いい男⑦ リオと白い鳥(前)
セントハイム市競馬場を出てからも、リオの怒りは収まっていなかった。
「あのクソ駄馬……」
何度目か分からない悪態を吐く。
隣を歩くマルタも、いつになく険しい顔をしていた。
「最後のあの目、絶対に私たちを馬鹿にしていましたよね」
「してた。絶対してた」
「散々期待させておいて、あの走り……」
「しかも負けたあと、なんであんな堂々としてんのよ」
「金返せ、この白い悪魔」
「二度と買わない」
「二度とです」
二人は揃って頷いた。
今日の主競走。
リオとマルタは、最初の競走で手にした勝ち分をゴルッシにすべて突っ込み、綺麗さっぱり失った。
一方。
少し後ろを歩いているロルフだけは、慎重に別の馬を選び、見事に馬券を当てている。
「あの……」
「何?」
リオが振り返った。
ロルフは少し迷ったあと、手にした払い戻し金へ目を落とした。
「今日は私だけ勝ちましたし、その……よければ、酒でも奢りましょうか?」
「ほんと!?」
さっきまでの不機嫌はどこへやら。
リオの顔が一瞬で明るくなった。
「行く!」
「お嬢様」
マルタが呆れたような目を向ける。
「従士に奢ってもらうなど、お嬢様にはプライドがないのですか?」
「プライドじゃ酔えないよ。むしろそんなもんで酔ったら終わり」
即答だった。
「じゃあマルタは留守番ね」
「……」
マルタが足を止めた。
「何?」
「私もご同行しましょう」
「プライドは?」
「プライドでは酔えません。」
「一瞬で捨てたじゃん」
「捨てていません。使う場所を選んでいるだけです」
「便利なプライドだなぁ」
ロルフが苦笑する。
「では、三人で行きましょうか」
「うん!」
「そうしましょう」
こうして。
白い悪魔への恨みは、酒一杯でひとまず脇へ置かれることになった。
◇
夜。
三人が入ったのは、セントハイムの歓楽街でも比較的大きな酒場だった。
磨かれた木の床に、大きな窓。壁には絵が飾られ、それぞれの卓には小さな灯りが置かれている。
酒場でありながら、どこか品があった。
窓の向こうには、夜のセントハイムが広がっている。
大通りには無数の灯りが並び、劇場から出てきた客や着飾った男女が行き交っている。これから酒場へ向かう若者もいれば、賭場へ吸い込まれていく商人もいた。
路上では楽師が演奏し、その周囲には人垣までできている。
「しかし、綺麗な町ですよね」
マルタが葡萄酒の入った杯を傾けながら言った。
「ね」
リオも窓の外を見る。
「東岸一は伊達じゃないよね。酒場もいっぱいあるし、芝居も見られるし、競馬もあるし、賭け事もできる」
「後半、ほとんど賭博ではありませんか?」
「そこがいいんじゃん」
リオは上機嫌で杯を口へ運んだ。
美しい街並み。
華やかな夜。
各地の商品が集まる店。
劇場。
酒場。
競馬場。
賭場。
金さえあれば、一日中遊んでいられる。
綺麗な外見を持ちながら、その内側では人々が胸の奥に抱える欲望まで満たしてくれる。
そんな街だった。
「やっぱりいいなぁ、セントハイム」
リオはしみじみ呟いた。
「ずっといたい」
「アスナムへ向かわれるのでしょう?」
「その予定だったね」
「過去形にしないでください」
ロルフも窓の外を眺めていたが、やがてぽつりと口にした。
「美しい外見に、腹黒い中身……」
「ん?」
「まるでお嬢様……」
リオが振り向く。
「なんか褒めた?」
「いえ、いえ!」
ロルフが慌てて首を振った。
「別に何も!」
その横では。
いつの間にか葡萄酒を何杯も空けていたマルタが、頬杖をついて笑っている。
「おめぇみてぇな町だってよ。リオ」
「なんで急に口悪くなってるのよ」
「似てるだろ」
「どこが?」
「見た目だけは綺麗」
「だけは余計」
「愛想もいい」
「それは褒めてるね」
「腹ん中は真っ黒」
「おい」
マルタは杯を持ったまま、けらけら笑った。
「ぴったりじゃねぇか」
「失礼ねぇ」
リオは頬を膨らませる。
だが、すぐに胸を張った。
「まあ、私の生まれ故郷だから当たり前だけど」
「お嬢様はアスナムで生まれています」
ロルフが律儀に訂正する。
「違うの」
「何がです?」
「体が生まれたのはアスナム」
「では、セントハイムでは何が?」
「魂」
「……」
ロルフが黙る。
マルタが杯を掲げた。
「邪悪な方のな」
「誰の魂が邪悪よ!」
「お前以外に誰がいるんだ」
「この酔っぱらい!」
「酒が美味い!」
「ロルフ、もっと頼んでいい?」
「どうぞ。今日は私が勝ちましたから」
「ロルフ大好き!」
「さっきまで競馬向いてないとか言ってませんでした?」
「過去は振り返らない主義なの」
「便利ですね……」
三人の卓から笑い声が上がる。
競馬場で失った金のことなど、すっかり忘れていた。
その時だった。
からん。
入口の鐘が鳴る。
一人の男が酒場へ入ってきた。
「……」
リオが何気なくそちらを見る。
二十代半ばほどの若い男だった。
旅人にしては身なりがよく、髪も整えている。
そして。
「……」
リオの目が止まった。
顔がいい。
かなり。
だが、その男は見るからに落ち込んでいた。
肩を落とし、俯き、世界の終わりでも見てきたような顔をしている。
男は誰とも目を合わせず、隅の空いている席へ腰を下ろした。
「……」
リオは男を見つめる。
「お嬢様?」
ロルフが声をかけたが、返事はない。
マルタだけがリオの顔を見て、にやりと笑った。
「見つけたな」
「何を?」
「男」
「人聞き悪いなぁ」
そう言いながら、リオは乱れてもいない髪を指先で整えた。
背筋を伸ばし、少しだけ顎を引く。
そして。
先ほどまでマルタと罵り合っていた女とは思えないほど、柔らかな笑みを浮かべた。
ロルフが小さくため息をつく。
「……始まりましたね」
マルタが酒を飲みながら笑った。
「化け猫が皮被りやがった」
「聞こえてるからね」
リオは笑顔のまま答えた。
そして。
しょんぼりと一人で座る男へ向かって歩き出した。
◇
「隣、いいですかぁ?」
男が顔を上げた。
「……え?」
「なんだか、すごく落ち込んでるみたいだから」
リオは少しだけ首を傾げる。
「私でよければ、お話くらい聞きますよぉ?」
「……ありがとうございます」
男は弱々しく笑った。
近くで見ても、やはり顔はいい。
リオの笑顔がほんの少し深くなる。
しばらくして。
男はリオたちの卓へ移ってきた。
「セイヤです」
「リオです」
リオがにっこり笑う。
マルタとロルフも簡単に名乗った。
「それで」
リオが心配そうにセイヤの顔を覗き込む。
「何があったんですかぁ?」
「……騙されたんです」
「騙された?」
「はい」
セイヤは卓の上で拳を握った。
「カジノです」
「カジノ?」
その言葉に。
リオの目がほんの少しだけ輝いた。
「お嬢様」
マルタが横目で見る。
「今、嬉しそうな顔しましたよね」
「してない」
セイヤは気づかず続ける。
「ルーレットをやっていたんです。最初は何回か勝てました。それで……これならいけると思ってしまって」
「うんうん」
「ところが、途中から急に負け始めたんです」
一度勝っている。
だから。
取り返せると思った。
次こそ勝てる。
そう考えて、賭け続けた。
だが。
「まったく勝てなくなりました。あと少しで当たりそうなのに、いつも外れるんです」
「偶然じゃないの?」
「私も最初はそう思いました」
セイヤは首を振る。
「でも、何度も見たんです。あんな偶然があるわけがない」
「……」
「せっかくセントハイムで頑張って働いて……金を貯めて故郷へ帰ろうと思っていたのに」
セイヤの声が震えた。
「故郷では、年老いた母さんが待っているんです」
「まあ……」
リオの表情がさらに柔らかくなる。
「それなのに、あいつら……グルだったんです」
「ひどい……」
リオが胸元に手を当てる。
「こんなに良い人を騙すなんて」
「良い人は母親のために貯めた金を賭場に突っ込みませんよ」
マルタが冷静に言った。
「マルタ」
「何です?」
「今いいところだから黙ってて」
「事実でしょう」
セイヤは苦笑した。
「その通りです。私が馬鹿だったんです」
「ほら、ちゃんと反省してる」
「反省すれば金が戻るなら苦労しません」
「ほんっと夢がないなぁ」
すると。
セイヤが真剣な顔でリオを見た。
「リオさん」
「何かな?」
「あなたを見込んで、お願いがあります」
「私を?」
「はい」
セイヤは身を乗り出す。
「私の仇を取ってくれませんか?」
「……」
「何度も奴を観察しました。それで、ようやく癖が分かったんです」
「癖?」
「はい。その癖さえ分かっていれば、奴のイカサマを逆に利用できるかもしれない」
リオの目が細くなる。
「つまり」
「はい?」
「そいつを利用すれば、勝てる?」
「可能性はあります」
「分かった」
「え?」
「任せて」
即答だった。
「早いですね!?」
ロルフが思わず声を上げる。
「困ってる人がいるんだよ?」
「お嬢様がそんな理由で動きます?」
「失礼だなぁ」
リオはセイヤへ向き直る。
「大丈夫。私が何とかしてあげる」
「ありがとうございます!」
セイヤが嬉しそうに頭を下げた。
その横で。
ロルフがそっとマルタへ顔を寄せる。
「マルタさん」
「何?」
「なんか、よくある展開のような……」
「そうね」
「止めなくていいんですか?」
「止めて聞くと思う?」
「……思いません」
「でしょ」
マルタは残っていた酒を飲み干した。
◇
その日のうちに。
四人は問題のカジノへ向かった。
店の名は、テーアィ。
セントハイムの歓楽街でも、それなりに名の知られた賭場だった。
「へえ……」
中へ入ったリオが周囲を見回す。
明るい灯り。
磨き上げられた卓。
着飾った客たち。
カード。
骰子。
そして。
いくつものルーレット台。
安酒と煙で満ちた場末の賭場とは違う。
ここもまた、セントハイムらしく美しかった。
「こっちです」
セイヤが声を潜める。
四人は、一つのルーレット台から少し離れた場所へ移動した。
「あいつです」
セイヤが示した先。
一人の男がルーレット台に立っていた。
三十代ほど。
身なりは整い、穏やかな笑顔を浮かべている。
「クローサと言います」
「ふーん」
リオがじっと観察する。
一見して、怪しいところはない。
客に笑顔を向け、賭けを受け、淡々とルーレットを回している。
「本当にあいつ?」
「間違いありません」
「どんな癖?」
「見ていてください」
客たちが次々と賭けていく。
赤。
黒。
数字。
やがて。
クローサが球を投げ入れた。
円盤が回る。
「今です」
「え?」
「右耳を見てください」
クローサの手が、何気なく右耳へ触れた。
「右耳を触ったら?」
「黒です」
リオがルーレットへ目を向ける。
球が跳ねる。
一度。
二度。
そして。
黒へ落ちた。
「……」
リオの眉が上がる。
「当たった」
「でしょう?」
セイヤが声を潜めた。
「偶然じゃないの?」
「もう少し見ていてください」
次の勝負。
クローサは右耳に触れない。
結果は赤。
さらに次。
再び右耳へ触れる。
黒。
「……また」
マルタもルーレット台を見る。
「確かに妙ですね」
「どうやってるんだろ?」
「分かりません。ただ、あいつが右耳を触った時は、かなりの確率で黒に入るんです」
「……」
リオはクローサを見る。
次に、回転するルーレットを見る。
そして。
にやりと笑った。
「ということは」
「はい?」
「あいつの癖を盗めば、大儲けできる?」
「お嬢様」
ロルフが嫌そうな顔をした。
「復讐はどこへ行ったんです?」
「もちろん覚えてるよ。悪い奴を懲らしめる」
リオはにっこり笑う。
「ついでに、お金ももらう」
「ついでの方が目的になってません?」
「気のせい」
マルタがルーレット台を眺めながら呟いた。
「嫌な予感しかしませんね」
「大丈夫だって」
リオは胸を張った。
「相手の癖が分かってるんだよ?」
そして。
再びクローサを見る。
「こんなの、負ける方が難しいじゃん」
◇
勝負が始まった。
リオはルーレット台の前へ腰を下ろし、クローサの動きをじっと観察する。
最初から大金を賭けるつもりはない。
まずは確認。
本当に、セイヤの言った通りなのか。
「賭けをどうぞ」
クローサが穏やかな声で促した。
客たちが次々とチップを置いていく。
リオはまだ置かない。
やがて。
球が投げ入れられる。
その瞬間。
クローサの右手が上がった。
何気なく。
右耳に触れる。
「……黒」
リオは小さく呟き、チップを置いた。
球が跳ねる。
一度。
二度。
そして。
黒。
「……!」
リオの口元が上がる。
「当たった」
「言ったでしょう」
後ろに立つセイヤが笑った。
「まだ一回」
リオは払い戻されたチップを受け取る。
次。
クローサは耳に触れない。
リオは見送った。
赤。
さらに次。
また。
右耳。
「黒」
賭ける。
黒。
「ふふっ」
さらに。
右耳。
黒。
的中。
もう一度。
右耳。
黒。
的中。
リオの前に積まれたチップが、少しずつ高くなっていく。
「へえ」
クローサが笑った。
「お客さん、ついているね」
「当然」
リオは髪を払った。
「勝負の女神の生まれ変わりだからね」
「勝負の女神は、あんな性悪ではないかと」
後ろからマルタの声がした。
「なんか言った?」
リオが振り返る。
「いえ、何も」
「聞こえたんだけど」
「気のせいです」
セイヤが嬉しそうに身を乗り出した。
「リオさん、頑張ってください」
「任せて」
リオは得意げに笑う。
「このまま全部いただくから」
また。
クローサが右耳へ触れる。
「黒」
リオが賭ける。
黒。
「ほらね」
チップがさらに増える。
ロルフが後ろから覗き込んだ。
「本当に当たっていますね……」
「でしょ?」
「ですが、お嬢様。ほどほどにした方が」
「大丈夫だって」
リオはルーレットから目を離さない。
「こっちは相手の癖を知ってるんだから」
◇
しばらくして。
リオの前には、最初に持っていた額より明らかに多くのチップが積まれていた。
「……これ、結構増えたね」
「かなり勝っています」
マルタも少し感心したようだった。
「そろそろやめてもいいのでは?」
「まだまだ」
リオは笑う。
「こんな簡単に増えるなら、もうちょっと――」
その時。
クローサが右耳に触れた。
「黒」
リオは迷わずチップを置く。
球が回り。
跳ねる。
そして。
赤。
「……あれ?」
リオが瞬きをした。
「負けた」
クローサはにこやかにチップを回収する。
「残念ですね」
そして。
リオを見る。
「次はどうしますか、勝利の女神様?」
「……」
ロルフが少し心配そうな顔をした。
だが。
セイヤがすぐに声をかける。
「リオさん。たまたまですよ」
「まあね」
リオもさほど気にしていなかった。
「全部当たるわけじゃないし」
次。
右耳。
黒。
的中。
「ほら」
リオが笑う。
「やっぱりいける」
「そうでしょう?」
セイヤも嬉しそうに頷く。
次。
右耳。
黒。
的中。
さらに。
右耳。
赤。
「……」
また外れた。
「まあ、そういう時もある」
次。
右耳。
黒。
的中。
その次。
右耳。
赤。
「……あれ?」
勝つ。
負ける。
勝つ。
負ける。
少しずつ。
本当に少しずつ。
さっきまで積み上がっていたチップが削られていく。
そして。
また右耳。
「黒」
リオが賭ける。
赤。
「また?」
「残念」
クローサは相変わらず穏やかだった。
「次はいかがします?」
「……」
リオは手元を見る。
まだ大きな損はしていない。
最初の元金を考えれば、少し減った程度だった。
だが。
さっきまであった勝ち分は、かなり消えている。
「一旦やめる」
リオはそう言って、残ったチップへ手を伸ばした。
「え?」
セイヤが驚く。
「最初は明らかに当たってた。でも、今は外れが増えてる」
マルタが頷いた。
「私も、それがいいと思います」
「ここまでなら、まだほとんど痛くないし」
「ですが」
セイヤが止めた。
「何?」
「今やめたら、もったいないです」
「もったいない?」
「私が観察していた時も、何度か外すことはありました」
「……」
「ずっと黒に入れ続けたら、さすがに怪しまれるでしょう?」
「まあ……」
「だから、わざと時々外しているんです」
リオの手が止まる。
「わざと?」
「そうです」
セイヤはクローサを見る。
「でも、流れがあります」
「流れ?」
「何度か外したあと、また続けて黒へ入れるんです」
「……」
「私は何日も見ています。間違いありません」
リオもクローサを見る。
「本当に?」
「はい」
だが。
リオはしばらく考えたあと、首を振った。
「やっぱやめる」
「リオさん!」
「十分勝ったし。欲張って全部なくす方が馬鹿でしょ」
マルタが少しだけ感心したように頷く。
「珍しく賢明です」
「珍しくは余計」
ところが。
セイヤは食い下がった。
「次です」
「え?」
「次はうまくいきます」
「……」
「今度こそです」
セイヤの顔は真剣だった。
「次に右耳を触ったら、全額いきましょう」
「全額?」
ロルフが目を見開く。
「それは危険では?」
「これまでの負けを一気に取り戻せます」
「いや、別にまだ大して負けてないんだけど」
リオは冷静に返した。
「だからこそです」
セイヤが声を潜める。
「今なら奴も油断している。ここで大きく賭けるなんて思っていない」
「……」
「一度だけ」
セイヤはリオを見つめた。
「私を信じてください」
マルタがリオの横顔を見る。
「お嬢様」
「分かってる」
リオは短く答えた。
その時。
クローサの右手が上がった。
そして。
右耳へ触れる。
「……!」
セイヤが息を呑んだ。
「今です」
リオの前には。
残ったチップ。
全部。
「全額、黒へ」
リオは一瞬だけ迷った。
そして。
「……黒」
すべてのチップを押し出した。
「全部?」
クローサが眉を上げる。
「全部」
リオは笑った。
「勝負の女神を舐めないでよ」
「それは楽しみだ」
球が投げ入れられる。
回る。
跳ねる。
一度。
二度。
そして。
赤。
「……」
リオの顔から表情が消えた。
「……なんで?」
クローサがチップを回収する。
「残念でしたね」
「……」
「勝負の女神様にも、見放される時はあるらしい」
クローサが笑った。
それまでとは違う笑い方だった。
「……?」
リオが眉を寄せる。
すると。
後ろからも笑い声が聞こえた。
「ふっ……」
「……」
振り返る。
セイヤだった。
「……セイヤ?」
「いやぁ」
さっきまでの悲しげな顔は消えていた。
背筋を伸ばし。
口元を歪め。
楽しそうに笑っている。
「随分簡単に信じてくれたね」
「……」
セイヤはそのままクローサの横へ歩いていった。
「いい客を連れてきてくれた」
クローサが言う。
「顔が良ければ、大抵の女は話を聞いてくれるからね」
「……」
ロルフが目を見開いた。
「まさか……」
マルタは額を押さえる。
「やっぱり」
リオだけが。
しばらく何も言わなかった。
「……グル?」
「そういうこと」
セイヤが笑う。
「年老いたお母さんは?」
「元気だよ」
「故郷に帰る話は?」
「別に帰る予定なんてない」
「騙された金は?」
「そんなこと言ったかな?」
「……」
リオのこめかみに青筋が浮かんだ。
「お嬢様」
ロルフが恐る恐る声をかける。
「帰りましょう」
「そうです」
マルタも頷いた。
「もう完全に負けです」
「……」
「お嬢様?」
リオは俯いたまま肩を震わせ何も答えない。
そして。
「ちょっと待ってて」
「はい?」
くるりと踵を返した。
「どこへ?」
「すぐ戻る」
「お嬢様?」
止める間もなく。
リオはカジノの外へ消えていった。




