第八十七話 未来への伝言
小国の一貴族が、王に内緒で帝国の皇帝候補と接触していた。
この情報は俺達に少なからず衝撃を与えた。
訪問の内容は何ということはない、挨拶と顔見せのようなものだったらしい。
当時全く人族に興味の無かったルビーナは、帝国の皇子の訪問にも関わらず一言も口を利かなかったそうだ。
時期的には俺が魔獣討伐に出かける少し前……家の中で腐っていた頃だろう。
仮にこれが外交活動の一環だったとしても、数ヶ月以上も王に対して報告がないという事はあり得ない。
何しろ同席していたのは帝国の第一皇子なのだ。
どんな経緯でそうなったのか不明だが、その内容の報告がないとなれば、非ぬ疑いをかけられても仕方がないレベルの問題となる。
ネルソンはその場でしばらく考え、そしてとうとう決断を下した。
本来であれば俺達がロシュフォーンへ向い戻って来た後に行うはずだった、エルフ族との同盟と俺の貴族昇格の発表。
それを大幅に前倒し、年が明けてすぐ。
貴族一同の集まる年始の挨拶の場にて行うことにしたのだ。
ロシュフォーンに行く前に貴族になってしまうと、俺はフィガロの名を背負って他国に行く事になる。
最終的にやることが墓荒らしなので、それでは都合が悪いと予定を後ろ倒しにしていたのだが、最早そんな事を言っていられる場合では無くなってきた。
一刻も早くこの不穏な状況を収めるために、年始早々にチェリス家を糾弾し、場合によっては処分する方針を固めたのだ。
その際は勿論俺達も同席する。
いかに最古参貴族のチェリス家とは言え、エルフの族長の娘に見たと言われればそう簡単に言い逃れは出来ないだろう。
少なくとも、オリバーを表立って取り調べる口実には十分になり得る。
そこから一気に問題の核心に迫ろうという決断であった。
そうして今、俺達はフィガロ城の地下倉庫に向かっている。
以前フェリスが城の中を調べた際に、少しだけ気になると言っていた場所だ。
俺は古代人の遺跡で見た記録を元に、そのシャルルの私室があるであろう場所へと向かう。
「人族も大変ですのね、身内に賊が潜んでいるなど、エルフでは考えられませんわ」
「人族はエルフ族みたいに近しい縁者だけで集まってる訳じゃないからな」
一緒に歩いている面子は、俺とフェリスとルビーナ、そしてヘリオトロープだ。
シャルルが残した遺産とあって皆同行したがったが、何せ倉庫への階段は狭い。
ゾロゾロ連れ立って行く訳にもいかなかったので、まずはシャルルに関係の深い最小限の人員で行くことになった。
ちなみに、何故ルビーナがいるのかというと、フローワはこれから行われる予定の魔法講義の打ち合わせに駆り出されたからだ。
本人は非常に恨めしそうな声を上げていたがまあ仕方ない。
ヴァンピールであるフローワを前面に立たせるのは不安が残るし、何より本人が全く乗り気ではなかった。
ルビーナ曰く「サルに読み書きを教えろと言われたら誰だってうんざりするでしょう」とのことだ。
言いたい事は分かるが、どうか人前でそんな事は言わないでくれよ……
ちなみに、会見の場では大人しかったヘリオトロープだが、当然説明を求められた。
素性に関してではない、俺の女かどうかという点でだ。
これに関しては当然否定したが、ヘリオトロープが俺の事をサブマスターと呼ぶため、あらぬ誤解を受けそうになった。
しかし、亡きシャルルの忘れ形見という事もあり、フェリスにはあっさりと受け入れられたのは良かった。
追加で俺がマリアベルからビンタをもらうことにはなったがな。
解せぬ。
「ん?」
廊下を歩いていると、前から銀の仮面を被った人物――マイア魔導兵長が歩いてくるのが見えた。
今日も元気に出勤しているようだ。
中身は当然エルネスタなので、軽く会釈をして挨拶する。
マイアはそんな俺に対して、相変わらず何の反応もない。
徹底した演技だ。
事情を知らなかったら、あのぽわぽわしたハーフエルフの奥さんが中にいるとはとても思えない。
「……ねえ貴方」
そうしてマイアとすれ違い暫く歩いた頃、不意にルビーナが俺に耳打ちしてくる。
「さっきのローブの……あれは何ですの?」
「マイア魔導兵長、城勤めしてる魔術師達のトップだよ」
「人族ですの?」
「いや、ハーフエルフだよ」
「ハーフエルフ? あれが……?」
ルビーナはそう言ってマイアが去った後の廊下を睨みつけるようにして見ていた。
「あとで紹介してやるから、ここでの雰囲気と全然違って驚くと思うよ」
「……そうですか」
「あ、ハーフエルフだからって差別はするなよ、そういうのここでは禁止だから」
「そんな事は致しませんわ」
エルネスタはハーフエルフで、過去にひどい差別に合ったと聞いて心配したが、考えてみればルビーナもハーフだ。
立場は違えど境遇は似通っている、であればよもや他のハーフを虐げるような事もないだろう。
段々とこのフィガロが異種族交流の中心地になってきているような気がする。
しかしそれは俺にとって望むところだ。
俺は……月並みな話になってしまうが、差別のない国を作って行きたいのだ。
何か原因があって衝突しているならそれを取り除き。
何の原因もない差別ならそれは考え方を変えてゆく。
そんな国があれば。フェリスやルビーナのような者が安心して暮らせる国があれば……そう考えている。
だがそれはまだ俺の心の中だけに留めておこう。
まずは目先の難題を解決していかなければならないからな。
「ここじゃな」
そう言ってフェリスが立ち止まる。
城の一階部分の隅にある階段を下がった先、そこには木製の扉が備え付けてあり、その中には様々な日用品が詰め込まれていた。
階段を下りた先にある小部屋。
使い道が無いため、今は古くなった椅子や机などを予備用に置いておく倉庫になっている。
特に重要なものは無いという事で、中への立ち入りも許可してもらった。
入ってみると埃を被った家具類が乱雑に積んである。
「ここで呪文を唱えるのであったか?」
「はい、シャルル様の記録では平家物語の冒頭と言われていました」
「それはどういうものなのじゃ?」
「申し訳ありません、私は分かりません」
「大丈夫、俺が知ってる」
皆が困惑する中、俺がドヤ顔で前に出る。
なぜシャルルがそんなモノを合言葉にしたのか分からないが、恐らく完全に喪失するのを防ぎたかったのだろう。
あの義経オタクのクロウが生きてさえいれば、この合言葉は永遠に生き続けるだろうからな。
なんだか口ぶりからして知り合いっぽかったし。
だがこの時代の人間はそんなもの知る由もない。
かといって普通の人間がクロウから情報を引き出すなんてまず不可能だ。
そこでオレの出番である。
何を隠そう平家物語の冒頭部分は、学生時代に国語の授業で散々暗記したのだ。
俺の知識を華々しく役立てることが出来る数少ないチャンス。
これで皆からの俺への評価がうなぎのぼりになることは間違いないな!
本当はもっと大勢に見てほしかったが、まあこの広さでは仕方ない。
あとでネルソン達も呼んで、同じように俺の勇士を目に焼き付けてもらうとしよう。
「では始めるぞ」
既にフェリスは俺に期待全開の眼差しを向けている。
フフ、惚れ直したっていいんだぜ。
「祇園精舎の鐘の音、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。
おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。
たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ」
自信満々に歌い上げ、様子を見る。
フェリスの目をキラキラさせながら俺を見ていた。
気持ちいい、もっと、もっとだ、もっと俺を見てくれ!
……しかし、いつまで経っても何も起こらない。
不思議に思い、俺は何度か同じ文句を繰り返してみる。
しかし変化はない。
おかしい、冒頭部分といったらこの辺りまでのはず……まさかもっと先までなのか?
さすがにそこまでは覚えていない。
何度やっても一向に何の変化も起こらず、俺は次第に焦り始める。
まさかここではないのだろうか? それとも、他に特殊な手順が?
あのシャルルが残したものがあると言った時のフェリスの喜び様といったらなかった。
まさかここまで来て、その期待を裏切ることになってしまうのか!?
「祇園精舎の鐘の声……ですわ」
俺が焦りを募らせていると、隣りにいたルビーナが小さくつぶやく。
「え? あっ……」
「早くなさい」
ルビーナに背中を叩かれ、俺は慌てて間違っていた場所を修正して再度読み上げた。
そうして待つこと十秒……
不意に倉庫の中に青い光が差してゆく。
「お、おお……これは……」
「強いマナが部屋の中で吹き荒れていますわ……一体どういう事ですの?」」
青い光は倉庫の中でどんどん強くなっていき、そして……とうとう青い光で倉庫の中が完全に見えなくなった。
次の瞬間、強い光が周囲に放たれる。
「うわっ!?」
「な、何?」
皆が咄嗟に目を覆い、その場に伏せる。
そうして、次に目を開けた時、目の前には信じられない光景が広がっていた。
埃臭い倉庫だった部屋の中が、書斎と呼ぶに相応しい内装に変わっていたのだ。
「こ、これはどういうことじゃ?」
「分からない……でもあの遺跡で見た記録が正しければ、ここはシャルルが使っていた私室だったらしい」
俺の言葉を聞くと、フェリスはもうたまらないといった様子で、ろくに調べもせずに部屋の中に飛び込んでいく。
「フェリス、不用意に入ったら……」
「大丈夫じゃ、特に不審なモノは見当たらぬぞ」
部屋の中に入って周囲を見回しているフェリスを見て、残りのメンバーも恐る恐る部屋の中に入っていく。
部屋の間取りは一六帖程度だろうか。
書斎としてはそれなりに広い。
床には茶色の絨毯が敷いてあり、壁には様々な絵が掛かってる。
天井にはシャンデリアのような作りの照明が一つ付いており、そこに乗った六つの球体から十分な光が溢れ出していた。
置いてある家具類も、俺の知っているようなタイプのタンスやクローゼットなどが多く、とても懐かしい感覚を覚える。
そして何より目を引いたのが、部屋の中央に置かれていたガラス細工のような台座の上に乗った球体。
黄金色のその玉は、静かに光を放ちながらそこに設置されていた。
……どこかで見たことがあるような気がする。
俺はその黄金色の玉をまじまじと眺める。
別に浮いている訳でもなければ、動いているわけでもない。
光は放っているように見えるが、単に照明が反射しているだけかもしれない。
「金だったら高く売れそうだな……」
そんなスケベ心を出して、その玉に手を出したその時だった。
空気が揺れたような気配がし、俺の目の前に人が現れたのだ。
その人物は短めのボサ髪に、眠そうな目、そして丸い眼鏡をかけている二〇代くらいの男性。
そう、あの古代人の遺跡で見た人物。
「ち、父上!」
その人物――シャルルを見て、弾かれたようにフェリスがこちらに飛び込んでくる。
「父上! 父上!!」
いつものフェリスらしくない、慌てた様子でシャルルに飛びついて行くフェリス。
しかし、その体は抱き止められる事はなく、そのままシャルルの体を素通りしてしまった。
広げた腕は虚しく宙をかき、フェリスは床へと倒れ込む。
「フェリス、これは実体じゃない」
「父上、父上……」
そう、見た瞬間気がついた。
これは実体ではない。どういう原理で動いているのか分からないが、ホログラムのような立体映像なのだ。
慌てて俺はフェリスを抱き起こすが、それも構わずフェリスはシャルルの幻影に向かって手を伸ばし続ける。
フェリスの手が虚しく宙を掻き、それを二、三度繰り返した所でフェリスは力なく項垂れた。
「フェリス……」
フェリスが父親と死別したのはわずか十三歳の時だ。
映像とは言え、五百年ぶりに父親の姿を見て平常心ではいられなかったのだろう。
俺はフェリスを落ち着かせるように、その華奢な体をきつく抱きしめた。
『……えーと、ここに訪問者が来たって事は、僕の身内って事でいいんだよね?』
そうこうしていると、部屋の中に映し出されたシャルルの映像が喋り出す。
緊張感をあまり感じない間延びしたような話し方は、遺跡の中で見たシャルルと同様だ。
「父上……」
フェリスはフラフラと立ち上がると、シャルルの映像の前に回り込み、その映像をじっと見つめる。
その目には大粒の涙が光っていた……
『どこ経由でここに来たのかな、僕に直接依頼されたのでなければ、ロアーヌの地下基地で知ったのかな?
この部屋の情報を記録したのはあそこくらいだからね。
この場所を全く知らない人がここに来ているとすると、恐らく世の中は残念な事になっているのだと思うけど……
ロアーヌ経由だとしたら事情を知らない可能性もあるから、その前提で話を進めさせてもらうね』
するとシャルルは足元から地図版のようなものを拾い上げ、それを指差しながら説明を始める。
それはこの映像が作られた当時の状況を大まかに説明していた。
『まず現在地はここ、僕の作った城と、その周囲に広がってる多種族混合生活圏“セラフィア”
地上に住むあらゆる種族が自由に活動できる地域だ。
もしこの町が残っていて、そこの人達が困っている事があったら、是非助けてあげて欲しい』
そう言ってシャルルは現在のフィガロ周辺の地図を指差しながら、自身が作った町の解説を始める。
それはかつてこの地に作られたであろう、様々な種族が混じり合って生活していた町の話。
シャルルは千年ほど前、この地に城を築いたが、それが完成する頃には山の麓に小さな町が出来ていたらしい。
シャルルの眷属である少数のヴァンパイア種族から始まり、シャルルを慕う異種族の者、日々の中で助けられた者達などが徐々に集っていったそうだ。
それを見たシャルルは、この地を多種族共生の為の地域とし、異種族が分け隔てなく暮らせる土地として育てていくことにした。
国を名乗らなかったのは、そうすれば自身が王に選ばれるのは目に見えた事で、それでは共生の意味が薄れると考えたからだそうだ。
セラフィアはその後も順調に成長を続け、最盛期には一万人以上の様々な種族が暮らす町となっていたようだ。
しかしそんな平和も永遠には続かなかった。
今から約六百年ほど前。
第二次天魔戦争後、長きに渡って活動を潜めていた天族が、再び地上へ向けて干渉を始めたのだ。
そして瞬く間に世界は、反魔族の声で満たされていく事になる。
天族は先の大戦後、ただ身を潜めていたいた訳ではなかった。
人族などと同化し、目立たぬよう、しかし確実に、世界に向けて反魔族活動を行っていたのだ。
異種族の社会に興味を持たなかった魔族は、この動きを察知するのが遅れた。
気付いた時には、魔族派と天族派、それぞれの勢力は一触即発の状態にまでなっていた。
『……という訳で、このままだと遠からずまた戦争になる。
しかも今度は地上の民を巻き込んだ凄惨なものになるだろう……第一次天魔戦争の再来だ。
僕はそれを何とか食い止めるために、これからここを離れなくてはいけない。
もっとも、ここに僕の知らない人が来ているという事は、恐らくダメだったんだろうけどね……
きっとセラフィアも無事ではないだろう、だからその時は……僕の眷属であろう君。
苦労をかけて済まない、しかしどうか君の手で、またここに皆が笑って暮らせる町を……どうかよろしく頼むよ』
そうして一通り挨拶を終えたシャルルは、腰を折って深く頭を下げる。
その様子を眺めながら、フェリスは何度も何度も頷いていた。
その後は、復興の手助けになればと言うことで、シャルルの映像が部屋の中に保管された様々な品物の説明を行っていく。
部屋の中には魔族ゆかりの品々や、シャルルが開発した道具、そしてシャルル自身が書いたと思われる様々な書物が保管されていた。
そんな説明の中、シャルルが思い出したように顔を上げる。
『そう言えば、そこにヘリオトロープはいるのかな?
ロアーヌ経由でここに来たならいてもおかしくないよね。
もしいない場合はここを確認してみてくれ、湖の地下に古代人の作った施設がある、そこに僕の眷属が眠っているはずだ。
迎えに行きたかったんだが、これが目が回る忙しさでね、いやあ全く申し訳ない』
頭を掻きながら軽い感じで弁解する姿は、全く申し訳なさそうには見えない。
地図を取り出して指し示した場所は、確かにあの地下施設がある湖の辺りだった。
『もしヘリオトロープがそこにいるなら、言っておきたい。
放置しちゃってごめんね、忘れてた訳じゃないんだ。本当だよ、信じて欲しい。
そしてもし僕がもう君の側にいないのなら、君を連れてきた僕の眷属君を新たなマスターとして仕えてやってくれ。
FCSB-02ヘリオトロープ。
君の隣にいる人物に問いかけてくれ。
この地を、どんな種族でも笑って暮らせる土地にするつもりがあるかと。
そうであるならば、今日から君のマスターはその人物だよ、いいね。
もし断られたら、アイゼンと共に好きなように生きなさい』
その映像を黙って見ていたヘリオトロープだったが、シャルルの映像が再び部屋の備品の説明を始めると、俺の腕を引っ張る。
そうして今先程、シャルルに言われた通りに俺に問いかけるのだ。
シャルルの意志を継ぐのかどうかと。
それに対して俺は考えるまでもない。
答えなど決まっているのだ。
ヴァンパイアと魔族と人族の妻を持ち、この地で生きようと決心した俺にとってそれは避けては通れない問題。
ましてや自身の義父となる人がそれを望んでいるのなら、断る理由など何処にあるだろうか。
「望むところだ」
「回答確認しました、これよりマスター権限はシャルル・アルカード様からノア・シドー様へと譲渡されます」
事務的なやり取りが終わると、ヘリオトロープは俺に向かってぺこりと頭を下げた。
「これから末永くよろしくお願い致します、マスター」
「ああ、よろしくな」
そうして、俺は晴れてヘリオトロープのマスターとして登録されることになったのだ。
そうして一時間ほどの時間が経ち、部屋の中の説明も一通り終わった。
シャルルの映像は、最後にこの部屋自体について説明を行う。
この部屋は中央に設置されている玉状のオーブと呼ばれる魔法器具で維持されているらしい。
詳しい原理などは不明だが、ある瞬間の部屋の状態を記録し、分解したものをオーブの中にマナと共に格納するらしい。
そして様々なトリガーを設定する事により、任意に出し入れ出来るのだとか。
今回のトリガーとなったものは“シャルルの血族が近くにいる事”と“平家物語の冒頭を読み上げる事”らしい。
つまりこの部屋は、今から約六百年前にシャルルが居た時のままの状態という事だ。
「……これ、凄いですわね。私の知らない魔法理論がこんなに。
あら、こちらの本は読めませんわね」
「これはイタリア語で書かれているようです」
ルビーナとヘリオトロープが本棚の本を取り出し、なにやらびっくりしている。
魔法の専門家であるルビーナを唸らせるほどなのだから、この部屋にあるものの価値といったら、恐らく途方もないものなのだろう。
そもそも部屋の状態を記録するなどという装置の存在自体、ルビーナですら見当がつかないものなのだそうだ。
「原初のヴァンパイア……想像以上に途方もない怪物でしたのね」
「そりゃ千年以上は生きていたらしいしな」
「エルフですら到達していない領域に踏み込んでいたなんて……」
ルビーナにとっては憎い仇であるはずのヴァンパイア族の長だが、その声に交じるのはある種の尊敬だ。
飾らない人柄と、深い知識、そして平和を願うその姿に感じるものでもあったのだろうか。
俺自身も、これまで見たシャルルの考えや行動には大きな感謝と尊敬の念を感じていた。
そうしてシャルルの映像による説明も終わりに近づく。
フェリスはシャルルの映像が動くたびに、それを追って部屋の中を行ったり来たりしていた。
例え映像だけだとしても、懐かしい父の姿を見られる喜びというのは大きいのだろう。
そんな時にそれは起きた。
『シャルル、まだやっているの?』
『ああ、もう少しだよ……では説明はこの辺で、僕の眷属なら問題ないと思うけど、あまりここの品物を周りにばらまかないようにね。
中には危険なものもあるから。
君達の未来が、希望に満ちたものであることを祈っているよ』
そこまで言うと、シャルルの映像が揺らぎ、そして徐々に消えていった。
途中に入った別人と思われる声は、きっと近くに居た仲間のものなのだろう。
なんだか動画の自撮り中に家族が乱入してきたみたいで少し可笑しかった。
しかし、フェリスはそうではなかったらしい。
見れば驚いたような顔のまま、シャルルが消えていった辺りを凝視していた。
「フェリス? どうしたんだ?」
呼びかけるが答えはない。
不思議に思ってフェリスの側に寄り、その肩に手を添えると、ようやく我に返ったように俺の方を見た。
そして、絞り出すような声で俺にこう伝えた。
「……今のは……母上の声じゃ」
そうか、あれがフェリスの母親の声……姿が見えないのが残念だ、きっとフェリスと同じで美人に違いない。
そんな事を呑気に考えていたのだが、すぐにおかしな事に気が付く。
「あれ? でもフェリスの母親って人族だったんじゃないのか?」
「そ、そうなのじゃ」
だとすると確かにおかしい。
この映像は、先程の説明からすれば、第三次天魔戦争以前に作られたものだ。
記録によれば第三次天魔戦争は八〇年近く続いた非常に長い戦争。
そしてフェリスが誕生したのはその戦争が終わる二〇年ほど前だ。
戦争前の時点で母親が生きていたとなれば、フェリスを産んだ時はどう若く見積もっても六〇歳近くになる、年齢的におかしい。
「お母さん、高齢出産だったのか?」
「い、いやそんな事はない、若々しく美しい母上であった」
となれば、フェリスの母親は戦中生まれでなくてはおかしい。
どういう事だ?
「他人の空似とか?」
「そのような事が、妾が母上の声を聞き間違うはずがない!」
となれば、あと思いつく可能性はそれ程多くない。
最も可能性が大きいのは、他人の空似だ。
声は短い一言だけだったし、フェリスはもう五百年程も家族の声を聞いていないのだ。
シャルルの映像を見ている最中に女性の声が聞こえたので、それが母の声に聞こえてしまったとしても不思議はない。
他に可能性があるとすれば、実はフェリスの母はエルフ族や魔族といった長寿種族だったという事だ。
女性のヴァンパイアは子を産めないので可能性としては無いと思うが、エルフや魔族だとすれば数十年のズレなど問題にならないだろう。
特にシャルルは異種族との交流が多かったようだし、偏見なども無いはずだ。
人族の町で暮らしていたから出自を隠していただけで、実際は人族では無かったのかもしれない。
その事をフェリスに話すと、フェリスは自信が無さそうに俯いていた。
「それは……分からぬ、ずっと人族だと思っておった。エルフのような特徴も無かったと思う」
「魔族だったら人族と変わらないようなのもいるだろ、メイアみたいな。そういう種族だったのかも?」
「……分からぬ、そんな事は一言も言われておらなんだ」
フェリスは俯き、必死に過去の記憶を掘り起こしているように見えた。
今更それが分かった所で俺のフェリスに対する評価が変わるわけではないが、フェリスとしては家族に関する事なら何でも知っておきたいのだろう。
「……叔父上」
そうしているとフェリスは思い出したように一つつぶやく。
叔父上というと、確かフェリスの母親の兄に当たる人物だ。
そして、今はヴァンパイアとしてコトナと何らかの関係を持っている人物。
「リチャードって奴か」
「そうじゃ、叔父上が近くにおるのであれば、問いただせば何か分かるやも知れぬ」
フェリスの話を聞きながら思い出す。
魔獣討伐の時に出てきたトカゲ型の魔獣、それに関わっていたコトナが口にした名前、それがリチャードだった。
そしてその時と同じ魔獣が、エルフの村へ向う道中で再び現れた。
恐らくそれにも、コトナとリチャードが何らかの形で関わっているという事は間違いないだろう。
カズマに俺の暗殺を依頼したのも、もしかしたらリチャードなのかもしれないのだ。
「きっと、穏便には済まない話になるな」
「主よ、これは妾の問題故……」
「フェリス、そういうのは」
「分かっておる」
俺達の間でそういう水臭い事は禁止だ。
喉まで出かかったその言葉は、フェリスの手が俺の頬にかかったことで中断された。
「分かっておるのだ、構うななどとは言わぬ」
そのまま両手で俺の顔を包み、愛おしそうに撫で始めるフェリス。
その目にはまだ少し涙が浮かんでいたが、とても落ち着いた、優しい笑顔だった。
「じゃがそれをするのは今ではない、全てが終わった後で良い……どの道、母上は既に亡くなっておるのじゃからのう」
潤んだ目でそう言って俺の顔に手を添えるフェリスを見ていると、俺の中に急激にこみ上げてくるものがある。
愛おしい、抱きしめたい。
そんな気持ちが抑えられなくなり、俺は無意識にフェリスの肩に手を回した。
フェリスはちょっと驚いたような顔をした後、再び笑顔に戻ってそれを受け入れてくれる。
そして、お互いの影が徐々に……
「オホン、オホン、ウォッホン」
「ケフン、ケフン」
重ならなかった。
背後から聞こえてきた音を確認すれば、そこには顔を赤くしてわざとらしい咳払いをするルビーナと、それを棒読みで真似するヘリオトロープが見えた。




