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アーネム戦記外伝 目指せ!世界一の歓楽街  作者: Tanu1016


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4/9

いい男④ 努力しても届かない刃。それが才能。

 翌日。


 リオたちは、ティアが普段使っている小さな稽古場に集まっていた。


 数日後に控えているのは、ノイマン劇団の新人発掘オーディションである。


 ニコスの名門商会、ノイマン商会が運営する劇団で、専用の大劇場を持ち、これまで何人もの名優を世に送り出してきた。


 役者を志す者にとって、ここで役を掴むことは大きな足がかりになる。


 端役ばかりで鳴かず飛ばずだったティアにとっても、今回のオーディションは大きな勝負だった。


「じゃあ、やってみて」


「簡単に言うわね」


 ティアが台本を開く。


 今回、彼女が第一志望にしているのは清純な令嬢役だった。


 一度目を閉じ、息を整える。


 そして顔を上げた。


「――どうか、おやめください。争ったところで、誰も幸せにはなりません」


 柔らかな声。


 伏せられた目。


 胸元で祈るように組まれた両手。


 綺麗だった。


 声は通る。台詞も淀みない。立ち姿も美しい。


 しばらくして、ティアが演技を終えた。


「どう?」


「……」


「……」


 リオとマルタが黙った。


「何よ」


「いやぁ……」


 リオが首を傾げる。


「上手いとは思うんだけどね」


「ですよね」


 マルタも難しい顔をしていた。


「ですが、何か違います」


「またそれ?」


「歌の時と同じです」


「どういうことよ」


 マルタは少し考えた。


「シャンテさんは、目の前にいる誰かへ向かって歌っているように感じるんです」


「ティファが?」


「はい」


「こいつは?」


 リオがティアを指差す。


 マルタは少しだけ言葉を選んだ。


「自分を見てほしい、という感じがします」


「…………」


 ティアの眉が動く。


「随分な言い方ね」


「綺麗な私を見て。上手に歌う私を見て。上手に演じる私を見て、と」


「ああ」


 リオが頷いた。


「それだ」


「リオまで?」


「全部、自分なんだよね」


「じゃあ、どうしたらいいのよ」


「どうしたら?」


 リオが考える。


 マルタも考える。


「……」


「……」


「何よ。そこまで分かったなら、直し方も考えてよ」


「じゃあさ」


 リオが何かを思いついたように顔を上げた。


「好きな人いる?」


「いるけど」


「お」


「五人くらい」


「…………」


「…………」


 リオとマルタが止まった。


 少し離れたところにいたロルフまでティアを見る。


「五人ですか?」


「今のところね」


「今のところ?」


「一人に決めなきゃいけないの?」


 リオはしばらくティアを見つめた。


「……無理だね」


「ですね」


「何がよ!」


「こいつに人の気持ちを考えろって方が無理」


「失礼ね!」


「五人も好きな男がいる奴が何言ってんのよ!」


「好きになるのは自由でしょ!」


「そこじゃない!」


 リオは額を押さえた。


「あんたが知ってる聖女でも天使でも思い浮かべなさいよ」


「聖女?」


「そう。別にエルでもいいわよ。幼なじみでしょ?」


「エルかぁ……」


 ティアは少し考えた。


「まあ、あいつは一人しか見てないわね」


「でしょ?」


 リオが指を差す。


「だから、あんたみたいに五人も六人もって奴には聖女は無理なのよ」


「五人よ」


「そこ訂正するとこ?」


「六人はいない」


「どうでもいいわ!」


 その横で。


「…………」


 マルタが、じっとリオを見ていた。


「何よ」


「何も申しておりません」


「顔が喋ってる!」


 ティアが吹き出す。


「確かに。お前が言うかって話よね」


「何がよ!」


「街に着くたび男探してる奴に言われたくないわ」


「私は同時に五人好きになってない!」


「候補は何人いるの?」


「……」


 リオが黙った。


 マルタの視線がさらに冷たくなる。


「何よ!」


「何も申しておりません」


「だから顔が喋ってるって!」


「そもそも」


 リオは話を戻すようにティアを見る。


「ティファと双子なのに、善人の部分は全部あっちが持っていったんじゃない?」


「はぁ?」


「あんたなんか、残った闇を全部集めて固めたみたいなもんじゃん」


「言い過ぎでしょ!」


「酒好き、男好き、性格悪い、負けず嫌い」


「お前にだけは言われたくない!」


「確かに、シャンテさんとは同じ顔とは思えないほど中身が違いますね」


「マルタまで!?」


「ですから、一日二日で聖女になれと言われましても……」


「無理だねぇ」


 リオがあっさり頷く。


「筋金入りだから。一日二日どうこうして直るっていうか、生まれ変わらないと無理だねぇ」


「そこまで言う!?」


 ティアは机を叩いた。


「でも仮に性格の問題で上手くいかないなら、どうすんのよ!」


「どうするって?」


「演技の問題なら練習すれば直せるかもしれない。でも性格なんて、すぐに変えられないでしょ!」


「だから無理だって言ってるじゃん」


「だからどうするって話なのよ!」


 三人が黙った。


 演技は直せるかもしれない。


 だが、本人の性格が役と致命的に噛み合っていないのなら、数日でどうこうできる問題ではない。


 そこで。


 それまで黙っていたロルフが、おそるおそる手を上げた。


「あの……」


「何?」


「性格を変えるのが難しいのでしたら」


 三人の視線が集まる。


「いっそのこと、役を変えるというのはどうでしょう?」


「役?」


「はい」


 ロルフは机の上に置かれていた、ノイマン劇団の募集要項を見た。


「今回のオーディションは、清純な令嬢役だけではないのでしょう?」


「あ」


 マルタが募集要項を手に取る。


「確かに」


 いくつもの役名が並んでいた。


 侍女。


 商家の娘。


 酒場の女。


 そして。


「……悪徳令嬢」


「悪徳令嬢?」


 リオが横から覗き込む。


「オーディションにそんな役もあるんだ」


「主人公たちの恋路を邪魔する役のようですね」


 リオは募集要項を見る。


 ティアを見る。


 もう一度、募集要項を見る。


「……こいつにはピッタリじゃない?」


「は?」


     ◇


「一回だけだからね」


「はいはい」


「笑ったら帰るから」


「早くやって」


「本当に腹立つわね……」


 結局。


 ティアは悪徳令嬢の台本を手にしていた。


 嫌そうに一度息を吐く。


 台本へ目を落とし。


 顔を上げた。


「――身の程を知りなさい」


 空気が変わった。


「……」


 リオが瞬く。


 顎を僅かに上げる。


 相手を値踏みするような視線。


 口元だけに浮かぶ薄い笑み。


「あなたのような女が、あの方の隣に立てるとでも?」


 嫌味。


 嘲笑。


 傲慢。


 何もかもが、妙に自然だった。


「鏡をご覧になったことはなくて?」


 綺麗な顔で笑う。


 だからこそ腹が立つ。


 清純な令嬢を演じていた時とは、まるで別人だった。


 やがて。


 ティアが台本を閉じる。


「……どうよ」


 マルタが少し黙った。


「さっきの聖女とは雲泥ですね」


「そこまで?」


「まるで本物みたいです」


「本物だからね」


「誰が本物よ!」


 ティアが台本を投げた。


 リオは笑いながら避ける。


「でも絶対こっちの方がいいって」


「嫌よ!」


「なんで?」


「私は聖女とか清純な令嬢とか、そういう役で売れたいの!」


「まあ、聖女じゃ素人が見てもないわ」


「そこまで言う!?」


「一度だけ受けてみればいいじゃん。もう背水なんでしょ?」


「……」


 ティアが黙った。


「違うの?」


「違わないけど」


 しばらくして。


 重いため息を吐く。


「このままじゃ、家に帰るしかないのよ」


「家に?」


「そう。ノイマン劇団まで駄目だったら、さすがにね」


「あー……」


 リオが何かを思い出した。


「あんたの部屋って確か……もうないわよ」


「は?」


「ティファの男が居候してるから」


「……は?」


 ティアの目が鋭くなる。


「ティファの男?」


「うん」


「何? あいつ、男を家に連れ込んでるの?」


「お嬢様」


 マルタが額を押さえた。


「そういう言い方は……」


「でもティファの男でしょ?」


「……それは、まあ、そうですが」


「ほら」


 ティアが身を乗り出した。


「何それ。私がいない間に、あのティファが男作ったの?」


「作ったっていうか」


「同じ家に住んでるんでしょ?」


「住んでる」


「じゃあ、どこまでいってるの?」


「お二人が考えているような関係ではありません!」


 マルタが珍しく声を荒らげた。


「でも恋人なんでしょ?」


「それはそうです!」


「じゃあ何が違うのよ」


 マルタはリオとティアを見比べた。


「……たぶん、お二人のような汚れた心では理解しがたい関係かと」


「誰の心が汚れてるって?」


「少なくとも私ではありません」


「マルタも十分そっち側でしょ」


「一緒にしないでください!」


 ティアはまだ気になるらしい。


「で、誰よ、その男」


「ティーエ」


「知らない」


「パドゥーラで働いてる奴。ティファとはかなり仲いいよ」


「へえ……」


「確か、ジウさんが空いている部屋を貸したのでしたね」


 マルタが言った。


 そこで。


 ティアの表情が止まった。


「……空いてる部屋?」


「はい」


「うちに?」


「ええ」


「…………」


 三人が黙る。


 ティアがゆっくり口を開いた。


「それ……私の部屋じゃない?」


「たぶん」


「親父ぃ!」


 机を叩いた。


「何勝手に人の部屋を男に貸してんのよ!」


「何年も帰ってないから、空き部屋扱いされたんじゃない?」


「私の部屋よ!」


「じゃあ帰ったらティーエ追い出す?」


「……」


「ティファ困るかもよ」


「……」


 ティアが黙った。


 リオはさらに追い打ちをかける。


「部屋がなかったら、バーナードの工房に寝泊まりになるかもよ」


「…………」


 ティアの顔が引きつった。


「クソ兄貴の?」


「うん」


 ティアの脳裏に、兄の顔が浮かんだ。


『おう、おかえり。世界一の女優様』


『部屋ねぇんだろ? 工房の隅なら貸してやるぞ』


「…………絶対嫌」


「でしょ?」


「親父の小言はまだいい」


 ティアが呻く。


「あいつにだけは馬鹿にされたくない」


 似た者同士だからこそ、余計に腹が立つのだろう。


 ティアは悪徳令嬢の台本を睨んだ。


 聖女。


 天使。


 清純な令嬢。


 そんなものに拘っている場合ではない。


 このまま失敗すれば、家へ帰るしかない。


 しかも自分の部屋にはティファの男が住みつき、下手をすればバーナードの工房暮らし。


 何より。


 あの兄に笑われる。


「……分かった」


 ティアが台本を取った。


「やる」


「お」


「あのクソ兄貴に馬鹿にされるくらいなら――」


 ティアは吐き捨てた。


「ちんけなプライドくらい捨ててやる」


     ◇


 オーディション当日。


 ノイマン劇団の大劇場には、大勢の観客が集まっていた。


 名門劇団による新人発掘オーディションは公開形式で行われ、ニコスでは毎年ちょっとした名物になっている。


 演劇好き。


 学生。


 若手役者。


 劇団関係者。


 未来の人気役者が生まれる瞬間を見ようと、客席の多くが埋まっていた。


 当然。


「すごい人ですね」


 マルタも目を輝かせている。


「ノイマン劇団ですから。このオーディションから有名になった役者も多いんですよ」


「へえ」


 隣のリオは、今のところさほど興味はなさそうだった。


 舞台中央には長机が置かれ、監督と副監督が座っている。


「……次」


 監督の声には、明らかな疲れが滲んでいた。


 朝から何十人もの演技を見続けている。


 今も一人の女優志望が、悪徳令嬢役を演じていた。


「あなたのような方が、あの方の隣に立てるとでも?」


 優雅な微笑み。


 美しい姿勢。


 綺麗な声。


 演技が終わる。


 客席から、ぱらぱらと拍手が起こった。


「ありがとうございました」


 女が舞台袖へ消える。


 監督は小さく息を吐いた。


「……つまらん」


「聞こえますよ」


 副監督が苦笑する。


「構わん」


「今日だけで二十人以上見ています」


「どいつもこいつも同じだ」


 監督が資料を机へ放った。


「悪徳令嬢だぞ。なんで全員、綺麗に演じようとする」


「舞台女優ですから、綺麗に見せたいのでしょう」


「だからつまらん」


 監督が頬杖をつく。


「笑い方も綺麗。怒り方も綺麗。人を馬鹿にする時まで綺麗」


「嫌われたくないのでしょうね」


「嫌われる役だろうが」


 次。


 その次。


 また次。


 皆、上手い。


 だが、似たような演技ばかりだった。


 次第に客席にも弛緩した空気が広がり、欠伸をする者まで出始める。


「……今年は外れか?」


「次が最後です」


「誰だ?」


 副監督が応募用紙を見る。


「ティア」


「ティア?」


 監督が少し考えた。


「ああ。何度か見たことがある」


「どんな役者です?」


「綺麗な役者だ」


「またですか」


「顔もいい。声もいい。演技も整ってる」


「悪くないのでは?」


「全部綺麗すぎるんだよ」


 監督はため息を吐いた。


「聖女だの清純な令嬢だの、そういう役ばかり受けていた女だ」


「今回は悪徳令嬢ですね」


「方向転換したか」


 監督は椅子へもたれた。


「まあ、見よう」


 舞台袖から。


 ティアが現れた。


 客席のリオが小さく手を振る。


「ティアー」


「お嬢様、静かに」


 ティアが一瞬だけ客席を睨んだ。


 そして。


 演技が始まった。


「――身の程を知りなさい」


 その一言で。


 空気が変わった。


 ざわついていた客席が静かになる。


 ティアは僅かに顎を上げた。


 目の前にいる相手を、人間としてすら見ていないような目。


「あなたのような女が、あの方の隣に立てるとでも?」


 くすりと笑う。


挿絵(By みてみん)


 綺麗な笑顔。


 なのに。


 腹が立つ。


「……」


 監督が頬杖をやめた。


 副監督も顔を上げる。


「あなたの恋?」


 ティアが鼻で笑う。


「そんなもの、私が知ったことではなくてよ」


 嘲笑。


 嫉妬。


 傲慢。


 底意地の悪さ。


 客席から、小さなどよめきが起きる。


「すご……」


「嫌な女だな」


「本当に性格悪そう」


 リオがマルタを見る。


「ほら」


「ええ」


 最後。


 ティアは相手を見下ろすように笑った。


「夢を見るのは、寝ている時だけになさい」


 静寂。


 一拍。


 そして。


 大きな拍手が劇場を包んだ。


「……」


 ティア自身が、少し驚いている。


 監督が立ち上がった。


「これだ」


 副監督が笑う。


「ようやく来ましたね」


「ああ」


 監督は舞台へ上がった。


「素晴らしい」


「……ありがとうございます」


「この性格の悪さ」


「……」


「人を人とも思わない目」


「……」


「腹の底から他人を見下しているような態度」


「…………」


「見事だ!」


 監督がティアの手を握る。


「こんな演技ができる役者がいたとは!」


「それ……褒めてます?」


「もちろんだ!」


 客席。


 リオがぼそりと呟いた。


「本物だからね」


「ですね」


 ロルフは、何とも言えない顔で舞台を見ていた。


     ◇


 合格。


 しかも、かなり大きな役だった。


「受かった……」


 劇場を出ても、ティアはまだ信じられない様子だった。


「私、受かった」


「受かったね」


「悪徳令嬢で」


「そこ気にする?」


「気にするわよ!」


 ティアが振り返る。


「私、聖女になりたかったんだけど!」


「諦めなさい」


 マルタが即答した。


「なんでよ!」


「向いていません」


「ひどい!」


 リオが笑う。


「いいじゃん。大きい役なんでしょ?」


「そうだけど」


「世界一の女優になるんでしょ?」


「……」


「だったら悪役でも何でもいいじゃん」


 ティアは少し黙った。


 やがて。


「まあ……そうね」


 口元が上がる。


「見てなさいよ」


「何を?」


「悪役だろうが何だろうが、主役より目立ってやる」


「それでこそじゃん」


     

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