12話
町で貴族とばれると動きづらいからカジュアルな服で来てくれと釘を刺した甲斐あって、彼は軽装でやって来た。脚が長いし小顔だから何着ても似合うのがずるい。何気にいつも学園指定の制服だから、制服以外の姿を見るのははじめてかもしれない。
そう思っていると、目の前の彼がぶっきらぼうに手を差し出した。……これは、手を握れということか。
恐る恐る彼の手に自身のそれを添えると、予想はあっていたようで私の指と指の間に彼の指が絡められてぎゅっと握り返される。所謂恋人繋ぎというやつだ。やはり普通に繋ぐより密着度が段違いで、彼のひと回り大きくてゴツゴツした手に包まれている感じがする。
恋人……恋人か……。
その実感が遅れてやってきて、今更ながら緊張して固まってしまう。いや、本来恋人であるならキスやハグより先にこっちを経験したんじゃなかろうか。順序がおかしくないか。それとも私がウブなだけ……?
「ほら、そんなふうに固まったままだと日が暮れるぞ。俺下町までの道知らないんだが」
彼の声にはっと現実に引き戻される。
そうだ、彼は生粋のお坊ちゃんだった。私が案内しなければ。この恋人繋ぎも迷子にならない為と思えばきっと緊張しないはず。
油をさし忘れたロボットみたいなおぼつかない動きで、彼を下町まで連れて歩く。
恋人ってこれであってるのかな。そんな一抹の不安を残したまま、目的地を目指した。
町は休日というだけあってか、子連れやカップルが多い。
「そういえば、朝食食い忘れた……」
「朝色々あったからね」と言えば「主にお前のせいでな」と頭に軽くチョップされた。なんてことするんだ。
「じゃあ、パンでも買いに行く?」
ちょうどどこからか焼きたてのいい香りがしたから、気を取り直してそう提案すると彼からOKが出た。
案外パン屋は近場にあって、クロワッサンやサンドイッチなどを購入した。広場のベンチに隣り合わせで座る。
まずはサンドイッチから手に取った。サンドイッチにはトマトとレタスとハムとチーズが挟まっていて、食べる度にいい塩梅で味が重なってそれぞれの良さを引き立てる。途中で食べるのに失敗し、レタスだけを引っこ抜いてしまって彼に爆笑されたのはここだけの話。
次にクロワッサンを口に含んでみる。噛むとサクリと音がして、中は雲みたいにふわふわと柔らかい。後から優しい甘みが口いっぱいに広がった。
どれも食べた事のある味のはずなのに、今日のはより一層美味しい気がする。
「ん、意外と美味いなコレ」
ハムスターみたくメロンパンを頬張る姿がちょっと意外で、思わず笑ってしまった。
「なあ、そのクロワッサンひと口頂戴」
そう言われてクロワッサンをそのまま手渡そうとするが、彼は受け取りを拒否した。これがダメならどうしろと。
「してくれよ、あーんってやつ。じゃないとやだ」
なるほど、そう来たか。本当にしょうがない人だなあ。とりあえずそのニヤニヤ顔は腹立つので、是非ともこの前みたいに決闘で顔に水をぶっかけてやりたい。
クロワッサンを少しちぎって、彼の口元まで運ぶ……振りをして自身の口にひょいと入れる。不満げな彼が肘で脇腹をつついてきたので「ぼうりょくはんたーい」と抗議すると「お前がそうしなけりゃしてない」と言われた。
仕方なく次のひと口を彼にあげる。彼はまたハムスターみたいにもぐもぐと咀嚼して飲み込んだ。
「まったく、人使いが荒いね。君は」
「ハッ、お前を困らせられるのなら、別にそれで構わないね」
うわ、性格悪いところ出てる。じと、と睨むが残念ながら効果はない。
「それに…困り果てて可哀想なお前に手を差し伸べてやる時が、いっとう気分がいいからな」
ほんとひねくれてるなあ。素直に「困らせたいけど頼られると嬉しい」って言えばいいのに。そういう持病なんだろう、多分。
そんなことを考えていて、ふと先程まであった緊張がほくれていることに気づいた。
「どうだ、もう緊張はおさまったか」
そう声をかけられて、ひどく驚く。
「何で緊張してたこと、知って……」
「この俺の目を誤魔化すのなんて100年早いってことだよ。どれだけお前を見てきたと思ってんだ」
思っていたより、彼は私の事を気にしてくれていたらしい。なんだか胸の奥がじーんとして、心が羽が生えたみたいにふわふわした。まるで恋をしているみたいな表現だ。
……いや、みたいじゃなくて、これは……。
「ほら、これやるから口開けろ」
「…え、あ、あーん」
急に口にメロンパンを突っ込まれた。せっかく人が考え事をしていたのに、もー。
……ええと、何を考えていたんだっけ?
「これ食べ終わったら、次はどこに行くんだ?」
「あ、じゃあ……雑貨屋に行こう」




