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第八十九話 家族がふえるよ!

「お帰りなさいませ旦那!」

「旦那おかえりなさい!」

「おかえりやす!」

「オラァ、旦那のお帰りだ、扉を開けぇ!」


久しぶりの我が家に到着した俺が見たものは、家の扉の前に整列し、大声で帰還の挨拶をするむさ苦しい男達だった。

家の留守の警備を任せていた、アストリア団の面々である。


「お疲れ様、留守の間変わったことは?」


「何もありやせんぜ、礼儀のなってねえ阿呆が何人か来やしたが、追い返しておきました」


「そりゃご苦労様」


報告を聞く限りでは特に問題は起きなかったようだ、良かった良かった。


「じゃあ取り敢えず警備は今日まででいいかな……」

「お父様!」


俺がアストリア団の面々とそんな話をしていると、家の中から一人の少女が飛び出し、俺に飛びついてきた。

ミルフィオリだった。


「お父様! おかえりなさいませ!」


「あ、ああ、ただいまミル」


俺に飛びついたミルフィオリは、首や頬にキスの嵐を降らせた。

いい匂いで気持ちいいのだが、皆の前でされるとちょっと恥ずかしい……


「ミル、ちょっと……風呂入ってないから」


「関係ありません、ああ……お父様の匂い……」


ミルフィオリはそう言って、俺の首筋をクンクンと嗅いでいる。

何だかちょっと性格が変わっている気がしないでもない。

一体俺のいない間に何があったんだ……


「良かったなミルちゃん、お父さんにやっと会えたな」

「ああ、えがったえがった」

「ずっと旦那の事を心配してたからな」

「だ、旦那、ミルちゃんを……ぼくにください」


俺とミルフィオリのやり取りを見て、アストリア団の面々がうんうんと頷く。

一部不穏な発言が聞こえたような気がしたが気のせいだろう。

と言うかお前らフェリスファンクラブじゃなかったのか。


「姐さんは女王様って感じだが、ミルちゃんはなぁ」

「ああ、娘って感じだな」

「みんな独身だけどな」

「ミ……ミルちゃん……」


どうやら俺のいない間にミルフィオリファンクラブも立ち上がっていたらしい。

若干一名ほど、危険な感じの会員がいるようだが……


「ミル、とりあえず皆に残りの給金を」


「はいお父様! 只今!」


そう言ってミルフィオリは大急ぎで家に飛び込み、給金袋を持って来て皆に渡していた。


「それでは皆様、長い間お疲れ様でした」


そう言ってミルフィオリがにっこり微笑むと、アストリア団の面々は一様に顔を崩す。

これは天性のアイドル気質なのか……単にアストリア団がそういう性格なのか……


「ああ、これは俺からだ……年末だし、皆で酒場にでも行ってパーッとやってくれ」


そう言って俺は一晩十分に遊び尽くせる金額をアストリア団に渡した。


「おおっ! さすが旦那!」

「なかなか出来ない事を平然とやってのける!」

「そこにシビれる憧れる!」

「ありがてえ、ありがてえ!」


「キッチリ仕事してくれたからな、お年玉みたいなもんだと思ってくれ」


「オトシダマ?」


「ああいや、何でもない……その、楽しんできてくれ」


そうして意気揚々と夜の街へと消えていくアストリア団の面々を見ながら俺は考える。

見合いのセッティングって、アランに言えば何とかなるのかな……




家の中に入った俺は、皆からの熱烈な出迎えを受けた。

一ヶ月にも満たない期間ではあったが、その間、常に心配事が耐えなかった。

それはここに残った皆も同じだったのだ。


俺達は互いに無事を喜び、再開を楽しんだ。

自分がこんなにも待ち望まれていたと強く感じる度に、俺は感激で涙を堪えるのが難しいくらいだった。


しかしそんな感動の渦の中にも、やはり試練は訪れるのだ。

それはミルフィオリの一言から始まった。


「ところでお父様、そちらの“お客様”をご紹介して頂きたいのですが」


妙に「お客様」の部分を強調してそう話すミルフィオリの顔は、いつも通り穏やかな笑顔だ。

いつも通り……のはずだ。


後ろを振り返ると、部屋に入り物珍しそうに辺りを見回しているルビーナと、俺の後ろにピッタリくっついているヘリオトロープ。

そしてメイアの影に隠れてコソコソこちらの様子を伺っているフローワがいた。


「あ、ああ……紹介するよ、こちらがベルレッタ村の族長の娘さんで、ルビーナだ」


「よろしくお願い致しますわ。人族の風習などは分かりませんので、色々と教えて下さいませ」


そう言って優雅に礼をするルビーナに、ミルフィオリ達も慌てて礼を返した。


「……すてき」


そんなルビーナを見て、ジャンヌが目を輝かせている。

どうやらジャンヌはルビーナの事を気に入ったようだ。


「ヘリオトロープです。

マスターであるノア様の僕としてお仕えさせて頂いております、よろしくお願い致します」


簡潔な中にも問題発言を多く含んだヘリオトロープの挨拶に、皆が一瞬固まる。

後ろの方で「また新しい奥さんだ」とか「社長は小さい子が好きなんだ」などの子供たちが話し合う声が聞こえるがここは無視だ。

むしろ心配なのは……


俺は部屋の隅で小さくなっているユミナを確認した。

一番に飛び出してくるかと思ったらそうでは無かった。

見れば隣にフェリスがいて、何やら耳打ちをしている。事情を伝えているのだろうか、ナイスフォローだフェリス。


「しもべ……」


隣りにいたミルフィオリがぼそっと呟くのが聞こえた。


「ヘリオはそういうんじゃないんだ、ちょっと複雑な事情があって、しばらくウチで預かるつもりなんだ」


「それは、詳しくお教えして頂けるので?」


「も、勿論だとも」


俺はしどろもどろになりながらもミルフィオリに事情がある旨を話す。

込み入っているのですぐには無理だが、後で時間を作ってゆっくり話そう。

さて次はフローワ、これでとりあえずは大丈夫なはず。


「ベルレッタエルフ族のフローワです。アリストロメーアの母親になります、よ、よろしくお願いします……」


その自己紹介に、子供たちはさらに騒然となる。

「母親!?」「若い!」「見えない!」と言ったような事を言い合っていた。

案外普通の反応でホッとした。


「……お父様、こちらのお方は?」


しかしミルフィオリはそれだけでは済まなかった。

更なる説明を俺に求めてくる。

おかしい、何も気取られるようなことはしていないはずなのに。


「フローワはその、ルビーナと同じようにしばらくウチで預かる事になってるんだ。

年が明けたら専用の家を建てて、そっちに移ってもらうつもりだから……」


「しばらく? いずれお帰りになるのですか?」


「あ……えーっと……」


「ならないんですね?」


「……すまん、フローワは多分、ウチでずっと預かる」


「お父様が謝られる事は何もありませんよ……預かるだけでしょうか?」


何故か分からないが、ミルフィオリがフローワについてしつこく食い下がってくる。

おかしい、何も俺はバレるようなことはしていないはずだ。

だが……終始微笑みを絶やさないミルフィオリの胸の内が読めない。

この娘、一体どこまで知っているんだッ!?


「……ミルの義母が……増えるかも」


結局俺はこのプレッシャーに打ち勝つことは出来ず、間もなくして洗いざらいを吐くはめになった……





「お父様は大変魅力のあるお方ですから、妻を増やすなとは言いません。

ですが受け入れる方にも準備というものがあります、ユミナ様がまた不安になってしまったらどうするんですか」


「……すいません」


「お仕事で大変でしたのはお察し申し上げますが、まずは家族に事情を説明してから紹介するとか。

そういう気遣いが大切なのではないかと思います」


「……はい」


「罰として今日は私がお体を隅々まで洗って差し上げます」


「ありがとうございま……ええっ!?」


我が家に新しく増えることになった居候、その波乱の自己紹介が終わった後、俺達は何故か皆で風呂に入っていた。

旅の間はろくに風呂も入れない状態が続いたので、とにかくまずは身を綺麗にとの事でミルフィオリが用意してくれたのだ。

そして俺が湯船に入って人心地ついていると、何故かミルフィオリが入ってきて、それを追うように他の面々も姿を表した。


かくして現在、シドー家の風呂は主だった女性陣で埋め尽くされ、まさに絶景というべき光景が俺の前に広がっている。

驚いたのはルビーナまでが何の躊躇いもなく湯船に入ってきた事だった。

エルフはそういう文化なのかと聞いたところ「猿と一緒に温泉に入って恥ずかしがる者はいないでしょう?」と真顔で返された。

悪意は無いのだろうが、この先問題を起こさずにフィガロでやっていけるのだろうかと少し心配になる。


とは言えこれは眼福だ。

しかし眼福過ぎて若干目のやり場に困る。

禁欲生活が長かったせいか、どうあっても興奮してしまうからだ。


今俺の前には、足の間に座って胸板に体を預けながら俺に説教をしていたミルフィオリがいる。

ミルフィオリ曰く、娘ポジションなのだそうだ。

そして両脇にはユミナとヘリオトロープが座っている。

ルビーナはさすがにジロジロ見られるのは嫌なのか、少し離れた反対側に陣取っており、フローワもその隣で顔まで湯に浸かる勢いで小さくなっていた。

フェリスはというとユミナの隣で宙を見ながら何やら考え事をしているようだった。


「お父様、お体は……」


「い、いや、俺は後で洗うよ」


執拗に体を洗いたがるミルフィオリだが、今立ち上がる訳にはいかん。

立ち上がったが最後、やる気を一二〇パーセント出している俺のジュニアを見られてしまう。

こんな絵面の中で、そんな姿を見られたら……今でさえミルフィオリの背中に当たっているというのに。


ミルフィオリは嫌じゃないのだろうか?

そう思ってそっと顔を覗き込んでいると、何だかんだと説教臭い事を言っているのとは裏腹に、その顔は真っ赤に染まっており

よく見れば湯の中で太ももを擦り合わせてしきりにモジモジしていた。


これはいかん。


倫理的にやばいと感じた俺は、ミルフィオリを抱き上げて隣に移動させる。

そして代わりにユミナを俺の前に持ってきた。


「ふえっ!?」


ユミナは驚いたような声を出し、直後に背中に当たるものに気付き、やはり顔が真っ赤になる。

だがユミナならいい、何と言っても奥さんだからな。



「このお湯は誰が作っているんですの?」


ミルフィオリが退けられてむくれていると、湯船の向こうからルビーナがそんな問いかけをしてくる。


「ああ、今日はミルフィオリがやったはずだけど……」


「このお風呂、薪で温める方式では無いですわね、どうやって沸かしたんですの?」


「魔法で……だよな? ミル」


「はい」


「あら、魔法が使えるのですか……確かにそれなりのマナをお持ちのように見受けられますが。

ですがこの湯量を温めるのは大変でしょう?」


「それほどでも……五分くらいでしょうか?」


「ご、五分? この湯量で五分ですって!?」


ルビーナは驚いたように立ち上がってミルフィオリを凝視している。

そんなに驚く事なのだろうか、ルビーナ辺りであれば当たり前のように出来る気がするが。

まあウチの風呂は大きいからな、多少大変なのは仕方ない。

何と言っても湯船はちょっとした銭湯並の大きさがある、十人は余裕で入れるからな。


それにしてもルビーナの体はさすがにキレイだ。

こんな体を惜しげもなく見せてしまうのだから、エルフってのは気前がいい種族だな。

そしてまさか下の毛まで緑だったとは、擬態を解くと金色になるんだろうか……


「ど、どんなやり方をしているんですの!?」


「えっと……ふつうに? でしょうか」


「普通なわけがないですわ!」


なんだかいつになくルビーナが興奮している。

風呂わかしと言うのは、一般的には風呂釜の底にある鉄などの熱伝導率が良いものに対して炎などで熱を浴びせ、その熱で湯を沸かすのが一般的だ。

以前セルマの港町に立ち寄った時に入った風呂は二人で入ったらいっぱいの小さなものだったが、確か沸かすのに三十分ほどかかっていたような気がする。

そう考えると確かにこの規模で五分は早いのか。

今までシエルが当たり前のように沸かしていたから、特に気にしたことが無かったな。


「ミル、どうやってるのか教えてやってくれ」


「はい、お父様」


何だか風呂の沸かし方に疑問があるようなので、ミルフィオリにやり方を説明させに行く。

ついでに俺も興味があったので一緒について行ってみた。

決してルビーナやフローワの裸を間近で見たいからと言うわけではない。

ほんとうだよ?



ルビーナの近くに移動したミルフィオリは、風呂桶にお湯を移した後に手を添える。

するとどうだ、十秒もすると桶の中のお湯からもうもうと湯気が出始まったではないか。


「なっ!?」

「これは……」


その実演を見たルビーナとフローワは、驚愕に目を見開いた。

俺から見てもすごい魔法だという事は分かる。

詠唱も何も必要とせずにこんなに早く湯を沸かせるとは……


「マナを直接、分子運動を加速するエネルギーに変換しているのか!?」


「そ、そんな技術……人族が持つなんてありえませんわ、私ですら術式の構築に膨大な時間がかかりますのよ!?」


「いやしかし、この短時間でここまでの温度上昇を引き起こす現象は他に説明が……」


二人は俺の目の前で浴槽から乗り出し、外に置いてある風呂桶に意識を集中している。

その結果、俺の目の前には今、キレイなお尻が二つ、あられもない姿で並んでいるのだ。

先程まで恥ずかしそうに身を隠していたフローワまでが、今では周りの目など気にならないといった様子だ。

これをパラダイスと言わずに何と言おう。

ありがとうミルフィオリ、これで俺、また戦えるよ……


それにしてもミルフィオリの使う魔法はそんなに凄いものだったのか、さすが暗黒竜直伝の技だ。

ミルフィオリは二人のエルフにあれやこれやと質問攻めに合っているが、専門的な知識を持たないミルフィオリはその内容にうまく答えられないでいる。

何しろミルフィオリ達は理屈を理解して魔法を使っている訳ではない。

シエル式の特殊な反復練習を経て、特定の魔法の使い方のみを体に叩き込まれたに過ぎないのだから。


「おい、あんまりミルフィオリを困らせるなよ。お前らみたいな専門知識がある訳じゃないんだら」


「知識が無くてこんな魔法が使えるわけがありませんでしょう!?

貴方今まで何も感じなかったんですの?」


「うーん、そういうもんなのかなってくらいしか思ってなかったな」


「……呆れましたわ」


げんなりした様子でため息をつくルビーナに、ミルフィオリや他の子供たちは、シエルという女性から魔法を習ったという事を説明する。

シエルの正体についてはまだ秘密にしておいたほうが良いだろう。

言ったところでどこまで信用されるか分からないがな。


「分かりましたわ、ではベルレッタへの留学の際にはこのミルフィオリを派遣しなさい。

これほどの才能を貴方の小間使いで終わらせるなんて、世界的な損失だということを分かっておりますの?」


「いや、それは……国王が決めることだから……」


「ならば私がフィガロ王に進言致しますわ。

それにミルフィオリの師であるシエルという女性も……その方と会わせて頂けるまで、私はここを離れませんから」


「親の仇はいいのかよ……」


「それはそれ! これはこれ! ですわ」


どうやらルビーナは、ミルフィオリと、それに魔法を教えたシエルに並々ならぬ興味を持ってしまったようだ。

ベルレッタ最強の魔術師というプライドがそうさせるのだろうか。

シエルと引き合わせる時が非常に心配ではあるが……ともかく家の人間と仲良くやっていけそうではあるので良かった。




風呂から出ると、どうやら旅の疲れが出たようで一気に脱力した。

簡単な食事を取った後、雑談もそこそこに二階のベッドへと向かう。

ルビーナとフローワは一緒の部屋で寝てもらい、ティアマトは一階のソファで番犬のように座ったまま寝ている。

ミルフィオリは風呂から出た後、他の子供達と共に従業員寮の方へと戻っていった。

恐らくフェリス達に気を使ったのだろう、できた娘である。

さらに残ったヘリオトロープに客用のベッドを充てがって、俺は自室で一人、ベッドに潜り込んでいた。


程なくして俺のベッドにもぞもぞと潜り込んでくる影がある。

フェリスだ。

その目は赤く輝き、黄金の髪が俺の体に触れる。

何も言わずにその体を抱きしめ、そして口吻を交わす。


愛おしい。

愛している。

理屈なんて無い、ただその事実だけが俺の中から途切れること無く溢れ出した。


「会いたかったぞ、主よ」


「俺もだ」


誰よりも誰よりもそう思っているだろうに、フェリスは人前では決してそれを口にしない。

最も高い位に存在し、最も俺と近しい存在であるフェリスは、それを主張しない。

分かっているからだ。

お互いにとって、誰が最も大切なのかということが。

だから口に出すのは最後で良い。

フェリスはそういう女なのだ。


「血がほしいのじゃ、主の血が……」


「いいぞ、だけどその前に」


そう言ってベッドから顔を出すと、そこには部屋の隅に立っているユミナがいた。

ユミナもまた、俺の帰還を心待ちにしていた一人だ。

そして俺も同じ気持ちである。


「良いぞユミナ、こちらへ来るが良い」


「で、でも……今はお姉様が」


「今宵は寒い、二人よりも三人のほうが主も温まるであろう」


同じく顔を出したフェリスがユミナを呼び寄せる。

それを聞いたユミナは、嬉しそうな顔をすると、あっという間に服を脱ぎ捨てて飛び込んできた。


「ご主人様! ご主人様! ご主人様!」


俺の胸に顔を擦り付けるようにしてユミナが抱きつく。

久しぶりの感覚。あのベルレッタへと向けて旅立つ前夜の記憶が蘇ってきた。


「ふふ、ユミナよ、今宵は二人で主を導いてやろうぞ」


「はい、お姉さま」


「どれ、我らが主の疲れを癒やしてやる故、まずはそのまま楽にしておるが良い」


そう言って寝転がった俺の上に、二人の少女が覆いかぶさってくる。

嬉しいような、怖いような。

夜はまだ、始まったばかりだった……


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