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北条政子



 オババの墓碑銘を建立するとしたら、こう書き記す。


『世に出ることもなく、人知れず塵となって消えた女傑、ここに眠る』


 戦中戦後の時代、オババのような人にとっては、生まれた時期も、生まれた場所も、生まれた家も悪かったのであって……。


 例えば、源頼朝の妻北条政子。

 頼朝の死後、源家および北条家を取り仕切った尼将軍で、女傑として歴史に名を残した。


 実際に、浮気相手の家を家来を使って完膚かんぷなきまでぶっ壊した豪快な女傑で、そりゃ、今なら重機で愛人宅を更地さらちにするようなもの。


 頼朝が苦虫にがむしかみ潰しながらも、家来の手前、平気な顔してたんじゃないかって、ほくそ笑みたくなる。


 もし、北条政子が終戦間際に庶民の家で生まれ、終戦直後に子ども時代を過ごし、女性は家を守るという規律で成長したなら、普通の専業主婦なんだろう。愛人宅をぶっ壊したりしただろうけど。


 そういう時期、そういう生まれ、そういう場所という事こそ、運命かもしれない。


 オババは女傑。

 なりそこねた北条政子。


 ときどき、私はオババを見て、うら悲しい気分になる。

 生まれる場所と生まれる時を間違え、その膨大なエネルギーを持て余しているのだろうと。


 そのオババが、あの男と呼ぶ、妹の夫。


 私にとっては義理の叔父にあたる。

 その関係は謎めいているって、私、悟っちゃったんであって、

 うどんを口に入れたまま、つい口走った。


「ふにゃじさんって、どんなゃ、ふにゃ?」

「うどんを胃に押し込んでから、もう一度、言いなさい」


 いや、このうどん、イケてるから!


 大根おろし、いい仕事している。もったいないなんて思いながら、大急ぎでうどんを押し込んだ。

 私は口元を手の甲でぬぐって、


「叔父さんって、どんな人です?」って、再び聞いた。


 午後7時を過ぎ、外は暗くなり周囲では物音一つしない。


「ま、一言で言えば、いけ好かない男ですよ」


 オババ、片方の口もとを皮肉にあげて笑った。


「あの男は、私の高校の同級生でね。頭はキレましたが、不良でしたね。女子にモテましたよ。当時は不良、一番人気でしたから。運動神経は抜群で、本気で走れば学校で一番。でも走らない。運動会をすっぽかして、どっか悪いところへ行くような、そんな男子生徒でね」


 叔父とオババが同級生って、それは初耳だった。


「遊んでいたわりに、受験ではサクっと難関大学に合格して、何にしても嫌味な男です」


 オババはあまり人の悪口を言わない、言うときは直接、本人に向かう。

 その犠牲者は私であって、さんざん言われてはいるが、サラっとしているので後味は悪くない。

 またぁ〜〜ってな気持ちでトイレで流す、てか流さんとやってけない。

 トイレ大忙し。


 だから、驚いた。


 オババの声にいくばくかの憎しみを感じたから。


 厄介な妹、私にとっての叔母だが、彼女をないがしろにして、浮気している叔父は、自宅に帰ってこない。

 そんな叔父に、何か、一定以上の含みがあると感じたわけ。


 女の勘、鋭い。

 男たちよ!

 妻という種族は、浮気をした場合、必ず発見する。

 ドブさらいしてでも、見つける。


 その後の対応は違うけど。

 黙って包丁を研いでるか、あるいは、泣き叫ぶか。


 ……


「あの男」と、オババが言ったとき玄関で鍵が外れる音がした。


 オババの家のキッチンは玄関を入って、廊下を経た手前にキッチンがあり、その先は畳敷きの客間。


 魚の生臭い匂いが、ぷ〜〜んとしたと思ったらオジジが帰ってきた。


「あら、早かったわね、うどんがありますよ」ってオババ。

「こんばんは」と私。


 だから、叔父について、それ以上は聞けなかった。

 それを機に自宅へ戻った。



 優ちゃんと太郎くんの今後も大事だが、私、同じレベルでオババの過去を知りたくなった。


 で、聞いたんだ。

 この場合、一番知っているだろう、そして、オババと最も親しい男に。


「ねぇ、オババと叔父さん、同級生だったんだって?」


 オババの息子であり、私の夫という一人二役のボケ!


「へぇ、そうだったのか」って


 ほんっと、役に立たんわ!!


(つづく)

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