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10話 バーベキューの夜

 スーパー『戸車』で予め注文していた食材を受け取り、ぼくたちは宿(美津亜ちゃんにとっては家)に戻った。ちょうど同じタイミングでお父さんや池崎さんもほろ酔い気味でブリュワリーから帰ってきた。


 その後は台所で真知さんの手伝いをしたり、美津亜ちゃんに案内してもらってお仏壇で美津亜ちゃんのご両親に手を合わせたりした。


 二人とも三十前半で亡くなられたから、お父さんとお母さんというよりまるでお兄さんとお姉さんみたいに見えた。ウエットスーツ姿の日焼けしたイケメンと美人がダイビングショップの前で肩を組んで笑っている。美津亜ちゃんは二人の特徴をそれぞれ上手く引き継いでいるんだろうな。


 ぼくが遺影の前で手を合わせていると真知さんが襖を開けて入ってきた。


 そして座布団に座って神妙に正座をしているぼくの様子を見て腰元に手を当て笑った。


「流時くん……あなた、ほんとえらい子ねえ」


 その口調は感心しているようでもあり、少し呆れているようでもあった。


 横にいた美津亜ちゃんも大まじめに頷く。


「うん。お友だちで自分から仏間に案内してって言ってきたの流時くんが初めてだよ」


 そんなに変かな?


 お父さんの実家はかなりの旧家で遊びに行くと仏壇に手を合わせるのが習慣になっているんだ。


「……ま。とにかく、ありがとうね。兄夫婦に手を合わせてくれて」


 少しだけしんみりとした様子で真知さんはぼくの頭にそっと手を置いた。それからちらっと遺影に目をやり、次にぼくらを見つめ明るくはっきりと言う。


「さ。ご飯にしよう!」


 ぼくも美津亜ちゃんもそれには大賛成だった。


 真知さんと美津亜ちゃんとぼくとでダイビングショップ・サキが経営するペンションの方へと移動した。


 この島に来た初日に確認したけどペンションの裏庭には天井のついた東屋風のバーベキュースペースがあった。そしてそこには既にお父さんと池崎さんが陣取っていた。


 お父さんは天井から吊られたハンモックチェアに腰をかけ、ゆらゆら揺れながら、瓶ビールを直接、口につけて飲んでいた。


 仕事も上手くいっているからか、とろけるように幸せそうな表情だった。


 池崎さんの方はというと、瓶ビールを時々、口元に運んではいるものの、それ以外はテキパキと炭を入れたり、団扇を扇いだりしてバーベキューコンロの火の管理をしていた。


 本当になんでもできる人だと思った。


 ぼくは食材が置かれている台に近寄ってみて、


「おお……」


 驚く。


 すごく食べ応えがありそうな牛肉とソーセージ、たまねぎ、なす、トウモロコシなんかの野菜、名前がよく分からないけどいかにも新鮮そうな魚につやつやとした大きなサザエ。


 そんな豪華食材が天井に設置されたライトに照らされトレーの上に並べられていた。


「スティーブンは正確に何時に来るとは言ってなかったんだよね?」


 池崎さんがぼくに尋ねてくる。ぼくは頷いた。


「はい。夜くらいって」


 池崎さんが苦笑した。


「てきとうだな。ま、なら先に始めてますか?」


 この問いかけは真知さんに対してだった。真知さんも賛成する。


「ええ、そうしましょう」


 そう言って野菜や肉を手際よく網の上に並べていく。しばらくすると赤々とした炭の上で食材がじゅうっと音を発し始め、香ばしい匂いが辺りに立ちこめた。


 ただそれだけでぼくのお腹がぐうっと鳴る。思わずぼくが両手でおへその辺りを押さえると美津亜ちゃんがけらけら笑った。


 そして肉や野菜がちょうどよい焼き加減になって皆で取り皿や割り箸なんかの用意をし出したタイミングで、


「いやいや、お待たせしました」


 建物の角を曲がって、何度見ても感心するくらい大きな身体をしたスティーブンが現れた。続いてその後ろから、


「真知さん、お疲れ様です。これ、うちの酒屋から差し入れです!」


 昼間会った若い男の人、土方正治さんがケースに入ったビールを両手でぶら下げながら近づいてきた。


「正治くん。ありがとう! あなたも食べてくでしょ?」


 嬉しそうに胸元で手を合わせた真知さんにそう誘われ、


「ありがとうございます! ぜひ!」


 土方さんはでれっとした顔で答えていた。その様子を美津亜ちゃんが、にやにや笑いながら見つめている。ぼくでも〝ああ、土方さんは真知さんが好きなんだな〟って思うくらいだから、きっと分かりやすい人なんだろうな。


 その間にスティーブンは酔っぱらい二人に囲まれていた。


「スティーブン!」


「うえるかむ! またパーティーしようぜ!」


 今までずっと根っこが生えたようにハンモックチェアに座っていたお父さんは立ち上がり、火の番をしていた池崎さんも軍手を脱いで次々にスティーブンと握手をしていった。二人ともスティーブンに会えてとても嬉しそうだった。


 スティーブンには人の警戒心を解いて笑顔にしてしまうようななにかがあった。


「すばらしい。とても良い香りですね、私はバーベキュー大好き」


 スティーブンはぼくの方を振り返り、悪戯っぽく片目をつむってみせる。ぼくもすっかりこの陽気な人が好きになっていた。


「こんばんは、スティーブン!」


 もちろん握手もした。


 どうやら全メンバーが揃ったみたいなので、池崎さんの、


「じゃ、我々の出会いを祝して」


 という音頭で乾杯した。真知さん、土方さん、池崎さん、スティーブン、お父さん、美津亜ちゃんとぼく。大人たちはビール。子供は手結島サイダー。


 ぼくは行きの船の中でも飲んだこのサイダーにすっかりとはまっていた。


 この島は離島にしては珍しく豊富な地下水が湧いているので美味しいビールやサイダーを造ることができるのだそうだ。そしてそれを島の名産品としてお土産屋さんやネットショップなんかでも売っているらしい。


 軽く喉の渇きを癒やしてからぼくは早速、バーベキューを食べ始めた。池崎さんが焼き当番みたいな役を買って出ていて、空の皿を持って行くと適当に肉や野菜なんかを乗せてくれた。


挿絵(By みてみん)


 お腹がペコペコだったのを差し引いてもバーベキューはメチャクチャ美味しかった。しばらく夢中になってこんがり焼けたソーセージやトウモロコシなんかを食べていた。その間に美津亜ちゃんとお互いに好きな食べ物の交換をしたり、真知さんとダイビングの感想を話したりした。


 そしてタイミングを見計らってスティーブンの近くへ寄っていった。スティーブンはちょうど丸いテーブルを挟んでお父さんと話をしているところだった。


 腰かけているプラスチック製の椅子が小さすぎてお尻の肉がものすごくはみ出している。


「よう、息子!」


 ぼくが同じタイプの椅子を運んで二人の近くに座るとだいぶ赤ら顔のお父さんが紙コップを上げた。


「はーい、リュウジ」


 こちらも顔がしっかりと赤くなっているけど全然、酔っている感じがしないスティーブンも紙コップを掲げた。


「今、君のお父さんに君がいかにクレバーな子か話していたところだよ」


「ありがとうございます」


 ぼくはぺこりと頭を下げた。


 お父さんはちょっと面白そうに、


「クレバーって言われて全く否定しないのがこいつの図太いところだよな」


 ビールをまた一口飲んだ。スティーブンは微笑み、


「私に聞きたいことあったよね? どんな質問でもどーぞ」


 そう優しく言ってくれた。ぼくは引っぱってきた椅子をさらに引きずってスティーブンに近づけた。頭の中で色々と質問を整理してから尋ねる。


「ありがとうございます。では、まずえーっと……スティーブンはそもそもこの島になにをしに来たんですか?」


「うん。先月の台風で一部被害が出たテユイのオヤシロを師匠に代わって調査に来たんだよ。代行印もちゃんと持ってね」


「……」


 ぼくはあまりに理解不能な言葉が多かったので次の質問に困った。


 スティーブンは明るく笑って言う。


「はははは、少し込み入った話になるね。まずは私の自己紹介をもっとちゃんとやらないといけない。私の職業は説明したね?」


「はい。都久良大学の民俗学の先生ですよね?」


「そう。君はそこを不思議に思わない? こんなガイジンが日本の大学で民俗学を教えていることに」


 ぼくはあっさりと答えた。


「でも、小泉八雲ことラフカディオ・ハーンなんかもギリシャの人ですよね? そしてハーンも確か日本の大学で教えていたはずです。だから、そこは特に」


 ラフカディオ・ハーンというのは明治時代に日本にやってきて日本の文化や土地の怪異なんかを記録した学者兼小説家だ。


 スティーブンは目を丸くし、お父さんを驚いたように振り返った。お父さんはただにやにやしてぼくとスティーブンのやりとりを見守っている。


「うん。君は本当にアメージングな子だ、リュウジ。その通り。別にガイジンが日本のセンセイでもいいんだよ……ただ、この国では誰もがそういう訳ではないみたいだけどね」


 スティーブンは少し悲しそうな顔をしてから、気を取り直したように、


「話を戻すね。私は元々、アメリカのペンシルバニア出身。それこそ君もそうだと思うけど、ホッケーやフットボールなんかより家でゴーストストーリーなんかを読んでいる方が好きな少年だったよ。そしてハイスクールの頃、まさに君が言ったハーンの一連の著作を読んだ。明治時代の日本の文化や人々の生活が生き生きと描かれていたよ。その時からずっと日本が私の憧れさ。日本語をいっしょうけんめい勉強して日本の大学にも入った」


 スティーブンはビールの入った紙コップを一度、テーブルに置き、代わりに近くに置いてあった日本酒を別のコップに注いでそれを掲げた。


「ビールも良いけどエンジンかかってきたらとりあえず日本酒にチェンジ。今ではすっかり日本に染まったオジサンです」


「スティーブンは帰化してるのかい?」


 ふいにお父さんが口を挟んできた。スティーブンは頷く。


「そうよ。だから、私は今、正確には日本人。日本国籍も持っています」


 にこにこと言う。


「私の人生の転機は大学院に行って師匠、大上雅也おおがみまさやセンセイに出会ったことね。そこで色々としごかれて、論文いっぱい書いて、助手、准教授にまでなりました」


「大上雅也!」


 お父さんが驚いていた。


「俺でも知っているくらいの日本民俗学のパイオニアじゃないか! スティーブンの言う師匠って大上雅也なの?」


 ぼくも名前だけ聞いたことはあった。でも、正直なところ……。


「まだ生き」


 お父さんは慌てて言葉を丁寧に言い直した。


「いや、まだご存命なのか?」


 ぼくも同じことを思った。なんだか教科書に載っているような昔の人の名前がいきなり出てきた感じだ。


 お父さんの言葉にスティーブンは少し苦笑して頷いた。


「そうね。師匠はもう百才オーバー。私と会った時でさえ、八十は超えていたからね。でも、まだなんとか辛うじて話は通じるよ」


 ぼくはその時、視線を感じて首を巡らせた。そちらには池崎さん、真知さん、土方さん、美津亜ちゃん、それからこのペンションの宿泊客やご近所の人っぽい飛び入りも増えて、賑やかに盛り上がっていた。視線は美津亜ちゃんからのものだった。


 こちらを見て、口を尖らせ、目を寄り目にして変顔をしている。どういう意図か分からないけど思わず笑ってしまったらそれに満足したのか、また人の輪の中に入っていった。


 その間、スティーブンが説明を続けていた。


「師匠、大上雅也は若い頃、たくさんたくさん日本をフィールドワークして回ったね。たくさんたくさんの人と知り合って、たくさんたくさんのコネクションを作ったよ。その中で、この手結島にも何回か来たみたい。そしてテユイさまの研究も行った」


「ちょっと待ってくれ。テユイさまというのはそもそもなんなんだ?」


 お父さんがぼくも知りたかった質問を代わりにしてくれる。スティーブンが答えた。


「……よく分からない」


 顔を伏せ、また沈んだような言い方になった。


 ぼくとお父さんはなんとなくお互いの顔を見合わせた。


「あ、でも、大まかなことは分かるよ。この島だけで信じられているこの島と同じ名前の神様。ただ、由来や素性が今ひとつ不明」


「古事記や日本書紀に載っていないけど、東北を中心に信仰されているアラハバキみたいな謎の神様ってことですか?」


 ぼくがそう尋ねると、


「――もう君には驚かないことにするよ。特に君のインテリジェンスにはね」

 スティーブンは微笑んだ。


「でも、グレート。リュウジの指摘はおおむねその通りです」


 続けて言う。


「実は師匠がテユイさまについて研究した詳しい資料の行方が分からなくなっているのよね。高齢だし、気難しい人で色々な関係者とも喧嘩しちゃって、他の資料もかなり散逸していて」


「もしかしてちょっと認知症が入っているのかな?」


 お父さんが言った。


「俺のオヤジも亡くなる前はだいぶ長い間、そんな感じだったからなあ。百才越えならまあ、無理もないんだろうけど」


 スティーブンも頷く。


「そうね。調子の良い日もあるんだけど、そうでない日はなかなか込み入ったコミュニケーションが難しいよ。ただ、最近、自宅に呼び出されて珍しくはっきりと言われたの。手結島のオヤシロに被害が出たらしいから、自分の代わりに調べに行けって」


「なになに? 面白そうな話してるじゃない!」


 いつの間にか池崎さんが近寄ってきていてぼくらの近くに腰を落とした。


「どうぞ、続けて、続けて」


 スティーブンを手で促す。スティーブンは頷いた。


「シュンスケも来たので順を追って話しましょう。まずこの島が小山のように隆起して、ちょうどお椀を伏せたような形になっているのは分かりますね? そして麓付近には山を取り囲むようにして四つの神社が点在しています。テユイさまのオヤシロはこの四つの神社のちょうど真ん中、頂上から少し離れた山の中腹辺りに位置しています」


「ふむふむ」


 お父さんがビールを口に運びながら相づちを打つ。


「そしてこのテユイさまのヤシロはさっき言った四つの神社の神主たちが代々、共同で管理してきました。ただ二十年前にそのうちの一つの神社は完全に跡取りが途絶えてしまったので、今は三人の現役の神主たちが持ち回りで見ている状態ですが」


「なるほど」


 池崎さんが呟く。


「そして師匠はおよそ六十年以上前に今の神主の先代や先々代の神主たちととある取り決めを行いました。それが〝テユイさまのオヤシロになにか異変があったらまずまっさきに自分に知らせて調査させる〟というものだったのです」


 ぼくも、お父さんも、池崎さんも黙り込んでいた。頭の中でそれぞれ〝なぜ大上雅也と神主たちはそんなヘンな約束を交わしたんだろう〟という理由を考えているのだと思う。


 そんなぼくたちの思いを察したのか、


「いや、私も師匠がなぜ神主たちとそんな話し合いをしたのかは分からないよ」


 スティーブンは少し笑って手を振った。


「ただ六十年以上何事もなかったテユイのオヤシロが先月の台風の影響で建物の一部が倒壊する被害を受けました。そして律儀な神主たちは昔の約定に従って師匠に連絡をよこしたのです」


「なるほど。だから、弟子のスティーブンが来たんだな? 大上センセイは高齢で動けないから」


 池崎さんの指摘にスティーブンは肯定する。


「そう。そういうことね。で、万が一、大上雅也本人が行けない時にはその後継者あるいは代理人だと分かるよう予め決められていた代行印も私、ちゃんと持ってきたのよ」


 スティーブンはそこで胸ポケットから紫色の布にくるまれたなにかを取り出し、布の結び目を解きながらぼくらに見せた。


「これが代行印ね」


 それはちょうど手のひらサイズの木の細工物で、お母さんなんかが使っているコンパクトミラーによく似ていた。


 表面が随分と煤けていて、なにか文字のようなモノが書かれている。古びていたけど、なにか神々しい、特別な感じを受けた。ちょっと息が詰まるくらいだ。スティーブンがそれをまたすぐに紫色の布にくるんで胸ポケットにしまい直してくれたので、ほっとした。


「で、肝心のオヤシロはどんな具合だったの?」


 お父さんがおつまみ代わりのソーセージを口元に運びながら尋ねた。


 けど、スティーブンは、


「うーん。それがよく分からなくて」


 とても歯切れが悪かった。お父さんは爪楊枝に刺したソーセージを宙に止めた状態できょとんと尋ねた。


「分からなくて?……って、スティーブンは今日、そのための調査に行ったんじゃなかったの?」


 ぼくもその言葉に激しく頷いた。


 土方さんが迎えに来たのはそのためだったはずだ。


「うーん」


 スティーブンはさっき少しだけ見せた哀しそうな表情にまたなって俯きかけた。


「まあ、私が神主さんの一人にあまり気に入って貰えなくて」


 その時、


「スティーブンさんはなんにも悪くありません! ひとえにこちらサイドの問題です。この度は本当に申し訳ありませんでした!」


 突然、横から土方さんが現れ、深々とスティーブンに向かって頭を下げた。


「あ、いや!」


 スティーブンは慌てたように手を振った。


「マサハルは頑張ってくれたよ! あなたとあなたのお父さんはいっしょうけんめい、頑張って主張してくれた!」


「あの、話がよく見えないんだけど」


 困惑顔のお父さんに対して、


「まあ、やってきた代理人がガイジンだったことが三人の神主のお一人にとってお気に召さなかったみたいでね」


「高崎家のじいさまです! 異人を神域に入れるなんてとんでもないって言い張って、頑固で、ほんと偏見だらけな老人なんです!」


 しょんぼりとしたスティーブンとぷんぷん怒っている土方さんが答えた。


 その辺りでなんとなく話の行方が分かってきたぼくたちは気まずい雰囲気になった。


「うーん。今時、この令和の時代にねえ」


 池崎さんは、顔では笑っているけど、明らかに愉快そうな感じではない。お父さんは眉間にしわを寄せ、黙ってソーセージをもぐもぐ食べている。ぼくは溜息をついた。


「まあ、その人が年長で一番、発言力もあってね。結局、オヤシロには連れて行って貰えなかったんだよねえ」


 と、スティーブン。


「親父はカンカンです。場合によっては高崎のじいさまを強制的に引退させるって息巻いてます!」


 怒っている土方さんがだんだんと肩を落とし、トーンダウンしていく。


「……ただもう一人の神主である田中のおじさんも結構な日和見というか、事なかれ主義なんで今ひとつ頼りにならないんですよねえ」


 そんな土方さんの腰元を椅子に座ったままのスティーブンが慰めるようにポンポンと大きな手の平で叩き、


「まあ、まだ時間はあるからね。明日またもう一度、正面から高崎老を説得してみるよ」


 にっこりと笑ってそう結論づけた。


 ぼくたちは今ひとつ釈然としない感じだったけど、肝心のスティーブンが笑顔なのでそれ以上、なにも言い出せなかった。代わりにぼくは他にも山ほどある質問をしようと口を開きかけたんだけど、


「お話中、ごめんなさい。美津亜が良かったらみんなで地灘温泉〔じなだおんせん〕に行かないかって」


 池崎さん、土方さんに続いて現れた真知さんに声をかけられた。


 その後ろからひょっこりと美津亜ちゃんも顔を出す。


「地灘温泉?」


 池崎さんがきょとんと尋ねると、真知さんは悪戯っぽく笑った。


「この島の秘湯です。一見? ううん。お風呂だから一浴びですかね? 一浴びの価値ありです。島の外の人はたいてい、驚きます」


「へえ」


 池崎さんは即答だった。


「面白そうだ。なら、僕は行きます」


 椅子にだらんと座ったお父さんはのんびりと答える。


「俺は昔、何度か行ったことあるので遠慮します。執筆やダイビングでだいぶ疲れちまったし、まだまだ飲み足りないしね」


 いつの間にかこのバーベキュースペースにはスタートの時よりたくさんの人が集まっていてわいわい飲み食いをしていた。その中には美津亜ちゃんのおばあさんなんかもいた。


 スティーブンは楽しそうに目をキラキラさせて言った。


「そうね。私もご遠慮します。リュウタロウ、もう少し一緒に飲みましょう!」


 ぼくはスティーブンが残ると宣言したので、


「なら、ぼくも」


 そう続きかけたけど。


「い、く、よ、ね?」


 目を思いっきりまん丸にした美津亜ちゃんに一音、一音、はっきり区切ってそう言われ、なぜか反射的に答えていた。


「う、うん。行きます」


 すると美津亜ちゃんは素の表情に戻り、満足そうに何度も頷いた。


 真知さんがくすっと笑って、


「なら、私も久しぶりに地灘に行こうかな。ただお酒を飲んじゃったんで」


 途中までそう言いかけた時、


「俺! 俺、全く飲んでないので車出せます!」


 本当に学校の生徒みたいに土方さんが手を上げて名乗り出た。すると真知さんは先生みたいに、


「うん、ありがとう、正治くん。なら、池崎さんと私は正治くんの車に乗せてもらって、子供チームはどうする? 一緒に乗ってく?」


「ううん」


 美津亜ちゃんは首を横に振った。


「自転車でだいじょうぶ。流時くんと自転車で走りたい」


「了解。なら、気をつけてね」


 美津亜ちゃんはこくりと頷いてからぼくを促す。


「さ、流時くん。一度、水着とかタオルを取りに戻ろう?」


「み、水着?」


 ぼくは全くどういうところに行くのか分かっていないからまごまごしている。そしてスティーブンを見た。


 ぼくにはまだ彼と話したいことがあった。正確には報告したいことが。特にあの変な二人組について。


 だけど、スティーブンは、


「大丈夫。私はもうしばらくここにいるよ、リュウジ。君が温泉から戻ってきたらまたゆっくりと話そう」


 日本酒の入ったカップを掲げて微笑んだ。


「あ、はい」


 そうか。それならちょっと安心だ。


 ぼくは歩き出していた美津亜ちゃんの後を追いかけた。


 正直なところ真知さんが言う秘湯にもとても興味があった。


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