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アーネム戦記外伝 目指せ!世界一の歓楽街  作者: Tanu1016


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いい男⑥ リオと白馬の王子様

挿絵(By みてみん)


 ニコスを発ってから、さらに南へ。


 リオたちは、ついにセントハイムへとたどり着いた。


 都市同盟でも最大級の港湾都市。


 東岸一の交易都市。


 そして何より――東岸一の歓楽街を抱える街である。


 城門を抜けた瞬間から、これまでの街とは空気が違った。


 大通りには酒場、劇場、料理店、舞踏場が立ち並び、その間を着飾った男女が行き交っている。少し先には巨大な賭場。通りの壁には競馬や芝居の開催を告げる色鮮やかな張り紙。


 港へ目を向ければ、各地から訪れた船員や商人で溢れ、昼間だというのにあちこちから音楽と笑い声が聞こえていた。


「……」


 リオが立ち止まった。


 右を見る。


 左を見る。


 もう一度右を見る。


「……分かる」


「何がです?」


 マルタが尋ねる。


 リオは大きく息を吸い込んだ。


「なんか、この街、私と同じ匂いがする」


「邪悪な香りですね」


「なんでよ!」


 リオは再び大通りを見渡した。


 酒。


 芝居。


 賭博。


 美味い料理。


 男。


 そして夜遊び。


 どこを見ても楽しそうなものばかりだった。


「……ここ」


「はい?」


「私の故郷だわ」


「お嬢様はアスナムでお生まれでは?」


「生まれてない」


「はい?」


 リオは真顔だった。


「この町で、たぶん生まれた気がする」


「出生地を気分で変えないでください」


「魂がそう言ってるの」


「邪悪な魂ですね」


「マルタ!」


 少し後ろでは、ロルフが困ったように笑っていた。


     ◇


 それから数日。


「セントハイム最高!」


 リオは、あっという間にこの街へ染まっていた。


 昼は街を歩き。


 芝居を見て。


 美味しいものを食べ。


 夜になれば酒場へ繰り出す。


 賭場を覗き。


 通りを歩く男を眺め。


 翌朝になれば、また別の遊び場を探した。


「ここに住もうかな」


「駄目です」


「なんで?」


「目的地はアスナムです」


「アスナムって遠い?」


「今さら何を言っているのですか」


 そう言うマルタも、夜の酒場ではそれなりに楽しんでいる。


 ロルフだけが、二人の後ろから荷物を抱えてついて回っていた。


 そんなある朝。


「あの……」


 宿の食堂で。


 ロルフが珍しく、自分から口を開いた。


「何?」


 リオがパンを齧りながら顔を上げる。


「今日なのですが……行ってみたい場所がありまして」


「ロルフが?」


 マルタも意外そうに見る。


「はい」


「珍しいね。どこ?」


「競馬場です」


「競馬場?」


 リオが首を傾げた。


「馬が走るところ?」


「はい」


「馬なら嫌ってほど見てきたけど」


「そういう意味ではなくてですね」


 ロルフは少しだけ目を輝かせた。


「今日はセントハイム市公営競馬場で、カラヅッカ記念という大きな競走があるそうなんです」


「へえ」


「昔から、一度きちんと競馬を見てみたくて」


「ロルフ、競馬好きなの?」


「馬が好きなんです」


 いつも控えめなロルフにしては、珍しく声が弾んでいた。


 リオとマルタが顔を見合わせる。


「……」


「……」


 そして。


 二人の視線が、自然とロルフの顔へ向いた。


 ニコスで酔いつぶれた二人を抱えて宿まで運んだ際についた痣は、もうほとんど消えている。


「……行こうか」


「そうですね」


「え?」


 ロルフが驚いた。


「いいのですか?」


「いいよ」


「たまにはロルフの行きたいところにも行きましょう」


 マルタも妙に優しい。


「お二人とも……」


 ロルフは少し感動したようだった。


「ありがとうございます」


「……」


「……」


 二人とも目を逸らした。


 ニコスで散々迷惑をかけた自覚くらいは、一応あった。


     ◇


 昼。


 三人は、セントハイム市公営競馬場へやってきた。


「……綺麗」


 リオが思わず呟く。


 広く整えられた芝の競走路。


 白く塗られた柵。


 手入れされた花壇。


 巨大な観客席。


 場内には飲食店や売店、休憩所まで並んでいる。


 リオとマルタが想像していた競馬場とは、随分違った。


「もっと、おっさんたちが馬券握って怒鳴ってるだけの場所かと思ってた」


「私もです」


 マルタが周囲を見回した。


 もちろん男の客は多い。


 だが、それだけではない。


 若い女性。


 夫婦。


 家族連れ。


 馬のぬいぐるみを胸に抱きながら歩く女性までいる。


「女性も多いね」


「近年はかなり増えているそうですよ」


 ロルフが嬉しそうに答えた。


「競走だけでなく、馬そのものを見るのを楽しみに来る方も多いみたいです」


「へえ」


「随分明るい場所なのですね」


 マルタも感心している。


「もっと殺伐としているのかと」


「大きな競走の日は、観光客も多いそうです」


「なるほどねぇ」


 リオは頷いた。


 そして。


 すぐに馬券売場へ視線を向ける。


「で」


「はい?」


「次のレース、どれ買う?」


「もうですか?」


「競馬場に来たんだから馬券買うでしょ」


「それはそうですが、まず新聞を――」


 ロルフは早速、競馬新聞を広げた。


「次の競走ですと、前走成績と距離適性から考えれば――」


「私、六番と九番」


「私は九番を中心にします」


「……」


 ロルフが顔を上げた。


「理由は?」


「なんとなく」


「九という数字が気に入りました」


「新聞は?」


「見てない」


「見ていません」


「…………」


 ロルフは少し悲しそうな顔をした。


     ◇


 間もなく。


 三人にとって最初の競走が始まった。


 ゲートが開く。


 十数頭の馬が一斉に飛び出した。


「六番!」


 リオが立ち上がる。


「九番来ました!」


 マルタも続いた。


「六! 九! そのまま!」


「九来た! 九!」


 いつの間にか、二人とも完全に熱くなっている。


 最後の直線。


 六番と九番が抜け出した。


「行けぇ!」


「そのまま!」


 ゴール前。


 二頭が並ぶ。


 そのまま――。


 ゴール。


「……」


「……」


 掲示板に数字が並ぶ。


 リオが目を凝らした。


「当たった?」


 ロルフも確認する。


「……当たっていますね」


「やったぁ!」


「やりました!」


 リオとマルタが抱き合った。


「競馬、簡単じゃん!」


「ですね!」


 ロルフは、自分の馬券を見る。


「私は外れました……」


 リオが振り返った。


「ロルフ」


「はい」


「競馬向いてないんじゃない?」


「まだ一競走目です!」


     ◇


 払い戻された金は、二人が思っていたよりずっと多かった。


「……」


 リオは手の中の金を見る。


「お嬢様?」


「競馬ってすごいね」


「今のはビギナーズラックかもしれませんよ」


「負け惜しみ?」


「違います」


「ロルフ、もっと素直に認めた方がいいですよ」


「マルタさんまで……」


 その後も三人は場内を歩きながら、いくつかの競走を眺めた。


 中でも一番楽しそうなのはロルフだった。


「本当に馬好きなんだね」


「はい」


「騎士になりたかったんでしたっけ?」


 マルタが尋ねる。


「そうなんです」


「腕は立つのに」


「ありがとうございます」


 ロルフは少し照れた。


「ただ、私は体が大きすぎまして」


「大きいと駄目なの?」


「馬への負担が大きくなりますから。それに私は、少々……」


「気が弱い」


 マルタが即答した。


「……はい」


「そこは否定しないんだ」


「騎士には向いていないと言われました」


 腕は立つ。


 体格もいい。


 だが、性格が気弱。


 結局、騎士にはなれず。


 巡り巡って、今ではリオの護衛をしている。


「私は今の仕事で良かったと思っていますけどね」


「へえ」


「お嬢様たちと旅もできますし」


「いいこと言うじゃん」


「ニコスでは殴られましたが」


「……」


「……」


 リオとマルタが同時に目を逸らした。


「忘れよっか」


「そうですね」


     ◇


 そして。


 本日の主競走。


 カラヅッカ記念が近づいてきた。


 ロルフが競馬新聞を広げる。


「今日の主役は、やはりこの馬でしょうね」


「どれ?」


「ゴルッシ」


「変な名前」


「通称は白い悪魔」


「格好いいじゃん」


「このカラヅッカ記念を、すでに二年連続で勝っています」


「二連覇?」


「はい。今年勝てば三連覇です」


「他は?」


「最高グレードの競走を六勝」


「強いじゃん」


「前走の春のキングカップでは、出遅れながらも勝っています」


 リオが顔を上げた。


「出遅れて?」


「はい。かなり後方から追い上げて」


「無敵じゃん」


「実績だけなら文句なしの名馬ですね」


 ロルフはさらに新聞を読む。


「白い毛並みと、この立派な体格は母方の祖父譲りみたいです」


「へえ」


「その祖父も、このカラヅッカ記念の覇者ですね」


「……」


 リオとマルタが顔を見合わせた。


「なおさら負ける要素ないじゃん」


「ありませんね」


「実績ある」


「血統もある」


「前走は出遅れても勝っている」


「三連覇もかかっている」


「これ、もう勝ったでしょ」


「勝ちましたね」


 ロルフが新聞から顔を上げる。


「まだ走っていませんよ」


「細かいなぁ」


「ただし」


「何?」


「気性面には、かなり問題があるようです」


「気性?」


「調教師を睨みつける」


「うん」


「他の馬に噛みつこうとする」


「……」


「機嫌が悪いと、急に走る気をなくすこともある」


「……」


「それから」


 ロルフが少し言いにくそうに続けた。


「牝馬を見ると、すぐ寄っていくそうです」


「へえ」


「そのくせ、周りの人間には愛想だけはいいとか」


「…………」


 マルタがゆっくりリオを見る。


「何よ」


「わがまま」


「おい」


「愛想だけは良くて」


「ちょっと」


「異性とみれば寄っていく」


「……」


 マルタは新聞とリオを見比べた。


「よく似ているなと」


「誰がよ!」


「まるでお嬢様の生まれ変わりですね」


「私まだ死んでないんだけど!」


「では、生き写しで」


「もっと嫌だわ!」


 ロルフが困ったように笑った。


「でも強いんでしょ?」


「強いです」


「じゃあいい」


「はい?」


「強ければなんでもいいわ」


     ◇


 パドックへ向かうと、すでに多くの人で賑わっていた。


 そして。


 間もなく、一頭の馬が姿を現した瞬間。


「おおーっ……!」


 観客から大きなどよめきが起こった。


「来たぞ!」


「ゴルッシだ!」


「ゴル様ー! 頑張ってぇー!」


 若い女性たちの黄色い声まで飛ぶ。


 リオは目を見開いた。


「……あれか」


 すぐに分かった。


 白く、大きな馬体。


 磨き上げられた毛並みが陽光を受け、まるで光をまとっているように輝いている。


 肩から脚へ流れる筋肉も見事だった。


 他の馬も立派なのだろう。


 だが。


 ゴルッシだけは、一頭だけ格が違って見えた。


「……すご」


 リオが呟く。


「確かに、これは人気が出るはずですね」


 マルタも感心している。


「立って歩いているだけなのに、妙な貫禄があります」


 ゴルッシは歓声を浴びながら、悠然と歩いている。


「ゴル様ー!」


「三連覇頼むぞ!」


「今日も勝ってー!」


 馬のぬいぐるみを抱えた女性まで、頬を紅潮させながら手を振っていた。


「ゴル様だって」


 リオが笑う。


「様付けなんだ」


「それだけの実績がありますからね」


 その時。


 ゴルッシが、ふとこちらを向いた。


「……」


 リオと目が合う。


 一瞬。


 口元が。


 笑ったように見えた。


「……」


「お嬢様?」


「今、笑った」


「馬がですか?」


「こっち見て笑った」


「気のせいでは?」


「違う」


 リオはゴルッシから目を離さなかった。


「なんかさ」


「はい」


「そこはかとなく危険な香りがする」


「馬から?」


「うん」


 マルタの顔が嫌そうに歪む。


「お嬢様」


「何?」


「まさかとは思いますが……」


 リオは真顔だった。


「あいつに惚れたかも」


「人間ではないですよ」


「分かってる」


「分かっているのに?」


「でも、さっきこっち見た時の笑顔……」


「馬です」


「あの目もいい」


「馬です」


「性格悪そうなのもいい」


「それは否定しませんが」


 マルタはしばらくリオを見る。


「……重傷ですね」


「何がよ!」


 ロルフが新聞から顔を上げる。


「ちなみに牡馬です」


「知ってる」


「そこは確認済みなのですね」


「決めた」


 リオは最初の競走で得た払い戻し金を取り出した。


「これ全部、ゴルッシ」


「全部ですか?」


「全部」


 マルタも金を取り出す。


「私もです」


「マルタさんまで!」


「二連覇中なのでしょう?」


「はい」


「最高グレードを六勝」


「はい」


「前走は出遅れても勝っている」


「そうですが」


「負ける要素がありません」


「気性が――」


「強ければいいんです」


「……」


 ロルフは少し考え。


「私は別の馬にします」


「裏切者」


「競馬はそういうものです」


     ◇


 いよいよ。


 カラヅッカ記念。


 これまでとは比較にならないほど、観客席は熱気に包まれていた。


 大歓声。


 馬券を握る人々。


 ゴルッシの三連覇を期待する声が、あちこちから聞こえる。


 ファンファーレなり響き。


 各馬がゲートへ入っていく。


「ゴルッシ……」


 リオは馬券を握りしめた。


「頼みますよ」


 マルタも真剣だった。


「さっきの勝ち分、全部入っていますからね」


「大丈夫」


「何がです?」


「あいつはやる」


「根拠は?」


「恋する女の勘」


「一番信用できませんね」


 全馬。


 ゲートへ。


 リオが息を飲む。


 静寂。


 そして。


 ゲートが開いた。


「行け!」


 各馬が一斉に飛び出す。


 だが。


「……ありゃ?」


 一頭だけ。


 出てこない。


「……」


「……」


 白い馬が。


 ゲートの中で立ち上がっていた。


「…………」


 リオの顔が固まった。


「何してんの?」


 少し遅れて。


 ようやくゴルッシが飛び出した。


 大出遅れ。


「おい!」


 リオが立ち上がった。


「ふざけんなよ! 走れよ!」


「まだ間に合います!」


 マルタもすでに熱くなっている。


「追え! 追え!」


「鞭入れろ、鞭!」


 ゴルッシは後方。


 先頭との差は大きい。


「キングカップではここから勝ったんでしょ!」


「ここまでの出遅れでは……」


「関係ないわよ。早く行け!」


「追えぇぇぇ!」


 だが。


 伸びない。


「……」


「……」


 むしろ。


 どこかやる気がない。


「おい」


 リオの声が低くなる。


「走る気ある?」


 ない。


 少なくとも。


 そう見えた。


 最後の直線。


「まだ間に合う!」


「行けぇ!」


 ゴルッシ。


 来ない。


 そのまま。


 一着の馬がゴール板を駆け抜けた。


 二着。


 三着。


 そして。


 遥か後方を。


 白い馬が、何事もなかったかのように通過した。


 レース終了。


 その瞬間。


 競馬場のあちこちで。


 馬券が宙を舞った。


 ひらひらと。


 くるくると。


 無数の紙片が午後の光を受け、きらきらと輝きながら風に流れていく。


 妙に美しい光景だった。


「…………」


「…………」


 リオとマルタは。


 口を半開きにしたまま、呆然と立ち尽くしていた。


 最初の競走で得た儲け。


 夢。


 期待。


 そして白馬の王子様への淡い想い。


 全部。


 消えた。


「…………」


「…………」


 先に我へ返ったのはリオだった。


「白いの」


 低い声。


「金返せ」


 マルタの目も据わっている。


「このクソ駄馬……」


 周囲からも怒号が飛び交っていた。


「何やってんだ!」


「走れよ!」


「三連覇はどうした!」


「金返せ!」


「二度と買わねぇぞ!」


「ふざけんな、この白いの!」


「このクソ駄馬!」


 いつしかリオとマルタも、完全に観客の一員となって罵声を飛ばしていた。


 白い悪魔への怨嗟が、競馬場を包んでいる。


 その時だった。


「あれ?」


 ロルフがゴール板の方を指差した。


「戻ってきましたよ」


「は?」


 リオが顔を上げる。


 ゴルッシだった。


 負けたというのに。


 なぜか、再びゴール板の近くへ戻ってきている。


「……何しに来たの?」


 白い馬は、観客席の前でゆっくりと歩いていた。


「ふざけんな!」


「金返せぇ!」


「駄馬!」


「この悪魔!」


 罵声。


 怒号。


 舞い落ちる外れ馬券。


 だが。


 ゴルッシはまったく気にしない。


 頭を下げるでもなく。


 申し訳なさそうにするでもなく。


 堂々と。


 悠然と。


 まるで今日の勝者であるかのように歩いている。


 そして。


 ちらり。


 観客席を一瞥した。


「……」


 その目は静かだった。


 あまりにも堂々としている。


 まるで。


 ――愚かな人間どもめ。


 そう言っているようにすら見えた。


「……てめぇ」


 リオの額に青筋が浮かぶ。


「今、馬鹿にしたでしょ」


「してますね」


 マルタが即答した。


「完全にしてます」


 そんな二人の横で。


 ロルフだけが感心したように白い馬を眺めていた。


「いやぁ……」


「何?」


「堂々として、立派な馬ですね」


「どこがよ!」


「負けたのに、あの貫禄ですよ」


「反省してないだけでしょ!」


 ゴルッシは、そのまま悠然と去っていく。


「二度と買わないからな!」


「金返せ、この悪魔!」


「クソ駄馬ぁ!」


 リオとマルタの罵声も。


 最後まで、観客たちの声に混じっていた。


 ゴルッシは振り返らない。


 敗れたはずなのに。


 その背中だけは。


 やはり。


 帝王だった。


「面白かった!」「別の外伝もかけ!」


→ 下にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】に!

駆け出しなので皆さんから反応していただけると喜びます。

感想も気軽にお寄せいただけると嬉しいです。

どうぞよろしくお願いいたします!


なお、本編をお読みでない方がいたら是非本編もお読みください。

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