第八十八話 意外な結果
「全く……いきなり目の前でイチャつかないで欲しいですわね、破廉恥な」
「すまん、つい……ところで、ルビーナはなんで平家物語を知ってたんだ?」
「何という物語なのかは知りませんでしたが……五〇年位前だったでしょうか、山中で魔法修行していた時に出会った方に教えて頂きましたのよ」
五〇年前に山中で平家物語を教わった……嫌な予感しかしない。
そもそもそんな奇特な人物なんて、俺は一人しか知らない。
「もしかして、変な鎧を着た生意気そうな子供と、獣人族の女の人か?」
「何故分かったのです?」
「……あいつら、本当にどこにでも出没するんだな」
俺はルビーナに、そいつがクロウ・ヨシツネだと教えると飛び上がって驚いていた。
何でもベンケイに戦いを挑んであっさり敗れ、その後ベンケイから魔法の手ほどきを受けたらしい。
その間クロウの方はずっと何か本を読んでおり、それが平家物語だったという事のようだ。
「しかし、五〇年も前の事をよく覚えてたな」
「一度読んだ本の内容くらい覚えているものでしょう?」
むしろ何故忘れるのかと不思議そうにそう問い返すルビーナを見て、天才ってこういうヤツの事を言うんだろうなとしみじみ感じた。
その後、俺達はネルソン達待機組を呼び、同じ映像を見せる。
シャルルの説明映像は、黄金の球体――オーブに触れることで何度でも再生する事ができた。
説明を聞いた後の反応は様々だったが、ネルソンなどはシャルルの説明に何度も何度も頷きながら、感慨深そうにその話に聞き入っていた。
また、その後に簡単に部屋にあった品々の確認が行われたのだが、これが思った以上の宝の山である事が判明する。
まず目を引いたのは、シャルルによって書かれたと思われる様々な著書。
共通語で書かれた詳細な歴史を記した書物や、主にイタリア語で書かれた天族に関する考察、シャルルが独自に研究した魔法理論をまとめた本など。
それらは実用的価値と歴史的価値の両面で途方もない力を持った遺産であった。
また書物以外にも、未使用と思われる魔光灯が数十個保管されており。
魔族が作ったと思われる様々な装飾品や、古代人が作ったと思われる器具などが多数発見された。
そんな中で、少し大きめの長方形の鉄の箱を開けた俺は、その中身を見て目を疑った。
「うへひゃあ!」
あまりに驚いて変な声が出てしまったくらいだ。
それもそのはず、その箱の中に入っていたのは、切り取られた人間の胴体と右足部分だったのだから。
そして、箱の裏側には紙が貼り付けてあり、こう書かれていた。
“封印された魔王の体の一部”
魔王……そういうのもいるのか……
そんな事をぼうっと考えていた俺だったが、ふとあることを思い出す。
カズマの存在だ。
確かあいつは昔、異世界の魔王とか呼ばれていて、体をバラバラにされて封印されたと言っていた。
もしかしてこれって、カズマの体なんじゃないのか?
見ればその体は、まるで生きているかのように瑞々しく、切断面は黒くなっていて血が出ている様子もなかった。
どう見てもただの死体ではない。
「主よどうした……これは……」
俺の情けない悲鳴を聞いたフェリス達がこちらにやってきて、同じように絶句する。
「ああ、多分さっきの報告の中で話したカズマって奴の体だと思う」
「異世界の魔王か……主の話を聞いた時はおとぎ話では無かったかと驚いたが、よもや父上がその体を持っておったとはな」
俺がカズマに聞いた話では、カズマの体は七つに分けられて封印されたらしい。
そのうち少なくとも頭部はあったので、これで残りは四つ以下になるはずだ。
どこにあるとも分からないパーツの内二つが見つかったのだ、さぞかし喜ぶことだろう。
「じゃが主よ、勝手に持ち出す訳には行かぬぞ」
フェリスの冷静な忠告で我に返る。
そういえば今この城はフィガロのものなのだ、当然この場所もフィガロに所有権がある。
しかもモノがモノだ、伝説の魔王に体を返すなどと言ったら、許可が出るはずがないではないか。
しかし見つけてしまった以上、黙っている訳にも行かない。
それに俺は、カズマの体を探す手伝いをすると約束したのだ。
「陛下……少しよろしいですか?」
「うん? 何かね」
共通語で書かれていた歴史書を食い入るように読んでいたネルソンに声をかけ、事情を話す。
ネルソンは俺の話に、一瞬だけ顔を引きつらせた後、しばらく悩んで首を振った。
「さすがに、今すぐ返すというのは現実的ではないね」
「でも、あいつはフィガロには手を出さないって約束してくれましたし……」
「だが君の話では、彼は地上全ての者に対して憎しみを抱いているのだろう?
魔王には魔王なりの事情があるというのは理解したが、力を取り戻したら復讐を始めないという確証はどこにもない」
ネルソンの言う事はもっともだ。
カズマがフィガロに手を出さないと言ったのは、それなりに信用できる事ではある。
しかし他の地域の人々、とりわけ天族と魔族は絶対に許さないだろう。
力を取り戻せば、天族や魔族に対して戦いを挑んでもおかしくはない。
もしそんな事になってしまえば、世の中は再び戦乱の時代になるだろう。
たとえカズマがフィガロには手を出さないと言ったところで、戦争になってしまえばそんなものは何の意味もなくなるのだ。
だが俺自信としては、カズマに対する同情も大きい……何とかしてやりたいと思う。
だって、同じ時代に生まれた、同じ国の人間だったのだから。
そんな人間は、もう他にいないのかもしれないのだから。
「時にノア君、この部屋の品物は誰の物だと思う?」
しばし沈黙が流れた後、ネルソンは不意にそんな事を言いだした。
「え、それは……フィガロのものだと思います」
「本当に? ここを作ったのはフェリス殿の父君だし、この部屋もフェリス殿の血がなければ開かなかったというじゃないか」
俺は質問の意図が掴めず、フェリスの方を見る。
フェリスは俺の方を向いて、そしていつものように小さく頷くだけだった。
つまり、俺の思うようにという事だ。
「この部屋にあるものは、どんなに少なく見積もっても国が買える程の価値があると思うよ。
だったらこの部屋のものを持って、新しい土地に行って、自分だけの国を作るということも……出来るんじゃないのかな。
ノア君、君の持つその人脈と、力と、この財産があればね」
それは衝撃的な提案だった。
考えたことも無かった、俺自信が国を作るという事。
しかし思ってみれば、それが俺の理想に最も近い場所を作る手段となる事は明白。
しかもここにある財産と、俺の周りの有能な人材、それらを使えば確かに可能ではないか。
このような天族の拠点に近い場所ではなく、もっと遠方の……それこそ日本を目指して移動したって良い。
ナーガやティアマトの協力さえあれば、それはそこまで難しいことではないように思える。
そこに、俺の、俺だけの国を……フェリス達が安心して暮らせる国を……
だがそこまで考えて、俺は首を振った。
「いいえ、ここにあるものは全てフィガロのもの。
その用途は全て陛下のご判断に委ねます」
「いいのかい? 私だって人だ、これほどのモノがあれば目を奪われ、君達の意図しない事にその力を使ってしまうかもしれないよ」
「陛下がそのような人であったなら、自分に意見を聞いたりはしませんよ。
それでももし、そういう事が起きてしまったのだとしたら……」
「そうじゃな、妾と主で、王の横っ面でも張って正気に戻してやろうかのう」
俺とフェリスは互いに手を取り、そして、この部屋の財産全てをフィガロに寄贈する意志を伝えた。
「それは……責任重大だなぁ」
俺達の意思を確認したネルソンはそう言いながら頭を掻いていたが、その顔は終始穏やかだった。
その後シャルルの部屋にあった品物を一通り確認し、詳しい調査は後日に持ち越される事となった。
なにぶん未知の品物が多く、また、取扱に注意しなくてはいけないものも少なくなかったからだ。
用途などは一通り記載されてはいたのだが、フィガロに勤める文官レベルの人員ではまず扱えないものばかりであり
詳細な調査にはメイアやフローワといった深い知識を持った人員が不可欠であった。
また、イタリア語で書かれた書物も多くあり、そういうものは現状ではヘリオトロープ以外解読できないという事情もあったのだ。
さらに言えばモノがモノだ、こんな古代の遺産が城内にあったなどと言う話は、不用意に広めるべきではないというのが皆の見解であり
それに同意したネルソンは、一旦シャルルの部屋を封印することにした。
シャルルの部屋の前で再び例の呪文を唱えると、部屋は瞬く間に元の倉庫に戻る。
「……ヴァンパイアという種族が凄いのか、シャルル殿が凄いのか、何にせよ我々の理解を超えているね」
その様子を見ていたネルソンがしみじみと言う。
その手には一冊の本が握られていた。
「陛下、それは?」
「ああ、これはシャルル殿が書いた歴史書だよ。
我々が使う文字で書かれていたので、これだけでも先に確認したいと思ってね。
なに、他の者には見せないから安心したまえ」
その本には、世に出回っていない数々の失われた歴史が書かれているのだそうだ。
天族などに歪められたものではなく、シャルル自身が見て集めた情報による、魔族統治時代千年間を綴った歴史書らしい。
間違いなくトップクラスの世界遺産だ。
「それとノア君、先程の魔王に関してなのだが」
封印された体については他言無用。
そう言われると思っていたのだが、それは違っていた。
「すぐには難しいが、落ち着いたらそのカズマという人物に会ってみたいと思う。
その上で、あの体をどうするか決めたい。その際の橋渡しはお願いできるかな?」
「え? は、はい、勿論です! でもなんで……」
「一つは君の仕事を信頼しているからだよ。その魔王はフィガロには攻撃しないと約束したのだろう?」
「はい、それは勿論」
「もう一つはそうだな……言ってしまえば意地だね」
「意地……」
ネルソンはそう呟いた後、それに関しては特に何も言わなかった。
ただ何かを決意したような、時代の先を睨みつけるようなその目で、手に持ったシャルルの歴史書に目を落としていた。
それが何を意味しているのかまでは推し量れなかったが、カズマの事について前向きに動いてくれるという事が分り、俺の心は幾分和らいでいた。
こうしてエルフ村からの帰還報告も終わり、俺達は一路懐かしの我が家に戻ることとなった。
メイアやユニコーンなどは先に家に戻ってもらったのでここにはいない。
帰ったら報告する事が山積みだ。
先に帰った連中がうまく伝えてくれているといいんだが……
そうして城の敷地から出ようとしてた時、不意に背後から名前を呼ばれて振り返る。
見れば、ガドラスが手を振りながらこちらに走ってくる様子が見えた。
「ようノア、帰って来てたなら兵舎に顔出せよ」
「今日の昼前に付いたばかりだよ、色々報告があって今までかかってたんだ」
着いた時はまだ日は高かったのだが、もう既に傾いている。
報告と調査で四時間以上は城にいたからな……
「俺の方はもう少し前には戻ってたんだけどな、あまり良くない結果になったから、簡単な報告だけでも先にと思ってな。
お前の姿が見えたから追ってきたんだ」
「良くない結果?」
ガドラス達には、俺がエルフの村に行っている間、ロシュフォーンへ調査をしに行ってもらっていた。
フェリスの長年の僕であったマイバッハというスケルトンの安否を確かめる為にだ。
そこで良くない結果と言われれば……マイバッハが殺害されていたという結果が頭を過る。
「ああ、立ち話なんで取り敢えずあったことだけ言うが……言われた場所には何もなかった」
「……え? 中洲がある場所が見つからなかったのか?」
「いや、お前に言われた通りの場所はあったさ。だがな、そこに洞窟なんてどこにも見当たらなかったんだよ」
「そんな馬鹿な!? 洪水かなにかで埋まったとか?」
「勿論色々調査はした。何か埋まってないか掘り返したり、場所が違うんじゃないかと中洲の周りを探索したり……
あとは同じような中洲が他にもないか、上流と下流を一〇キロメートルほど歩いてみたが、それらしい場所は無かった」
「そんな……」
ガドラスの話を聞き、フェリスが青ざめた顔を見せる。
しかし調査したのは他でもないガドラスなのだ、この男が適当な仕事をするとは思えない。
俺が思っている以上に念入りに調べてくれたはずだ。
それでも見つからないというのだから、本当に無かったのだろう……原因は分からないが。
「とりあえず今は簡単な結果報告だけだ、詳しい話は後で皆でお前の家にでも行った時に話す、またその時にな」
「あ……そういう事ならガドラス、明日の夜なんかはどうだ? 身内でパーティをやる予定なんだけど、ついでにその時にでも」
手を上げて持ち場に戻ろうとしているガドラスに、俺は思いついたことを投げかける。
明日の夜は皆で年越しパーティをやる予定なのだ、人は多いほうが楽しいだろう。
「明日か……年初の祭事の警備は明後日の昼からだから、それに間に合うなら問題ないな」
「ベッドは用意しておくから、俺の家に泊まって直接城に向かえばいいさ」
「ほう、なら行かせてもらうぜ、俺の方も丁度話したい事があったところだしな。
調査に行った面子にも声かけていいのか?」
「もちろんだ、全員で来てもらっていいよ」
「了解だ、楽しみにしてるぜ」
そう言って嬉しそうに笑うと、ガドラスは再び仕事へと戻っていった。
「……マイバッハ」
その後姿を見ながら、フェリスが寂しそうに呟く。
誰もいなかったとか、結界で入れなかったとかであればまだ理解も出来た。
しかし何もなかったとはどういう事だろうか。
確かに洞窟の入り口は外からは見えにくくはなっていたが、中洲自体がそう大きなものでもないし、少しでも調べたなら見落とすという事はないはずだ。
では何者かが洞窟を埋めたのだろうか。
あの洞窟はかなりの広さがあった、あそこを土砂で全部埋めようとしたら並大抵の工事ではない。
できたとしても、必ず工事の跡は残るはず。
入り口だけを埋め立てたとしても、ガドラスは地面を掘り返して調べたとも言っていた。
恐らくそれなりにきっちりとやってくれたに違いない、それで洞窟の痕跡すら見つからないというのもおかしい。
正直分からない事だらけだ。
ビデオカメラでもあれば、もう少し何か分かったのかもしれないが……
俺は隣で気落ちしているフェリスの手を掴んだ。
そのまま指を絡め、しっかりと手を握る。
「主よ……」
「大丈夫だ、予想外ではあったけど、まだマイバッハが消滅したとは限らない。
年が明けたら俺達だけで行ってみよう、俺達が行けば何か分かるかもしれない」
そうだ、案外近くに行けばまだマイバッハの存在を感じることが出来るかもしれない。
死体が見つかった訳ではないのだ、ならまだ望みはある。
何せマイバッハだってフェリスの眷属、そこらの人族にやられるほど弱くはないはずだ。
しかし、もし戦った相手が天族の王、例えばメローテだったとしたら……もしかしたら塵も残らないのかもしれない。
そして恐らく、その可能性が現時点では最も高いのだ。
だが今それを口に出すのは憚られる。
日が落ち辺りが徐々に闇に覆われていく中、俺はフェリスの手をしっかりと握りしめ、しばらくぶりの我が家へと歩いた。




