会食の席
パーシル王女。それは西大陸にあるマーレシュタイン王国と同等の規模を持つ大きな国、水の都スフィニア王国の第1王女様である。
カイルも20歳になり、バーゼリオの下を離れて旅に出た時初めて渡った大陸が西大陸のスフィニアだった。
当時のスフィニアは、魔物と苛烈な争いを日夜繰り返して争いの絶えない国であった。丁度そこへやってきたカイルが冒険者達に混ざって魔物討伐の任務を受けた時になんと長年スフィニアを苦しめていた巨大魚アスカンドラを討ち取ってしまったのだ。
バーゼリオからは極力目立たないように弟子探しと自分の正体を探す旅をしなさいと言われていたカイルであったが、その言伝を僅か3ヶ月足らずのうちに破ってしまう。
そこでカイルはパーシル王女と出会った。
「まぁまぁ!そこでパーシルと会ったのですね!」
「………」
現在颯太達は前々から言われていた通りユスティシア王女との会食の席についていた。と言っても実際ユスティシア王女を相手しているのはカイルだけで、他のミレイやバーゼリオ達は豪華なディナーを楽しんでいる。
もちろん自分がバーゼリオの弟子であることは伏せて。
「第一印象としてはどうでしたか?正直に仰られても構いませんよ」
ユスティシア王女の隣には2人の女性がついていた。1人は短い金髪と美しい緑の瞳を持つ白銀の鎧に身を包んだ女性。もう1人は騎士の女性とは対照的な黒色のローブに身を包み、サイドテールの金髪と紫色の瞳をした美しい女性の2人である。
この2人はユスティシア王女の教育係らしく、騎士の方はナインと言い、魔法使いの方はオリヴィアという。まぁ2人とも金髪な時点でさぞ名のある貴族だとお見受けするが、そういう貴族に全く興味がないカイルにとってはどうでもいい話だ。
「し、しかし……」
「構いませんとも。ささ、どうでしたか?」
「………パーシル王女様は我が道を行くというお方でしたね」
「やはりわがままな性格は直りませんのね。もうパーシルとは7年ほど会っていませんが、文通のやり取りはしているので、その文から伝わってくるのですよ。あの子の自己中心的な考えが。カイルさんもあの子との会話は苦労しますよね?」
「ははは………」
同意を求められても困るカイルは苦笑いを浮かべることしか出来ず、先ほどから助け船を求める視線をミレイ達に送っているが、彼女たちは相変わらずディナーに夢中のようだ。
「えーっと……ユスティシア王女様とパーシル王女様は仲がよろしいのですね」
「当然だ。ユスティシア王女様とパーシル王女様は小さい頃から遊んでいらしたのだからな」
「……なるほど…」
そこで突然ナインが口を開き、カイルはあまり自分のことを良く思っていないナインに視線すら合わせず相槌を打つ。
「カイルさんの冒険話をもっと聞かせてくれますか?」
「喜んで」
余り気乗りしないカイルの心情など露知らず、天使のような笑顔で無邪気に話しかけてくるユスティシア王女に彼は思い出を語る。
「そう……ですね……――――前に変な冒険家から受けた依頼のことでも話しましょうか」
「それは一体どういう話なのですか?」
「この大陸のどこかに今も生き残ったエルフ族のみが暮らす森があるという一種の都市伝説のような話を信じた冒険家がいまして、それを調査する依頼だったんですよ」
カリンの耳がぴくりと動いた気がした。
「私もそのような話を耳にしたことがあったが、それは誰かが流したデマではないのか?」
「無論俺もその依頼を受ける前にそんな眉唾物の噂に多額の依頼料を払うべきではないと冒険家に告げたのですよ。いくら多額の金を積まれたとしても俺自身全く信じていませんでしたしね」
ナインの言葉にカイルは頷く。
「ですがまぁ、これが断るに断れない相手でしてね。仕方なく俺は受けることになったのですが、結果を言うとそのエルフの隠れ里は見つかりませんでした」
「やっぱりですか………私もお父様から一度だけそのような話を聞いたことがあったのですが……」
「でも……ですね。あれは北の大陸を冒険家と一緒に歩いている時のことです。天から突き刺すような暑さとその熱で森自体が灼熱のサウナのようになっているそれはもう地獄のような森に入って3時間が経過したときのことでした。こんな地獄のような場所にも関わらず、何故か樹々は生い茂り、そこに暮らす生物たちもまた暑さなど何ともないような顔をしていまして、俺とその冒険家はそれを不思議に思いながらも自身の身に迫る死を覚悟して森を進んでいました
「ゴクリ………」
「正直その時のことはあまり覚えてはいないのですが、何度も何度も俺はその冒険家に引き返そう、帰ろう、この森は普通じゃない、と本能が叫ぶ危機感を信じて帰るべきだと冒険家に言っていたことだけは覚えています。でも、冒険家は何かに取り憑かれたかのようにダメだ、ここは進むべきだと俺の言葉を無視して進んでいました」
「オリヴィアはそのような森を知っているか?」
「い、いえ……北の大陸にそのような森は……なかったと記憶しています……」
「ちょっと2人とも待ってて」
「はっ!申し訳ございません」
「す、すみません……」
「カイルさん、続けてください」
「……―――で、そこからはもう本来なら熱や寒さなど一切通さない俺の服ですら庇いきれないほどの暑さが押し寄せ、俺と冒険家は軽い脱水症状に似た症状が起き始め、やがて眩暈と立ち眩みでその場に倒れた。その時だ。その時、倒れる瞬間、俺は見たんだ。確かに俺は見たんだ。銀髪のエルフを。倒れる俺と冒険家を心配して駆け寄ってくる少女の姿を」
「そ、それでどうなったんですか!?」
「そして気付いたら俺と冒険家は森の入り口で倒れていました。冒険家の方に至っては記憶の混濁すら起こっており、今まで自分が何をしていたのかすら覚えておらず、何故俺に多額の依頼料を払ったのかすら覚えていなかったそうです」
「で、でもこの話をしているカイルさんは」
「そう、何故か俺だけはその時のことを曖昧ながらも覚えています。エルフだけが住む隠れ里はないかもしれない。でも、俺はあの時確かにエルフの少女を見たのです。それが噂に聞くエルフの里だったのか、今はもうわからないのですが、俺はあの森がエルフ族だけに伝わる古代魔法によって守られた神聖な森だと思っています。今もう一度その場所へ行けと言われても恐らく辿り着くことは出来ないでしょう。あの時は本当に運が良かったのです」
「聞いたことがありますね。エルフだけが使える古代魔法の話は……」
「カリンもエルフ族なので今こうして確信していますよ。あれは古代魔法だと」
「あの方がエルフ族なのですね。お仲間の皆さまは……?」
「カリンの仲間は彼女が赤ん坊の時にケッキガルドへやってきた神霊級ドラゴンによって森ごと焼き払われてしまい、今はもう南大陸で唯一生き残っているエルフはカリンだけですね……」
「あぁ……そんな……」
「20年ほど前に起きたケッキガルドに来た紅蓮のドラゴンの話だな。それもバーゼリオ殿が討伐に当たったという」
「彼女はその時に親が命からがらに川へカリンを逃がして生き延びたのですよ。いまは何不自由なく過ごしているので、あまり同情はしないでやってください」
「はい……わかりました……――――カイルさん、とても貴重な話を聞かせていただきありがとうございます。私は王女という身でありますから、何分お外に出るということも誰かから冒険の話を聞くということもなかったので、今回お父様に無理を言ってこの場を設けて貰ったのです」
ユスティシア王女の申し訳なさそうな表情にカイルは普段どれだけこの少女に我慢をさせてしまっているのかを想像して悲しくなった。身分というものは相当この少女の足枷になっているらしい。
「とてもとても楽しかったです。エルフ族の隠れ里ですか……それを追い求める冒険者たち……これが俗にいうロマンというやつなのでしょうか」
「実際あの冒険家はエルフの里を見つけてどうするつもりだと聞いても、別段何もしない、ただ達成感が欲しかったという変な奴でしたから。でも、それが王女様の言うロマンという奴なのでしょうね。ある意味記憶を失って良かったかもしれないですよ。ロマンというのは追い求めたらそれでおしまいですから」
「ですね。一体その冒険家さんは今はどうしているのでしょう……」
「その冒険家ですが、今は恐らくスフィニア王国の城の中で暮らしていると思いますよ」
「え…?カイルさん……もしかして……」
「俺がどうしても断り切れなかったというのは、その相手がスフィニア王国第一王子のハレル王子だったからなんですよ」
「なんと…!」
「ハレル王子は冒険が大好きだと聞いています。まさか話のオチが最初から最後までスフィニアが関わっているとは……」
「このことをパーシルは!?」
「もちろん知っています。ですから、俺のことをベラベラ喋るのはほとんどハレル王子が原因だと思いますよ」
「まぁ!話の裏にそんなことがあったなんて!ふふ、なんだか長年のつっかえが取れたようです。来る文通にほとんど嘘とも言えないようなカイルさんの話がありましたので、パーシルったらどこで知ったのだろうと思っていましたらまさか」
「なるほど、どうしてあなたのような方が侯爵の位を授ける勲章をスフィニアからいただいていると疑問だったのですが、王子と王女と仲が良い。そして国が抱えている問題を解決したとあれば納得の勲章だ」
「王家とここまで仲が良い冒険者さんはとても珍しいですよ。ハレルさんったらパーシルのことカイルさんに貰って欲しいのでしょうか」
「や、やめてくださいよ。冗談でもそういうことは言うべきではないですって」
「あながち間違いではないかもしれないですね」
「ナインさんまで……」
「勲章を与えた理由はきっと何かありますよ」
くすくすとユスティシア王女は楽しそうに、おかしそうに笑うのであった。




