いい男③ 伝説の木の下で愛を叫ぶ?
カーライルを発ってから数日。
リオたちは、都市同盟でも有数の文化都市――ニコスへとたどり着いた。
城門をくぐった途端、カーライルとはまるで違う光景が広がる。
石畳の大通りには書店や画材店、楽器店が並び、建物の壁には新刊や演劇を知らせる色鮮やかな張り紙が貼られていた。
広場では画家が街並みを描き、その横では学生らしい若者たちが本を片手に何やら熱心に議論している。
古い石造りの建物。
窓辺を飾る花。
洒落た喫茶店。
並木道を歩く若い男女。
「へえ」
リオは辺りを見回した。
「雰囲気はいいじゃん」
その隣では。
「ああ……」
マルタが胸の前で両手を組んでいた。
「ここが……愛の都ニコス」
「どういうこと?」
リオが首を傾げる。
マルタは信じられないものを見るような顔をした。
「お嬢様。ニコスといえば文芸の都。そしてニコス文学といえば愛。そんなこともご存じないのですか?」
「文芸?」
リオはさらに首を傾げた。
「何それ、おいしいの?」
「…………」
「何よ、その顔」
「本気で仰っているのですか?」
「本気だけど」
マルタは額を押さえた。
「私は小さい頃からニコス文学が好きなんです」
「へえ」
「叶わぬ恋。身分違いの恋。すれ違う二人。長い年月を隔てても、なお互いを想い続ける男女……」
話しているうちに、マルタの目が輝いていく。
「あの切ない愛の物語。何度読んだことか」
「なるほどねぇ」
リオが感心したように頷いた。
「いくら頭の中でシミュレーションしても、現実には一切役立たないんだね」
「……何の話です?」
「恋愛」
「…………」
「二十八年間」
「お嬢様」
「彼氏なし」
「黙れ、洗濯板」
「なんか言った?」
「ニコス文学の一節です」
「絶対嘘でしょ」
少し後ろを歩いていたロルフが、そっと視線を逸らした。
◇
三人が最初に向かったのは、ニコス大学だった。
都市同盟でも指折りの学問の府。
数多くの学者や文人を輩出してきた名門である。
「ここです!」
正門へ着くなり、マルタが声を上げた。
「『春風の君』で主人公とヒロインが初めて出会った場所ですよ!」
「おお……」
なぜかロルフまで感激している。
「本当にこの門なんですね」
「ロルフも知ってるの?」
「有名な作品ですから」
「ふーん」
リオは露店で買った串焼きをかじった。
「で?」
「で、とは?」
「ただの門じゃん」
「ただの門ではありません!」
マルタが即座に反論する。
「主人公が落とした本を拾おうとして、同じ本へ手を伸ばしたヒロインと手が触れて――」
「あ」
リオが突然、横を向いた。
「お嬢様?」
「ちょっと格好いい」
「はい?」
「あの人」
大学の門から、一人の若い男が出てくる。
本を数冊抱えた学生らしい。
「大学生かな」
「話を聞いてください!」
「ちょっと声かけてこようかな」
「行かないでください!」
◇
次に向かったのは、大学の裏手にある庭園だった。
中央には、長い年月を生きてきたことが一目で分かる大きな木が立っている。
その周囲には学生や若い男女、さらには本を手にした年配の夫婦まで集まっていた。
「ここです!」
マルタの声が一段高くなる。
「『ときめきの記憶』に出てきた伝説の木です」
「なにそれ?」
今度のリオは、紙袋から焼き菓子を取り出していた。
「この木の下で想いを告げ、結ばれた男女は、永遠に幸せになれると言われているんです」
「へえ」
「物語では、主人公と幼なじみのシオーリさんが同じ学校へ進学するところから始まります」
ロルフが木を見上げる。
「主人公は、シオーリさんに認めてもらうために頑張るんですよね?」
「そうなんです!」
マルタが嬉しそうに頷いた。
「シオーリさんは勉強も運動も何でもできる、学校中の憧れの存在なんです。主人公は彼女に振り向いてもらうために、勉強も運動も、一生懸命頑張るんですよ」
「それで、シオーリさんも少しずつ主人公に惹かれていって……」
「ええ」
マルタは伝説の木を見上げた。
「卒業の日。今度はシオーリさんの方から主人公をこの木の下へ呼び出して、勇気を振り絞って想いを告げるんです」
「いい話ですよね」
「でしょう?」
マルタはうっとりと微笑んだ。
「私も女学生の頃、そんな恋に憧れたものです」
「……」
リオが焼き菓子を食べる手を止めた。
マルタを見る。
そして。
想像した。
まだ若いマルタ。
女学生らしい服を着て。
頬を真っ赤に染めながら、伝説の木の下で一人の青年と向かい合っている。
『あ、あの……ずっと前から、あなたのことが――』
「ぶっ!」
「……何ですか」
リオが慌てて口元を押さえた。
「ちょっと待って」
「何を想像したのです?」
「駄目……無理……」
肩が震える。
次の瞬間。
「はははははは!」
リオは腹を抱えて笑い始めた。
「なぜ笑うのですか!」
「だって! マルタが! 学生服着て! この木の下で!」
「私にも女学生の時代くらいあります!」
「頬真っ赤にして男に告白してる!」
「何がおかしいのです!」
周囲の観光客が何事かとこちらを見る。
ロルフは困ったように笑った。
「でも、憧れる気持ちは分かりますよ」
「でしょう?」
マルタがすぐロルフを見る。
「ロルフまで?」
「有名な作品ですから」
リオは目元の涙を拭った。
「そんな木の下で告白したくらいで永遠に幸せになれるなら、誰も苦労しないでしょ」
「お嬢様には浪漫というものがないのですか?」
「ない」
「即答ですか」
◇
その後も、マルタとロルフの聖地巡礼は続いた。
『遥かなる恋の中で』で、主人公が若き騎士団長と出会った橋。
悲恋小説の主人公が、戦地へ向かった恋人を待ち続けた広場。
有名な詩人が妻へ捧げる詩を書いたという古い喫茶店。
どこへ行っても、本を抱えて歩く人間がいる。
「ここです」
橋の欄干に手を置きながら、マルタが言った。
「『遥かなる恋の中で』で、主人公が騎士団長に助けられる場所です」
「また恋愛?」
「ニコス文学ですから」
「この主人公も恋するの?」
「もちろんです」
「相手は、その騎士団長?」
「それだけではありません」
「……それだけじゃない?」
「若き伯爵、宮廷魔術師、旅商人、幼なじみ。それから敵国の王子もいます」
「多くない?」
「そこがいいのです」
「……よく分かんない」
リオは焼き菓子をもう一つ口へ放り込んだ。
◇
さらに歩いた先。
マルタが突然足を止めた。
「あ」
「今度は何?」
「ニコス出版です」
大通りに面した、立派な石造りの建物。
ニコス文学を読む者なら知らぬ者はいない、有名出版社である。
「そんなにすごいの?」
「すごいなんてものではありません」
マルタは目を輝かせた。
「ニコス文学の名作の多くが、ここから世に送り出されているんです」
「へえ」
「この辺りには作品の舞台になった場所も多いんですよ」
ロルフが周囲を見る。
古い路地。
小さな橋。
喫茶店。
そこかしこに、本を片手に立ち止まる人々がいた。
「出版社の周りが聖地だらけなんだ」
「そういうことです」
マルタは満足そうに建物を見上げた。
そして、深く息を吸う。
「お嬢様に仕えて、初めて良かったと思っています」
リオが振り向いた。
「初めて?」
「ええ」
マルタは真顔だった。
「わがまま放題、好き放題。快楽主義に放浪癖。そのすべてに付き合わされたおかげで、私は二十八にもなって彼氏の一人もいません」
「それ、私のせい?」
「かなりの部分は」
「でも私、その間に何人も男捕まえたけど」
「…………」
「性格の問題じゃない?」
「黙れ、洗濯板」
「また言った!」
「文学の一節です」
「そんな文学あるわけないでしょ!」
ロルフがとうとう吹き出した。
◇
夕方。
三人は広場の長椅子で休んでいた。
マルタは満足そうだった。
ロルフも満足そうだった。
対して。
「つまんないなぁ」
リオが背もたれへ身体を預けた。
「ニコス出ようか?」
マルタがゆっくり顔を上げる。
「お嬢様」
「何?」
「甘いですね」
「何が?」
マルタの口元が僅かに上がった。
「これからが、ニコスの真髄です」
「まだ何かあるの?」
「演劇です」
◇
その日の夜。
三人は、ニコスでも名の知れた大劇場を訪れた。
赤い絨毯。
磨き上げられた手すり。
幾重にも並ぶ客席。
高い天井に描かれた巨大な絵。
舞台を照らす無数の灯り。
「おお……」
ロルフが感嘆の声を漏らす。
「これはすごいですね」
「でしょう?」
マルタが、なぜか誇らしげに答えた。
リオも劇場内を見回す。
「へえ……これはちょっと面白そう」
「ようやく興味を持ちましたか」
「まだ始まってないじゃん」
やがて客席の明かりが落ちた。
幕が上がる。
音楽。
華やかな衣装。
恋。
すれ違い。
嫉妬。
裏切り。
別離。
そして再会。
俳優たちの声が劇場中へ響き渡った。
気がつけば。
三人とも、舞台から目を離せなくなっていた。
幕が下りる。
一瞬の静寂。
次の瞬間。
劇場を割れんばかりの拍手が包んだ。
マルタは目元を押さえながら立ち上がる。
ロルフも涙を拭いながら拍手していた。
そして。
「……すごかった」
リオも呆然と舞台を見つめていた。
マルタが嬉しそうに振り向く。
「でしょう?」
「うん」
「お嬢様にも分かりましたか」
「分かった」
マルタは満足そうに頷いた。
この時。
彼女はまだ気づいていなかった。
二人の言う「すごかった」が、まったく別の意味だったことに。
◇
翌日。
「今日も行く」
リオが言った。
「どこへです?」
「劇場」
マルタが目を瞬く。
「昨日まで『ニコスを出よう』と仰っていた方が?」
「昨日までの私は昨日までの私」
「便利ですね」
翌日も。
その翌日も。
三人は劇場へ通った。
恋愛悲劇。
喜劇。
歴史劇。
歌劇。
昼の公演を観て、そのまま夜に別の劇場へ行く日まであった。
気がつけば数日間。
三人は完全に観劇三昧の日々を送っていた。
◇
そして、その間に。
リオは二十歳になった。
「ついに!」
宿の部屋で、リオは両手を上げた。
「二十歳!」
「おめでとうございます」
マルタが拍手する。
「これで堂々と飲める!」
「二十歳になって最初の感想がそれですか」
「大事でしょ」
「もう少し他にありませんか?」
「ない」
「即答ですか」
◇
その日の夜。
三人は劇場近くの酒場へ入った。
学生。
画家。
役者。
店内では、そこかしこで今日の芝居について熱っぽい議論が交わされている。
「ああ……」
席につくなり、マルタが満足そうに息を吐いた。
「今日の舞台も素晴らしかったですね」
「うん」
リオも深く頷く。
マルタの表情が明るくなる。
「特に最後ですよ。あれだけすれ違って、それでも互いを想い続けて……」
「分かる」
「分かりますか!」
「うん。すごかった」
「ですよね!」
「あの男」
「…………」
マルタが止まった。
「はい?」
「今日の主演」
リオが身を乗り出す。
「めちゃくちゃ格好よくなかった?」
「……」
「顔もいいし、声もいいし、立ち姿もいいし」
「お嬢様」
「何?」
「私は作品の話をしています」
「私も舞台の話してるじゃん」
「俳優の顔の話しかしていません」
「重要でしょ?」
「重要ではありません!」
「重要よ!」
二人が睨み合う。
ロルフが困ったように二人を見比べた。
「でも、リオ様も感激はされていましたよね?」
「したわよ」
「どの場面です?」
「最初にあの男が出てきたところ」
「最初からですか!」
「あと剣抜いたところ」
「物語は!?」
「見てたって」
同じ劇場へ通い。
同じ舞台を観て。
同じように感激していた。
ただし。
マルタは物語に。
リオは男に。
両者の見解には、大きな食い違いがあった。
「でさ」
リオが杯を置いた。
「どうやったら、あの人と知り合いになれると思う?」
「知りません」
「劇場の裏で待つ?」
「やめてください」
「出演者に知り合いいないかな」
「おりません」
「じゃあ私も役者になる?」
「もっとやめてください」
「何よ。真剣に考えてるのに」
「それが嫌なのです」
その時だった。
酒場の奥から、小さな拍手が起こった。
店の片隅に設けられた簡素な舞台へ、一人の女が上がっていく。
リオは何気なくそちらを見た。
「……ん?」
女は二十歳を少し過ぎたくらい。
長い髪を下ろし、化粧はやや濃い。
衣装も華やかで、リオの知っている女とは随分印象が違う。
それでも。
「……シャンテ?」
思わず口から漏れた。
マルタもすぐに舞台を見る。
「……似ている、どころではありませんね」
「ですよね」
ロルフまで目を丸くした。
パドゥーラに住んでいれば、シャンテを知らない者の方が珍しい。
パドゥーラの歌姫。
街ではエルに並ぶほど、顔も名前も知られている。
その女が髪型を変え、化粧をして目の前に立っているようにしか見えなかった。
歌が始まった。
静かなバラードだった。
切ない恋を歌う曲。
リオの目が細くなる。
声まで同じ。
いや。
目を閉じれば、シャンテが歌っていると思ってしまうほど似ていた。
その時。
昔の会話が、ふと頭に蘇った。
◇
「へぇ、ティファって双子なんだ」
「そうなんだよ」
ティファが笑った。
その横で、父親のジウが露骨に顔をしかめる。
「あいつの話をすると飯がまずくなる」
「お父さん」
「何が『世界一の女優になる』だ。家の仕事を手伝うのが嫌だっただけじゃねぇか」
「もう……」
ティファが困ったように父を窘めた。
「お姉ちゃん、女優になるって言って、ニコスから来た旅の芸人一座について行ったの」
「へえ」
「それから、あんまり連絡なくて」
ティファは少し寂しそうに笑った。
「無事だといいんだけど……」
「名前は?」
「ティアだよ」
◇
リオは舞台の女を見つめた。
――あれか。
確か、ティア。
ティファの双子の姉。
世界一の女優になると言って家を飛び出した女。
歌は続いている。
上手い。
声もいい。
音程も外さない。
ティファと、本当によく似ている。
それなのに。
「……なんだろ」
「どうしました?」
「いや」
リオは首を傾げた。
何が違うのかは分からない。
ただ。
ティファの歌を聞いた時ほど、なぜか心に残らない。
声は同じなのに。
不思議だった。
歌が終わる。
店内から拍手が起こった。
女は慣れた様子で頭を下げ、舞台を降りていく。
リオはすぐに立ち上がった。
「ちょっと行ってくる」
「また男ですか?」
「女よ」
「それなら安心しました」
「どういう意味?」
◇
「あの」
「ん?」
声をかけられ、女が振り返った。
近くで見ると、さらに似ている。
髪型も化粧も違う。
だが、顔そのものはティファとほとんど同じだ。
「さっきの歌、よかった」
「ありがと」
女は慣れたように笑った。
「酒でも奢ってくれるなら、もっと嬉しいけど」
「…………」
リオの眉が僅かに動いた。
「名前は?」
「ティア」
やっぱり。
「ティファの姉?」
ティアの笑顔が少し消えた。
「……あんた、ティファ知ってんの?」
「知ってる」
「どこで?」
「パドゥーラ」
「へえ」
ティアは軽く肩をすくめた。
「まだ歌ってんだ、あいつ」
「歌ってるわよ」
「ふーん」
「パドゥーラじゃ知らない奴いないくらい有名だけど」
「……ふーん」
今度は少しだけ声が低くなった。
リオはティアを眺める。
顔。
声。
どう見てもティファだ。
なのに。
話せば話すほど、猛烈な違和感があった。
そして。
リオは気づいた。
――あ。
――これ、ティファじゃない。
むしろ。
――バーナードだ。
ティファの兄。
酒好き。
女好き。
博打好き。
調子がよくて、口が悪い。
リオとは顔を合わせれば喧嘩になり、何度ティファに止められたか分からない男である。
リオはティアをじっと見た。
――こいつ。
――遊び人だな。
「何?」
「飲む?」
「奢り?」
「最初の一杯くらいなら」
「飲む」
返事が早かった。
◇
しばらくして。
テーブルにはリオ、マルタ、ティアが並んでいた。
ロルフも同じ卓について食事をしている。
「でさ」
ティアが杯を置いた。
「昔っからそうなのよ」
「何が?」
「あいつばっか褒められるの」
「あいつってティファ?」
「そう」
ティアは露骨に顔をしかめた。
「顔は同じ。声も同じ。同じ日に生まれた双子」
「うん」
「なのに歌えば、ティファ、ティファ、ティファ」
ティアは杯を傾ける。
「私が歌っても、『ティファちゃんみたいね』って」
「ああ……」
「同じ顔で同じ声なのに、なんで私がティファみたいって言われなきゃいけないのよ」
「それはちょっとムカつくね」
「でしょ?」
リオにも、似たような経験はあった。
従姉のエルと比べられることはある。
もっとも。
――あんな規格外と比べられてもね。
そう思って、ほとんど気にしてはいなかった。
だが、ティアとティファは双子だ。
顔も同じ。
声も同じ。
しかも二人とも、人前に立つ道を選んだ。
嫌でも比較されるだろう。
「それで家を出たの?」
「家出って言うな」
「違うの?」
「世界一の女優になるために家を出たの」
「ジウは家の仕事したくなかっただけって言ってたけど」
「親父ぃ……!」
ティアが机を叩いた。
「余計なこと言いやがって!」
リオは思った。
――やっぱりバーナードだ。
「見返してやろうと思ったのよ」
ティアは続ける。
「ティファも、親父も、近所の連中も」
「それでニコスに?」
「うん」
「世界一の女優になれた?」
「……」
ティアが黙る。
「なれてないんだ」
「うるさい」
「聞いただけじゃん」
「泣かず飛ばずよ」
ティアは頬杖をついた。
「端役ばっかり。歌えば酒場じゃそれなりに受ける。でも、それだけ」
「芝居は?」
「今度、大きな劇団のオーディションがある」
「へえ」
「今度こそ受かりたい」
ティアは杯の中を見つめた。
「……何が足りないんだろ」
その声音だけは、少し真面目だった。
マルタがティアを眺める。
「少なくとも、見栄えが悪いわけではありませんよね」
「そう?」
「シャンテさんとベースは同じなんですから、悪くなんかないですよ」
「まあね」
「顔立ちは十分整っていますし、舞台映えもするでしょう。それに体型も――」
マルタの視線が一瞬だけ横へ動いた。
リオを見る。
「洗濯板よりは全然あります」
「おい」
「何ですか?」
「今、普通に言ったよね?」
「事実確認です」
ティアもリオの胸元を見る。
「……ああ」
「何よ、その納得した顔!」
「いや。別に」
「殴るわよ!」
ティアが笑った。
やっぱりティファとは違う。
「ねえ」
ティアがリオを見る。
「さっきの歌、どう思った?」
「率直に?」
「率直に」
リオは少し考えた。
「なんか足んない」
ティアの顔から笑みが消えた。
「……やっぱり?」
「自分でも思ってるの?」
「思ってる」
「下手じゃないよ。むしろ上手いと思う」
「うん」
「声だって、ティファとほとんど同じだし」
リオは首を傾げる。
「でも、ティファほど残らない」
「……」
「何が違うのかは分かんないけど」
ティアは杯を見つめたまま、しばらく黙った。
「それが知りたいのよ」
小さく息を吐く。
「今度のオーディション、絶対受かりたい」
そして。
リオたちを見た。
「……ちょっと、手伝ってくれない?」
リオは露骨に嫌そうな顔をした。
「いくらティファの姉妹でもねぇ……」
面倒くさい。
顔にそう書いてあった。
ティアは少し考えた。
「かわりに男を紹介する」
「協力する」
即答だった。
「お嬢様」
マルタが呆れた顔をする。
「安請け合いを――」
「若い役者も何人か知ってる」
「なら、協力します」
「マルタ?」
「何ですか」
「人のこと言えないじゃん」
「知りません」
ロルフが三人を見回す。
「……お二人とも軽いですね」
こうして。
ティアの女優生命を懸けたオーディションに、リオたちも付き合うことになった。
もっとも。
協力者二人の動機は、驚くほど不純だった。




