ジェネラル・ルージュの凱旋
救急病院に到着した午後3時。
受付で案内を請うと、優ちゃん、緊急入院していた。
救急病棟がいっぱいで、今は一般病棟に移動したとテキパキした事務員に言われ、オババとともに向かった先の個室。
扉は開いていて……。
覗くと、太郎くんがイスでうなだれ、優ちゃんはベッドで眠っていた。
顔は……。
優ちゃん、日焼けで色黒になり、かなりやつれているって。思わずオババと顔を見合わせた。
「太郎くん」
はっとした表情で太郎くんが立ち上がり、それから深く深く頭を下げた。
「なにがあったんです」
オババが聞きいた。
「あの、畑で、すみません。僕が悪いんです……、優ちゃん、畑で、こっちを見たと思ったら、顔が真っ白になっていて、それから、よだれ流して倒れて、意識を失ったんです。俺、おれ……」
「医者はなんと?」
「血液とか尿とか検査中で、結果はまだで。あとでCTスキャンとか必要かもしれないと」
「そう」
「すみません、俺が悪いです。すみません」
「勝江のほうには連絡は?」
「しました」
「電話か」
「あの、いえ、メールを」
オババの顔が曇った。
少しして、看護師が入ってきた。
「優子さんのご主人」
「はあ」
「受付に電話が入っているんですが」
「僕に? 誰ですか」
「それが、聞き取りにくくて」
その言葉に重ねるようにオババが聞いた。
「相当、取り乱した、年配の女性の声ですか」
「そうです」
「なんと言うてますか?」
「それが、名前を、優ちゃん、優ちゃんと、それから、なんか、殺すとか、聞きまちがいとは思いますが」
叔母だ、間違いないから。
「太郎くん、私がでよう」
「あの」
「任せておきなさい」
「すみません」
「アメ!」
「は!」
「第2次厳戒態勢じゃ」
第2次? ちなみに第1次は、いつですか?
で、叔母は病院までの道に迷ったらしく、オババは舌打ちしながらも、病棟受付の電話を借りて応対した。
「もしもし、ええ、私です。どうしたの……、わかってます。優ちゃんですが、いま、入院中で……。大声を出さなくても聞こえますから。そうです、ここへ来るつもりなら、頭を少し冷やしなさい……、え? 冷えてる? それはあなたの思い過ごしです」
しばらく黙して受話器の向こうの声を聞いていた。
頭だけピコピコうなずいている。
「道に迷っているの。方向音痴はなおらないわね。え? バカなんて、私、言ってませんよ。心でも思っていません。そんな、八百屋さんがあっても、どこの八百屋かなんて、私に、わかる訳ないじゃないですか」
オババ、苛立ちはじめてる。何回も八百屋って言ってる。
「八百屋が右側って、それ、左だって同じです。わからないわよ。あなた、だから、八百屋の先に電信柱がある? どこにだって電信柱も八百屋もありますって。タクシーを拾って、病院名を言えば来ることができます。え?……、迎えが欲しいって? アメさん? そりゃ、いますが」
オババ、病棟受付の電話で話しながら、こちらを見た。
私、頭が千切れるかってほど左右に振った。
「アメさんは無理ですよ。いま、トイレに行ってます。当分、帰ってこないでしょう。それに運転、下手ですからね。それこそ、ここに来れませんから」
ト、トイレって、もうちょっと品のいい選択はなかったんかい。
「いいですか、最寄りの駅まで……え? そうその駅よ。駅まで戻ってタクシーに乗りなさい。それが1番早いから」
来るんだ、叔母。やはり来るんだ。
今後の予想がつかず、私、ちょっと暗澹たる気持ちで。
オババと叔母は姉妹ながら、物事に対する処し方も、見る方向も、考え方も、全て違って相容れない。それは悲劇というより、喜劇に近い。
で、ビクビクしながら、私、いっそトイレにこもろうかって思いながら病室に戻った。しばらくして、廊下から不穏な空気が流れてきた。
予想通りの叔母だけどね。
まるで決闘直前のリングに登るプロレスラーのように現れた。
鼻息があらく、紅潮し、肩を怒らせ。プロレスラーのような派手なガウンを着て、ハーフパンツで、タオルを首から下げてないのが不思議なくらい。
病室にいた誰もが、戦う相手は誰? って感じちゃったわけ。
オババか太郎くんか、私かって。
で、すかさず、私、セコンドの位置をキープした。
オババの影だ。
そしたら、なぜかオババも、私の後ろに移動しようとしてて。
だから、私、過去に、これほど姑を立てたことないってくらい、姑を立てたから。
同じ勢いでオババ、嫁を立てようってしてて。
第2次厳戒態勢って、誰かの影に隠れることかって、オババとの無言の圧力のなか感じていると、いきなり太郎くん、一歩前に踏み出した。
その勇気、蛮勇とも呼ぶ。
おもわず、私とオババ、「おお」って声が漏れてた。
「申し訳ございません」
太郎、必死のお詫びのポーズ。
上半身、180度に曲げて、頭、膝にくっついてるってくらい曲げてる。
(つづく)
映画「ジェネラル・ルージュの凱旋」
竹内結子・阿部寛主演
海堂尊氏の第ベストセラー小説の映画化です。
医療ミステリー『チーム・バチスタの栄光』の続編。なぜ、こちらの作品をと思われた方。堺正人さんが最高の演技をして、主役が霞んでしまったからです。小説も、こちらのほうが好きだったという個人的な理由もあります。




