ユスティシア王女
翌朝、カイルは目を覚ました。
「酔い潰れたか……セリアにはまた世話になってしまったな…」
起きるにはまだ早い時間帯だが、既に起きてしまった以上仕方ないと割り切ったカイルは、剣の素振りでもするかと思って部屋を出る。
「あぁ、それでしたら修練場がありますので、どうぞ使ってください」
「助かるよ」
そして近くの騎士に聞くと修練場が空いているということなので、道案内をして貰ってカイルは修練場へやってきた。
「ん?」
「では、私はこれで」
「あぁ、助かった―――さて……」
すると、修練場のど真ん中で膝に太刀を置き、正座をして精神統一をしているバーゼリオをおり、カイルも同じく彼女の隣に座って精神統一を始めた。
夏の前触れのような暖かい風を全身で受け、樹々が風に煽られて奏でる音色を聞きながら精神統一を続ける。
その様子に朝の巡回をしている騎士達も思わず足を止めて2人を見ていた。
「あの男は何者だ…?」
「分からん……バーゼリオ殿と一緒に神霊魔物を討伐した剣士だと聞いているが…」
それから1時間。じっと動かず正座を組んでいた2人は同時に足を崩して立ち上がる。
「カイル、昨晩は遅かったですね」
「俺には城の飯なんて合わないからな。つか、自分の時間くらい好きにさせろよ。あんたは俺の母親か」
「いえ、姉です」
「…………違うだろ……」
「違いませんよ?とにかく、私はちゃんと十分な睡眠をとれたかと問うているのです」
「それなら問題はない。酒を飲んだ方が寝れるからな」
「では、1手、2手ほど手合わせしましょうか」
「木刀じゃなくていいのか?」
「私とあなたがやりあえば木刀なんてすぐ折れてしまうのはよくご存知でしょうに」
「それもそうか」
バーゼリオは太刀を。カイルは宝石のような剣を抜く。
「そちらからどうぞ。いつもの感じでやりましょうか」
「あいよ!!」
バーゼリオとの距離は約15m。その距離を一瞬で詰めたカイルはまずは振り下ろす。
「良い速度です。そうですね、ちゃんと睡眠の方は取れているようで安心しました」
「取れていなかった場合は?」
常人ならば目でも捉えられないほどの速度の一撃をあっさり受け止めるのではなく、受け流したバーゼリオは真面目に今の攻撃を評価する。
「少し怒ります」
「―――っ!」
バーゼリオの両手が一瞬ブレたかのように見えた。それを見たカイルは全神経を集中させて襲い来る8連撃を一つ一つ確実に、そして誰よりも速く神速の剣技を見切る。
「くそ!!―――正気か!!!」
「―――燕返し!!」
バーゼリオが太刀を片手で持った瞬間これから繰り出される技を見切ったカイルは、腕を捨てる覚悟でその技を迎え撃つ。
一つの斬撃が致死に至る8連撃が終わった瞬間、前へ滑るように身を屈めたバーゼリオは太刀を右肩に背負い、右足をダン!と大地に強く叩きつけ、そのまま兜割りをするかのように力強く、そして神速の斬撃が放たれる。
「ぐっ!!!」
カイルが太刀の一撃を受けた瞬間周りの砂が衝撃波で吹き飛ぶ。
受けた腕が折れるような衝撃を伴いながらも剣でしっかりその斬撃を受け流しつつ、すぐさま左へ全力で飛ぶ。
バーゼリオの太刀は剣で防がれたと同時に宙へ舞っており、それをバーゼリオは左手で取ってそのまま水平に更に速度が上がった斬撃を放つ。
一撃目で相手の武器を持つ手を機能停止させ、二撃目でその武器を持つ腕ごと敵を切り裂く防御不可能の秘剣――その名も燕返し。
「やりますね」
「随分とえげつない技を使うもんだ。俺を殺す気か?」
「もちろんそのつもりです。この程度であなたが死ぬとは露ほども思っていないので」
麻痺して使い物にならなくなった右腕がだらんと垂れ下がり、両手で受けたせいか左手も若干力が入らない。
「おい……今の見たか?」
「あぁ……あの剣士がバーゼリオさんの攻撃を受けた瞬間衝撃波がここまで来たぜ……攻撃は全く見えなかったが、それでもあの剣士……バーゼリオさんの太刀筋を見切るとは何者だ…?」
いつの間にか精神統一している間に集まっていた騎士達が今の様子を見て口々に語り始めており、それを見たバーゼリオは一呼吸を入れる。
「カイル、今日はここまでにしましょう」
「あーあ……右腕が使い物にならなくなっちまった」
「私の目が届く範囲で夜遊びをしてくるからそうなるのですよ」
「あんたがいる時は飲みに行かないことにするよ」
「賢明な判断です。それに酒を飲むのなら私が付き合いますよ」
「ダメだ、あんたは酒に弱すぎて話にならん」
「そういうカイルも強い方ではないでしょうに」
「少なくともあんたよりは強いと思っている」
武器をしまった2人はそのまま食堂へ行った。
食堂に着くと、丁度城の兵士達の朝食と被ったのか、食堂は大勢の兵士によって埋め尽くされており、さりげなくカイルは横目でバーゼリオの顔を窺うと―――
「………」
案の定口をわなわな震わせていた。
「どうする?部屋に料理を持ってきてもらうか?」
「い、いえ……ここの兵士たちから邪気は感じませんので……ここで食事を取りましょう」
「バーゼリオがそう言うのなら俺はいいが」
そして適当に空いてる席へ腰を下ろしたバーゼリオに対してカイルは師匠の分の料理を取ってくると言う。
「すみませんね」
「気にするなって。飯は魚の定食でいいか?流石に味噌汁はないと思うが」
「贅沢は言いませんが、出来ればカグヤの国に近い料理でお願いします。朝から肉を食う気力はありませんから」
「了解した」
カイルが席を離れるなり、周りの兵士たちはざわめきだす。どうやらバーゼリオと会えるとは思ってもいなかったらしく、話しかけるかどうか迷っているらしい。
「何にしますか」
「魚の定食ってあるか?」
「ええ、ありますよ」
「それじゃそれを2つ」
「かしこまりました。オーダー!魚定食2つ!」
シェフに注文して、料理を作っている最中カイルは振り返ってバーゼリオの席を見る。カイルはてっきり大勢の兵士に囲まれて質問攻めに合っていると思っていたのだが、彼女から放たれる無言のオーラによって誰も話しかけられない状況を作り上げていた。
「見てみて!このドレス!素敵でしょ!」
「緑色のドレスがとても似合っているな。カリンらしい色だ」
「でしょー!」
そして時刻は午前の10時を示したところで、カイル達はこれから出席する勲章授与式に向けて着替えていた。
既に衣装を選び終えているカイル達にとってドレスやタキシードを着る時間はそうかからず、先に着替えて外でミレイとフィオナを待っていたカイルの元にカリンがやってくる。
「カイルくんは凄い勲章の数だね。なんだかどこかの英雄さんって感じ」
「勝手に増えただけだって。それよりもミレイとフィオナは?」
「そろそろじゃない?あ、ほら来た」
「待たせたわね。ドレスなんていつぶりかしら」
「わ、私もドレスを着るのは久しぶりで少し手間取りました…」
部屋から出てきたミレイは黒色のドレスを着ており、元からませているところがある彼女ではあるが、黒のドレスを身に纏っていることで艶のある大人の雰囲気を醸し出していた。
フィオナは純白のドレスを着ていた。普段帽子やローブのせいで目立ちにくい彼女の美しい青髪が純白のドレスを着たことで強調され、より美しさを演出していた。
「2人も似合っているな。それにその口ぶりからして着慣れているようだが」
「まぁあたしとフィオナは貴族だしね。そりゃ小さい頃からあちこちドレスを着てパーティーに出ていれば着慣れるわよ」
「2人とも魔法学校に通っているもんね。やっぱり貴族のお嬢様だったんだ」
「わ、私の家は本当に小さい家ですのでそんな大層なものでもないですよ」
「そうね。あたしもフィオナと同じく小さい家だもの。そんな貴族らしい変なプライドも持ってないし、金にもがめついわけじゃないから今まで通り接してくれると嬉しいわ」
「貴族と知ったところで俺の態度は1㎜も変わらんがな」
「でしょうね。カイルならそう言うと思ったわ。というか、あんた地味に立場的にはあたし達より上よね」
「私もミレイとフィオナは友達だもん!貴族だからって関係ないよ!」
「カリンさん……ありがとうございます」
「おお!皆よく似合っているよ!」
「クライン」
そこへバーゼリオと老騎士達を引き連れたクラインが現れ、カイル以外の3人は頭を下げる。
「クライン王、こんな素敵なドレスを我々に貸していただき感謝の至りでございます」
「はははは、ミレイ君。今更そんなにかしこまらなくてもよいのだよ」
「ですが、これから式典ですし…」
「なぁに。僕は元より王という堅苦しい身分は似合っていない男でね。こうしてカイルのように王だからと言って臆さず、普段通りに、友人のように話しかけてくれる方が嬉しいのだよ」
「クライン、ミレイさんの言う通りですよ。ここはあなたの国ではないのですから、立場の違いは明白にしておきましょう」
「むむ、それもそうか。厄介なものだね。勝手が違うというものは」
「当たり前です。さて、皆さん着替えは終わりましたね」
クラインに睨みを効かせながらバーゼリオは一歩前に出てカイル達を見渡す。
「では、これより授与式が行われる謁見の間に行きましょう。並びとしては私、カイル、ミレイさん、フィオナさん、カリンさん。そして騎士の皆さんになります」
「代表してバーゼリオが貰うのか?」
「いえ、今回はユスティシア王女直々に全員へ勲章の授与をするということなので」
「そいつは珍しいな。基本こんなにいたら1人貰って後は適当に渡されると思っていたんだが」
「適当……―――まぁ私もそうだと思っていたのですが、どうしてもやりたいとユスティシア王女が言っておりまして」
「………なぁ、俺は姫様を見たことがないんだが、一体どういう人なんだ?」
「ユスティシア王女様はとても明るい方だよ。まだ12歳程度ではあるが、物事の考えがしっかりしており、何よりも正義の心がお強い方だ」
カイルの言葉にクラインが答える。
「流石王国の姫様と言ったところか。西大陸の姫様とは違うようだな」
「あぁ、カイルは西大陸のスフィニア王国のパーシル王女様から勲章を貰っていたんだね。確かにあそこの姫様は……ある意味強烈だ……」
「カイルどういうことなの?」
「ミレイ達は知らない方がいい……」
「え?え?」
「気になるような聞かない方がいいような……」
「さ、そろそろ行きますよ。クラインも先に行ってください。ここの王様が待っていますよ」
「おっとそうだった!!では諸君!後ほど!」
ここの兵士に連れられてクラインは早歩きで去っていき、バーゼリオは部隊長と軽く挨拶をすると―――
「では、案内をさせていただきます」
と言い、カイル達は謁見の間まで歩いて行った。
「グルル」
「あ、アクセルダメだよ。少しの間大人しくしててね」
「キューイ…」
大扉の前にやってきた一行は時間になるまでここで待機しているとのことで、じっとしているのが苦手なハーピネスドラゴンのアクセルはフィオナの肩から離れようとする。
「ちゃんと言うこと聞くんだな」
「はい!この子賢くて言うこともちゃんと聞いてくれるいい子なんですよ」
「そうか。なんだかこいつを見ていると懐かしい感じがするよ」
カイルはご主人の言うことをちゃんと聞くアクセルの頭を撫でてあげると彼は気持ちよさそうに目を細め、グルルルと喉を鳴らす。
「え、カイルさんどういう撫で方すればこんなに気持ちよさそうにするんですか!?わ、私だってまだやっとこの子の撫で方が分かってきたくらいだと言うのに!」
「あ、え?いや、適当に撫でただけなんだが……」
「ええ!?ちょ、ちょっともう1度やってみてくださいよ!」
「あ、あぁ……いいけど」
「へえ、カイルってばそんな才能でもあるのかしら」
「俺にはさっぱりだが」
「グルルル……」
「やっぱり喉鳴らしてます!」
「カイルくんは魔物と触れ合う才能でもあるの?」
「ほら、そろそろ始まりますよ」
バーゼリオの声と共に大扉の向こう側から楽器の演奏が聞こえ始める。そして大扉が開かれ、バーゼリオに続いていく。
花びらが舞う中でカイルは視線を上に向けてユスティシア王女を見る。
貴族と王族だけが受け継ぐと言われる金髪のブロンドと碧眼の瞳。まだ幼さが残る顔立ちをしているが、その瞳は真っすぐと見据え、彼女もまた王族たる存在なのだと認識させられる。
(なるほど……確かに正義感がありそうな姫様だ……)
ふんわりとした淡いピンク色のドレスを身に着け、首元には宝石がふんだんにあしらわれたネックレス。レースの手袋をはめ、両手を膝に置いてじっと並ぶカイル達を見ている。
バーゼリオの隣にカイルが。その後ろの列にミレイ、フィオナ、カリンが並び、そして彼女の後ろに老騎士達が並ぶ。
並び終えたと同時に演奏が終わり、バーゼリオが片膝を折った瞬間を見てカイル達も一斉に片膝を床につき、首を垂れる。
そうしてここの王様ザリス・アル・マーレシュタイン王から在り難いお言葉を受けている時、カイルの意識は―――
(片膝をつくことなどあまりしたことがないミレイ達は大丈夫だろうか。勲章を貰うとき足が痺れてこけたりしないだろうか)
という主の心配をしており、ザリスとクラインがそれぞれ話していても全く話を聞いていなかった。
「では、次に勲章の授与式を行いと思います。皆さまはご起立ください」
(っと、そろそろか)
意識が飛んでいたカイルは慌てて意識を戻してバーゼリオと同時に立ち上がると、丁度ユスティシア王女が玉座から腰を上げ、階段を下りてきたところだった。
そしてそこへ勲章が置かれた高級そうなトレイが運ばれ、姫様はなにやら騎士から説明を受ける。
「バーゼリオ・ベルクマイスター殿!!」
「はっ!」
呼ばれたバーゼリオはすっと立ち上がり、ユスティシア王女から胸に勲章をつけてもらい、笑顔で少し会話をすると一礼して戻ってくる。
「カイル・ワグナル殿!!」
「はっ!」
立ち上がったカイルは師匠と同じように王女の前まで歩いていき、姫様が胸につけやすいように片膝をつき、胸を張る。
「あなたの噂はかねがね聞いております。パーシルがあなたの話ばかりするので、今回表ではバーゼリオ様のお話を聞きたいと言いましたが、実はあなたと一度話をしてみたかったのです。今晩のお食事を楽しみにしていますね」
「はっ!」
天使のような笑顔を浮かべるユスティシア王女にカイルは頭を下げてその場を去る。
(まじか……あの姫様なに言ってんだ……やべえ……急に食事会が怖くなってきたぞ…)
(カイル……何か言われたのですか?)
「ミレイ・ファレグスタン殿!!」
「はい!」
(なんか王女様が俺と話がしかったとか言い出して…)
(ほう、何故でしょうか)
(西の大陸のスフィニア国のパーシル王女様とユスティシア王女様って仲が良いらしい……)
(くく……!おっと、いけませんね。これはいけない。ええと、つまりパーシル王女がカイルのことを自慢していたと…?)
(あの王女様の事だ……あることないこと言ったに違いない……)
(これは誤算ですね。まさかユスティシア王女とパーシル王女の仲が良かったとは……)
(あんた……今食事時に余計な話をしなくて良かったと思っていないか)
(いえ、思っていませんとも。ええ、ちっとも)
(このやろう……)
「フィオナ・マクリルク殿!!」
「はい!」
次々と呼ばれていく中、カイルとバーゼリオは読唇術で話をしているのであった。




