9ヶ月
この微妙な状況。
叔母は結婚を許してないし、で、二人はまだ、結婚してないし、
結婚……、してないよね?
でもって、私、優ちゃんが好き……、たぶん。
私の高価なティーカップを割ってくれたときでさえも好きだったし
どんなときも……、たぶん。
すぐ背後でつまずいて転んでるとか、
プルトップ指にはめて取れなくなるとか、
鉛筆1ダース、全部、最後まで削り切っちゃうとか、
4秒考えただけで、4個もディスれてしまう。
てことは、単純計算で1秒につき1個なら1時間で600個……、
いやいやいや。
私は優ちゃんが好き!
しかし、この日、7月末の白い病室で、まだまだ梅雨が残る暗い雲に押し込まれた日に、なんだか納得できない家族全員で、タソガレてたんである。
優ちゃんと妊娠という結果。ずえったい、結びつかない!
たぶん、中学生の娘がいたとして、その子が妊娠したと聞かされて、家族が納得できないっちゅうか、それに似ている。
だって、優ちゃんだから。
そして、最初に動いたのは叔母だった。
「月経ってなんですか?」って聞いてからの1分の空白。
案外と1分の無言空間って長く感じるもので、忙しい医師がしびれを切らして、なにか言おうとした瞬間。
「優ちゃん」
静かな、過去に私が知っていた優しい叔母の声が聞こえた。
「なに、ママ」
「毎月ね、生理があったでしょ。あなたの周期からいえば、ママの知っている限りじゃあ、6月12日頃だったわよね。それから、生理があった?」
優ちゃん、以前よりすっかり日焼けして引き締まった顔になっていたが、動作は同じで、ちょっと首を傾げて。
「ううん? なかった」
「太郎くん、あなた、気づかなかったの?」
そこ太郎くんに聞くこと?
「え、あの、僕がですか」
太郎、顔を少し赤くしている。
筋肉質の体で初々しい。
ま、知らないよな。
「なかったって思います!」
断言かい、知ってんのかい。
「そうですか」
医師が我慢強く答えを求めている。
「では、6月18日が最終だとすれば、おそらく、そろそろ妊娠6週目に入るくらいかな。超音波エコーで調べましょう。手配しますが、それでよろしいですか? ここで出産されるということであれば、救急ではなく産婦人科に」
とまあ、医師はテキパキと指示して部屋を出ていった。
妊娠2ヶ月、すぐ3ヶ月。
空中に、その言葉が大文字で漂って、目に見えるくらいの衝撃で、その大文字をひっつかむように叔母さん、にっこりした。
「太郎さん」
はじめて太郎くんの顔を見て、品良くほほ笑んだんである。
「あなたのお仕事も大変でしょうから、病院のチェックが終わったら、里帰りさせてもらいますね」
数分前まで誘拐路線が、いきなりの軌道修正。
で、里帰り。
でもって、優ちゃん、まだ正式に結婚してないんじゃなかった?
太郎くんは中卒で自分に学がないとか言ってたけど、けっして愚かな男ではない。両親を失って高校をやめるしかなく、自らの道を切り開いてきた逞しさと賢さをもっている。
だから、優ちゃんの傍にきて、
「ありがとう」と頭を下げた。
「私も、ありがとう」って優ちゃん。
「言葉もない」って太郎くん。
「私も」って優ちゃん。
「本当にうれしい」って感極まって太郎くん。
「私も」って優ちゃん。
時折、私は人間の不可解な行動に驚きを覚えることがある。
人は誰しも少なからずレッテルをはる。
というのも、レッテルなしでニュートラルに人と接すると不安になるからだろう。
この人は、女性で結婚している、あるいは、していない。年齢はいくつ。
若い若くないからはじまり、さらにレッテルは詳細に細分化されて、はじめて納得していく。
そうした無意識のレッテルなしに付き合うことができない。
ヒステリックな人は常にヒステリックであって、そこに知性の片鱗を見つけることなどできないって。
叔母にレッテルをはっちまった私は、彼女の次の行動に仰天した。
エンドレスな、それなりに愛らしい二人の会話に切り込んだ叔母は、
「まあ、太郎さん。お礼をいうのはこちらですから」
おいおいおいって。
なんなの、この平和な状態は。姑と義理の息子とその娘は。
でもって、太郎くん、もう一度、今度は叔母に頭を下げて、それから……
「優ちゃん」
「太郎くん」
お互いに名前を呼んでから、しばらく見つめあった。
……
そして、太郎、ふいに病室から飛び出して行った。
(つづく)
映画「9ヶ月」
1995年公開、米国映画。
妊娠を告げられた青年が父親になるまでの9か月間を描いたコメディ映画
ヒュー・グランド主演。
いい味だしてます。




