表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/83

9ヶ月


 この微妙な状況。

 叔母は結婚を許してないし、で、二人はまだ、結婚してないし、


 結婚……、してないよね?


 でもって、私、優ちゃんが好き……、たぶん。


 私の高価なティーカップを割ってくれたときでさえも好きだったし


 どんなときも……、たぶん。


 すぐ背後でつまずいて転んでるとか、

 プルトップ指にはめて取れなくなるとか、

 鉛筆1ダース、全部、最後まで削り切っちゃうとか、


 4秒考えただけで、4個もディスれてしまう。

 てことは、単純計算で1秒につき1個なら1時間で600個……、


 いやいやいや。

 私は優ちゃんが好き!


 しかし、この日、7月末の白い病室で、まだまだ梅雨が残る暗い雲に押し込まれた日に、なんだか納得できない家族全員で、タソガレてたんである。


 優ちゃんと妊娠という結果。ずえったい、結びつかない!


 たぶん、中学生の娘がいたとして、その子が妊娠したと聞かされて、家族が納得できないっちゅうか、それに似ている。

 だって、優ちゃんだから。


 そして、最初に動いたのは叔母だった。


「月経ってなんですか?」って聞いてからの1分の空白。


 案外と1分の無言空間って長く感じるもので、忙しい医師がしびれを切らして、なにか言おうとした瞬間。


「優ちゃん」


 静かな、過去に私が知っていた優しい叔母の声が聞こえた。


「なに、ママ」

「毎月ね、生理があったでしょ。あなたの周期からいえば、ママの知っている限りじゃあ、6月12日頃だったわよね。それから、生理があった?」


 優ちゃん、以前よりすっかり日焼けして引き締まった顔になっていたが、動作は同じで、ちょっと首を傾げて。


「ううん? なかった」

「太郎くん、あなた、気づかなかったの?」


 そこ太郎くんに聞くこと?


「え、あの、僕がですか」


 太郎、顔を少し赤くしている。

 筋肉質の体で初々しい。

 ま、知らないよな。


「なかったって思います!」


 断言かい、知ってんのかい。


「そうですか」


 医師が我慢強く答えを求めている。


「では、6月18日が最終だとすれば、おそらく、そろそろ妊娠6週目に入るくらいかな。超音波エコーで調べましょう。手配しますが、それでよろしいですか? ここで出産されるということであれば、救急ではなく産婦人科に」


 とまあ、医師はテキパキと指示して部屋を出ていった。


 妊娠2ヶ月、すぐ3ヶ月。


 空中に、その言葉が大文字で漂って、目に見えるくらいの衝撃で、その大文字をひっつかむように叔母さん、にっこりした。


「太郎さん」


 はじめて太郎くんの顔を見て、品良くほほ笑んだんである。


「あなたのお仕事も大変でしょうから、病院のチェックが終わったら、里帰りさせてもらいますね」


 数分前まで誘拐路線が、いきなりの軌道修正。

 で、里帰り。


 でもって、優ちゃん、まだ正式に結婚してないんじゃなかった?


 太郎くんは中卒で自分に学がないとか言ってたけど、けっして愚かな男ではない。両親を失って高校をやめるしかなく、自らの道を切り開いてきた逞しさと賢さをもっている。


 だから、優ちゃんの傍にきて、


「ありがとう」と頭を下げた。

「私も、ありがとう」って優ちゃん。

「言葉もない」って太郎くん。

「私も」って優ちゃん。

「本当にうれしい」って感極まって太郎くん。

「私も」って優ちゃん。


 時折、私は人間の不可解な行動に驚きを覚えることがある。


 人は誰しも少なからずレッテルをはる。

 というのも、レッテルなしでニュートラルに人と接すると不安になるからだろう。


 この人は、女性で結婚している、あるいは、していない。年齢はいくつ。

 若い若くないからはじまり、さらにレッテルは詳細に細分化されて、はじめて納得していく。


 そうした無意識のレッテルなしに付き合うことができない。


 ヒステリックな人は常にヒステリックであって、そこに知性の片鱗を見つけることなどできないって。

 叔母にレッテルをはっちまった私は、彼女の次の行動に仰天した。


 エンドレスな、それなりに愛らしい二人の会話に切り込んだ叔母は、


「まあ、太郎さん。お礼をいうのはこちらですから」


 おいおいおいって。

 なんなの、この平和な状態は。姑と義理の息子とその娘は。

 でもって、太郎くん、もう一度、今度は叔母に頭を下げて、それから……


「優ちゃん」

「太郎くん」


 お互いに名前を呼んでから、しばらく見つめあった。


 ……


 そして、太郎、ふいに病室から飛び出して行った。


(つづく)


映画「9ヶ月」

1995年公開、米国映画。

妊娠を告げられた青年が父親になるまでの9か月間を描いたコメディ映画

ヒュー・グランド主演。

いい味だしてます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ