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見習い魔法使いと魔王の眷属  作者: また太び
第1章 雨に沈む街
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色欲の大罪魔王シュピナー

その場所は長テーブルの上にある蝋燭の灯りだけが満ちる空間だった。蝋燭の灯りだけで分かる周りの情報は限られており、下は刺繍が施された赤い絨毯だけ。そしてテーブルの端と端に椅子が一つずつ置かれ、そこにはヴェルミィーナと紫色の長い髪を流し、赤い瞳で蝋燭の灯りを眺める色欲の大罪魔王シュピナーがいた。



「戦争ねえ………」



ヴェルミィーナと色違いのドレスを着ているシュピナーは何もない空間に手を振ると、どこからともなく影のような真っ黒の執事が現れ、シュピナーの前に紅茶を置いていく。



「気になるのか?」



シュピナーの呟きにヴェルミィーナは片目をあげて言葉を拾う。



「別にぃ?もうあなたとの付き合いも随分なものだし、今更どうこうするつもりはないわぁ。レイネのような話をわざわざ他の魔王としてやるつもりはもちろんないけれどぉ」


「あやつは魔王とは言え、元はと言えば水の精霊ウンディーネだからな。初めから人型の魔物はどうも会話というものが大好きと見える」



この空間はカイルの心象風景のようなもので、魂だけとなったヴェルミィーナと彼女に食われて同じく魂だけのシュピナーはこうしてこの空間を通じ、外の世界を彼の目を通して見ている。


シュピナーもヴェルミィーナと同様に力は制限されてしまうが、カイルの身体から出ることも可能なのだが、どうやらヴェルミィーナと同じく彼の見る世界が好きなようで、今もこうして彼女と共に飽きない生活を送っているわけである。



「あたしとあなたは最初から潰し合ったし、その考えは全く理解できないわねえ……」


「同じイシュトパルドに陣を構える魔王同士潰し合うのは見えていたことだろうに。それでシュピナー。この事態をそなたはどう見る」


「見るもなにも勝手にやらせておけばぁ?少なくともあたしとあなたがいれば他の魔王の後手に回るということはまずありえないと思うのだけれど?」


「同感だな。今のところは様子見ということでいいか」


「南とレイネ以外の大陸に住む魔王は全員手を組んだことには驚いたけれど、強いて警戒すべき相手をあげるのなら憤怒程度でしょ?傲慢も強欲も嫉妬もあたしとヴェルミィーナの敵じゃないわよ」


「それが慢心にならなければ良いが……」


「竜族の長らしくないわねえ………まぁ、確かにまだ他の魔王の素顔すら見えていないこの状況下で慢心するのは良くないかもしれないわね」


「お互いいい加減玉座に座るのも飽きたであろう?ならば、此度の戦いは我が弟の駒となって戦うのもまた一興ではないか?」


「ええ、それに乗った。それにこの子の未来も気になるしね」


「あぁ、こやつの姉に託された願いを我らの力で叶えてやろうではないか」



もはや数千年の付き合いになる友の提案にシュピナーは快く答える。



「ところでシュピナー。いい加減そなたも外に出てみたいとは思わんのか?」


「ん~たまに運動がしたくなったりするけれどぉ………正直まだその時ではないと思うのよねえ……」


「あくまで色欲の大罪魔王シュピナーはヴェルミィーナに食われて死んだということにしておくのか?」


「それがいいと思うのよ。一応あの大戦時あなたに色々作戦の助言をしたり、こっそり部下のサキュバス達を使ってあれこれさせてたけど、今回の場合あまり表立って動くと他の魔王にバレて余計にカイルが動きにくくなってしまうわ」


「シュピナーも自由に動けるとなれば逆に牽制にならないか?」


「なると思うけれどぉ……その代わり確実にこちらを殺せる戦力を整えて来るわよ?」


「むぅ………」


「だからぁ、今はこうしてあたしは優雅にお茶を楽しみつつカイルの見る世界を眺めるだけでいいの」


「そなたがそう言うのであれば余はもう何も言わないが」


「それにぃ、あたしを入れるに丁度いい器なら既に見つけているからあなたは何も気にしなくていいわ」


「ほう?今度紹介してくれ。そなたのお目にかなう相手とは是非見てみたいものだ」


「ふふ、びっくりすると思うわよぉ?まぁでも、あたしとヴェルミィーナは一心同体だから器の中に入ったとしてもどちらかが死んだらどっちも死んじゃうから派手なことは出来ないのだけれど」


「難儀なものよなぁ」


「仕方ないわぁ。本来あたしは死んでいるもの。でも、あなたが魂まで食わないでくれたおかげで今もこうしてあなたと会話も出来るし、新しい時代をこの目で見ることも出来ている。感謝するわぁ、ヴェルミィーナ」


「なに、同じイシュトパルドに陣を構える余と貴様の仲だ。気にするな」



微笑んだヴェルミィーナは執事を呼び、グラスの中にワインを注がれて行くのを見ながら『奇妙な話だ』と言って話を続ける。



「一体我々を争わせるよう言った奴は誰だったか」


「ん、そう言えばなんであたし達って戦っていたのだっけ」


「大罪が一つになったその時、その魔王は全ての地を統べる神になるとか、そんな話ではかったか?」


「そうだけどぉ………あなた、それ誰から聞いた?」


「む?確か…………――――むむ?一体余はその話を誰から聞いたのだ?」


「あなたも記憶がないの?」


「も――ということはそなたもか」


「あたしだけ忘れているのかなぁと思って今まで口にしなかったのだけれどぉ、あら、本当に一体誰がそんな与太話みたいなことを」


「………きな臭いな………我々を戦わせ、漁夫の利を得ようとする者が数千年も前からいたようだ……」


「そして決着がつかなかったから今度はこの時代でやろうとしている」


「そう見て間違いないだろう……しかし、賢者の封印を破り、我々を転生させた奴は何者なのだ……」


「相当力がある奴と見ていいわぁ……」


「注意はしておくか。カイルに接触してくるとも限らん」


「そうねぇ。彼が会う人物は徹底的に調べた方がいいわぁ。ヴェルミィーナもそれでオッケー?」



ヴェルミィーナとシュピナーは意見が一致したことを確認しあい、カイルのために深く頷いた。





「ただいま戻った」


「あ、おかえり~。どう?魔法石あった?」


「おかえりなさい、カイルさん」


「あぁ、2人ともただいま。ほら、言われた通りの魔法石だ」


「わぁ!流石カイルね!!ありがとう!!」



今度カリンと飲みに行くという約束をする代わりに治療をして貰ったカイルは、ミレイとフィオナが待つアトリエが帰ってくる。

本を読みながらカイルの帰りを待っていたミレイは、目の前に置かれた袋いっぱいの魔法石を受け取って至福を笑顔を浮かべ、彼に礼を言う。



「そしてフィオナ。アクセルの育成に役立つと思って魔物の肉も剥ぎ取って来た。冷凍しておいたから、エサの時間になったら解凍して使ってくれ」


「ほんとですか!?ああ、あありがとうございますう!実は相当困っていたんですよ。私はまだまだ未熟者なので魔物もろくに倒せませんし、かと言って日頃から私と師匠の護衛をしてくれているカイルさんに頼むのも気が引けていたので……」


「フィオナが気にする必要はない。これからも足りなくなったら言ってくれ。魔物を狩るのは本業だからな」


「はい!その時は是非に!」



カイルから肉が入った袋を受け取ったフィオナはきゃっきゃとアクセルと一緒に喜び、早速肉を取り出してアクセルにエサをあげるようだ。



「なぁミレイ」


「ん?なにかしら」



袋から魔法石を取り出して邪魔な岩を道具を使って取り除く作業を始めたミレイにカイルは話しかける。



「少し暇をいただきたい」


「休暇?何かするの?」


「以前ユグドラシルの里に行きたいと言っていただろ?それで情報が掴めたから今度行って来ようと思っているんだが」


「あ~王都で話してた奴ね。ええ、いいわよ。どれくらいかかりそう?」


「大体10日くらいだろうか」


「10日………分かったわ。あたしもカイルが採ってきた魔法石で新しい実験もしたいし、丁度いいわね。明日もう行くの?」


「それをこれから決めて来る」


「例の情報屋?」


「まぁそんな感じだ。そいつに道案内してもらう予定なんだ」


「了解したわ。ねね、帰ってきたら土産話でもしてね?あたしもユグドラシルの里に興味あるからさ」


「あぁ、いいとも。それじゃ予定日を決めて来る。もしかしたらいないかもしれないが、探してくるさ」


「行ってらっしゃい~」



帰って来たばかりのカイルはセリアを探すため暗くなりつつある夕方のケッキガルドの街へ飛び――――こもうとして足を止める。



「なんだ、いたのか」


「はい、なんだかんだ返事は今日貰えそうな気がしましたので」


「お前、家の中を盗聴してたりしてないよな」


「い、いえ!そんな滅相もないです!!」


「…………」


「ほ、ほんと?でで、ですよ?」


「はぁ……今後そういうのはやめろよ」



家を出てすぐの街灯に寄りかかって彼を待つセリアがいた。



「――――明日の朝6時に出るぞ」


「了解しました。では、こちらで道順を整理しておきます」


「ユグドラシルの里はどこら辺にあるんだ?」


「ケッキガルドは南大陸で最も西大陸の国境に近い場所にありますよね」


「そうだな」


「ユグドラシルの里は本当に真南にあります。イシュトパルドの端まで行きますので、なかなかの旅になりますよ」


「どれくらいかかる?」


「私のルートでは行きだけで3日……往復で6日と言ったところでしょうか。ですが、カイルさんはユグドラシルの里で何やら調べごとがある様子。そうすると大体10日くらいの旅になるでしょう」


「見立て通りだな。それで行こう」


「明日の6時にお迎えに上がります」


「それはいい。駅で待ち合わせだ」


「了解です。では、本日はこれで」


「あぁ、また明日」



セリアはカイルに頭を下げてその場を立ち去ると、彼もまた彼女を見送った後にアトリエへ戻るのであった。









「留守中はカリンがこの家に遊びに来ると思うが、2人とも大丈夫か?」


「え?カイルの代わりにカリンがあたし達を守るの?」


「カリンさんが?」



晩御飯を食べている最中、突然そんなことを言ったカイルに2人の頭に疑問が浮かぶ。



「ああ見えてカリンは強いぞ。純粋なエルフだけあってか、身体能力には俺も驚かされるくらいだからな。それに最近はバーゼリオの友人に渡されたっていうエルフだけが読める魔法書を読んで新たな魔法も取得したそうだ」


「それほんと!?新しい魔法!?」


「カイルさんそれ本当ですか!!」


「あ、あぁ本当だ。魔法石の研究もしつつエルフの魔法について調べてみるのも良い気分転換になると思うのだが、どうだ?」



新しい魔法と聞いて身を乗り出す2人をなだめながらカリンが護衛する件を承諾してもらうため、ミレイに尋ねる。



「新しい魔法も気になるし、それにカリンとはじっくり話してみたかったのよ。この前一緒にいた時なんてダイダロスがいつ来るか分からない状況下だったしね」


「女の子水入らずという奴ですね。カイルさんがいなくなっちゃうのは不安でしたが、カリンさんが来るのでしたら大丈夫そうです」


「それは良かった。正直この件に関しては完全に私事だ。本来ならば護衛対象の傍から離れて自分のことを優先するのは傭兵としてあるまじき行為であることは重々承知している。それを踏まえた上でーーー」


「あぁ、いいって。それはヴェルミィーナに関係することよね。こっちの心配はしなくていいから、行ってきなさい」


「そう言ってもらえると助かる」



事情を察して貰えたミレイとフィオナにカイルは深く感謝をした。普通の依頼人ならば問答無用で護衛依頼の破棄をされるところだが、彼女たちはカイルの行動を許してくれた。彼は自分の案件が片付いたら何か2人にしなければならないな、と思うのであった。



「そう言えばミレイ。卒論の中間発表があると言っていたが、いつ頃なんだ?」



自分がしばらくケッキガルドを離れることを伝え、一旦話が切れたところでカイルは新たな話を切り出す。



「6月の5日ね」


「今日が4月28日だから、大体1ヶ月くらいか………―――全然進んでいないと聞いていたが、大丈夫なのか?」


「頭が痛くなることを思い出させないで………」


「む、そこまでなのか」


「中間発表はどちらかと言うと生徒が学校外で勉学に励めているか、生活出来ているかなど安全確認の意味での出席でもあるから、そこまで論文の進捗は問われないと思うんだけど……」


「まぁ貴重な魔法使いの卵を失うわけにもいかないしな。進んだところまでいいから、聞かせてくれないか?ミレイの論文を」


「あ、私も聞きたいです」


「フィオナも聞いてないのか?」


「あ、はい。私はあくまで師匠のお手伝いなので、言われたことしかやっていませんし、何より私も師匠から与えられた課題をやらなければなりませんので」


「まぁ、そうね。ここらで一つ魔法石についてのおさらいと論文に活かせる点でも話しましょうか」


「よろしく頼む」


「お願いします!」


「魔法石が発見されたのは今から1000年以上前のことよ。そうね、今カイルが調べている大罪魔王達が戦争している時代よりも前の話ね」


「随分と昔の話なんだな」


「ええ、バーゼリオさんから貰った本のおかげでね」



そう言ってミレイは分厚い辞書のような本を取り出して見せる。



「古代文字読めたのか?」


「何とかね。解読するのに時間を潰しつつ魔法石の研究もしているから寝不足よ。でも、この本は恐らく大陸にある数々の古文書の中で最も古いものだと思うわ」


「私も見させてもらいましたが、この本は日記のようなものでした」


「日記?」


「ある冒険家の冒険記録のようなものよ。昔の魔法石の活用方法は主に王族や貴族に献上する宝石のようなものだったらしいわ。扱いが難しいものだから職人技が試されるもので、それはもう高価なことでね。贈り物としては最高級のものだったと書いてあるわ」


「それで魔法石の発展はどうなんだ?」


「聞いて驚いて」


「………おう……」



一呼吸入れたミレイは目を開く。



「何もなかったのよ」


「は?」


「え?」


「魔法石に関する技術は何も発展しなかったの」


「ちょ、ちょっと待て。大罪魔王達の戦争前からあるんだろ?そうすると2000年以上もの時が過ぎているはずだ。な、なにもなかったって……」


「よく考えてみなさい。今市場に出回っている魔法石はなに?はい、フィオナ」


「え、えと!主にアクセサリーやインテリアとして……―――はっ!」


「ほら、な~んにも進歩してないのよ。魔法石は」


「扱いが難しく、そして魔法石があるのは大体強力な魔物が住む洞窟の奥深く……そりゃ研究するにしても魔法石を取る前に死ぬよな……」


「そうね。だから今回の依頼に関しては本当にあなたには感謝してもしきれないほど感謝しているわ」


「依頼人を満足させるのは当然だ。これからも2人は俺を好き勝手使って貰って構わない。金を貰った以上それに報いるには当たり前のことだからな」


「ええ、これからも頼りにしているわ――――で、魔法石に関する歴史を軽く話したところで、時代は今の時代に飛ぶわ」



食器を片付けたフィオナはミレイと自分に紅茶、カイルにはコーヒーを淹れて椅子に腰を下ろす。



「何もなかったもんな」


「ええ、なにも…ね……―――えと、今の時代でようやく人の魔法石を見る目が変わってくるわ」


「師匠のお師匠様でしたっけ」


「そうよ、あたしの師匠ジェイデン・グラブズリーが魔法石に関する論文を初めてホラルド校長に提出したの。それに興味を持ったお偉いさんとかがいたんだけど……」


「へえ、ミレイの師匠か」


「男よ」


「男!?」


「気弱なお師匠だったわ………何をするにしても積極性がなくて、自分が本当に言いたいことも周りに気圧されて言えないような人で……………えぇ……本当に……本当に馬鹿な人だった…」


「………?」



ミレイの様子に疑問が沸いたカイルは首をかしげる。



「魔法石を研究するようになったのはあたしの師匠の影響よ。彼は、そうね。死んだわ」


「死んだ!?」


「え………」


「フィオナも知らなかったのか?」


「は、はい………名前だけは窺っていましたが、まさか……そんな……」


「本当に馬鹿なのよ、ジェイデンは。ジェイデンはね、学校に通うお金を稼ぐのに精一杯で、自分の研究に費やすお金は全然なくて、いつも研究で使う材料は自分で調達していたの」


「そうか………その、ミレイの師匠が研究しているテーマは同じく魔法石だから…」


「魔法石はとても高価です。それも加工前の原石はいくらか値段が落ちるとは言え、一般の人が買うにはあまりにも手が出しずらいものですから……」


「冒険者を雇うお金も当然なくて、満足に使えない魔法を手にいつもジェイデンは1人で洞窟に潜っていたわ」


「ここのケッキガルドか?」



カイルの言葉にミレイは頷く。



「今よりも危険ではなかったけれど、やっぱりいくら魔法が使えると言ってもなんの戦闘訓練も積んでいない魔法使いが魔物と戦うこと自体自殺行為に等しかったのよ。まぁジェイデンのことはもういいわ」


「いいのか……」


「もうジェイデンの話はい・い・の!あと年に一度ジェイデンの家に行ってお墓参りに行くから、今年はフィオナとカイルも連れて3人で行きましょうか」


「それはいいな。花を持っていこう」


「はい、お弁当もですね」


「話が脱線したわね。そんな感じでジェイデンの研究を引き継いだあたしは、魔法の知識さえあれば誰でも簡単に魔法が使える魔法石の開発をしているわけ。進捗状況としては、本当に全然で……えと、もっと容量の大きい魔法石があれば進みそうかなぁ……とかくらい……」



今まで真剣な表情で語っていたミレイの表情は自分の論文の話になるにつれてどんどん崩れていった。

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