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第九十話 日常あるいは平穏な日々2

日が明けて翌日。

天魔歴四九四年、十二月三一日。


久しぶりにフィガロの町中に出た俺は、食材と家財道具の買い出しを行っていた。


「という訳で、ベッドを四台とテーブルセットと食器棚と……」


「まいどありー、これを今日中に届ければいいんだね?」


「ああ、夕方までには頼むよ」


「上得意のノア君の依頼なら最優先さ」


最早馴染みとなったギリアムの店で、今日のパーティに必要な品々を買い込んで配送してもらう。

この後食材を買いに出なければならないので、自分で輸送している時間がないのだ。


「ところでギリアムは今日何か予定でもあるのか?」


「いいや無いねえ……」


「エリーを誘ってどこかに行ったら良いじゃないか、今日はファムがウチに来るし、カーミラもいないからな、チャンスだと思うんだけどなぁ」


「な、何を言っているのか良くわからないけど、まあ参考にしておくよ」


「エリー一人で可哀想だから、ウチのパーティに誘っちゃおうかなー」


「ぐっ……わ、分かった、運搬費はタダでいいから……全く、本当に商売上手になったよノア君は」


そう言って苦笑いをするギリアムの後ろでは、数名の従業員があくせくと走り回っていた。

彼もまた俺の理念に共鳴し、身寄りのないスラム育ちの子供を雇って教育しながら仕事を教えているのだ。

順風満帆とまでは行かなかったようだが、今では三名の従業員が定着し、順調に育っているらしい。


「おっと、次はアランのところいかないとな……それじゃ頼んだぞギリアム」


「あいよ、またよろしくー」


そう言って手を振ると俺は外に待たせていた黒王に飛び乗り、アランの屋敷へと向かった。

今や黒王も有名になったもので、以前は町中で待たせておくとほぼ必ず馬泥棒に遭遇したものだが、現在では黒王を襲う者はまずいない。

何しろ挑んだ馬泥棒はことごとく返り討ちに合い、警備隊に引き渡されてしまうのだから。


馬泥棒と言えば基本的には死罪となる重罪だ。

だがまあ未遂と言うこともあり、寛容な沙汰を俺の方から申し出ていたのだが実はこれがいけなかった。

盗めれば途方もない財産が手に入る上に、失敗しても死罪にならないという解釈をされてしまい、一時は窃盗団が群れをなして襲ってくるような事もあたのだ。

これは元の世界の価値観を引きずり過ぎたがための失敗だった。


そこで俺は心を入れ替えて方針を変えた。

馬泥棒を捕まえたら背後関係を吐かせて、多少の恩赦を与える。

いわゆる司法取引というやつだ。

このやり方で、フィガロ国内に巣食っていた窃盗グループを数多く壊滅させる事ができたのだ。


捕まえた窃盗団は現在収監中であるが、近くメイアが見つけた新規鉱山などの開発に回される予定だ。

鉱山労働に使えない若い女性は、俺の方で何とか出来ないかという話も来ている。

何か俺という人間が大きく勘違いされているような気がするが……


そんな事を繰り返していたら、いつしか黒王を狙おうという輩はいなくなっていた。

リスクに見合わないとようやく判断されたのだろう。

おかげで今では安心して町中まで黒王に乗って移動できる。




「お久しぶりですねノア殿、お変わりはありませんか?」


「俺は変わってないけど周りが変わった……」


「ははは、聞いていますよ、今度はエルフ族を妻に娶ったとかで、もはや怖いものなしですね」


「いやまあ……流れでそうなったというか……」


「普通の人は流れでエルフ族は娶れませんからね……」


アランの事務所に着いた俺は、応接室に通されてそこで久しぶりにアランと対面する。

今やエスカリオ家の主だった面々はあちこちに散っており、このフィガロに残っているのはアランとエルネスタくらいだ。

その為、非常に忙しい日々を送っているらしい。


アンクール方面の調査に飛んだシャリドはまだ帰ってきてはいないようだが、数日おきにコウモリ通信で連絡が届いているので無事のようだ。

バルドルはカーミラとシエルを連れてグラーナ島へ出張中、恐らく何もなければそろそろグラーナ島に到着する頃合いだろう。

エルネスタはあれから多くの時間を城で過ごしているらしい。

軍や他貴族の警戒と、ネルソンの護衛を中心に活動しているようだ。


「マリアベル様とのお話も耳に入っていますよ、たった数ヶ月でこの大躍進ぶりには驚くばかりです。

あの時あそこでノア殿と手を組んだ判断は、間違いではありませんでしたね」


「それは俺が一番驚いてるよ」


あの日、アランが俺の家を初めて訪ねてきた日。

まだ数ヶ月程しか経っていないが、もうずっと昔の事のように感じる。


「今は少々立て込んでいますが……この件が終わったらどうでしょう、皆さんとの結婚式などを挙げてみては?」


「え? 結婚……式?」


「ええ、フェリス殿ともまだなのでしょう? 恐らく立場上マリアベル様とご一緒にという訳にも行かないでしょうから、その後にでも……

ノア殿には色々なアイデアを頂いていますからね、たまにはこちらからお返しをさせて頂ければと考えていますよ」


「いや圧倒的に俺の方が世話になってると思うけど……でも、そうか……結婚式か……」


「一言頂ければ、ご希望とあらば一から十まで取り仕切らせて頂きますよ。

ノア殿は特殊ですからね、一般的なラギウス式のものをやる訳にも行かないでしょうから」


そうアランに提案されて、俺は今の今までそういう事に全く頭が回っていなかった事実を思い出した。

そして同時に、フェリス達に対してとても申し訳ない気持ちが湧いてくる。


「じゃあ……フェリスと相談してみる」


「いやいや、こういうのは夫が率先して取り仕切るものですよ。

まだ先の話ですし、全て組み上がってから発表して、夫の度量を見せてあげるのですよ」


「いやでも金の都合とか……」


「エスカリオ家を見損なってもらっては困りますね。これから共にやって行こうという方の門出を祝うのに金を要求するほど落ちぶれてはいませんよ」


羽ペンをクルクル回しながら、少しだけ困ったような顔をするアラン。

そこで俺はようやくアランの気持ちの一端を知る。


俺は祝い事というものが好きではなかった。

何が目出度いのか、祝い事をしていても、それを実感できる事が今まで無かったからだ。

ただの惰性や個人の見栄でやるもの、それが長らく俺の中での祝い事というものだった。


だが今のアランの提案は、そういうものではない。

この男は、やってもやらなくても良いことをわざわざ提案するような人間ではないからだ。

という事は、純粋に俺達に対して好意を持ってくれているのか……もしくはそれをやることに利があると考えているのか。

どちらにせよ、俺を思っての提案であることは明白だった。

それが俺には、たまらなく嬉しかった。


「……ありがとうアラン、その時は頼むよ」


「お任せ下さい」


そう言って俺達はどちらからともなく笑い、今後の事について一通り話し合った。

また、話の中で家を持たない人間への婚姻斡旋――要するに見合い仲介の話をもちかけると、思いの外興味を持って聞いてくれた。


この先フィガロを発展させるには、人的資源の有効活用が必須だと考える。

今までのように、あぶれ者は野垂れ死なせれば良いでは生産力が早期に頭打ちになる。

どんな身分であろうと、家を持ち、番を作れる環境を用意せねば人は増えないのだ。


エルフ族と交流を持ったことにより、この先フィガロの魔法技術は大きく向上するだろう。

平均寿命も上がっていくはずだ。

そうなった時、待っているのが食糧問題である。


フィガロがこれから新規領土を獲得するというのは現実的ではない。

であれば、今ある領土での生産力を上げるしか無い。

生産力を上げるには優秀な人材の育成を進めなければいけない。

優秀な人材に従って動く労働者はその十倍、百倍といなくてはいけない。

全て繋がっている。

これを実現させようとなったら、社会制度を変えていかなくては成し得ないのだ。


そして俺達は奇しくも、それを可能にできる立場になりつつある。

アイデアは次から次へと溢れ、それを興奮したようにアランが書き留めて検討していく。

こうして俺達は長い時間、どうしたらフィガロが良くなるかについて話合った。



――――



アランの事務所を出て、一通り町を回る。

ずいぶん長い間話し込んでしまったようで、日は既に傾きつつあった。


アランと話している間に、アランの部下が食料品は手配してくれたらしい。

外に出ると、黒王の背中に巨大な荷物がくくり付けてあった。


俺は黒王に跨り、来た道を戻る。

途中で俺の姿を見て手を降ってくれる人もいた。

知らない人ではあるが、向こうは俺を知っているのだろう、もしくは黒王を見て誰なのか見当が付いたと言ったところだろうか。

自分が注目されているという事が実感として分かる。

それは何とも気恥ずかしくて、少しだけ誇らしくて、そして、とても嬉しかった。




家に帰ると皆が集まってくる。

俺は買い込んだ食料を下ろし、ミルフィオリ達に渡した。

今日はこれからパーティの準備だ。

まだ日は出ているが、招待客が多く大量の料理が必要になる為、今から準備を始めるのだ。

朝方ギリアムに頼んだ家具類は既に届いていたらしい。

ユミナが部屋に運んでくれたようなので思いっきり褒めておく。


「社長!」


そんな事をしていると、パーティ準備のために仕事を早めに切り上げたジャンヌ達がこちらにやってきた。

手には何やら羊皮紙を持っている。


「期待しててね、美味しいもの作っちゃうから! ほらグリム、早くいらっしゃい!」


そう言ってご機嫌で家の中へと入っていくジャンヌ。

その後を最年少のグリムがトテトテと付いていく、いつもの光景だ。


そして遅れて、いつも通り二人並んで歩いてくるザックスとミランダがいる。


「社長これ、今月の収支報告書」


そう言ってザックスが俺に羊皮紙を渡してくる。


「ん? これはミルの担当じゃなかったか?」


「ミル姉最近忙しいから、皆で一通りやり方覚えて、持ち回りでやろうって事になったんです。

今回は俺の番だけど、初めてだからおかしいところがあったら言って下さい」


不測の事態で人が少なくなっても事業が回るように、子供達が独自に動き出したという事らしい。

何という事だろうか、この子らはこの短期間で、俺以上にこの工場のことを考えるようになっていたのだ。

嬉しすぎて目頭が熱くなってくる。


「どれ……」


潤む目を誤魔化すように渡された羊皮紙を持ち上げて、内容に目を通す。

そうして一通りの計算に間違いがないことを確認し、純利益の欄を見た時に俺は目を疑った。


「ザックス、これはちょっとおかしいだろ。純利益が金貨九枚、銀貨三七枚って……」


明らかに異常な数字だ。

三〇日間フル稼働していたとしても到底この数字は出せないだろう。

何より原材料である加工済綿花が入ってこない。

アランと契約している綿花の納入数には限りがあるのだ、それら全てをこなしたとしてもこうはならない。


「ジャンヌが新開発した糸紡ぎ法を、ミランダも覚えたので速度が上がりました。

その間俺達は街に出て仕事を取って、アラン様から受ける分以外の仕事も増やしました。

後は綿糸以外にも絹糸、麻糸の受注も初めて……こっちはエリザベート様からの紹介で……」


「……は?」


意味が分からない。

いつの間にそんな事をしていたんだ……だって、俺がいなかったのはたった二〇日くらいなんだぞ?


「社長にばかり頼ってたらいけないからって……皆で決めたんです。

勝手な事をして申し訳ありません、お叱りは皆で受けます」


「アランはこの事は知ってるのか?」


「はい、アラン様に初めに相談して、他の仕入れ業者の方を紹介して頂きました」


アランの奴め、知ってて言わなかったな。

だが、だがこれは……おかしい、俺が思っている従業員ってのはもっと、受け身であるはず……


「社長が、私達が会社を背負うのだと言われていたので……何とかこの仕事を皆に知ってもらおうと……」


いつもは寡黙なザックスが、それに至った経緯を俺に話す。

このシドー縫製工場を大きくするにはどうしたら良いか、外との橋渡しを俺ばかりに頼ったままで良いのか。

俺が旅立った日の夜、皆で考え、そして皆でこうしようと決めたのだという。

そしてフェリスやアランに意見を聞き、了解を取った上で行動を始めたらしい。


確かに俺は「会社を背負って」とは言った。

だがそれは、要するに定型文だ、かつての日本のどこの会社でも同じようなことを言う、それを真似ただけだったのだ。

しかしこの子らは違ったのだ、本気でその言葉を受け止め、本気で考え、行動した。


数ヶ月前までは、スラムの片隅で小さくなって生きていた子供達は、もう立派な企業戦士になっていたのだ。

その恐ろしいまでの成長力、そして純粋なひたむきさに驚きを禁じ得ない。

そして……こんな事をされてしまったら……俺は。


「……分かった、俺の考えはパーティの時に伝える。まずは行って準備を手伝ってきてくれ」


「はい!」


そう言ってザックスとミランダは一礼し、その場を去る。

周囲に誰も居なくなった事を確認したところで、俺はゆっくりと羊皮紙を下げ、天を仰いだ。


こんな事をされてしまったら、泣くなというのが無理というものだ。




たっぷり三〇分はかけて涙を引かせ、辺りを見回せばもう薄暗くなっていた。

俺を慕ってくれている人間が、力強く成長してゆく。

それがこんなにも嬉しいことだったとは。

きっとここに来なければ、この気持の切れ端ですらも一生味わう事は無かったに違いない。



「何、黄昏れてんのよ」



唐突に後ろから声がかかる。

間違える筈もない、俺が最も尊敬している少女の声だ。


だがこんなところに居るはずはない。

その人は王女様だし、何より今日は呼んでない。


俺はようやく涙の止まった顔を振って、後ろを振り返る。

そこには、白いドレスを着てユニコーンに跨ったマリアベルがいた。


「相変わらず辛気臭い顔してるわね」


「……ほっとけよ」


そう言って、当たり前のように差し出した手を取り、マリアベルは地面へと降りる。


「呼んでないんだが」


「私だってわざわざアンタの辛気臭い顔なんて見に来たくなかったわ」


そう言ってにひっと笑うその笑顔は、年相応でとても可愛らしい。

いつものやりとり、それが俺の心を正常に戻していった。


「まあ来ちまったもんは仕方ない、庶民のパーティにご参加頂けますか王女様?」


そう言って俺は見よう見まねで手を差し出す。


「いいわ、特別に参加してあげる」


マリアベルはいつも通り毒を吐きながらも嬉しそうに俺の手を取り、そして俺達は家の中へと入っていった。


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