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スピード


 遠足前の晩のように、朝が待ち遠しかったのは久しぶり。

 家族が出かけ、軽く掃除と庭の手入れを済ませて、すぐに、私は車のハンドルを握った。


 ふふふふふ……って、口元には不敵な笑いが浮かび、

 思わず左手でガッツポーズ!


 昨夜、眠るまえに、はっと気づいた。

 最強の姑、オババの弱点を得ることができる千載一遇のチャンスなんだと。


 間違いないって、女の勘が言ってる。

 叫んでる。

 警鐘鳴らしてる。

 ガンガン言ってる。


 それは、叔母の夫。オババの妹の夫、叔父。

 何かある。ぜったい間違いない。


 今だ。ここで動かないで、どこで動くか。


「おっはようございま〜〜す」


 て、オババの家のチャイムを鳴らすと、玄関扉が開いた。ふふふふふ……って、笑顔が自然にでてくる。


「おはよう。今日は顔色がいいわね」

「え? そうでっか」

「まあ、入りなさい」


 キッチンからはコーヒー豆を挽く、いい香りが漂ってくる。


「私が来ることを予想してコーヒー豆を挽いてくださったなんて」

「と、ま、言いたいところですがね」

「ちがうんですか」

「これから、戦争よ。そのための武器を準備してたんです」

「コーヒーが武器」


 オババが笑った。

 例の不敵な片方の口元をあげる笑いかたではなく、口もと全体がお椀型に引き上がる、普通のって、オババの笑い方、普通じゃない。


 なんか変。


 オババ、どこかソワソワしている。

 そして、時計を見た。


「誰か待っているですか」

「待ってますよ」

「私じゃなかったんですね」

「ですね。あなたはオマケってところ」


 オ、オマケぇ〜〜。

 すんませんな、オマケが先に来て、そいでもって最上級のコーヒー、先に飲んでいて。


 静かだ。


 オババ、時計を見ている。


「何時に来る予定ですか、その誰かさんは」

「来ないわね」

「へ?」


 ニッと片方の唇をあげて、オババは笑うと、それから、「さて、どうするか」と呟いた。


「もしかして、叔父さんが来る予定だったとか」

「勝江がね。こっちに来ると連絡してきたんですよ。わざわざ、また私のところへ来るってことは、おそらくね」

「そう、で」

「来ないわね」


 と言ってから、オババ、急に慌てた。


「チッ! しまった。アメ、運転、すぐに太郎くんとこ行くわよ」

「へ?」

「もたもたしない。あっちに行ったわ。あの男がでてきちゃ、太郎くん、とても勝てない」

「はっ?」


 なにがなんだか理解できない。

 すでに朝の達成感はどこへやら、相変わらず何も理解できずに運転席でハンドルを握るハメになった。

 オババ、スマホで優ちゃんに連絡してる。


「優ちゃん、ママは来た。……そう、まだ……。太郎くんは……畑。わかった、優ちゃん。私が行くまで誰がきても玄関ドアを開けちゃだめよ。すぐ行くから、待ってて……、そう、ママとおそらくパパが行く……。もう一度、伯母さんの言ったこと繰り返して。そう、いい子ね。……ともかく、ドアを開けない。繰り返す」


 オババ、うなずいてからスマホを切った。


「急ぐのよ、アメ。優ちゃんのことだから、長くは持たない」

「でも、1時間半以上はかかります。渋滞してたら、もっと」

「高速なら、30分以内よ」

「え? 高速は無理です」

「行くわよ、空飛ぼうが何しようが、かっ飛ばしなさい!」

「高速には覆面ふくめんパトがいますから」

「そんなものは空想です」


 覆面パト、空想じゃないから。学生時代に悪友、捕まったから。


 今まで、太郎くんの家に行くのに高速を使わなかった。

 使えば早いが、怖いんだ。

 超安全運転だから、私、安全すぎて危ない。


 にしても、オババの慌てかたがひどくて……、結果として、ETCゲートを通過して高速へ入る道を運転していた。

 この先、最も苦手な合流地点が待っている!


「行っけーー」ってオババ。


 ええい、黙らんかぁ。

 合流地点に差し掛かる前のカーブ、おっかなびっくりの20キロ。


「アメ、スピードメーターが壊れているのか、それとも、アクセルを踏んでないのか」

「たぶん、メーターが壊れていて」

「後ろから来た車が追い抜いてる」


 わかってるって。だって、あいつ、追い抜く時、窓から中指を出しやがった。


 で、もう直ぐ、最難関の合流地点。


「やはり、国道にすべきで……」

「今更、道は一本。これを行かずに、優ちゃんの結婚がダメになります。なんとしても急がなければ」


 なんて言ってる間に合流地点に近づいてきた。


「アメ、ウインカー出して」

「は!」

「違う、左じゃない、右」

「は!」

「スピード、まだ、20キロ、上げろ!」

「は!」

「30キロ、亀か!」

「は!」


 スピードって映画、あったね。

 はた迷惑な爆弾魔がバスに爆弾をしかけ時速50マイルを下がったら爆発って、ちな50マイルって時速80キロだから。


 キアヌ・リーブス、素敵だったぁ〜〜〜。


 で、今こそ、キアヌ。ここで運転かわるべきところ。

 私からハンドル奪っていいから。なんでも許すから、頼む!

 合流地点に近づいている。


 やだやだやだ、絶対むりだって、


 キアヌ〜〜!!。


 いろんな車が、ビュンビュンって、ありえない速度で走ってる。

 みんな、車に爆弾仕掛けられてんのかってスピード。


 全員、違反だから、覆面パト、仕事しろ!

 私が、流れに入れんじゃないか!

 今だけでも、サイレン鳴らせ!


 うおおおおおお、合流地点!


 入れない。


 運動会の大縄跳びで、毎回、紐を踏んでリズムを崩した私。

 ごめんよ、同級生たちよ。


 高速道路、大縄跳びの神域だ。


 あの流れに乗るなんて、神か。

 私は神じゃない!


「なんで停まった!」

「いえ、あの、合流前に一旦停止を」


 オババ、静かに首を振った。


「いいか、私の合図で、思いっきりアクセル踏め! 私が見る」

「は!」


 オババ、片手を運転席にかけ、半腰で背後を見た。


「今だ!」


 アクセルふかした。

 すごい勢いで車が高速に合流した。

 スピンするくらいの速度だ!


「で、で、できたぁ」

「ええい、自動車教習所からやり直せ!」

「は!」


 てな、ちょっとした事件もあったが、なんとか太郎くんの家に到着した。


「アメの運転で、もう、2度と高速には乗らない」と、オババ。

「それは賢明なご判断かと」


 オババ、遠くを見て、それから、黙った。

 土埃が立っている。

 長閑な場所には不似合いなクラシックカーがこちらに向かっ来ていた。


 すごいスピード。

 爆弾を仕掛けられたんかな……?


(つづく)


 映画『スピード』


 キアヌ・リーブス主演の大ヒット映画です。

 アクション映画が下火になっていた1994年公開。大好評で迎えられ、アカデミー賞2部門受賞し興行収入ウハウハの映画になりました。


 ともかく、爆弾をしかけ、爆弾をしかけ、そして、また別の場所に爆弾しかけって、爆弾オンパレードで、どんだけ爆弾好きなんだって物語で、それでもって、どうこれをクリアしていくかってな内容であります。

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