怒り
姫様の部屋を出てから、私は厨房へと来ていた。
理由は簡単。姫様の食事に毒が混入させられていないかを確認するためだ。
(来た、あの人だ)
私は影に潜みながら、姫様の食事を運ぼうとする燕尾服の男を観察する。
これから運ぶ食事を燕尾服の男が取りに来たのだ。
料理人の人がせっかく姫様の為に作った料理だけど、残念ながら姫様の口に入る事はない。
もし厨房から姫様の部屋に行くまでの間に毒を盛られる事がなければ、私が毒味をした後に姫様が食べるのはアリだけど、急に食欲が回復したとなると怪しまれるので一口か二口ずつだけになるけどね。
だけど食事が何事も無く運ばれているのなら、姫様が床に臥せる事はなかったと思う。
姫様の部屋は他の部屋とは少し離されている。病の噂もあって警備の人も姫様の部屋から距離を置いていた。
警備として、それはどうなのか? と思わなくもないけれど原因不明の病気が怖いのは、いつの時代でも、どの世界でも同じなんだと思う。
そんな人気が無くなる場所で燕尾服の男は、胸のポケットから小さなビンを取り出した。
燕尾服の男がビンの蓋を開けると、姫様が確保してくれた毒味用の食事に混じっていた匂いと、同じ匂いがビンから漂ってきた。
これは当たりだね。
毒が盛られているのは確定だったけど、これで実行犯は分かったね。
あとはこの燕尾服の男の背後関係を調べるだけだ。
それが一番大変そうなんだけどね。
とにかく今は、この燕尾服の男から目を離さないようにしないとね。
私は燕尾服の男が姫様に食事を運ぶのを見届けて、その後ろをついて行く。
すると燕尾服の男は今日の仕事を終えたのか王城を後にする。帰宅するのなら気が引けるけど自宅にお邪魔して、気が緩んだところで何かボロでも出すのを期待してみようかな。
そう思っていると燕尾服の男が次に向かったのは、明らかに平民には無縁そうな場所だった。
いくつもの屋敷が建ち並ぶそこは、貴族街と呼ばれる場所だ。
(アルフリードさんに用がないなら近付かない方が良いと言われていたけど、まさか足を運ぶ事になるとはね……)
アルフリードさんには、もし貴族街に興味があるなら僕の家に来ると良いよ、HAHAHA! と言われている。
その時は興味が全く無かったので断ったけれど、場合によっては頼む事になるかも知れない。
(あまりアルフリードさんに借りは作りたくないんだよなぁ……)
だって貴族だし……。
あとでとんでもない事を頼まれでもしたら堪らない。
それに私の勘違いでなければだけど、アルフリードさんは私に好意を持っている気がする。
いや、別に私もアルフリードさんの事は嫌いではないよ? ただ、あの人貴族だしね……。
私は貴族の人とはあまり関わりたくないけど、どうもアルフリードさんはアルクーレで私が倒れた事に負い目を感じているみたいで、向こうにいる時はよく体調を心配されたよ。
ついでにチラチラと人の顔を見てくる。
あとアルクーレを去るって言い出した時に、また会えるよって伝えた時のアルフリードさんの嬉しそうな顔は今でも思い出せるよ。
アレは不覚にも可愛い、と思ってしまったからね。
あの人は優しい。
けど、たまにグサっとくる事を言ってきたりするんだよね。私が言えた事じゃないけど、考えなしなのかも。
でも、アルフリードさんと一緒にいるのはわりと楽しい。
揶揄いやすいってのもあるけどね。
私に自覚はなかったけれど、この世界は女性が成人として扱われるのが、かなり早い。
誰に聞いても私は成人した女性なのだそうだ。見た目は幼いのが難点だけど、と言葉を添えられるけど……。
ただアルフリードさんは以前、私に喧嘩を売ってきた時に成人は15歳からだ、って言ってたから貴族と平民では常識が違うのだと思われるけど、恐らくは婚約の対象くらいには見られているはずだ。
今、私が一番不安に感じているのは、ありえないとは思うけど、もしもアルフリードさんが私に告白でもしてきたら、流されて婚約者にでもされてしまいそうなのだ。
昨夜のアルフリードさんとのキスで、若干だけど私も意識してしまっているから恐ろしい……。
今日は別々に張り込みで本当に助かったよ。
話が逸れまくってしまったけど、アルフリードさんには頼りたくないって話だよ。
惚気みたいだった? うるさいよ。
私が一人ツッコミをしていると燕尾服の男が、とある屋敷へと入って行く。
その屋敷が誰のものかは分からないけど、他の屋敷より大きく見える。
裏にいる貴族は大物かな? と思いつつ屋敷に侵入し、燕尾服の男が通された部屋に私も影の中から同席する。
この場合は同席とは言わないと思うけどね。
そこへ、一人の男がノックもせずに部屋に入ってきた。
多分、この装飾品をジャラジャラと付けた男が黒幕なのかな? 趣味が悪い。
「今日、お前を呼んだのは他でもない。ようやく例の薬が手に入りそうなのでな……」
「本当ですか?! では、陛下にすぐにお伝えせねば!」
趣味の悪い男の言葉に、燕尾服の男が驚くとすぐに立ち上がった。
しかし、趣味の悪い男がそれを制した。
「まぁ、落ち着け。陛下には勿論伝えるとも。だが、まだ手に入るかは分からぬのでな……。陛下をぬか喜びさせるわけにもいかぬであろう?」
「たしかに……。取り乱して申し訳ございません」
燕尾服の男が謝る。
あれ、おかしい。
これじゃ、燕尾服の男は本当に姫様を心配しているように見える。
「その薬は希少故に、取り扱っている商人に信頼されている者にしか売らないらしい。しかも用途も決められているというのだ」
「用途……ですか?」
「うむ。どうやら、その薬は信頼している者本人か、もしくはその家族に使う場合のみ、売ってくれるらしいのだ」
「そんな!?」
そんな馬鹿な、だよ。
ありえないでしょ。そんなアホな条件をつける商人がいるわけないでしょ。……と、言い切れないのが悲しいところだよね。
貴族と付き合いのある商人となると一癖二癖はありそうだもんね。私じゃ判断がつかないよ。
「つまり、イリアス様が私の妻にならなければ、イリアス様を救う事ができないのだ」
「そんな……どうにか…どうにかできないのですか?!」
「どうにかとは? 私も、この一年ずっと苦労して、ようやく信頼されるまでになったのだ。これ以上はどうにもならんし、イリアス様にも時間は残されてはいないだろう?」
「…………はい」
燕尾服の男が項垂れる。
本当なら姫様は碌に動けない状態だからね。今は毒が消えて軽くなら動けるみたいだけど……。
姫様に毒を盛っていたのは、姫様を妻にする為にしていた事だったの?
もしこの話を押し通すつもりなら犯人は、この趣味の悪い男で間違いないはずだ。
「お前にはイリアス様にその事を伝えて欲しいんだ。私はイリアス様が誰とも一緒にならない、と言うのならそれでも構わないと思っているがな」
「それでは姫様が死んでしまいます!」
「だから、お前にはイリアス様を説得して欲しいんだよ。あそこに近付ける人間は少ない。お前しかイリアス様を救える人間はいないんだ。……できるな?」
「……最善を尽くします」
燕尾服の男が立ち上がると、フラフラと部屋を出て行った。もしかすると、これから説得にでも行くのかもしれない。
姫様はもう元気だし、説得される事はないと思うから安心だね。その前だったらヤバかったかもしれないけど。
さて…と。
「これで上手くいけば、イリアスを私の物にできる。ああ……私の元に来るまで我慢できないな。あとで何人か連れて来させるとしよう」
趣味の悪い男が言っているのは女の事だろうか?
とにかく碌な事ではないね。
私はスッと影から這い出ると男の背後に立つ。
内緒話をする為とはいえ、部屋に護衛を連れて来ないのは不用心だね。
私は後ろから手を回すと、男の口を素早く塞ぐ。
「むぐぅ…?!」
男は短い悲鳴を上げて抵抗しようとしたけど、スキルで強化した私の力には敵わない。
「抵抗しない方が良いですよ。それとも、体で理解してもらうには目玉の一つでもくり抜いた方が良いですか?」
男が何度も首を横に振る。
怖かったのかな? 今の私は笑ってるから怖くはないと思うけどね。
真後ろだから顔は見えないけどね。
そして、私は男から手を離す。
「らうぇは……!(誰か)」
私が手を離すと男はすぐに声を上げようとするけど、声が上手く出ないみたいだ。
当然だよね。
私が掴んでいる間に【麻痺付与】で動けなくしたんだから。
「残念でしたね、今は喋れませんよ。毒を使わせて頂きました」
「ろく……?!(毒)」
「ええ……ご自分が毒を盛られた感想は如何ですか? と言っても、貴方が何を言っているのか分からないのですがね」
私は相手に聞こえるようにクスリと笑う。
男はどう思うかな?
怖がるのか、怒るのか……。
「騒がれないようにしたは良いけど、喋れないじゃあ困るから少し移動しましょうか」
私は男を掴むと【潜影】を使い、ズブズブと影に沈ませていく。
「うー! うー!」
何やら男が喚いているけど、麻痺している状態では大した声も出ないみたいだ。
私は男を連れたまま王都を出る。
王都の外なら何をしても簡単には見つからないだろうから。
男を影から出すと、私は自分の爪で指の腹を切る。
そして、そこから滲む血に【解毒液】を使い、男の口に指ごと突っ込んだ。
「飲みなさい。そうすれば動けるようになります」
血を解毒の為に飲ませるのは普段なら気が引けるけど、この男なら遠慮をするつもりはない。
「貴様、私を拐ってどうするつもりだ!」
【解毒液】で元気になった男が叫ぶ。
好きに叫んで良いよ、ここなら誰も助けにこないから。
「貴方から話を聞きたいだけです」
「話、だと?」
「ええ、さっき貴方達が話していた姫様を妻に迎える話など、とても楽しそうです」
私が微笑むと、男の顔に警戒の色が滲む。
「何の話だ? 私がイリアス様を妻に? そんな不敬な事を言うわけがないだろう」
「あくまでも惚けるつもりなんですね。そうですか……残念です。【鎌撫】」
私はスキルを発動して男の腕に触れてみる。
すると指先が触れたところから、男の腕に傷がついていく。今まで使っていた鎌切と大差はないように感じるなぁ。
「づぁ! や、やめろ! ……なんで切れて…一体どうなっている?!」
まぁ、私は触っているだけだからね。驚くのも無理はないよ。
私は驚いている男の腕を掴むと、そのまま握りしめてみる。すると私の指は簡単に腕へと入り込み、クチャリと音を立てて掴んでいた部分を握りつぶした。
「あ゛ああああぁぁぁぁぁー!!」
男は千切れかけた腕を抱えながら悲鳴を上げる。
【鎌撫】も私の体なら、何処でも発動できるのかもしれないね。
酷いことをしている自覚はあっても、それが全く気にならない。どうも私は許せない人間に対しては、どこまでも冷たくなれるらしい。
私は【血液操作】を使って、男の腕から流れる血を止める。やっぱりこのスキルは止血に使えるみたいだ。
「今、姫様に飲ませている薬は貴方が用意した物ですか? 正直に答えれば、もう片方の腕は見逃してあげますよ」
「そ、そうだ…! あれはイリアス様の病の進行を遅くする為の薬で――」
男が震えながら答えるが私は話の途中で、男の千切れかけた腕を掴み、それを引きちぎった。
男から聞くに耐えない悲鳴のような叫びのような声があがるが、私はそれを冷めた目で見つめていた。
「正直に…と伝えましたよね? 貴方が飲ませている、あの薬が毒なのは知っています」
男が絶望したような顔になる。この期に及んで騙し切れると本気で思っていたのかな?
「では次の質問です。現在、王都に蔓延している魔薬は貴方の差し金ですか?」
「ち、違う! 本当だ、信じてくれ!」
おや、少しは素直になったかな?
最初から、そうしていれば無駄に怪我をしなくてすんだのにね。
なぜ私が魔薬について聞いたかというと、この男からも本当に僅かだけど魔薬の匂いがしたからだ。
ただ魔薬を摂取している、といった程ではないのが気になった。
「そうですか……。それでは魔薬について貴方が知っている事を話してください」
そこからは、なんとも胸糞の悪くなる話だった。
魔薬については宰相の地位にいる貴族が中心となって、王都にばら撒いているという。ソイツをどうにかしないと駄目かもしれない。
この男以外にも協力している貴族は、それなりにいるらしく、金目的だったり魔薬にハマった人を罪人として連行して殺したり慰み者にしているのだという。
魔薬を使う事は犯罪だから、罪を捏造する必要もなくて連行するにしても手間がかからないらしい。
平民で好き勝手にする貴族は昔からいたけど、今の王様になってから相手が平民だから、という理由だけで好き勝手に振る舞うことができなくなったらしい。
その為の対策が魔薬の蔓延だと男は言った。
「それでは、姫様に毒を盛っていたのも陛下を黙らせる為の行いだったと?」
「ああ……。その結果、陛下は我等のやる事に口を出せなくなり――」
「もういいです。もう…喋らないでください」
そこまで分かれば十分だ。
もう貴方に用はない。
私は男の頭を掴む。
男は私に触れられるのを怖がっていたけど、別に頭を割ったりはしないよ。
私は男を影の中へと沈めていく。
「た、助けてくれ! 頼む!」
「貴方は命乞いをした平民を助けたりはしなかったのでしょう? なら貴方を助ける道理はないですね」
影の中で男と向き合う。
「頼む! 今後は魔薬には関わらないし、平民を虐げたりもしないと誓う、だから……」
煩いなぁ……。
「貴方が今後、どうするかなんて興味ありませんよ。ただ私が貴方を許せないだけです。平民を玩具みたいに扱って……姫様を弱らせて自分のモノにしようとして……」
本当にコイツら貴族は……!
「貴方は人を人とも思わないで好き勝手にしてきた……人の人生をなんだと思っているんですか……!」
許せない。
こんな奴等が生まれだけで好き勝手にできるなんて、許せるはずがない。
お前達が平民や女性を、そうやって食い物にするのなら私がお前達を――
「喰ってやろうか……!」
「ひっ……」
怒りをぶつけるように言葉を放つ。
その瞬間、影が男に纏わり付いた。
「あがが…苦し……だずけ…て……」
男が苦しそうに悶える。
でも私は助けようとも思えない。
影が男を包み込むと、周囲の影に溶け込んでいく。
死んだ?
何が起きたか分からないけど、死んでしまったのなら仕方がないね。
いや、良くないよ。
このイライラを何処へぶつければいいのさ。
私は今、凄くムカついているんだ!
なんで皆、人を好き勝手に嬲れるんだ!
それなら私が他の誰かを嬲っても文句はないよね……?
そう思ったら気持ちが軽くなった気がした。
なんだ、それだけの事じゃない。
まずは貴族共でも苦しめてやろうか?
想像するだけで楽しそうだ。
「あはっ」
私の口から自分のモノとは思えない笑いが溢れた。
ああ、楽しみだよ。
その思考とは裏腹に私の気持ちは暗く陰鬱としていく。
止まらない。
どんどん底無し沼にでも沈んでいくみたいに……
『お姉ちゃん!』
ぐちゃぐちゃになった頭の中に声が聞こえた気がした。
狐鈴「キレるシラハたん。こわーい」
シラハ「ならお前も喰ってやる」
狐鈴「ぴっ?! なぜ私の執筆場所が!」
シラハ「ふふふ、主人公に不可能は無い」
狐鈴「まだ、そこまでチートにしてないから!」
シラハ「まだ、と言うと。そのうちチートな存在になれると……。一つの街くらい簡単に食べ尽くせちゃう、みたいな?」
狐鈴「それじゃチートじゃなくてモンスター!」




