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小さな部屋に、ただ一人

 私とアルフリードさんは二軒目の調査対象である、昨夜に訪れた店を調べ終わり外に出て来た。

 調べた感じからすると、やはり一軒目の宿屋と同じで何も知らないで魔薬入りの香辛料を使っているようだった。


 しかも、その店が香辛料を仕入れているのは一軒目とは違う店らしい。


「どうしますか? 探りを入れるにしても下手に手を出すと怪しまれますよ?」

「分かってはいるが、何もしないわけにもいかないからな……」


 私達は、どうやって調査を進めたものかと悩んでいた。

 まだ魔薬関連の黒幕が分かっていない段階で、販売している店を一つや二つ潰しても効果は薄いと思う。


 嫌がらせにはなると思うけど相手が大物貴族なら、私達の方が先に潰されそうだ。

 王様も私達に協力をしてくれてはいるけど、寝室に忍び込んだ私に手紙を預けたことを考えると、魔薬調査に協力しているという事は秘密にしているのかも知れない。


 表立って動けない人に庇ってもらう事を前提に動くのはリスクが大きすぎる。

 私は何かあっても王都を見捨てて逃げられるけど、アルフリードさんは家族がいるから一人では逃げないはずだ。

 あまり良い状況とは言えないけど切羽詰まっている訳でもないので、焦らずにやっていくしかないね。


「こうなったら香辛料を売っている店の張り込みをするしかないな」

「それくらいしか思い浮かばないですね」


 私達は張り込みを行う事に決めた。

 だけど、それをするにしても問題がある。


「私は一日見張っていられますけど、アルフリード様はどうなさるんです? 見張る場所が二箇所なので、お互いが一箇所ずつ受け持つにしてもアルフリード様は夜しか見張れませんよね?」

「それなら問題ない。僕は明日から自由だから」

「騎士をクビになったのですか? 可哀想に……」

「違うから! 縁起でもないこと言わないでくれ……実は今日から騎士団の三番隊への配属が決まったんだ。いきなりで驚いたけど、ローウェル隊長から直々にお声がけしてもらってね。そこでこの王家のペンダントを預かったんだよ」


 アルフリードさんがペンダントを見せながら説明する。

 ローウェル隊長って私の侵入に気付いた人じゃん。それがアルフリードさんの上司になったら、いつかどこかで遭遇するんじゃない? やだ怖い。


「あー、お腹痛いな。アルクーレに帰ろうかしら」

「急に下手な芝居を始めてどうしたのさ?」


 帰りたいんだよぅ!

 影の中に居ても生きた心地がしなかった人に会うかも知れないとか冗談じゃない。


 私は頼まれて、お使いしただけなのに……。


「冗談は置いておいて、ここは二手に分かれて張り込むしかないな」

「ですね。……もし動きがあったら、どうします?」

「そうだな……。何かするにしても一人では危険だから、その時は一度情報を持ち帰るで良いんじゃないか?」

「わかりました。それでいきましょう」

「それじゃあ今日はだいぶ夜も更けてきたし、ここまでにしておこう。僕はローウェル隊長に報告もあるしね」

「では、ここで解散ですね。お疲れ様でした」

「ああ、おつかれ。――また明日」

「はい、また明日です」


 私はアルフリードさんと挨拶を交わし、その場から離れる。

 行き先は同じなんだけどね。

 王城に何の用だ? と聞かれても困るしね。


 昨夜と同じように私は王城に忍び込んだ。






◆イリアス視点


 部屋はいつも静かで、ひどく冷たい。


 私はいつまで一人で、ここにいるのでしょう。


 二年前、先代の国王である父様が亡くなり、母様も病に倒れ、そのあとを追うように亡くなってしまいました。


 兄上が亡き父様の跡を継ぎ国王となってからは、私は少しでも兄上の力になれればと色々と手を尽くしてきました。

 私の力は微々たるものですが他の者達のおかげで、どうにか国の政を行う事ができていました。


 けれど一年前、兄上を支えようと気付かぬうちに無理をしていたのか、私が倒れてしまうとは思いもしませんでした。

 きっと、そのせいで兄上は今も無理をなさっているに違いないです。


 体に力が入らない。

 少し動けば咳き込み、日常生活もままならない。


 こんな私を兄上が頼らないのも仕方ない事ですね……。


 自分の情けなさに涙が込み上げてくる。



「こんばんは」

「っ?!」


 誰もいないはずの部屋に声が響く。

 心臓が飛び出すかと思いました!


 私は慌てて顔を上げ、声のした方へ視線を向けると信じられないモノを見てしまった。


 何もないはずの床が歪み、そこから白い髪の女の子が湧き出てきたのです! 何事ですか?!


「急にゴメンなさいね。驚かすつもりはなかったのだけれど……」


 驚かすつもりはない、って……あんなのを見せられれば誰だって驚きますよ!


「あ、貴方は……誰、ですか?」


 少し動揺してしまいましたが、王族として毅然とした態度は崩してはいけませんね。

 私は突如として現れた女の子に問います。


「あ、私はシ………通りすがりの国王陛下の使い走りです」

「えっ、兄上の使いの者ですか?!」


 女の子の紹介に私は思わず反応してしまいました。

 だって、最初に私が倒れてしまった時にしか、兄上とはお会いできていないのですもの。

 私は嫌われてしまったと思っているのですが、その兄上が私に使いを寄越したという事は、何か伝えたい事があるということです。


「それで兄上はなんと? やはり兄上が王位を継いでお忙しい中、私が病を患ってしまい怒ってらっしゃいますよね? だから、お見舞いにも来てくださらないのよね……?」


 私は逸る気持ちを抑えられずに、今までずっと聞きたかった事を、目の前の使いの女の子に聞いてしまう。


「私は手足となって動くだけですので、陛下の心情を察する事はできません。ですが姫様が陛下にお会いできなくて寂しがっておりました、と伝えておきますね」


 すると兄上の使いの女の子が、そんな事を言い出した。


「え?! だ、ダメよ! 子供っぽいと思われてしまうわ!」


 私は慌てて使いの女の子を止める。なんで、そんな事を言うのよ! という気持ちを込めてポカポカと叩いてみるけれど、私の衰えた腕では大した威力にもならないわね……。

 子供っぽいどころか、ただでさえ兄上に負担を掛けているというのに、ここで我儘なんて言ったら失望されてしまうかもしれないわ!

 私に恥をかかせるなんて、王族に対する態度を弁えていないわね。

 使いの者として、それはどうなのかしら……。

 よく見れば、まだ幼いけれどかなり可愛いわね……。兄上は幼い感じの女性がお好きなのかしら。


「冗談です。そして私は姫様の様子を見に来ただけでございますので、これで失礼させてもらいますね」


 私が兄上の好みについて思索していると、使いの女の子が立ち去ろうとする。


「そう……」


 また一人になるのか、と思ってしまうと言葉が続かなかった。

 ここには医師と食事を運んでくる者しか立ち寄らない。

 皆、私から病をうつされたくないから近付こうとはしない。

 私の世話を焼いてくれた者が、私と同じ病に倒れたのだから当然よね。

 病の進行を緩める薬はかなり希少で、王族である私に優先的に使っているという。病に倒れた者は、すでに亡くなっていると聞いた。

 私に近付けば、また誰かが亡くなる事になるわ。それだけは駄目……!


「また明日も顔を出してもよろしいでしょうか?」

「え? ――ええ、勿論よ! 待っている―っ、げほっけほっ」


 使いの彼女の申し出に私は何も考えずに飛びついてしまった。彼女を危険に晒すとわかっていても、私は孤独に耐えられそうにないみたい……。

 なんて愚かな姫なのかしら。


 彼女が差し出してくれた水を飲む。

 私がゆっくりと水を飲んでいる間、彼女は私の背中をさすってくれていた。

 久しく触れていなかった人の温もりが、なんとも愛おしいことか。


「落ち着きましたか?」

「ええ……ありがとう」


 体だけでなく、心も軽くなった気がした。

 そのせいで気が緩んだのか、体が酷く重く感じる……まるで自分の体ではないみたい。


「姫様、今日はお休みになってください」

「でも……もう少し話していたいわ……」


 彼女が無情にも休むように促してくる。

 まだ足りない。もう少し誰かと一緒に居たいの……。


「また興奮して咳をしても困りますから……。明日、また顔を見せに来ます。ですから、しっかり休んで元気になっていなければ私は帰りますからね?」

「はぁい……」


 彼女の脅しには、私も屈するしかなかったわ。

 でも、また来てくれると言ってくれたわ! それだけで私は耐えられる。


「それでは姫様、おやすみなさいませ。――あ、この事は二人だけの秘密でお願いしますね」


 浮かれていた私に彼女は誰にも話さないようにと釘を刺してきた。当然よね、私と接触したら病がうつるかもしれないもの。

 周囲の者が怖がるわ。


「ええ……わかったわ。女同士の秘密ね」


 彼女はニコリと笑うと、月の光が届かない部屋の隅へと移動し、影に溶け込むようにして姿を消した。

 いきなり現れた時もそうだったけど、どうやっているのかしら?

 そもそも、兄上はどこで彼女のような人材を見つけてきたのか不思議だわ……。


「本当なら断るべきなのに……私は自分の孤独を紛らわせるために、彼女を死なせてしまうかもしれない……」


 私は本当に愚かで醜い……。


 でも心のどこかでは冷めた私がいる。

 きっと、彼女は来ない……と。


 さっきまでの言葉は、ただの社交辞令に過ぎないのだ。

 わかっている。だから期待してはいけない……。


 期待しては……。









 それなのに――


「こんばんは」


 次の日、彼女は当たり前の顔をして私の部屋にやって来た。

 相変わらず、どうやって部屋に入って来ているのかは分からないけど……。


「あの……貴女は私の事を聞いていないの?」

「……?」


 彼女はなんの事? と言いたげな顔をしている。

 本当に知らないの?


「病の事ですか? 存じておりますよ」

「なら何故? 兄上の命令だからですか?!」


 私に近付けば死ぬかもしれないというのに、兄上はなんて酷い命令を――


「違いますよ」


 彼女は違うと答えた。

 彼女は私を真っ直ぐに見つめる。

 私はその目を知っている。


 生に、孤独に、周囲に絶望した目だ。

 助けて欲しくても誰も助けてくれないと全てを諦めた顔だ。

 その目を見るのが嫌で、鏡を見る事もしなくなった。


「私は乳離れをした頃に、一人小屋の中へと閉じ込められました」


 彼女が語り出す。

 乳離れ? そんな物心が付いているかも分からない年の頃に閉じ込められた? いえ、それどころか下手をしなくても死んでしまいます!


「そこから約十年ほどは一人で過ごしていました。ここに鎖で繋がれている姫様が昔の私と重なってしまい、放っておくことができませんでした」


 十年? そんな長い年月を彼女は一人で過ごしていたの?

 そんなの私では耐えられない……たった一年足らずで根を上げている私ではきっと……。


「もし姫様が気を遣っているのでしたら、お気になさらずに。あっ、もし迷惑でしたら、すぐに出ていきます!」


 迷惑なんて思うわけがない。

 私は怠くて重い体を無理に動かす。


「姫様……?」


 彼女が少し戸惑った声を上げる。

 私も息が苦しいけど、もう少し……。


 私は彼女に近付き、そっと抱き着いた。


「ありがとう……。凄く、凄く嬉しいわ……」


 人前では泣かないようにと決めていた私の瞳から涙が溢れてくる。

 大変なのは私だけじゃないのに、彼女はそれでも私を支えようとしてくれている。

 それなのに私が病や孤独に負けてなんていられない。


 足から力が抜けて、私は床にへたり込む。

 そんな私を彼女は優しく抱きしめてくれている。背中を撫でる手が、とても心地良い。


 でも私ばかり甘えていてはいけない。

 彼女に伝えなければ……。


「実はね……私に近付くと病がうつってしまうの……。私から抱きついておいて今更だけど、早く私から離れた方がいいわ」

「本当に今更ですね……」


 わかってるわよ! 甘えたかったのよ!


「…………姫様以外に誰がうつったか分かりますか? それなりの人数が感染したのですか?」


 彼女がそんな事を聞いて来た。


「分からないわ。私は身の回りの世話をしてくれた者がうつったとしか聞いていないの……」

「それは一人ですか?」

「ええ……」

「ふむ……」


 彼女は何かを考えている。どうしたのかしら。


「感染者が少な過ぎるのが気になりますね」

「少ないのは良いことではないの?」

「そうですけど……。姫様、これから私がする事について、絶対に口外しないと約束できますか?」


 彼女はとても真剣な目をして、私を見つめてくる。

 なら私も相応の態度で返答するわ。


「分かりました。私、イリアス・ブランタの名において、貴女が行う事を口外しないと約束します」

「姫様、それはちょっと重いです……」

「ええ?!」


 せっかく真剣に応えたのに……。


「それでは目を瞑ってください」

「何を…するの?」

「それは、知ってからのお楽しみです……」


 ニヤリと笑う彼女に不安を覚えなくはないけれど、私は彼女を信じて目を閉じた。

 未だに名前さえ知らない彼女の何を信じるのか、と不意に自虐的な笑みが溢れる。


 そして何かが私の唇を塞いだ。



 え? なにが起きたの?


 私は咄嗟に目を開けてしまう。すると目の前には名も知らない彼女の顔が……。


「んむ〜〜?!」


 ちょ、ちょちょ……何してるの貴女はー!

 離れなさい! って、力強いわね! ビクともしないわ……。


 私が暴れていると彼女が離れる。何だったの、一体……。


「どうですか? 楽になりました?」

「ならないわよ! 私は至って普通の人間で、貴女みたいに、じょ…女性同士で興奮できる性癖は持ち合わせていないのよ!」

「たしかに事前に説明はしませんでしたけど、さすがにそれは酷すぎませんか? 私が聞いているのは性癖の話ではなくて体調の方なのですが……」


 彼女が呆れた表情で私を見てくる。

 な、なによ……まるで、私が悪いみたいじゃないのよ……。大体、貴女がいきなり接吻なんてしてくるから悪いのよ! 私、初めてだったのよ! ……って、あら?


 心の中で悪態をつきながら、立ち上がると体を動かしてみる。おかしい……試してみるまでもなく体が軽いわ……。


 ずっと、まともに体を動かしていなかったから、力は入らないけど体を動かしても咳が出ることもない。


「嘘……信じられないわ……」

「本当ですよ。信じられないなら頰を抓ってあげましょうか?」

「ええ……お願い――――って、イダダダダ?! 強いから! 頰が取れちゃうわよ!」

「取れなくて良かったですね」


 貴女って人は……。

 本当によく分からない人ね。



 でも、これで兄上に会えるのだから、いくらでもお礼くらいはするわよ!

 まだ足枷という難敵がいますが、私は負けませんわ!


 私は月の光に照らされる白髪の彼女に飛びつくのだった。








シラハ「あの…なぜ私は押し倒されたのでしょうか……?」

イリアス「私から貴女に返せる物はないから、せめて体で返そうかと……」

シラハ「さっきも言いましたけど、私にそっちの趣味はないですからー!」

イリアス「貴女、可愛いわね! さあ、私の事をお姉様と呼びなさい!」

シラハ「なんか変なスイッチ入った?!」

国王陛下「妹があんなに元気に……。この国の未来は明るいぞ……」

シラハ「現実逃避するな王様! あと助けて下さいお願いします!」


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