表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/83

大誘拐

 叔母が、ブリブリしながら帰ったあとで、私、オババに詰め寄った。


「いったい全体、オババさま」

「なんですか」

「言葉がありません。嘘だったんですか? 優ちゃんを結婚させないと将来的に困るって言ったのに、やっぱり、叔母さんの味方だったんですか」

「アメ、気持ちは変わってませんよ。さあ、ちゃちゃっと、おウドンでも作って腹ごしらえしましょう。今日は長い1日だったわね」


 その声には疲れが滲んでいた。

 で、オババと私、キッチンに。

 ん? どうしてこうなった。


「そういえば、お義父さんは」

「釣りよ。最近は夜釣りが趣味でね。夕刻になる前の4時くらいから出かけることがあって、おいおい帰ってくるでしょう」


 ウドン汁のダシを取っている間、私はオババに渡された大根を洗った。


「10億なんて途方もない金額、太郎くん払えるわけないじゃないですか」


 オババ、例の得意の笑顔で、片方の唇を皮肉にあげた。


「馬鹿ね。だからいいんじゃないの、なまじ3500万円なんて、可能かもしれない金額じゃ困るんですよ。一人で贅沢ぜいたくもせず生きてきた太郎くんですから、貯金を持ってるかもしれません。農地を売って、自宅を売ったら3500万円。作れるかもしれません」

「だからこそ」

「あなたの頭は、どうも脳みそが全部に行き渡ってないんじゃないかと、ときどき不安になることがあります」


 あ、ぴ、ぷ、ぺ、ぼ?


 これ、アホの婉曲的表現?

 アホって言われた?


 チッ。ならアホで逃げる手を使って……。


「豆粒大かと」

「そうですか、そこまでとは、まあ、疑ってましたが」


 否定して!

 そこ否定するとこ!


 ザックリと大まかに大根を切り、それから、包丁を灯に照らしてみた。切れ味の良さそうな刃をしている。


 私がニッと笑うと、オババもニッと返してきた。


「可能な金額ってことでは困るんです」


 大根、ザックリ! 

 まな板、木製で切れ音がいい。

 包丁で大根を切る音が不気味にいい音だしてくれて。


 ザックリ、トン! ザク、トン! ザク、トン!


「面白い切り方で、大根おろしをつくるのね」ってオババ。

「は! これでミキサーを使って大根おろしに」

「なるほどね。問題はウチにはミキサーがないってことです」

「え?」

「じゃ、大根おろしを、どうやって」

「手でおろします」


 オババ、大根おろし器を手渡ししてくれた。


 早く言わんか。小さく刻みすぎたじゃないか。

 オババ、ニッと笑った。私もニッと返した。包丁がキラリと光ってるから。


「もし、勝江が民事裁判所に訴えてもごらんなさい。で、あれはやりかねないんです」

「民事裁判?」

「スマホ」


 かなり小さく切った大根をおろしているので、手が大根汁で濡れいる。


「ほら、あれよ、あれ、イビキみたいな名前の会社、グーグーでしたっけ?」

「グーグル」

「そう、それで。親子の民事裁判って調べて」


 濡れた手をふきんで拭い、Google検索した。


「親子で民事ですか?」

「あるはずよ、そういう裁判って、きっと」

「た、確かにあります」

「やはりね。だからこそです。3500万円なら、弁護士も相手をするかもしれません。でもね、10億円って言ったら、相手にする弁護士も、もっと言えば裁判所なんてありませんよ。大富豪の話じゃありませんからね。庶民ですから」

「確かに、グーグルでも親が子を訴えるって難しそうです」

「そう、10億円なら間違いなく相手にされません。うすら笑いで終わります。丁寧にお引き取りくださいって狂人扱いですよ」


 オババ、ニッと笑った。

 私もニッと返した。


「じゃあ、いくらでもよかったですか。35億でも」

「いえいえ、10億がよかったんです」

「10億に戦略でも」

「昔ね、『大誘拐』って映画を見ましたよ。その主人公が豪快なお婆さんで、いつか同じことやってみたくてね。映画で彼女、自分の身代金を100億って言い放ったのよ。で、まあ、大誘拐の真似して。ただ同じ額じゃあね。作品にリスペクトを込めて、10億に下げておいたんです」


 そ、それ? 10億の根拠? そこ?


「は、はあ」

「それに、どうせ、これは勝江の考えじゃないでしょうし」

「え?」

「勝江相手なら100戦100勝です。問題はないですが」

「……」

「こういうことを言い出す相手は想像がつきます」


 いえ、全く想像がつかない。

 叔母以外にも敵がいるっての?


「いいですか」と、オババ

「勝江は直情的で感情的で。なのに太郎くんの家に殴り込みいかなくて、こっちに来るなんて、あの子らしくない。やり方が狡猾こうかつというか、戦略的です」

「……?」

「あの男が出てきたんです」

「あの男?」


 あの男って言ったとき、オババにちょっと動揺みたいなものを感じた。

 あの男。英語なら、「the man」。

 このニュアンス、なんか覚えが……。


「優ちゃんの父親ですよ」

「叔父さんって、家に帰ってきてないっていう叔父さんですか」


 叔母の夫、叔父には結婚式以来、会っていない。

 あまり記憶にないが、確かオババと同じ年齢の洗練された紳士だったような。


 自分の結婚式って、周囲の人に構ってられないというか、ほとんど見てなかったんだけど、それでも叔父は印象に残っている。


 一瞬で強烈な印象を与える、そんな男だった。


 大勢の人がいても、人々が自然に目が行くって、そういう人っているじゃない。

 オババの夫であるオジジとは真逆の雰囲気だ。

 ごめん! オジジ、いい人だから。穏やかで真面目で。


「出てきたんでしょうよ」

「叔父さんが」

「どうせ、勝江よ、あらゆるところへ泣きついて、夫にも連絡したのよ。あの男、冷たい人間ですが、優ちゃんの父親ではあるわけですから」


 なんか、オババの声に棘がある。

 あの男って、まるでシャーロックがアイリーンを呼ぶような、そんな特別な響きがあって、密かに私、震えた。


 で、あの男って。

 いやな予感しかしないんですけど……。


 オババ、ニッと笑った。で、私も恐る恐るニッと返した。


(つづく)


 ************

映画『大誘拐』1991年公開

山林王で柳川家当主である柳川とし子、小柄な82歳の老女です。

この老婆を誘拐して5000万円の身代金を要求しようとしたチンピラは、豪快な老女の計画に乗せられ、国家権力とマスコミを手玉に取って100億円を略奪することになってしまいます。

爽快、痛快、大爆笑のストーリーです。

2018年年末にもテレビドラマとして制作されました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ