12話 怪異の始まり
翌朝、起きるとこの島に来て初めて空が少し曇っていた。ぼく、池崎さん、お父さんの順で八時くらいに揃って目を覚ました。
ちょうどそのタイミングで美津亜ちゃんが呼びに来たので、ぼくたちは居間に降りて用意されていた朝食を取った。
昨日と同じく美津亜ちゃんのおばあさんはもう早朝に食べ終えていて、真知さんはダイビングショップへ仕事に出かけていた。
お父さんと池崎さんはやや二日酔い。ぼくは考え事を抱えていて、美津亜ちゃんは人見知りリセット状態だったので、食卓では皆、口数少なめだった。
それでもアオサのお味噌汁や魚の干物、カブの漬け物に納豆なんていう由緒正しい日本の朝ご飯を食べ終える頃にはお父さんや池崎さんもだいぶ、復調してきて、美津亜ちゃんの人見知りもかなり薄れていった。
その後、ぼくらは後片付けや洗い物なんかを分担しながら、昨日のリベンジで地灘温泉に行こうと話しあった。
そのためにぼくと美津亜ちゃんはまずノルマの宿題をこなすことにした。
そしてその間、池崎さんがそつなく交渉してきてくれて、ぼくたちは自転車ではなく真知さんが普段、個人で使っている軽自動車に乗って、地灘温泉へと向かうこととなった。
メンバーはお父さん、池崎さん(運転手もしてくれた)、美津亜ちゃん、ぼく。
温泉は本当に不思議なところにあった。
崖の裂け目のような場所を下った先に海と岩一つで区切られた温泉が湧いていた。
ぱっと見るとまるで海の中に入っているようにしか見えない。ぼくらは備えつけの男女別の更衣室で水着に着替え、少し黄みがかった温泉にわいわい言いながら入った。
空は少し鉛色だったけど、広々とした海を眺めながらの入浴は今まで経験したことのないくらい爽快なものだった。
ただそんな貴重な体験中もぼくはずっと考え事をしていたからどこか上の空だった。
お父さんや池崎さんとちゃんと会話もしている。美津亜ちゃんとも笑いあっている。けど、心はずっとここにあらず状態。
やがてぼくたちは空からぽつりと小さな水滴が落ちたタイミングで、温泉から上がった。また崖の上の駐車場に戻り、車に乗り込む頃にはぱらぱらとそれは小雨になっていた。
宿に戻り、それぞれなんとなく時間を潰した後、お父さんが名乗り出て作ってくれた特製のサンドイッチ(お父さんは実はかなりの料理上手なんだ)をみんなでお昼ご飯に食べた。
お父さんと池崎さんは午後になると傘を差してまたビールを飲みにブリュワリーに出かけた。
ぼくは自分たちの部屋で座布団を枕代わりにして寝っ転がっていた。
頭の中ではずっと昨日、タブレットで調べた情報の検討を行っている。自分の中でやはり腑に落ちないことが幾つかあった。
ネットにはテユイさまだけではなく、人と手を繋ぎたがらないこの島独自の風習や逆さを向いた神社の狛犬のことなんかもほとんど情報として上がっていなかった。
ゼロじゃない。でも、本当に見つけにくい。
これは一体なにを意味するんだろう?
ぼくが眉間にしわを寄せて天井を見つめていると、
「こんこん」
口でノックの音を立てて、青いワンピースを着た美津亜ちゃんが部屋に入ってきた。ぼくが起き上がろうとすると、
「いいよ、そのまま。そのまま」
そう言って美津亜ちゃんは自分も座布団を枕にしてぼくとちょうど頭のてっぺんとてっぺんが合わさるようにして反対側に寝そべった。
美津亜ちゃんが今日もつけている大きな赤いリボンがぼくの髪に微かに触れるくらいの位置だ。
「?」
ぼくが仰向けのまま戸惑っていると美津亜ちゃんが聞いてきた。
「今日は資料館行かないの? 雨降りでもわたし傘差して一緒に行くけど?」
「あ」
そう言えば昨日そんな約束していた。ぼくは気まずく答える。
「――ごめん。行きたいんだけどスティーブンと午後ここで会う約束をしちゃったから」
ちなみにまだスティーブンからの連絡はなかった。美津亜ちゃんはくすっと笑った。
「いいよ、いいよ。なら、あの人来るまで一緒にお話しよう? いいでしょ?」
「う、うん」
それにはぼくも大賛成だった。
ぼくは美津亜ちゃんと色々な話をした。互いの学校のこと。互いの友だちのこと。好きなゲームやアニメの話。将来の夢や行ってみたい場所。ぼくの体勢だと美津亜ちゃんの姿が見えず、声しか聞こえないけど、美津亜ちゃんがずっと楽しそうにしているのは分かった。
「え? ディズニーランド好きなの? でも、今回、パスしたんでしょ?」
「わたしが嫌いなのは人混み。ディズニーランド自体の雰囲気とキャラクターはむしろ大好き。完全に貸し切りにしてくれるんだったら行く」
「セレブみたいなすごいこと言ってるねー」
そんな会話を交わして、笑いあったりしているうちに昨日の夜から続いている無意識の緊張がだんだんとほぐれてくるのを感じた。
そしてようやく気がつく。
(美津亜ちゃん……もしかしてぼくを心配して来てくれたのかな?)
今朝から様子が変だとでも思ったのだろう。
(本当に優しい子だな。この島に来て美津亜ちゃんに出会えて良かった……)
雨足がかなり強くなり、風音も聞こえる。ぱらぱら。びゅうびゅう。でも、室内はクーラーでちょうど良い気温に保たれていて、とても心地よい感じだ。
夜、寝足りなかったせいか、かなり強い眠気が押し寄せてくる。
美津亜ちゃんも同じような状態なのか徐々に会話が途切れがちになっていった。
やがて頭の方から穏やかで、規則正しい寝息が聞こえてきて、ぼくも同じように安らかで、暖かい気持ちのまま深い眠りについた。
眠りから覚めると室内がすっかりと薄暗くなっていた。外からは相変わらずの雨音。お腹にはいつの間にかタオルケットがかけられている。
(美津亜ちゃんが気をつかってくれたのかな?)
ぼくは立ち上がって明かりをつけながらぼんやりとそんなことを考えていた。
美津亜ちゃん当人はもうこの部屋にはいない。きっと先に目が覚めたのでぼくを起こさないようそっと出ていったのだろう。
それ自体はなにも不自然ではないのだけど、なぜか妙に不安だった。
スマホを確認するともう午後の四時。スティーブンからの連絡はまだない。
(ヘンだな?)
雨のせいか元々、あまり入り具合の良くなかった電波事情がさらに悪くなっている。アンテナがゼロか一本辛うじて立つくらい。
なんとなく気になってお父さんに電話をかけてみたけど、上手くつながらなかった。
まだ池崎さんとブリュワリーにいるのだろうか?
ぼくはスマホをポケットに入れ、閉じていた襖を開けた。明かりがついていない薄暗い廊下はしんと静まり返っている。
ぼくは早足で階段を降り、誰か他に家にいないか探して回った。居間の方から微かな物音がする。光も漏れている。
ぼくがそちらを恐る恐る覗き込むと、
「あら? 流時くん?」
新聞を読んでいた美津亜ちゃんのおばあさんが声をかけてきた。その拍子抜けするくらいごく普通の様子に肩から力が抜けた。
「天気が悪くて気が滅入るわねえ。良かったらアシタバ茶飲む?」
笑顔でそう言われ、
「は、はい」
ぼくは居間の中に入った。座布団に腰を落とすとおばあさんが急須から入れてくれたお茶を差し出してくれた。
「おせんべいもあるわよ? 塩辛いの」
「あ、ありがとうございます」
ぼくはお礼を言ってお盆から袋入りのおせんべいを受け取った。
それをぽりぽり食べながら気になっていることを尋ねる。
「あの、美津亜ちゃんは?」
するとおばあさんは微笑んで、
「真知に頼まれて届け物をしにいったのよ。お見舞いは東京で買ったお菓子ですって。さっき車で行く途中、ここにいったん立ち寄って取りに来たの。良い子でしょ、あの子?」
「はい」
ぼくは一度、頷いてから、
「――えっと。つまりどういうことでしょう?」
思わず問い返した。
意味がよく分からなかった。おばあさんも〝ん?〟と首を傾げていたけど、
「ああ、ごめんなさいねえ。私、伝え方が下手で」
笑いながら説明してくれた。
美津亜ちゃんはぼくよりだいぶ、前に目を覚まし、真知さんが忘れた水中カメラをダイビングショップまで届けに行ったらしい。
そしてそこで真知さんがこれから舞来という地域に住む丸本さんという家を車で訪問すると聞いて、自分も同行したのだそうだ。
丸本さんの家には七歳になる珠紀ちゃんという女の子がいて、その子は恒例の夏休み旅行直前に熱を出してしまい、ディズニーランドへ行けなかったとのこと。
自分は好きで島に残っているけど、その子は本当に悔しがっているだろうと同情し、東京(正確にはこの島も東京なんだけど)でその子が好きそうなお菓子を大量に買い込んでいた。
そして今日、その子のお母さんから熱もだいぶ、落ち、会えるようになったと聞いてお土産を届けにいくがてら遊びにいっているらしい。
ぼくは改めて〝美津亜ちゃんっていい子だなあ〟と感心すると同時に〝美津亜ちゃんのあの独特の喋り方はおばあさん譲りなんだな〟とも思った。
おばあさんはまた新聞紙を読み始めようとする。
ぼくの頭の中でふと美津亜ちゃんとの会話のやりとりが思い浮かんだ。
〝わたしは分からないけど、おばあちゃんなら知ってるかも〟
今が絶好の機会なのかもしれない。ぼくは勢いに任せて口火を切った。
「あの、おばあさん、すいません。ちょっとお聞きしたいことがあるんですけど、いいですか?」
美津亜ちゃんのおばあさんは新聞を傍らに置き、小首を傾げる。目が笑っているのは了解のサインだと判断してぼくは尋ねた。
「ごめんなさい。変な質問になるんですけど、この島の四つの神社の狛犬が」
「あ-」
「え?」
「……逆さになっている理由でしょ? 美津亜にも流時くんが気にしているからわけを教えてくれって頼まれたの。でも、私にはよく分からない」
美津亜ちゃん。聞いてくれていたのか。
「でも」
おばあさんの目が泳いだ。
「なんで、は分からないけど、誰がそれをやらせたか、はなんとなく思い出した」
「え?」
驚きのあまり軽く固まった。
美津亜ちゃんのおばあさんは少し声を落とし、はっきりと言った。
「民俗学者のセンセイ。確か大上っていう人」
ぼくは息を吞む。
(民俗学者の大上! 大上雅也?)
まさかここでその名前が出てくるとは思わなかった。
ぼくが呆然としていると、
「そう。あれは私が美津亜よりもっともっと子供の頃、この島にその大上センセイがよく来ていたの。島の神主さんたちともすごく仲良くなっていて。そしてうちで経営していた宿にも逗留していた。ある日、その大上センセイが神主さんたちと相談して狛犬を一斉に逆向きにさせたの。多分、今から六十年以上前」
「……」
「理由は分からない。大人たちはなにも教えてくれなかったから。ただね、流時くん」
おばあさんは戸惑いと不安とほんの少しの恐れが混じった目でこちらを見た。
「大上センセイはこうも言っていたの。昔のことだし、なにかの拍子に宿の子供に対して、ぽろっと口に出しただけみたいな感じだから、あまり正確じゃないかもだけど」
ちょっと言い淀んでから、
「テユイのオヤシロになにかあったら、絶対に近づかないようにしなさいって」
「……」
ぼくは考え込んでいた。
(おばあさんがぼくたちにオヤシロがある入難に行かないよう強く言っていた理由はそれだったのか)
美津亜ちゃんのおばあさんは突然、目をぱちくりさせて、
「流時くんはお話を聞くのが上手いねえ。気がついたら色々話していた。美津亜も褒めていたわよ。カッコいいのに、優しいって」
「あ、ありがとうございます」
思わず顔が赤くなってしまう。ただ美津亜ちゃんがいないところでそんなこと言うと後でおばあさんが怒られるんじゃないか、とも心配した。
その時。
ぴんぽーん、とチャイムが一度鳴った。それはおばあさんにも聞こえていたようで、
「誰か来たみたいだね。よいしょ」
と、立ち上がろうとする。ぼくはそれを手で制した。
「あ、ぼく、行ってきます」
おばあさんは足が悪い。いちいち応対に向かうのも大変そうなので、ぼくが先に用件を聞いておこうと思った。そう申し出るとおばあさんは優しく頷いてくれる。
「ありがとう。なら、お願いね」
「はい」
ぼくは笑い返し、居間を出て、暗い廊下を通り玄関へと向かった。
雨の飛沫が風と共に吹き込んでくる。ぼくは眉をひそめた。誰か知らないけど、扉を思いっきり全開で開けて、なおかつ建物の中に入らず玄関先で立ち尽くしている。
一体なにをしているんだろう?
「!」
その時、ぞわりと寒気が走った。
そこにいたのは――。
「……」
船の船室や、甲板で、資料館の中で何度か出会ったあの黒い服の女の人だった。
今も黒ずくめ。髪も真っ黒。それが灰色の背景の中、少し青みがかって浮かび上がっていた。
糸のように目を細め、薄笑いを浮かべてこちらを見ている。
「う」
驚きのあまり声も出ない。女の人はずぶ濡れだった。
「……え?」
女の人は口をパクパクさせていた。だけどなにを言っているのか全く聞き取れない。雨音以外は全て無音。
女の人はやがて緩やかに背を向けると、首だけをこちらへ不自然に向けたままゆっくりと立ち去っていった。ニヤニヤと笑いながら。
玄関の先から雨の降りしきる道へ、まるでかき消えるように。
代わりに。
「あれ? 流時くん。こんなところでなにをしているの?」
折りたたみ傘をたたみながら真知さんが軒先へと小走りで駆け込んできた。
「あ、えっと」
ぼくは口元に手をやり、
「いえ……なんでもない、です」
まだ呆然としたまま答えた。先ほどの光景が現実のものだったのか、それとも幻でも見たのか今ひとつ判断ができなかった。
真知さんは不思議そうな顔でぼくに目をやったものの、なにかに焦っているようで、折りたたみ傘を玄関脇に放り出し、
「ちょっとごめんね。なんか携帯の調子が悪くて」
そう言ってぼくの脇をすり抜け、廊下に設置された固定電話に早足で向かった。プッシュボタンを押し、そのまま口早になにか話し始めた。
真知さんのどこか切羽詰まった気配を察したのか居間の方から美津亜ちゃんのおばあさんが心配そうに顔を出す。
ちょうど同じタイミングで、
「お。どうした、息子? ぼんやりとして」
「お出迎えかい、流時くん? ありがとうねえ」
がやがやとお父さんと池崎さんが傘をさして帰ってきた。さっきの衝撃はまだ残っているもののそれ以上に真知さんの醸し出す雰囲気が気になってぼくは無言で視線をそちらに向けた。
お父さんも池崎さんも電話口で何事か必死になって話している真知さんを見て、みるみる真剣な表情になっていった。
「うーん」
「……思ったよりもオオゴトなのかな?」
二人ともなにか心当たりがあるみたいだ。やがて電話を終えた真知さんは皆の視線が自分に集中していることに気がついたようで、
「――そちらもなにかあったんですか?」
お父さんと池崎さんに押し殺した声で尋ねた。お父さんたちは交互に答える。
「ええ。ブリュワリーが突然、店じまいになりました」
「マスターのご家族と連絡が取れなくなったみたいで」
真知さんは無言で親指の爪をかみ始めた。それをおばあさんが注意する。
「真知!」
真知さんははっとしたようにその行為をストップした。
表情を引き締め、この場にいる人たちにはっきりとした口調で説明した。
「まず大前提で、なにがなんだか私にも全く分かりません。ただどういう訳か、この島のあちらこちらで人が行方不明になっているみたいです――先日の大徳屋さんのように」
ぼくはその言葉で身体を強ばらせた。真知さんは冷静さを保つためなのか、何回か大きく深呼吸してから言った。
「今、駐在さん、消防団の方々で集まって事態の把握を急いでいます。私もさっき舞来という地域の丸本さんというお宅から相談を受けて車で行ったのですが、そこでも高齢のおじいさんが今朝から外出して連絡が取れなくなっているみたいです」
舞来?
丸本さん?
美津亜ちゃんが今、行っているはずの家だ。
「あの、すいません!」
そこでぼくはつい口を出した。
「美津亜ちゃんは? 大丈夫なのですか?」
「だいじょうぶ?」
真知さんは怪訝そうな顔で、
「美津亜はただ丸本さんの家で遊んでいるだけよ?」
きっとおじいさんが行方不明になって不安そうにしている年下の女の子のそばに付き添ってあげようとしているんだ。優しい美津亜ちゃんならきっとそうする。
ぼくは畳みかけた。
「もしかして……舞来周辺の他の人たちも行方不明になってるんじゃないですか?」
自分でもなんでそう思ったのか分からない。でも、一人。
また一人と色々な人たちが暗闇に消えていくイメージが勝手に頭の中に湧き起こってきた。
真知さんはさっと青ざめた。ものも言わずにまた固定電話の受話器を取り上げ、プッシュボタンを押す。
きっと丸本さんの家に直接かけているんだろう。
「でない」
真知さんは自分のスマホを確認しながら、また違う番号にトライした。今度は丸本家の誰かの携帯だろうか?
震える指で今度はまた違う番号。
やはり応答はないようだ。
「でない……」
真知さんは皆を振り返った。
真知さんとはまだ知り合って二日くらいしか経ってない。でも、〝この人でもこんな顔をするんだ〟というくらい不安で、頼りなさそうな表情をしていた。
「どうしよう……」
怯えているようにも見えた。
「よし!」
その時、池崎さんがぱちん、と大きく柏手を打った。
ものすごく明るく笑う。
「では、みんなで迎えに行きましょう! 今は電波状態も良くないから単に電話がつながらないだけですよ。きっと美津亜ちゃんたちは遊びに夢中になっているだけです」
真知さんの目をしっかりと見て、きっぱりと断定した。
そのポジティブな言葉に、
「そ、そうですよね」
真知さんはぎこちなく何度も頷いた。それで呪縛が解けたように動き出す。
「お母さん、私、予定よりちょっと早いけど美津亜を迎えに行ってくる!」
おばあさんも首を縦に何度も動かす。場の空気が少し緩んだ気がした。でも、ぼくは見逃さなかった。脳天気な感じで喋っている池崎さんがお父さんとだけは鋭い表情で目配せをし合っていたんだ。ぼくは反射的に叫んでいた。
「ぼくも行く!」
「えっと」
池崎さんが困ったようにお父さんを見る。お父さんは難しい顔で顎を撫でながら黙ってぼくを見つめていた。
「ぼくも、いく!」
ぼくはお腹に力を込めてもう一度、繰り返した。
絶対、絶対、くっついていくつもりだった。最終的にお父さんが溜息をついて肩を落とした。
「大人から離れない。その指示に従うこと」
それは同行を許された、という意味だ。
「はい!」
ぼくは大きな声で返事をした。
「じゃあ、お母さん、あとはお願い」
玄関先でスニーカーを突っかけながら真知さんが言う。
「念のため! 我々が出た後、玄関の施錠もお願いします!」
池崎さんも明るく伝えた。おばあさんははっきりと答える。
「分かりました。お気をつけて」
真知さん、池崎さん、お父さんに続いてぼくも家から出ようとしたその時、
「流時くん!」
おばあさんがもう一度、呼びかけてきた。
「――本当に気をつけて」
ぼくは振り返り、
「……」
なにも言えず、ただ必死で頷いた。




