追いかけながら色々と考えていた。
(土方さんが真知さんのこと好きって……真知さんは結婚とかしていないのかな?)
そしてその流れでもっと気になること。
(そもそも小泊さんのお父さんとお母さんってどうしているんだろう?)
なんとなくずっと聞けずにいる。
それにさっきのスティーブンとのやりとりも不思議だった。
たぶん、小泊さんは握手を嫌がっていたんだ。それもなんでだろう?
自転車に乗っている小泊さんの細い背中。
赤いリボンが揺れている。
(会った時から謎が多い子だよな)
ぼくはでも、謎ってけっこう好きなんだ。一応、ミステリー作家の息子だし、それにそれを解くのがとても楽しいから!




