伯爵令嬢×侍女ⅱ
「さてさて、お嬢様を制裁したところで本題に入りましょうかねー」
「(もう張り合う気力もない……)」
ティミーは私を制裁していたのか?あれは悪意しか感じられなかったのだけど……。
しかし、わざわざティミーに言うことでもないと諦め、黙って彼女の話を聞く。
これから話される内容などを知らずに。
「先程、『伯爵兄弟』から薔薇園で待つとの伝言が入りました」
「!!」
胸がどくりと大きく脈を打つ。
もう彼方達からこんなにも早く連絡が来る なんて……やっぱりアル様は私との婚約破棄を望まれているのね。
「……分かったわ。日時はいつかしら」
「本日の昼とのことです。……それにしても急ですよねー。いつもは三日か二日前に連絡が入るっていうのに。貴婦人の手間を待つくらいの常識ある人たちと思っていたのですが、どうしたんでしょうかねー。今回」
「なんだっていいじゃない。さ、早く支度しましょう」
「……どうしたのですか。ガーネスト様のやる気が満ち満ちていて正直暑苦しいんですけど」
ティミーがそう言うと顔を少し歪め、自身を手で扇ぎ始める。
「失礼ね。大切な人なんだから。気合が入るのは当然でしょう。時間がないのだからさっさと終わらせましょう」
「大切な人って……まさかガーネスト様。アルベール様という素敵な殿方がいながら浮気ですか?相手にして貰えなくて寂しさのあまり自暴自棄に走り、伯爵兄弟に手を出したとか……!ガーネスト様考え直して下さい。相手が相手です。いくらアルベール様似の二人だからって危険過ぎます!たかがガーネスト様のために兄弟たちを争わせないでください!」
「ティミー、恋愛小説の読みすぎよ」
ティミーのとてつもない話に終止符を打ち、支度を促す。
はっと気が付いたティミーは私の手を取りクローゼット前に移動した。
「私はガーネスト様の逢引の手伝いをしているというの?このことが暴露たら旦那様に解雇されてしまうのか?だとしたら路頭に迷い挙句に待つのは死……!?いやいや待てよ、へそくりを使えばなんとかなるか……いやでも就職先がないところ痛い……。そうなる前にいっそのことガーネスト様と伯爵兄弟の仲を切ってアルベール様に任せるか……」
「(違うって言うのに)」
私の髪を整えながら、ぶつぶつと独り言をいうティミーを傍目に一つ大きな溜息をついた。そして、目の前の鏡に映る私を見る。
鏡に映る私はところどころ霞み、ばやけて見える。そのようにうつる自分に少し苛立ちを覚える。
「(とうとう言い訳ができないくらいのぼやけさになってしまったわ。気付かれないようにと意識してきたけれど、もう潮時かもしれないわね……)」
そう心で諦めた気持ちになると「できたよ」というティミーの声が聞こえた。
「ガーネスト様、このような感じでよろしいでしょうか」
鏡を見てもほとんど視野がかすれているため、確認することができない。だが、付き合いの長いティミーのことだ、きっと大丈夫。そう考えティミーに「大丈夫よ」という声をかける。
「……では次にアクセサリーを選んでいきたいのだけど……これどうする?いつもと同じように着けていく?」
そう言い目の前にずいっと見せられたのは銀の指輪だけが通されたペンダント。
それは、細かい所まで繊細な造りで、私の好きな真紅の宝石が埋め込まれている。
中には"A & K"と彫られている。
これは社交界デビューを果たした際、アル様に戴いたペアリング。もう片っ方はアル様がお持ちになっている。しかし、今でも持っていらっしゃるかしら。そう考えると胸が詰まるように苦しくなる。
「いいわ。今日は他の物にする」
「でもこれって……」
「いいの。それを着けるとすごく苦しいから……他のものをつけることにするわ」
私の言葉から何かを悟ったティミーはイニシャル入りのペンダントを元の場所に戻し私の髪と同じ蒼いペンダントを薦めた。
「じゃあ、これでいいね。………思えばガーネストがあれを掛けないなんて珍しいね。どしたの」
ティミーの口調が少し柔らかいものになった。
「それは友人として聞いているって受け取ってもいいかな?」
「馬鹿だね。私のモードの切り替えくらい悟ってよ。鈍感」
「うん…。ごめんね。心配かけちゃって。大丈夫。なんとかなるから」
「なんともなっていないから心配してんでしょうが。そんな悲しい顔しているから余計に心配してしまうな。でもあなたってば頑なだからそう簡単には口は割れないか……。これ以上私に心配かけさせたらお金をふんだくるからね。覚悟しといてよ」
声だけでなく、表情まで柔らかいだなんて懐かしいな。小さい頃は敬称なんて私たちには存在していなかったから、「ガーネスト」「ティミー」と言い合っていたし、一緒にきゃっきゃっと遊んでいた。
それから、ティミーの希望で私直属の侍女になってしまい、驚いた。
今では大親友から従者という関係に変わってしまったけれど、ティミーが大切な存在であることは昔も過去もに変わりはしない。
「あはは。ティミーらしいなぁ。頼もしい……それじゃあ、行くとしましょうか」
私は曖昧にはぐらかし化粧椅子から腰を上げ、出口に向かう。
いつものように馬車を使って伯爵兄弟の待つ薔薇園へ向かおうかと考えているとあちこちから視線感じる。
どうしたものかと複数ある視線の先を辿ってみれば、数多くの使用人達がいた。
私と目が合うのを恐れてかみんな上を見たり、横を見たりと明らかに軌道をずらしている。
好奇と驚き、可笑しさが瞳から感じられる。
なんだか居心地が悪い。一体どうしたっていうのだろうか。
「ねえ、何だか視線を感じるのだけど、どうしたのかしら?」
「さあ?私には皆目検討がつきません」
共に歩くティミーも気づかないようす。一体どうしたというのかしら。
不安を抱きながら歩いていると、突然、ティミーは歩みを止めビクリ、と身が固くした。気のせいか冷や汗をかき口を引き攣らせ辺りをきょろきょろと見回している。
その様子はまるでイタズラを親にばれていないか確認する子供のようだ。
「どうしたの?何かいるの?」
「が、ガーネストお嬢様。わたくし、急用を思い出したので失礼してもよいでしょうか?てか去りたい」
「ええ、いいけれど」
「よっしゃっ!じゃ!またね、ガーネスト!」
そう言ってまたたく間に疾風の如く走り去って行ったティミーを見送った。俊足の足を持つというのは本当のことだったのですね。もう見えなくなってしまいました。一人ぼっちになった今心でははてなだらけになります。
「(一体なんだっていうの?」
そう考えていると「お嬢様ッ!」という鋭い声が聞こえた。
振り返るとそこに居たのは、フランドールという名の老執事でした。しかも肩で息をしながら立っています。
「あら、どうしたの?フランドール。そんなに慌てて」
「どうしたのではございません!なんなのでしゅか、その御姿はッ!」
彼は年とともに呂律が回らない喋りになってしまったため憤ると可笑しな話し方になってしまう。
そんな彼をみんな可愛いと思っている。私もその一人ですわ。
なのでびっしりと着こなした襟尾からは、威厳も気迫も感じられない。
「何って……これから外出しようかと……」
「にゃんでしゅとっ!そのような御格好ででしゅか?なりません!なりませんよっ!」
「もうどうしたっていうの?至って普通でしょう?」
「その頭のどこが普通だというのですかっ!そのような格好のままではお嬢様、ひいてはミジャルト家の評判がガタ落ちでしゅぞいっ!」
「はい?私の頭がどうし………は?」
気になり確認のためと自分の髪を触ると、もわもわとした感触が……。え、腰まで届く豊かな髪はいずこへ?もわもわ?そんな馬鹿な。私の髪はストレートのさらさらヘアのはず。それになに?触るたびにちゃりんちゃりんとなる物体は。それがとても煩い。一体いくつ挿さっているの?
髪の異変に戸惑いながらフランドールに聞く。あまりのショックに口調が震えてしまいました。
「えっと、これは一体なにが起こっていて……」
「今すぐに鏡をご用意いたしましゅる……これ、誰か鏡を持ってこいっ」
「は、はいっ、只今」
フランドールは近くにいた使用人の一人に頼んだ。
それから直ぐに私の前に鏡が用意され、じっと自分の顔から上へと視線を上げる。
「な、な、なによこれはーーー!!!」
そこに映る私の頭はすべての髪がざんばらにされ、もじゃもじゃ頭と化しそこからは見る影もありません。しかも追い打ちをかけるように髪飾りを無造作に挿された悲惨なものでした。例えるならば強風に煽られた姿でしょうか。
「なによ、なによ、これは!!」
「一体お嬢様に誰がこのようなことを……」
そこではっと思い出す。そういえば、ティミーの私と伯爵兄弟様の縁を切るって言っていたような。まさか、そんな理由で?違うと言ったのに!
「ティミー」
「なぬう?」
「フランドール、犯人はティミシカですわっ!先程、私の髪を結ってくれましたもの。ティミーで間違いありませんわっ」
「なりゅほど、あの小娘ならば納得できましゅりゅ。お嬢様にこのような処遇ができりゅのはこの屋敷でただ一人、あやつだけでしゅからなっ!それで、あやつはいずこへ!」
「ティミシカさんなら先程応接間にいらっしゃいましたが」
「なにぃ?それは誠かっ!」
「あ、はいい。ティミシカさんのような可愛い方を見間違うはずがありません」
鏡を運んできた使用人がそう言う。
あ、先程逃げるように去っていったのはフランドールの気配に気が付いたからなのね。おのれぇ!ティミシカ!フランドールに自分の犯行だとバレるのが怖くてにげたな!
「よおうし。ではお嬢様の御髪を整え次第、爺は応接間の方へ向かうとしましゅかのぉ。ぐふふふ」
「フランドール、程々なんて甘ったるいわ。徹底的にね」
「かしこまりました、ガーネストお嬢様」
その後、ミジャルト家の平和な屋敷の中に一人の娘の悲鳴と一人の老人の怒声が響いたとか。