懐かしき記憶
翌日の朝、ミレイとフィオナを起こさないようにカイルはアトリエを出た。
「行ってきます………」
腰にアセリナの剣。背中には布で包んだ刀を背負って駅へ向かう。
夏が迫りつつあるケッキガルドの朝方はからっとすっきりした朝で、昇り切っていない太陽が既に暑い日差しを大地に浴びせていた。
「ふぅ………」
もしもの時を考えて刀を持ってきたが、この暑さによる気怠さでどうも荷物にしかならない気がして早くも刀を家に置いてきたくなる。
「おはようございます、カイルさん」
「ああ、おはよう。早いな、まだ15分も前だが?」
彼よりも先に来ていたセリアはカイルの姿を認めると、ぱあっと笑顔になって駆け寄ってくる。
「カイルさんより先に来るのは当然のことですから!」
目を輝かせているセリアを置いておいて券売機へ向かう。
「あ、ミンメイト行きのチケットを買ってください」
「ミンメイトか」
ミンメイト。広大な湖と森に囲まれた町であり、人間種だけではなく、亜人種と共に共存の関係を築いている町だと聞いている。
「そこで降りるのか?」
「本日はそこで1泊ですかね。そこのミンメイトで朝一番の空中馬車を借ります」
「空中馬車……―――ああ、ワイバーンでも借りるわけだな」
「はい。ミンメイトの地は馬が通るにはあまりにも地形が悪いので、ミンメイトより先の地へ行くにはワイバーンに乗って行くのが普通です」
そして丁度やって来た列車に乗り込んだ2人は、ほとんど貸し切り状態の列車のソファに腰掛ける。
「なにニヤニヤしているんだ」
「女の子に見せる顔じゃないですよ………―――まあこうやってカイルさんとお出かけ出来るのが嬉しくて」
「セリアと一緒に旅をするのは初めてか」
「はい!」
「お互い職業柄ソロ活動がメインだしな」
「そうですね。カイルさんは雇われ傭兵で、私は盗賊ですしね~」
「セリアは誰かと組んだりしないのか?」
「ん~ここ最近はないですね。というか、私はほら、女なのでよく舐められるんです」
「そういうもんか」
「そういうもんなのですよ。それに私って可愛いじゃないですか」
「けっ」
「あああああ!!酷い!!なんで女性に向かってそんな顔出来るんですか!!」
「そっちこそよく自分のことを可愛いって言えるな」
涙目で抗議してくるセリアを突き放してカイルは外の景色に目をやる。
「事実です!!あたし可愛いもん!あの、真面目な話しているのでこっち見てくれません?」
「今の話のどこに真面目な要素があった?」
「ありましたから!ですね、その私は可愛いですから、結構危ないんですよ」
「………――――危ないというのは?」
「危ないっていうのはその………貞操的な意味で……」
「まあ当たり前だな」
「あはは……だから、あの時カイルさんに助けて貰ったときは神様はいたんだなって……」
「そんなに危なかったのか?」
「それはもう危なかったです。あと1時間ほど遅かったらまわされてましたね」
「なにやらかしたんだ?」
「ちょっとある物を盗んだら足がついてしまいましてね……それで私が女性ってこともあって執拗に追いかけられて、空腹のあまり私らしくもなく飯に薬が盛られるという初歩的な罠にはまってしまい、あの通り」
「そういう経験がないわけじゃないんだろう?何も処女というわけでもあるまいし」
「ん、まぁ確かに私は処女ではありませんが、それでもあんなろくに風呂も入ってない汗臭い泥臭いような連中に捧げる身体でもありませんよ」
周りに人がいないからいいもの、傍から見ればとんでもない会話をしている2人が乗る列車は心地よい揺れを描きながら目的地を目指していく。
「それにあんな不衛生な環境に住んでいるのですから、絶対病気持ってますよ。私嫌ですよ、病気持ちの男の人とするのなんて」
「そんな目で俺を見るなって。つか、いい加減その話やめろ」
「カイルさんは持ってませんよね!」
「当たり前だ!!」
「あいだっ!?私のあ、頭が凹む……」
向かい側から身を乗り出してくるセリアの頭に拳を振り下ろし、腕を組んで彼女を睨む。
「地味にカイルさんを誘惑しているつもりなのですが、今晩どうですか?」
「地味にというかストレートに言ってきたな……―――それは本気で言っているのか?」
「もちろんですとも!」
「お前を抱いたところでなんの得にもならない」
「ひ、酷い……私じゃなければビンタしてから泣きながら去っていくところですよ……」
「逆にお前じゃなければ言っていない。で、さっきからお前はなんなんだ?数年前から俺に付きまとってきて、俺に何を求めている?」
誘惑など全く通用しないカイルにとってセリアの行動はただ気持ちが悪いだけであり、彼の視線を受けてセリアは本当に傷ついたような顔をする。
そしてこれ以上彼に嫌われたくないと思ったのか、顔を上げて真実を口にした。
「カイルさんは覚えていないかもしれないのですが、以前私にカグヤの国の人間だろって言ったんです」
「まあ、なんとなく覚えている。マーレシュタインで酔った時のことだろ」
「その通りです。私はバーゼリオさんと同じくカグヤの国の人間です。ほら、カグヤの国って武力がモノを言う世界じゃないですか。だから、力がなかった父は、私を逃がした後に逆賊に殺され、母はそのまま連れ去られて行方は知れず、私の国はあっさりと幕を閉じました」
「本当に姫様だったのか」
「名は火宮 暁と申します。代々火の神カグツチに仕える一族でございます。私の役目はただ一つ。火宮家の血を途絶えさせないこと。火宮家を継ぐのは男と決まっておりますゆえ」
「だから、俺か」
「カイルさんを一目で見たとき運命を感じたんです。黒い髪、黒い瞳、そして優れた剣術。まさかかの地でカグヤの人と会えるとは思っても見なくて、あの時は本当に涙が出るほど嬉しかったんです」
「なるほどな………バーゼリオからカグヤの国にいるヤオロズの神について聞いていたが、セリアの家が仕える神様は特に力の強い神様のようだな。だが、もし俺がカグヤの人間じゃなかったら?」
「え?」
「俺は小さい頃の記憶がない。どこで生まれ、どこで育ったのかがさっぱりでさ」
「カイルさんは間違いなくカグヤの人間ですよ!その黒い髪と黒い瞳はカグヤの人間以外ありえませんもの!」
「………」
カイルは困ったことになったと頭を悩ませる。
誘惑が全く通用しない彼ではあるが、こういう知り合いからの頼むとなると途端に人の良さが出て断れなくなってしまう。
まあ今回の件はものがものなので、断るのが普通のことなのだが、セリアには何かと貸しを作ってしまっている。
しかし、その貸しを清算するだけのことで今後彼女の人生を決めかねないほどの選択をしてしまって良いものか。
別にカイルは貸しを返してくれる代わりに抱いてくれと言われれば本人の承諾の有無で、二つ返事で答える男である。だが、自分と一緒に子供を作ってくれと言われれば話は全くの別問題である。
「えと、セリアは何歳だったか」
「私ですか?今年で21歳ですね」
「………」
早い、とは言わない。この世界では通常16歳で嫁に出すのが習わしであり、むしろセリアの年齢で恋人の一人もいないのは異常とも言える。
「お前さ、ここ数年でカグヤに帰ったことは?」
「ないですね………今は生きることに精いっぱいだったので……」
カイルにはまだまだやるべきことがある。今ここでセリアと子供を作って安寧の日々を過ごすわけには………――――
「セリアには貸しがある」
「え、カイルさん――――!」
「だが、俺にもまだやるべきことが沢山ある。だから、それが全て終わってまだお前に夫がいなければ答えを出すよ」
「カイルさーん!わかりました!わかりましたとも!ええ!このセリア!いつまでも待ちましょう!この気持ちは永遠に変わることはありませんから!」
「もうこの話は終わりだ。お前のくそ暗い話もこれ以上聞きたくないしな」
話は終わったとカイルが外の景色に目を移した瞬間、セリアは涙目になって飛びかかって来て肩を揺らしてくる。
「ひ、ひどい!私の両親が死んだ話ですよ!?もっと関心持ってくださいよ!!カイルさんのお義父さんとお義母さんの話になるかもしれないのに!」
「気が早いんだよ!!お前はさっさと良い男を捕まえろ!!」
「み、見つけません!!カイルさんほどの良い男なんているわけないじゃないですか!!侯爵の位を持っていてあの人の弟子で剣術も一級品で隙がないじゃない!カイルさんと同条件かそれ以上の男がこの大陸にいるんですか!」
「うるせえ!!まだまだ目的地まで長いんだから無駄な体力を使わせるな!!」
掴みかかってくるセリアを引き剥がしつつカイルはリュックから毛布を取り出してくるまる。
「あ!ずるい!!一緒に寝ましょうよ!!もう将来を誓い合った仲なんですし!ほらほら!」
「この野郎……!ちょっと俺が譲歩すれば調子に乗りやがって!」
「いったああ!!殴った!!嫁の頭にグーした!!」
「………」
「無視しないでくださいよー!!」
これ以上無駄な言い争いを繰り返したくないカイルは、まだ何か言っているセリアを無視して眠気に身を任せるのであった。
カイルとセリアが乗っている車両は一般車両と言い、主に予約などせず誰でも乗ることが出来る普通車両である。
そして3両先にある車両が指定席車両と言い、普通車両とは違って事前に予約しなければ席に座れない完全予約制の車両である。
最後に貴族や王族のみが乗るを許される最高級プレミアム車両があり、前者で述べた通り貴族階級の人や滅多に来ることはないが、王族がこっそり乗っていたりする。
時刻も7時を回って来たところで人も増え、一般車両の方も席は埋まり、座れずに立っている人もちらほら増えてきた。
セリアも人が増えてきたことで寝ているカイルの向かい側に座ることをやめて、彼の隣にちょこんと座る。
「……すぅ……すぅ……」
「………」
談笑する家族やどこかへ買い物しに行く老人たち。様々な乗客を乗せた列車はミンメイトを目指す。
「そちらの寝ている方は彼氏さんかな?」
「あ、いえ、カイルさんと私はそういう関係じゃないです。私と彼は冒険者仲間なんですよ」
「ほっほっほ、わしも昔は婆さんと一緒にあちこち旅したもんだな~」
話しかけてきたのは老人夫婦だった。杖を突いているお爺さんから漂う空気は確かに一般の人のそれとは明らかに違い、彼の言っていることは本当のことなのだろう。
「お二人も冒険者を?」
「はい。私はこれでも魔法使いでしてね。爺さんとは昔コンビを組んで賞金稼ぎをしていたんですよ」
「あぁ、そうだ。あの頃は何度も死にかけたり、魔物を討伐して得た賞金でうまいもんを食ってわいわい騒いだり楽しかったもんだ」
「素敵な思い出ですね」
一瞬窓の外を黒い塊のようなものがよぎった。
「いや~良い思い出じゃよ。今はもう老いぼれてしまって満足に動くことも出来んからのう」
「いやいや、お爺さんもまだまだ若いですよ」
「そちらの兄ちゃんには負けるがのう」
「まあ、そちらのお兄さんは相当な手練れなのね」
「カイルさんは凄いんですよ。神霊クラスの魔物も倒しちゃうんですから!」
「ほう!!わしの弟子にしたいくらいじゃのう!」
「お爺さん!悪い癖が出てますよ!」
「おっと、これは失敬」
寝ているカイルをよそに3人は盛り上がるのであった。
夢を見た。
懐かしい?風景だ。木造の一軒家に小さい俺が誰かの膝枕に頭を預け、耳かきをしてもらっている。
「――――くん、痛くはない?」
酷く、酷く、そして涙が零れそうなくらい懐かしい声。いや?最近どこかで聴いたような。
「そう、良かった」
そして女性は鼻歌を歌い始める。これも小さい頃?よく聴いていた。―――が好きだった歌だ。
「――――様、ただいま戻りました」
「――――か。首尾の方はどうだ」
時々彼女は口調が変わる。俺に接している時とは違って、まるで部下に話しかけるようだ。
「――――の奴らが依然としてこちらを嗅ぎまわっているようです」
その男は彼女に対して恭しく頭を下げている。
「アデルタの奴は?」
「――――様!た、ただいまー!」
「アデルタ……――――様と――――坊ちゃまの前なのだぞ?もっと静かに入って来れないのか」
「す、すみません!特売セールに勝てたことが嬉しくてー!」
「はっはっは!良い、よくやったアデルタ。今日も安心して食事にありつけるな」
「はは!――――様からお褒めの言葉!光栄至極でございます!」
アデルタ、そう呼ばれた女性が食材がいっぱい入った袋をどさっとテーブルに置き、それを彼女が見て満足そうに頷く。
「――――よ、お前は我々の脅威となる者の排除に移行せよ。余の弟を10歳まで育てるまで何としてでも守らなければならぬ」
「はっ!――――坊ちゃまのため!この――――!命を懸けてお守りします!」
「こ、このアデルタも!」
「お前はよい。お前は余と余の弟と――――の飯を作れればよいのだ」
「え、えええ!わ、わたしこれでも四天王ですよー!?」
「ははははは!戦闘は俺に任せておけ。では、――――様。行ってきます」
「ああ、晩飯前までには戻られよ」
「はっ!」
「さてと、耳かき続けるからね~」
「お坊ちゃま~今晩はシチューとパンですよ!」
「またシチューか」
「あ、――――様馬鹿にしましたね!シチューは野菜の栄養も全部取れる最高の料理なんですよ!」
「いや、馬鹿にはしていないが、最近シチューばかりのような気がしてな」
ああ、だから俺はフィオナが作るシチューがどうしようもなく大好きで……――――




