16話
「なん、で、ここに」
「はは、お前が怯えるなんて珍しいな。なんでここに、か。それは、お前がいちばん心当たりがあるんじゃないのか?」
眉を片方だけ上げて、口だけは笑顔の形を作り彼が言う。それは下手に睨まれただけよりも恐怖心を煽った。
心当たり……『人を探してる』とかいうやつのことか。
「お前を探しに来るのは、恋人として当たり前だろ?」
何と、探していたのは私だったのか。確かに学生時代、彼とは恋人だった。でも、なんで学生時代しか付き合いのないであろういっときの相手をわざわざ……。
「確かに私たちは恋人だったけど、今はあなたも私もそれぞれの人生を……」
「恋人だった?ハッ、笑わせる」
そう言いつつも目は笑っていない。頭の中で警告音が鳴り響く。ああ、私はまた選択を間違えてしまったらしい。決闘する時なら絶対に間違えないのに。
「それぞれの人生って何だよ。俺、言ったよな?もし誰かと幸せに過ごすお前を見たら、真っ先にその心臓にナイフを一突きする自信があるって」
「なあ、何がダメだった?それとも、はじめから俺を見てくれてはいなかった?」
手を固く、ぎゅっと握られる。いたい。
せめて拘束だけは解いてもらおうとするが、上手くいかない。単純な力だけは昔から彼の方が上だ。無意識にドアの方を見やると「助けてもらおうったって無駄だ。あの奥さんには人払いを頼んだから、ここにはしばらく誰も来ないぞ」と彼が言う。
「答えろよ」
「俺の事なんて、どうでもよかったのか?」
鷹のように鋭い赤色の瞳が、私をとらえる。
違う、違うよ。どうでもよかったら、今でもこんなにあなたのことで悩んでなんかいない。
ここで感情的に叫び散らかすと余計なことまで口走ってしまいそうで、つとめて冷静に話す。
「あなたのことが、どうでもよかったわけじゃない。本当に、どうでもよかったわけじゃないんだよ……」
ああ、駄目だ。声が震える。
「私、あなたの邪魔になりたくなくて、足を引っ張りたくなくて」
「足を引っ張る?お前が?」
まるで、有り得ないと言わんばかりの口振りだ。
「誰が見たって不釣り合いでしょう。だから、私、手紙を……」
手紙を書いたのだ、『あなたに迷惑をかけるのは耐えられないから、別れましょう』と。
手紙、と聞いた彼の表情が余計に険しくなる。
「あんな手紙で、誰が納得出来るってんだよッ!!」
それは吠えるような声だった。
どうしよう、私、怒らせたいわけじゃなかったのに。やること全てが、全部上手くいかない。
「今のお前は建前ばっかだな」
前のお前はそんなんじゃなかった、と言外に言われた気がして、怒れるような立場じゃないのにカチンときてしまった。
「君が好きだから言ってるんだよ!!」




